300年
西部戦地
side:とある女性溶鉄隊員
銃撃音と機械兵の爆発音で耳がどうにかなりそうだ。平野には見渡す限りの敵国機械兵。味方である友軍の数は見ただけでそれよりも少ないことがわかる。司令部は何を考えているのか。
溶鉄部隊に配属された私は、当初は国への不信を拭えなかった。たかが一軍人である自分がなぜ、最高指導者の直属部隊になどと。
「私についてきてください。ついてこられなければその場で死んでください」
上官は無表情でそう宣う小隊長だった。英雄マルフーシャの妹、スネジンカ突撃小隊長。かの英雄は独断専行で戦歴を重ねていたと聞くが、こいつはもっと性質が悪いかもしれない。独断専行なら死ぬのはそいつ1人だが、こいつの戦果のために殺されてはたまらない。
しかし虫も殺せぬような見た目と矮躯で、敵国の人間を殺す高揚感で飯を食うと噂されるほどの猛者だと聞く。最初は法螺だと思っていた。
「本小隊の戦術目標は、敵陣後列の大型機械兵キャノンの無力化です」
「……小隊長殿、前列の機械歩兵群については」
「正面突破です。迂回したところで大型歩兵に囲まれて動けなくなります。装甲の薄い小型が集中している最短距離をいきます」
「……キャノンは5台控えておりますが、小隊規模での交戦は」
「無力化です。撃破する必要はありません」
言うは易し、だがあの女はやりやがった。最前線にて突出するなんて自殺するようなものなのに、自分から機械兵の射線上に突っ込んでいく。
しかしその思い切りの良さがワンテンポ機械兵の上をいくのか、なぜか敵の弾丸はあいつの後ろばかりを捉えていくように見える。マルチバレルライフルで前方の機械兵の波を撃ち掘りながら、すさまじい勢いで敵陣奥に潜っていく。
なるほど。確かについてこられなければ鉛玉のフルコースを食わされるしかない。結果死ぬ気で奴のケツにかじりつくしかなくなる。
隣の隊員がスライダーの体当たりで倒れたところに集中砲火を食らい、輪切りのレンコンみたいになりやがった。ファック!
奴には恐怖がないのか?人間の体は1発の弾丸でも死ぬかもしれないんだぞ?
だがそんな、死神の鎌が皮膚の表面をを滑りぬけていく瞬間でも嗤っていた。目を見開き、食い足りないといわんばかりに。
そして弾切れからのリロード、なんで走りながらであんな早いんだ。しかも射線上に機械兵や残骸を挟んで盾にしている。
そうこうしてるうちに我々の部隊は敵陣にて孤立、いや目標へ接敵か。後列のキャノンに辿り着いた。ここまでに何人死んだ、私も仲間に入りそうなくらい消耗していた。
「目標確認。小隊突撃」
あの女、後ろを振り返りもせずキャノンに、たった1人で突っ込んでいった。それに遅れるなと隊員も突撃する。
しかし無謀に思える突貫にもメリットはあったようだ。考えても見て欲しい。戦車のようなデカ物に挑みながら周囲からは敵兵の弾丸も飛んでくるんだ。なんでそんなところでまともに戦えた?あの女が最も敵に攻撃を加えていたからだ。敵があの女を脅威だと判断して集中砲火しているはず、なんだけど当たらない。つまり敵の攻撃があの女に向いて、結果的に他隊員の生存率が上がっていたんだ。しかも撃つ箇所は可動部の継ぎ目など薄い所に集中して撃ち抜いてる。私もそれに倣う。結果バランスの取れなくなったキャノンが傾き倒れ、砲撃支援ができなくなった。
「無力化を確認。次の目標に行きます」
あー……そうか残り4台か。生きて帰れるんだろうか。
なるほど、この戦いぶりは文字通り戦争で飯を食うといわれても納得だ。そして私がこの部隊に入った理由、損耗率がひどいからだ。要は穴埋めなのが理解できる。まるで敵も味方も死ねといわんばかりの部隊だ、地獄かな。
296年
曇天の荒野の先にあったのは壁に囲まれた都市だった。軍の拠点があるため戦地への派遣起点となる場所、マルフーシャになったスネジンカが、今日から防衛任務に就く職場だ。
この日までマルフーシャに近づくため少しでも肉をつけ白髪を染め、立ち振る舞いも直してきた。外見だけなら穴はないと確信しているが、ボロを出さないよう気を付けなければいけない。
(道は、あの時と大体変わらないな)
街には正規兵と雇われの軍事会社の兵が雑多に目につく。そして軍事物資を山積みにした移動機械が忙しなく行き来していた。
意外と活気はあるようだが、存外女性の数が多い気がする。優先してそういったのを集めているのか、それとも既にこの国にはそれしかいないのか。
考え事をしているうちに目的の場所に到着していた。2階建ての兵舎。しっかりとした作りで籠城戦にも耐えうる作りなのが見てとれる。
歩哨に招集状を見せて敷地内へ入る。受付にも同じやり取りをして部屋へ向かった。
到着すると集合時刻10分前、ドアをノックする。入りなさいと、中から聞こえた年若い声に従う。
「失礼いたします。招集に従い、本日より着任します5等級国民マルフーシャです。偉大なる祖国に忠誠を」
入口で軍礼しながら部屋を見回すと、会議室であろう部屋の中で目を真ん丸にしてこちらを見る少女がいた。白みがかった長い金髪を2つ結びにして国民服を纏っている。おそらく彼女が上官だろう。
「……あなた、従軍経験があるの?前職はパン屋って資料にあるんだけど」
……迂闊だった。マルフーシャは徴募兵だったのを失念していた。以前のやり方は不適切だ。ごまかそう。
「父が兵役についておりましたので、やり方を習いました」
「そ、そう。ならいいの」
咳払いした先任の彼女が向き直る。
「私は監査官。無能な低級国民たちを国へ貢献させるのが私の仕事」
腕を組んでこちらを睨むように話しかけてくる。威厳を出そうとしているのか?可愛いだけだが。
「あなたがまず配属されるのは門兵業務よ。それを経て、希望や適性を見て他の部署に移動すると考えて頂戴」
「わかりました」
「結構。わが国の門兵の仕事はとても簡単。門へ近づくあらゆるものを武力で排除すること。見つけ次第すべて攻撃しなさい」
かつてブルーピーコックでも似たことを聞いた気がする。どことなく
「わが国は隣国すべての国と戦争状態にある。前線から抜けてきた少数の敵兵を叩くだけよ」
広大な平地の国土ゆえ仕方ないことだが、敵兵が拠点基地の防衛線まで近づけるのはもう敗北しているも同然ではないか、スネジンカは改めて思う。
疲れない機械兵あっての戦術ではあるが、無数の個を打ち払うのは決して容易いことではないのだが。
「簡単な仕事でしょう、最善を尽くしなさい」
それから兵舎のルールや施設内の設備についてなど細々とした説明を受けた。それから休息のための宿舎に案内される。その部屋は2階だった。
「―――」
「ちょっと?どうしたの」
2階へ上る階段の踊り場で立ち止まったスネジンカに監査官が訝しむ。
「いえ、なんでもありません」
スネジンカにとって識っている場所だが、ここには反乱軍も機械兵もまだいない。
2階は記憶のものと違っていた。壁に傷も穴もなく、突き当りの窓から差し込む太陽の下には花瓶に生けられた花すらある。
「ここがあなたの部屋よ」
あの部屋とよく似た、ほぼ同じ作りだ。宿舎だから当然だろう。荷物の類は全くないため先住者はいないようだ。
「今は1人部屋だけど、基本は2人部屋だから人が増えても文句は言わないように」
(……人は増えてほしくないな)
自分と長く近くにいると生じるかもしれない不都合をスネジンカは思い、そして驚いた。今自分は何を考えた?他人を慮ったのか?
この国の人間も敵国の人間も死ね、残される不幸に嘆けと、すべてを憎んでいた自分が?
その理由はたった1つしかない。
(マルフーシャ)
自分の
「それじゃあ門兵として、さっそく働いてもらおうかしら」
監査官のその言葉に顔を上げ、指示に従うべく動き出す。懐かしい機械油の臭いが鼻をついた気がした。
スネジンカが預かる場所は都市の東側の門だ。門外に締め出される形になり、定刻までこのまま。
手にはKA42ハンドガン、装填数7発の最低限の武装と予備弾倉。そして電熱線は1本。
(さて、どうなることか)
すぐに戦闘に入れるよう銃を抜いておく。片手に収まる小さなハンドガンに何とも言えない頼りなさを感じた。
しかしそんな気持ちも長続きしない。
「退屈だな」
半日が経った。なにもこない。
なるほど、このころの東部の前線は持ちこたえられていたらしい。このまま何事もなく終わるのではないか。
(まあ流石にそれはないよね)
呟いたスネジンカの視力は、遥か彼方からこちらに向かってくる物体を捉えていた。
(1体。昔の二足歩行の小型機械歩兵かな)
初めての機体は面倒だ。どこの装甲が薄いのか、脳部品を撃ち抜ける個所を探す作業から始めないといけない。電熱線を用いた武器があれば簡単なのだが、無いものねだりをしてもしょうがない。
しかし敵を捕捉したのは良いのだが、ハンドガンの射撃範囲に入ってくるまでがこれまた長い。こちらから出向こうかとも思ったが、バックアップとなる味方なしに門前を空ければ、別方向からの敵にすぐ対処できなくなる。
弾丸が届くギリギリの距離にきた。1発撃つも装甲に弾かれる。
そして距離が一定のラインを越えた時、スネジンカの目が細まり身体が前傾姿勢をとった。目安であるが機械兵の射撃範囲に入ったからだ。自分への射撃を想定し、いつでも行動できるよう身構える。
「……?」
撃たない、まだ撃たない、どうして撃たない?そう考えたスネジンカだったがようやく思い出す。
機械兵の自律行動には生体脳のコピーである培養脳、脳部品が必要だった。1人の脳から多くて100程度しか生産できないため、この時代は前線や激戦地を除いて積極的に捕虜をとる作戦だった。
しかしスネジンカが戦っていた数年未来の世界では、100を10,000、10,000を1.000,000へと、コピーされた培養脳を劣化なしに更にコピーできる技術が確立。これによって脳を狩るために敵兵を生かす重要性が低下、雑兵については基本生かすことがなくなったのだ。
だが今度は機械兵の外殻のための材料高騰が起き、そこまでの増産が叶わなかったのは皮肉であった。
警戒度を下げたスネジンカは弾丸を2発撃つ。1発目の着弾個所に寸分違わず打ち込まれた2発目は、機械兵の脳部品を撃ち抜き爆発を起こした。
息を吐く。なんだか気が抜けてしまった。
『すごいわスネジンカちゃん!始めたばっかりでこんなに撃つのがうまいなんて。あなたのお姉さんの指導がよかっただけじゃなくて、スネジンカちゃんにも才能があるのよ。スネジンカちゃんは上手い!!スネジンカちゃんはかわいい!!』
「ふふっ」
やわらかな懐古の笑みは、戦場に立ったばかりの自分についてきてくれた相棒との思い出。
褒めることは円滑なコミュニケーションに繋がると説いてくれたが、大袈裟にすぎたあれは
(私らしくないな。戻ってきてから昔のことをよく思い出す)
敵も来ないので辺りに散らばった機械兵の大きな残骸を壁の脇に置く。ある程度貯まったらバリケード構築の資材にしよう。
そうして時間を潰していると交代の時間になった。当番に引き継ぎを行い、戻ったらまず報告書の作成に取り掛かる。しばらく前の自分ならやり直させる出来の報告書を提出、あれなら入りたての徴募兵だと思われるだろう。
あてがわれた部屋に戻り、バックパックから整備工具を取り出しシャワー室に向かう。面倒なことは手早く済ませるのがスネジンカのやり方だ。今日の戦闘程度であれば必要というわけではないが、やれるうちにやっておくのが戦場の鉄則だ。
「……そうだバスタブなんだ。面倒だな」
軍は軍でも溶鉄の宿舎とは違い、この不便さにスネジンカは少し辟易とした気分になった。
それから数日、スネジンカの門兵生活は何事もなく進んだ。バカみたいに門に近づく機械兵を撃ち壊すだけの鴨撃ちでしかなかったが。
決められた時間に勤務し門扉に傷1つつけさせず、決められた時間に引継ぎを行い報告書を上げる。そして整備を終わらせベッドに横になる当たり前のルーティーン。
しかしその当たり前を、徴兵されたばかりの新兵が毎日行えるというのは珍しいことだ。
「ねえねえ!あなたがマルフーシャちゃん?」
「……ああ。はい、そうです。何か?」
報告書を作っているときに声をかけられるが、当初自分が呼ばれていることにスネジンカは気づかなかった。今の自分はマルフーシャ、気を付けないと。
振り返った先にいたのは初めて見る顔だ。鮮やかなザリガニ色の長い髪に両サイドに小さなテールを作った髪型。何が楽しいのか、笑顔でこちらに話しかけてきた彼女も自分と同じ徴募兵だろうか。
「噂を聞いたんだ~。最近入った子が優秀だって。それで今日!やっと見つけられたから声をかけちゃったのだ!」
そう言ってウインクしてくる彼女。あまりいないタイプに、こういう時に義姉はどういう反応をするのだろうと考える。
「アタシ、アリビナ!呼ぶときは天才美少女アリビナちゃんって呼んでね、フーシャちゃん!」
「フーシャちゃん……」
「あれれ?マルちゃんのほうがよかったのかな。でもでも!クール系のフーシャちゃんならフーシャちゃんのほうがいいよ、ねっ?」
「ええと、はい、フーシャちゃんでいいです」
「ヤッター!じゃあ今日からアタシとフーシャちゃんは友達、ガチ友だね!」
アリビナと名乗った彼女の友達判定はずいぶんおおらかなようだ。しかしそこまで苦手な感じはしない。
すると彼女は自分の隣に手を向けた。そこには何もない。
「それとこの子はフェリセットちゃん!いつも眠たげだけどとってもいい子なんだ!」
「すいません。フェリセットちゃんという方は恥ずかしがりやなのでしょうか?それとも透明人間?」
「んん~?何を言って――ああー!フェリセットちゃん、そんなとこで横になったらダメだよ!」
そう言って廊下に繋がる入口に駆けていく彼女の行く先を見ると、人が倒れていた。その目は半開きでとても眠そうだ。
アリビナに肩を貸されてやってきた彼女はスネジンカを見て口を開き、
「……――zzz」
「ああもうっ!フェリセットちゃん、この子はマルフーシャちゃん!フーシャちゃんって呼んであげてね」
「……ああ、はい、よろしくお願いします」
そう言ったフェリセットはアリビナに頭を下げる。
「違うよぉ!こっち、こっち!」
「はい……よろしく、お願いです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
変わった人ばかりなのだなこの部隊は。スネジンカのこの場所への評価が変化していく。
するとフェリセットがスネジンカにもたれかかってきた。
「あの、なんでしょうか?」
「お姉さん、眠いのでベッドに連れて行ってください……」
「おおっ。初対面でお姉さん呼びだなんて、フーシャちゃんってクール系と見せかけてお姉ちゃんポイント高め?」
「何ですかそれ……。ほら、ちゃんと立ってください」
スネジンカはフェリセットの両肩を掴んで立たせる。
「……?」
「すいませんアリビナさん、フェリセットさん。監査官に呼ばれていまして。失礼します」
「うん?そう、わかった!じゃあ私がフェリセットちゃん連れてくから」
一礼して、スネジンカは書類をもって部屋を出ていった。
「うーん、いきなりあれは馴れ馴れしすぎたのかな?」
「……」
両目を開いたフェリセットは、掴まれた肩に触れる。
「……硬かったです」
「うん?なんか言ったフェリセットちゃん?」
「……zzz」
「ちょ、ちょっとぉぉ!眠っちゃダメー!」
少女たちの声は、しばらく事務室を賑やかにしていた。