溶鉄のスネジンカ   作:スペシャルティアイス

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#6

廊下を歩くスネジンカの行先は監査官だ、これは嘘ではない。ただし約束の時間はだいぶ先だったが。足を止め、監査官のいる事務室をノックする。

 

「マルフーシャ、入ります」

 

少しの間を挟んで入室を促される。入室し監査官の席へ向かう。

監査官は事務机に向かって作業中だった。上がってきた報告書の確認をしているようだ。

 

「時間より早いようだけど」

「申し訳ありません」

「……まあ遅くなるよりはずっといいわ」

 

紙面から目を離し、スネジンカに向き直る。

 

「初めてにしては褒められる仕事ぶりのようね」

「ありがとうございます」

「そんなあなたに2つほど聞きたいのだけど」

 

監査官がちらりとスネジンカを見る。はて、なにか問題行動があっただろうかと思い返す。

 

「あなた、仲間を作らない?」

「仲間、ですか?」

「複数の門兵がいればお互いの死角をカバーして被害を抑えられる……と言いたいところだけど、1人で1度も壁に被害を出していないあなたに言っても響かないか」

「恐縮です」

「門兵をしてみて気づいたと思うけど、この拠点への敵機械兵の襲撃数はそう多くない。けれどもそれがずっと続く保証はないわ。なら少数が散発的に襲撃する現状の中で少しでも多くの門兵に戦闘を経験させたいの。でも危険性が0なわけじゃない。それなら優秀な人員をつけ指導、もしくはカバーさせればいい」

「監査官の言は是であると思います。ですが門兵業務の課税割合を鑑みるに、進んで業務を行うものは少ないと思われます」

「そうなのよね……」

 

門兵業務は危険手当をはじめ多くの手当が盛り込まれている。しかし手当がつくということは課税項目も増えるわけで、跳ね上がった支給額に引っ張られ課税額も跳ね上がる。そしてこれの恐ろしいカラクリが、勤続日数が増えればそれだけ給与も増え課税割合も増し、試算によると100日間継続した門兵業務の課税割合が9日以下の割合を凌駕し、手取り額が逆転するデータもあるらしい。恐ろしいことである。

しかも当番中の設備破損は程度によって天引きされる、補助設備であるバリケード等の設置も基本自腹。これでどうやって希望者を増やすというのだろうか?ふざけんな責任者出てこい!というもんである。

そんなこんなで門兵業務を進んで行うものは、実家が太く金に困らない・押し付けられた・世渡りが下手・機械兵を破壊するのが好きなど。

メリットとしては国家への貢献度を評価されるというのもあるが、まれに真面目すぎる者などがこれを目的とするケースもある。

自腹を切って門兵業務の手伝いを個人的に行う者もいるらしいが、これについては配属地の風土もあるので一概には言えない。

 

「ちなみにあなた、門兵業務からの移動を希望する?」

「いいえ。私にはこれがあっていますので」

「変り者ねぇ、監査官である私としては助かるけど。仲間の件は保留ということにしておくわね」

 

監査官の顔が真面目なものになる。

 

「それじゃあ2点目。東門周辺に機械兵の残骸、ゴミを集めて積み上げている者がいると報告が上がっているわ。犯人はあなたでしょう?」

「はい」

「なんでゴミ集めなんかしてるのよ」

「ある程度の大きさを残した装甲をああして門付近に集めておけば、機械兵の射撃を防ぐバリケード資材として役に立ちます」

「……それもあなたの父親の教えなの」

「そうです」

 

父の下りは嘘である。

基本、機械兵の残骸などそのまま放ったらかしだ。ただ門付近や交通の要衝に堆積して邪魔になるときは、邪魔にならない場所にわざわざ捨てに行くこともある。

スネジンカの経験として、平地戦では積み上がった機械兵の残骸は簡易バリケードになり、市街戦なら道路を塞いで敵の行軍を遅らせ、道を開けるために突っ込んでくる自爆兵を消費させられる。

そういうこともあってけっして無駄にならない資材であると言いたいのだ。

未来の話になるが、機械兵の脳部品の増産成功後の金属不足問題について、一部の国では捕虜の捕獲部隊にかわり資材回収のためのゴミ集め部隊を組織したケースもある。

 

「……あなたが結果を出し続ける限り、私はお目こぼしするわ。ただし、上からの撤去命令が来たときは大人しく従って。いいわね」

「わかりました」

 

呼び出しの要件はこれで終わりだろうか。

 

「それにしてもあなたって、本当にパン屋で働いてたの?」

「……どうしてそのようなことを聞くのですか」

「あのねえ、どこの世界にあなたの年齢でこなれた兵士のように動けるパン屋がいるのよ!まだここに来て10日も経ってないのよ!?農業高卒でしょしかも。それに初めての敬礼もそう。今のだってパン屋の発想じゃないわ」

 

スネジンカはため息を吐く。

 

「監査官。そもそも既にご覧になった私の経歴・情報は国からの提供の筈。それを疑うことは国への忠誠を疑われますのでお控えください」

「そ、それは」

「そして私の銃器の扱いについて。私が物心つく前に母は家を出て、父と私、そして妹だけの家庭でした。そして父は祖国のため、兵として戦場で忠誠を示し命を捧げました。残された女2人だけの家で、私は最低限妹だけでも守りたいと射撃の練習に努め、それが今の私です」

 

監査官の目をまっすぐ見返す。相手の瞳が揺れて怯んでいるのがわかった。

 

「残骸の件もそうです。いずれ私も国のため戦場に立つと考えていた父は、何を使ってでも死なずに、勝利のために使えるものは何でも使えと様々なことを教えてくれました。あの軍礼については、私の落ち度です。父の娘として決して恥ずかしいところを、上官であろうあなたに見せられないと気を張ってしまったのです」

 

そうして頭を下げる。

 

「どうか、国への忠誠を示す機会を私から奪わないでください、お願いします監査官」

「わ、わかった、わかったわよ!顔をあげて頂戴」

 

監査官はどうやら折れてくれたようだ。表面には出さないがスネジンカは安堵する。

詰問していた筈の彼女は、逆に詰問されたかのように息を吐いていた。

 

「……ライカよ」

「?」

「私の名前。今後はライカさんって呼びなさい。あなたに監査官、監査官って言われると息が詰まるようだもの」

「わかりましたライカさん」

「それと、疑ってごめんなさい。あなたの父上は立派な方だったのね」

 

そう言ってライカは頭を下げた。内心でスネジンカも頭を下げた。今の下りははったりです、と。

気にしないでくださいとライカに微笑む。

 

「それじゃあマルフーシャ、あなたにお願いがあるの」

「どのようなことでしょうか」

「私が監査官として面倒を見ている子と一緒に門兵業務に当たって欲しいの」

「それは、最初のお話の」

 

ライカは頷いた。もしかしてこの話につなげたかったのだろうかと、スネジンカは邪推する。

 

「その子は9等級民という最下層スレスレの下級民なせいか、自尊心がなくて他人の言うことになんでも従ってしまう。自分の意思で動くことに難があるの。今はまだいいけれど、いずれ敵国の攻撃が激しくなって、そんな状態では本人の命どころか仲間の命すら危険にさらしてしまう。だから結果を出しているあなたに、彼女を少しでも引っ張り上げて欲しいの」

 

真剣な目でこちらを見てくるライカに、ここで断ればまた元の木阿弥になるか、ここは譲歩すべきだろうかと逡巡する。

 

「わかりました。そのお話、お受けします」

「ありがとう!助かるわ。これでビオンが一人前になってくれれば、私の肩の荷も1つ減る」

「――――ビオン」

 

記憶がある、その名前を聞いた記憶が。そうだ、この建物の中で聞いた名前。

 

『本当に…ここに…いたんだね。ビオン…』

『がんばってね、スネジンカちゃん』

『あなたの姉は、ここです』

 

ひゅっとスネジンカの喉の奥で音がした。次いで口を押さえてえづく。突然苦しそうに背中を丸めたスネジンカにライカは驚く。

 

「ど、どうしたのよ!?ちょっと大丈夫なの」

「大丈夫、大丈夫です……ちょっと喉にひっかかちゃって」

「もう、びっくりさせないでよ」

 

おさまったスネジンカの姿にライカは息を吐く。

 

「ライカさん。そのビオンという方とはいつから」

「あなたの都合がよければ、次の門兵業務からお願い。能力は低い傾向だけど言うこと聞くからうまく指導してあげて」

 

話はこれで終わりのようだったので自分の部屋に戻る。

懐の薬に手を出し、思い直して飲まずにしまう。やはり自分は少し変わったとスネジンカは思う。

前なら義姉の死の記憶に触れるとフラッシュバックに襲われ、薬を飲むか機械兵や人を殺さないとおさまらなかったのに。

相棒であるアブレックが死んだこの場所については折り合いをつけられたようだったが、先ほどはそこから義姉の死に顔に繋がって危なかった。

その衝動も少しですんだのは不思議だったが。

 

「ビオン。アブレックさんの、妹」

 

ブルーピーコックで自分の2年ほど先輩の社員。穏やかで、いつも他人を優先する優しい人だった。

 

『あなたが噂の新人さんね。私はアブレック。これからよろしくね』

 

入りたてで気の張っていたスネジンカの緊張を案じ、思いやってくれたのが最初の出会いだった。それからも危なっかしい彼女の面倒を見てくれ、いつのまにか相棒になってくれた人物。

 

(でも、今思えば私はアブレックさんに姉さんの面影を見ていたんだろうな。もしかしたら、アブレックさんも私に)

 

そのビオンという子に会うのに思うところがないわけではないが、自分がここでやることは招集状が来た時から決まっている。“マルフーシャ”が死んだと思わせる、それさえブレさせなければ大丈夫、うまくいく。スネジンカは自分に言い聞かせる。

 

(アブレックさんの妹、どんな子なんだろう)

 

浅い眠りと覚醒を数珠繋ぎした夜を、そんなことを考えながらやり過ごしていった。

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