302年
溶鉄部隊の兵舎内でそれは突然起こった。
「チェルヌゥウゥシュカァァァァァ!!」
叫びながら掴みかかってくる相手を見る前に殴り飛ばされる。ずいぶんな挨拶だが、遅かれ早かれこうなることをチェルヌ―シュカ自身わかっていた。
殴られた頬に手も置かず見上げると、相手は彼女に馬乗りになって胸倉を掴む。目を血走らせ歯を剥き出し唸る、部下のスネジンカだった。
溶鉄に入隊した時よりも背が伸び、髪型はかつての相棒であるアブレックと同じものだ。そしてその右目は青く、電熱線に蝕まれている。
「どういうことだ!?3年前、お前が姉さんを戦場から連れ帰ったのは!このためだったのか!!」
「……“頭だけでも持ち帰れ”と命令を受けたことは事実です」
「嗚呼あああああああああああああぁあああああぁ!!」
マウントポジションから素手で何度も殴りつけられ、チェルヌーシュカの顔から血が跳ねた。
「おい!なんだやめろ!」
「チェルヌーシュカ隊長!?大丈夫ですか!」
周囲にいた別の隊員数人がかりで抑えられたスネジンカは、それでもチェルヌーシュカを睨みつける。
「懲罰房に入れておいて下さい……頭を冷やしてスネジンカ。お願いだから短気だけは起こさないで」
連行される彼女を見送り、チェルヌーシュカ自身も彼女がああなるのは仕方ないと思っている。
始めは敵国の機械兵として利用されるのを防ぐためだと思っていた。
しかしスネジンカから、義姉の遺体を国が葬ったため確認できていない、ということを数年前に聞いて違和感を感じていた。
そして最近になって妙な噂が聞こえてきたのだ。これまでに戦死した英雄達を人型機械兵として蘇らせる、と。その中に、先ほど激昂したスネジンカの義姉であるマルフーシャも含まれていることを。
カゾルミアは禁忌に手をつけんとする程に追い込まれていた。いや、かねてより考えはあったのだろう、だから使えるように今まで保管していたのだ。
最高指導者は乱心しているのではないか、反逆罪に問われかねない言葉をチェルヌ―シュカは呑み込む。
仮に10人程度の英雄と呼ばれる兵士が蘇り、獅子奮迅の活躍を見せたところでどうなるものでもあるまい。
それにあっという間に部隊内に広まったこの噂、チェルヌーシュカには嫌な予感がして仕方ない。だから先ほどスネジンカに忠告したのだ。
その答えはすぐにわかった。懲罰房から出たスネジンカが自らの体を、実験体として国に差し出したのだ。その代わり義姉の遺体の火葬を歎願した。何かしらの取引があったのかもしれない。
そして、待っていたとばかりに反応したのは国営放送。護国のスネジンカ、祖国の圧勝のため新型兵器の開発に協力!その身を礎となす忠誠に称賛を!と。もちろんマルフーシャの遺体の噂は箝口令が敷かれた。
溶鉄部隊隊長に昇進していたチェルヌーシュカは祖国への忠誠と戦果が評価され、最高指導者の覚えめでたくこうした情報を集めやすい。
敵国の機械兵は人間の指示に従えるだけのAIを持ってはいるが、1人の兵隊として臨機応変に作戦活動を行うことはできない。いちいち指示を与え、かつその指示も複雑なことはできないという弱点があった。ならば既に兵士として完成した人間の肉体を機械化すれば、最強の自立兵器となるのではないか、ということらしい。専門家ではないチェルヌーシュカには詳しいことはわからないが、兵士の四肢を強靭な機械脚腕と交換しその動力となる炉を身体に埋め込み接続、驚異的な運動・継戦能力を実現しようというもの。胴体まで機械にしないのは、今の技術では臓器の再現が難しいため。
また公然の秘密となっている電熱線の後遺症についても、代替部品の開発に成功したということでいずれは後遺症問題を解決し、電熱砲兵部隊を作るという噂も聞こえてくる。何とも現場を知らぬ人間の考える“ぼくのかんがえたさいきょうのぐんたい”ではないだろうか。
(馬鹿馬鹿しい。あれはダメになった腕と目玉を交換すればいいと考えるほど生易しい代物ではない)
しかし肝心の炉の小型化が難航しており、いっそ生きるのに不要な臓器を摘出しその空いたスペースに入れようという案がでている。そのためこの計画は女性が適していると。
(スネジンカは本気なの?本気でこの計画に身を捧げると?)
しかし彼女の思いも空しくその後、最高指導者と親衛隊の立会いの下、スネジンカの目の前でマルフーシャの遺体が
北部戦地の時と変わらぬ義姉が火炉に放り込まれるのを、スネジンカは瞬きもせず見つめていた。
僅かに震える彼女の背中に、最高指導者が何事もないように言葉を放つ。
「貴様は我が国で最初の特殊強化兵として生まれ変わる。改造されてからの活躍を期待するぞ」
その言葉にも、スネジンカは義姉の呑み込まれていった火炉を見つめ続ける。誰にも見せぬその目からは、血の涙が滴っていた。
数日後、スネジンカが逃亡したという情報がチェルヌーシュカに届いた。それと併せ捕縛命令も。
「……スネジンカ」
溶鉄部隊隊長はしばらく、瞠目したまま動けなかった
296年
カゾルミア軍のいい所は2つある。最悪の味の糧食に慣れるので、腐っていなければ大概のものが食べられるようになること。
2つ目は弾薬だけは使い放題なこと。
「ごめんなさいごめんなさい!弾切れです」
そう言って泡を食いながら手元のアサルトライフルのリロードに入る少女。その先には無傷の小型跳躍兵ジャンパーの姿がある。
「焦らなくて大丈夫。この距離なら間に合うから」
無表情なスネジンカの冷静な言葉に、少女が泣きそうになりながらリロードしている。
「がんばります、がんばりますから!見捨てないでください!」
「ビオン。私、怒ってないから。深呼吸して、ほら」
実際にスネジンカは欠片も怒ってない。なんなら扉が打ち破られる寸前でも自分なら撃破できると思っている。
しかしそんな態度が圧力と感じたのか、リロードを終えた少女、ビオンは敵へ向けてアサルトライフルを乱射する。
「あっちいけっ!」
跳躍を繰り返して接近するジャンパーは狙いを付けづらい。むやみやたらに撃っては当たるものも当たらないだろう。
「あれは地面に着地してから再跳躍まで溜めを作る。偏差射撃を、奴が着地するであろう場所にあらかじめ狙いを付けて」
「は、はいぃ」
すると今度は初撃から命中、続けて2発3発4発と当たり爆発、大破した。
「やった…」
「うん。落ち着いてやれば狙いも撃ち方も悪くない。今みたいに敵の動きを見てやれば怖がることなんてないよ」
「は、はい!私みたいな下級国民に、ご教授ありがとうございます!お礼は何でも差し上げます!」
何度か一緒に門兵業務にはいったが、ライカのいう自尊心がないというのは中々改善しない。最初の時よりはマシになったが。
「命中しないからって謝る必要はないよ。それに私は上官でもないんだから丁寧語もいらないし」
「そ、そんなことできません!わざわざ監査官からの指示で私に付き合ってくださる方に対して!」
「対外的に見れば逆なんだけどな」
毎日門兵業務に入るスネジンカにすれば、ビオンの都合のいい日に一緒に組むようなものだ。
「あ、あの!敵兵が!?」
「うん」
高速で突っ込んでくる6台の丸い機械兵、小型の自爆兵だ。その脅威にビオンは青くなる。
「自爆兵の軌道は最短距離を直線で向かってくるだけだからわかりやすい。なんならさっきみたいに掃射でもいいけど」
スネジンカは自爆兵を一瞥。右手のハンドガンを連射、すると全ての自爆兵が爆発した。
「大勢で来られると手間が増えてくから、軽機関銃でもなければ無駄なく倒したいね」
「す、すごい……!」
「慣れれば誰でもこうなるよ」
弾丸をリロードしながらスネジンカは言うが、その目が遥か前方の自爆兵の群れを捉える。
「それじゃあ今日のおさらいだよ。今から自爆兵が小隊規模で突っ込んでくるから撃ち落として」
「えっ!?そんな数が来るはず…………うそ、やだなんで!?扉が、守り切れない!」
「2人でやれば大丈夫だから。ビオン、あなたがメインで撃ち落として。漏らしても私が間違いなく落とすから」
「わ、わかりました。ビオン、戦闘開始します!」
進み出たビオンの後ろに下がったスネジンカは、近づいてくる機械兵群を見て考える。
(増えてる。前線が崩れ始めたのかな)
1週間ほどですっかり増えてしまった残骸を眺め今後の展開を予想する。小型や自爆兵がこれだけくるなら次は中型、無いとは思うが大型来襲の可能性も考えておいたほうがいいだろう。
(大型を2人でか)
ビオンが撃ち漏らした自爆兵を3体撃ち落としながら、大型が来たときはビオンをバックアップに自分が前に出よう。明日にもハンドガンは卒業したほうがよさそうだ。スネジンカはそんなことを考えながら、追加で4体を撃ち落としていた。
その襲撃を凌いでからは交代まで何事もなく終わる。2人で門中に入ると、ビオンはスネジンカに深々と頭を下げてきた。
「今日も、お邪魔をしてごめんなさい!マルフーシャさん1人ならもっともっと上手くやれたのに」
「いや、さすがに今日の数をハンドガンでやるのは骨だったよ。こちらこそビオンがいてくれて助かった」
「そ、そんな私みたいななのに……あの私、お役に立てたんでしょうか……?」
「うん。ビオンがいてくれてよかったよ」
その言葉にビオンは俯きがちな顔をようやく上げる。
「あ、ありがとうございます!マルフーシャさんが一緒で、本当によかったです!」
今日初めてのビオンの笑顔に、かつての相棒の指導が役に立ったようだ。
「あの、今日から私、マルフーシャさんのお部屋にお邪魔するかと思うんですが」
「ごめん。言ってなかったけどその必要はないよ。ビオンはこれまで通りの部屋を使っていいって、ライカ監査官から許可を取ってるから」
「えっ……あ、はい。下級国民の私なんか、お邪魔ですもんね思いあがってごめんなさい」
「違うよ。私の都合」
スネジンカは顔を伏せる。
「私ね、夜中に叫んじゃうの」
「さ、叫ぶですか?」
「妹が、居たんだ。亡くなったんだけど。それで名前を夜中に言っちゃうから同室者に迷惑をかけるの」
「えっ……そ、そうだったんですね」
ビオンが目を見開いて耳を傾ける。
ちなみにこの理由は嘘である。夜中に時折叫ぶのは本当だが。
「……マルフーシャさんって、お姉さんだったんですね」
「そうだね。姉としてあの子を守ってあげたかったけどダメだったんだ」
「あの、姉って、出来の悪い妹のことはどう考えるものなんでしょうか?」
スネジンカがビオンに顔を向けると、うつむいたビオンが見えた。
「可愛いと思うものだよ。だって妹なんだもの」
そう返事したスネジンカをちらりと見て、ビオンが頭を下げた。
「今日はありがとうございました。また今度、よろしくお願いします」
そう言って駆けて行った。
(あれがアブレックさんの妹か)
まるで違う性格、しかし自分よりも他人を優先する点は同じだ。ただその動機が同じなように思えなかったが。
少し気になることもあるが、今日の所はこんなものでいいだろう。
(また一緒にやる約束は取ったんだし、おしゃべりする機会はあるよね)
そう考えたスネジンカは、武器を替えるための申請書を書くため事務室へ足を向ける。
するとそこで初めて見る2人組がいた。1人は背が高く短い黒髪の少女。以前話したフェリセットほどではないがどこかボーっとした印象。
もう1人は長い金髪をツインテールにした気が強そうな子だ。部屋に入ったスネジンカと目線があうと、一直線に向かって来た。
「少しいい?アンタかしら、門兵業務でビオンの指導をしてるのって?」
「そうですが、あなたは?」
「私はベルカよ。ライカがつけたってことだから間違いはないと思ったけど。そっか」
スネジンカの上から下まで見回すベルカと、そんな2人をじーっと眺めている黒髪の少女。
「1度受けたからには最後まで面倒を見てあげて。あの子、碌でもないちょっかいを掛けられること多いから」
「なるほど」
「本当は私が何とかしてあげたかったけど、こんな性格だからあの子、委縮しちゃうのよ」
ふんっと目を閉じ言い捨てているが、要はビオンのことを心配しているのだろう。
「ライカの部隊はいい子ちゃんばっかりで心配ないんだけど、ほかの監査官の下の奴らは陰湿なやつが多いの。だから私らみたいなのは固まって動くようにしているわ」
ベルカはそう言って後ろの少女を手招きする。
「この子はエノス。エノスもビオンと同じ9等級民で何かとトラブルを引き寄せるからこうして看てるの。私も8等級だから一緒にいたほうが都合がいいし」
「エノス。よろしく」
「私はマルフーシャといいます。2人ともよろしくお願いします」
簡単なあいさつではあったが、彼女らもライカの下なのか。
「そういえば寝ぼすけフェリセットとアリビナはあんたと話したって聞いたけど、ストレルカには会ったの?」
初めて聞く名前にスネジンカは首をかしげる。
「あいつ話してないのかしら?ライカの下についているのは全部で7人。この3人とビオン、フェリセットとアリビナ、そしてストレルカ。本が大好きで業務と訓練以外は宿舎で本を読んでるわ。黒くて長い髪を2つ結びで猫背だからすぐにわかるから、もし見かけたら声かけてあげて。あいつからはまずコンタクト取らないだろうし」
「わかりました、気にかけておきます」
「頼んだわね」
それにしても、とベルカは顔を覗き込む。
「アンタ、歳いくつ?なんか同年代に見えない気がするんだけど」
「あなたと同じぐらいですよ。老けて見えるのは生来のものなので」
「ふーん、苦労してきたのね。なんかあったら声をかけて。同じ部隊のよしみってやつで助けたげるから」
それじゃあね、と部屋を出ていくベルカに、スネジンカへ頭を下げてからエノスもその後を追う。
何とも世話焼きな人だ。初対面である自分にも気を回すとは、根っこはアブレック側の人間なようだ。
(さて、武器申請書は)
ここに来た目的を忘れてはいけない。欲しい武器はマルチバレルライフルだが、そんなものここにはないだろう。明日にでも支給されるものは、
(ショットガンか)
悪くない。装甲が厚い機械兵が来ても、ビオンをバックアップに自分は近距離まで詰めてこれで押し切ることもできそうだ。
申請を出してからついでに報告書も仕上げ、そのまま監査官であるライカのいる部屋まで報告書をあげにいく。
ノックと声をかけても返答はなく、軍では中から応答がない限り決して入ってはいけないのだが、ここは徴募兵マルフーシャとして行こう。
そんな気持ちで入室したが、どうやら本当に誰もいなかったようだ。報告書を未決裁箱にいれた後はいつものルーティーンで宿舎で休むだけ。
次の日の業務ではショットガンの使い心地を確かめたのだが、精度や威力も申し分ないものだった。耐久性は使いながら確かめるとして、ここまでは特に何事もなく終わった。
報告書を出し、宿舎に向かおうとした時に目についたのは用があったばかりの人物だ。
「ライカさん」
「ああ、マルフーシャ」
「こんなところでなにを……ビオン?」
「あ、マル、フーシャさん……」
廊下でライカを見つけたので声を掛けようと思ったら、どうやら陰にビオンもいたらしい。
目に涙をためたビオンと眉根を寄せたライカの姿、これはビオンが叱責されているのだろうか。
「どうされたのですか?」
「うん、そうね……何というか」
「何でも、何でもないんです!私が、差し上げたんです!だから、だから大丈夫なんです」
ついに涙をこぼしたビオンが拒絶するように頭を振る。
「……また盗られたのね」
「盗られた?」
スネジンカは2人を見やる。
「ちが、違います監査官!私が差し上げたんです!本当です!」
「いいから、ビオン。私は憲兵として舎内の秩序維持も仕事の1つなの。同じ連中でしょう?」
「その、わたし……ちがくて……」
「相手方の不法行為には正式な対応をぶつけなきゃ、何も変わらないわ」
「……でも前は戻ってきてもボロボロで、監査官のお立場も悪くしちゃいましたし」
「私は仕事だからいいの!とにかく、前に渡した書式で今度こそ届けを書いておいて、いいわね?」
そう言ったライカは足音大きく自分の部屋に戻っていった。
「ビオン、何があったの?」
「だ、大丈夫です……何でもない、私が低級民だから、悪いんです、はは」
そう言ってビオンは背を向けて離れて行ってしまった。こうなると無理に聞き出すのも憚られる。
(ライカさんの所に行こう)
おそらく自分の予想は間違っていないだろうと思いながらも、スネジンカはライカの後を追った。