溶鉄のスネジンカ   作:スペシャルティアイス

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#8

部屋に入るとライカは書類を作っていた。ちらりと盗み見た限りは報告書も兼ねた抗議書だろうか。

机から顔を上げてライカがスネジンカを見る。

 

「マルフーシャ?」

()()()()()()()()()()

「あの子、自分からしゃべったの?ああ、相棒だからかしら。そうよ、ガラの悪い他部署の兵士にからかわれ、そして今回はあの子の好きな本を盗られたみたい。買ったばかりのをね」

 

さも聞いた風に装ってみたが、なるほどよくある話だ。

 

「それについてライカさんは」

「もちろん、しょっ引いてやるわよ!うちの者がやられて黙ってるわけにはいかないわ!」

「ですが“また”とのことですよね」

「それは……前は本ではなかったけど、相手が借りただけだと言い張って、ビオンもそれに頷いてしまって有耶無耶になっちゃったのよ」

 

事を大袈裟に荒立てたという風にライカの立場は見られてしまったわけだ。

 

(この手の問題は真正面からやってもな)

 

「ライカさん、その本を盗っていった方について教えて頂けますか?」

「えっ、どうしてよ?」

「少し考えがあります。大丈夫です、悪いようにはなりません」

 

この手の輩をスネジンカは大好きだ。壊してもいい機械兵の次くらいに。疑いの目を向けるライカだったが、これまで結果を出してきたスネジンカなら某かやれるのではないかと、その希望にかけてみることにした。

翌々日、兵舎内でちょっとした噂というか騒ぎがあった。それをライカが知ったのは、スネジンカが懲罰房に入ったという知らせを聞いてからだった。

 

「これはどういうことよっマルフーシャ!」

「差し入れでしょうか?ありがとうございますライカさん」

「馬鹿っ、違うわよ!」

 

一昨日に教えたビオンの件の犯人、スネジンカが訪ねた時には複数人の男の兵士だったのだが、彼らと喧嘩をして彼女が叩きのめしたというのだ。

その証拠に、懲罰房の中でくつろいでいるその顔には切り傷が見て取れた。

 

「ああ、これですか?さすがに無傷だと面倒なので甘んじて何発か貰いました。それに相手にわからせることができましたので、もちろん手加減もしましたよ。ついでに本も取り返してあります」

「だからって、騒ぎを起こすことはないでしょう!?」

「私だってここまで大事になるとは思ってませんでした。せっかく人目のない所でやったのに。男複数人が女1人に喧嘩で負けたなんて、馬鹿にされますから口外しないと思ってたんですが」

 

無表情でいけしゃあしゃあと宣うスネジンカに、ライカは感情を抑えるように深く息を吐いた。

 

「……あなたがこんな感情的だとは、思わなかったわ」

「違いますよ。ある程度計算づくです。ただきっかけは、ああいう手合いを叩きのめすのが好きなんです。それに喧嘩の処分なんて初犯なら減俸か奉仕活動のはずだったかと」

 

本当は風穴を開けてやれればもっと気持ちがいいのだが、さすがに同僚殺しは問答無用で処理されてしまう。

唸るライカにさらに言い募る。

 

「でもこれで噂になれば悪くはないんじゃないですか。ビオン、ひいてはライカさんの部隊の人間にちょっかいを掛ければ変なのが出てくるって言われれば」

「でも、それじゃあなた」

「気にしません」

 

どうせ3か月後にはなくなる街だ、そう心の中で呟く。かつて国営放送では、義姉が守り続けたといわれるこの都市は、配属100日後に敵の手に落ちていたはず。

 

(その際“マルフーシャ”は戦死か行方不明となり、私は潜んであの男を殺す方法を見つける)

 

そう考えれば多少問題行動を起こしても、スネジンカにはいっこう構わなかった。だがそんな行動は他人からは別の印象を与えたようだ。

ライカは肩を震わせ、辛抱できないと言わんばかりに口を開く。

 

「マルフーシャっ!」

「大声を出してどうしたんです?」

「あなたが相棒であるビオンのことを思って行動したのは、私は好ましいと思う。けどね!その捨て鉢な態度はなんなの!?あなたも私のなか……管理する人間なのよ!おもしろくないわ!」

「んー……はあ、そうですか」

「だからぁ!」

 

いきりたつライカをどうどうと宥める。

 

「いいこと!今後、何か問題解決しようとするならまず!監査官である私に話しなさい!いいわね!?」

「はい、わかりました」

「本当にわかってるの……?」

 

ブツブツと言いながら面会から去っていくライカを見送って、彼女の先ほど言いかけただろう言葉を思い返す。

 

(仲間、か)

 

久しく聞かない言葉だった。ここ数年間を過ごしたのが溶鉄であったこともあり、そのような関係は考えたこともなかったはずだ。

 

(……ライカさんは私を仲間と思ってくれているのか)

 

むずがゆく感じる気持ちは感傷だろうか。

扉の外から音がした。どうやらまた面会人のようだ。

 

「し、失礼します」

「ビオン?」

 

ひっそりと入ってきたのはビオンだった。彼女は格子越しのスネジンカの姿に謝りながら走ってくる。

 

「ごめんなさい!!わたしが、わたしのせいでこんなことに!!」

「ちょっと待ってビオン。私は別にあなたのためでこんなことしたわけじゃないよ。ただ目の前で威張ってる奴らと喧嘩したかっただけ」

「でも、でも私の本を取り返したって……」

「なんのこと?あいつらからお詫びの印ってことで、私がもらったものだよあれは」

 

その言葉(ウソ)にビオンの目が丸くなる。

 

「こういう時はどうすればいいと思うビオン?」

「あの、私……お金を、お金を払って」

「それでもいいけど、私やあなたの監査官であるライカさんに言えば済む話だよ。彼女は元からそのつもりだから、間違いなく本はビオンに戻ってくる。あなたはもっと使えるものは使ったほうがいいよ」

「でも、でも……そうしたらマルフーシャさんに」

 

私?私が何だというのか、スネジンカが訝しんでいると。

 

「嫌われちゃう……私、マルフーシャさんに嫌われたくないです」

「……こんなことで嫌いになるはずないでしょ」

「そんなはずない!私みたいな駄目な人間、すぐ嫌われちゃう!……でも嫌われたくない、嫌われたくないっ。怒られたくない、わたし、わたし」

 

頑なに自分を否定するビオンの姿にどうにも普通ではない感じがする。

 

「話の続きだけど、もっとあなたの周りの人間を使ったほうがいいよ。言い方が気に入らないなら頼るでもいいけど。ライカさんを頼った、以前盗られたって時に、最後まで訴えを取り下げないで突っぱねてればよかったんじゃないの?」

「……訴えを取り下げないと、他の皆さんに酷いことをするって。エノスさんやベルカさん、監査官にも」

「なら彼女らと常に一緒にいればいい。多には多でいれば相手は手を出しづらい。監査官相手には一兵士が何かやれるはずもない」

「わ、私みたいなのといたら、2人も嫌な気分になります……」

「それを決めるのはビオンじゃないよ」

 

そこまでスネジンカが言い切ったところでビオンが声を出した。低く重い声だ。

 

「……マルフーシャさんにはわからない、です。5級等民で業務を1人で完璧にこなして、来たばかりなのにみんなから一目置かれて、何でもできる人には」

 

私が、何でもできる?思わず笑ってしまった。何でもできていたら 姉 さ ん (マルフーシャ)は死んでないし、こんな国にもいない。こんな身体にもなっていない。

 

「ふふっ」

「……何を、笑っているんですか」

「ねえビオン。私ね。何もできなかったんだよ?一緒におうちに帰りたかった人を、みんなも、誰1人助けられない。望みを何1つ叶えられなかった私が、何でもできるように見えるんだ?」

 

ニヤニヤとしながらスネジンカは続ける。

 

「それに5等級でって、ククっ……そんなの意味ない。最高指導者からすれば、国民なんて等しく道具なんだから。使える使えないの違いはあるけど」

「ヒぃっ……!マ、マルフーシャさんっ!?それは」

「みぃんな、今ある手札でやりくりして生きるしかないんだ。ビオンには心配してくれる人らがいるんだから、彼女らを頼り頼られてればいいんだよ。だから、そんな手札を捨てる真似はもったいないよね?」

 

青い顔をしているビオンにそう告げた。

 

「本はここを出てから返すよ。悪いけど、それまでは待っててね」

「は、はい。ありがとう、ございます」

 

最高指導者を例に出したのはやりすぎだったようだ。口に手を当ててビオンは出て行く。少し口が滑ってしまった、あまり調子に乗らないようにしよう。

 

「何でもできる人、か」

 

自分にとってそれは義姉であった。優しく、勉学と家事や仕事もこなし自分を守り育んでくれた、この世で最も愛している存在。プロパガンダが含まれていたとはいえ、戦場においても才能をいかんなく発揮していたのだから、何でもできる人というのに近いのは義姉しかいない。

 

(でも、何でもできるから幸せになれるというわけじゃない)

 

そんな義姉も戦場で命を失った。思うに幸せというのは、失って初めて理解できるものなのだとスネジンカは考える。自分にとってそれは大切な義姉、彼女に守られていた日常こそ自分にとっての幸せだったのだ。義姉は死んだ、なら自分が幸せになることは2度とない。

どたどたと足音が扉の外から聞こえる。今日は来客が多い。

 

「フーシャちゃん!」

 

部屋に飛び込んできた3人目はアリビナだった。

 

「大丈夫!?怪我はしてない?」

「大丈夫、無事です」

「顔に傷がついてるよ!?女の子を叩くなんてひどい!」

 

憤慨する彼女の後ろから、ベルカがフェリセットの手を引いてやってきた。

 

「やるじゃない!連中をぶん殴ったって聞いてスッキリしたわ。そういうことしなさそうなのに、やるわねアンタ」

「はあ、そうですか」

 

笑いながら褒めてきたのはベルカだ。その隣でフェリセットが目をこすっている。

 

「お姉さんが心配で眠れませんでした。なのでお昼寝がしたいです」

「こらっ。こんなところで寝ないの。我慢して」

 

そう言ってフェリセットの尻を叩くベルカに続き、2人入ってきて部屋が一杯になった。

1人はエノスのようだが、もう1人をスネジンカは初めて見る。

 

(ああ、この人がベルカさんの言っていた)

「…初めまして、よね。私はストレルカ。あなたと同じくライカの下にいるわ」

「こちらこそ。マルフーシャです、どうぞよろしくお願いします」

 

この部隊はジト目というか、眠たそうな目をしている子が多いと感じる。エノス、フェリセット、そしてこのストレルカだ。

 

「…ビオンの件、礼を言うわね」

「私が勝手にやったことなので、気にしないでください」

「…本を大事にしない奴は嫌いだから、何とか取り返してやろうとしたけど」

 

なるほど、自分と同じことを考えていた者はいたらしい。

 

「でも酷いことするやついるんだね!ビオンちゃん、何も話してくれてなかったし」

「あの子のことだから、皆さんに迷惑かけられません、とか思ったに決まってるわ。同じ部隊なんだから思いっきり迷惑かければいいのよ!やっぱり、あの卑屈さは何とかしてやらないと駄目ね」

「ベルカちゃん怖いから、ビオンちゃん逃げちゃうもんね」

「何ですって!?」

 

『あらあら。そのようなことも知らずにこの会社に入るなんて。クソミジンコさんはもう少し学校でお勉強なさっているべきではないかしら?』

『エクトルちゃん!スネジンカちゃんはお姉さんのために頑張ってるんだから、そんな言い方』

『これは~、安全な街で待ってなさいって言ってるんだよ~』

『ちょっと!勝手に言い換えないでくださいませんか!?』

『あ、あのあの……喧嘩はそのぉ、やめたほうがいいですよぉ』

『声が小さくて誰も聞いてないよデジク』

 

じゃれあうアリビナとベルカを尻目に、フェリセットが格子に近づく。そしてじっとスネジンカの目を見つめた。何か自分の顔についているのだろうかと頬に触れてみる。

 

「お姉さん、泣いてるんですか?」

「……いいえ。どうしてです?」

「なにか、悲しそうです」

 

それだけ言ってフェリセットは背を向け戻り、ストレルカにもたれかかる。鬱陶しそうにしながらも、ストレルカは彼女は振り払うようなことはしない。

 

「…フェリセット、暑苦しい。ビオンのことは、あの子の問題だから様子を見ましょう。ほら、そこの2人、騒がしくしない。大丈夫そうなの確認したんだから戻るよ」

「はぁはぁ……ったく、アンタに付き合っても疲れるだけだわ」

「ベルカちゃん、そんな体力じゃアタシとアイドルユニット組めないゾ♡」

「誰が組むかっ!」

「なんだかお腹が空いてきましたぁ」

 

次々と面々が出ていく中、ずっと黙っていたエノスが格子越しにハンカチを差し出した。

 

「傷。それと」

 

スネジンカがそれを受け取ると、中にレーションが一本入っていた。

 

「秘密」

 

そう言って出て行った。

飯抜きだったのでありがたく頂戴する。彼女の優しさで何となく美味しい気がした。

フェリセットに尋ねられたことに、騒がしい一幕にふと顔に出てしまったののだろうか。自分はそんなに顔に出るはずではなかったと思うのだが。

それにしても、なまじ騒がしかったために静寂が耳に障る。

 

(やっぱり姉さんの振りなんて、私には厳しいかな)

 

当時の年齢と近い子らに付き合うと、どうしても記憶の軟らかい場所を刺激されていけない。しかし溶鉄のころの態度では義姉と似て似つかなくなる。

ちょうどいい塩梅とは難しいなあと思いながら、スネジンカは目を閉じて時間が過ぎるのを待った。




救国メンバーの『  』部分は下記の人物の想定で書いてました。わかりづらくて申し訳ないです。

エクトル…『あらあら。~
アニタ……『エクトルちゃん!~
クラサフカ『これは~、~
エクトル…『ちょっと!~
デジク……『あ、あのあの~
リシチカ…『声が小さくて~
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