溶鉄のスネジンカ   作:スペシャルティアイス

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#9

懲罰房から出されたのは予想通り早かった。給与からさらに天引きされる額が増えたが、元から0に近い数字なので気にしてもしょうがない。

宿舎に戻る階段を上った先で、自分の部屋の前に立つ人影が見えた。

 

「あっ……マルフーシャさん」

「おはようビオン。早いね、本だよね少し待ってて」

「ごめんなさい!!」

 

大声で謝る声に機先を制される気持ちになる。この子は何に謝っているのだろうか。

 

「昨日は私、失礼なこと喋って、本当にごめんなさい!マルフーシャさんが、やってくれなきゃ私今も泣いたりして、ぐずぐずしてました」

「いいよ、そんなに重く考えなくても。ただ1人でいることは避けたほうがいいよ。ベルカさんなんか、私がビオンを守らなきゃって言ってたし」

「えっ、本当ですか?」

 

ビオンが出て行った後のことを話すと彼女は俯いた。本を持ってきて渡しながら気になっている事を聞いてみる。

 

「ビオンは嫌われるっていうけどなんでそう思うの?嫌われるのってそんなに怖いこと?」

「……だって、必要ないってことじゃないですか、嫌われるって。お前は必要ない、いらない、頑張らないと捨てられちゃう」

 

本を受け取るときにちらりと見えたビオンの目には光がなかった。ここでない、ここにないものを見ているような。

 

「私がもっと頑張れれば、頭が良ければ、きっと姉さんじゃなくて私が――」

 

はっと顔をあげたビオンはいつものビオンだった。

 

「ご、ごめんなさい変なこと言って。本、ありがとうございます!門兵業務は後で連絡しますから!」

 

慌てたようにビオンは駆けていく。その姿はまるで階段を転げるように下りていくようだった。

 

(“姉さんじゃなくて私が”――か)

 

アブレックにコンプレックスを感じていたのだろうか。そういえば、

 

『スネジンカ~気をつけなさいよ。その人、勤務先だった学校で爆弾作って懲戒解雇になったヤバイお姉さんだから』

『爆弾!?』

『そうよ~?ふふふ、気を付けてね』

 

(爆弾のインパクトで流してたけど、アブレックさんて学校で働いてた教師だったんだよね)

 

妹であるビオンが9等級民ならその姉であるアブレックも同じのはず。その等級で教師になるというのは事実上不可能な気がする。

カゾルミアの就職事情には等級が大きく関わるのは周知の事実であり、9等級では清掃や小売などの高給の見込めぬ職にしかつけず、教師などなるための大学の学費すら払えないはずだ。

 

(アブレックさん自身が強力なコネを個人的に作ったのか、それとも全部跳ね除けるほど学があったのか)

 

等級差別著しい国ではあるのだが、一方で飛びぬけて優秀なものを極端に優遇する気風もある。己の価値を証明することができれば、学費の一部免除や飛び級も可能であったはずだ。かつての仲間の1人が飛び級で大学を卒業したというのを聞いたこともあるので間違いない。

しかし、かねてより疑問だったことが解消できない。

 

「なんで、教師を辞めさせられることを?」

 

そんな当たり前の疑問に答えられる者は、未だいない。しかしスネジンカは、それを確かめようと行動は起こせない。

 

(私は“マルフーシャ”。余計なことはこれ以上しない様にしよう)

 

そう言い訳を心の中で呟きながら、今日からの門兵業務に従事するべく準備を始めた。

 

 

 

Side:ライカ

 

今日の業務がようやく終わった。昨日まではマルフーシャの件で各所へ説明に出向く必要があったので日常業務が溜まっていたのだが、なんとか気合で終わらせた私は偉いと思う。監査官たる者、皆の模範であらねばいけないものね!しかし事務仕事でなまった体をほぐしたい、射撃場に向かおうか。

 

“タァン”

 

どうやら先客がいたようで射撃音が聞こえる。

 

(遅い時間なのに珍しいわね)

 

銃を手に取り各所点検、イヤーマフをつけて中に入るとビオンの姿があった。その目は真剣そのもので、アサルトライフルで目標を素早く撃ち抜いていく。

自分もそれに倣い別のコーナーに入る。直線状の目標にショットガンの銃口を向け、始める。

管理職である今の職務は責任あるものと理解しているが、やはり軍学校での厳しい訓練を経た身なので、事務にかまけて勘を鈍らせることはしたくない。

訓練を終え一息吐く。身体を動かす業務は明日に組み込もうかと思って射撃場から撤収すると、ビオンが壁際の椅子に座って私を待っていた。

 

「お、お疲れ様です監査官!」

「お疲れ様ビオン。遅くまで訓練ご苦労様。頑張ってるのね」

「は、はい。マルフーシャさんに教えてもらってことを、忘れないうちにと思って」

 

うんうん、頑張ってくれてて嬉しいわ!……それにしてもマルフーシャか。最初は感情の希薄そうな、エノスのような印象だった。

でも初日の門兵業務をこっそり見に行った時に見た異常な銃の腕前。質問した時は雰囲気に圧されちゃったけど、間違いなく趣味や訓練で培われる腕前じゃない。軍学校の教官なんて目じゃない命中精度。なぜか低威力のハンドガンで撃ってるのに1撃2撃で機械兵を撃破していくのは、装甲の薄い弱点を完全に見切っているということ。間違いなく実戦経験がある。

私は初め、周辺国のスパイだと思った。しかし国への再三の調査の結果、その可能性はあり得ないとのこと。ちらりと、まさか別の人物が成り替わってる?なんて物語みたいなことを想像したが、あんな腕前の人物がわざわざ徴募兵になり替わる理由などないだろう。

いずれにしろ国の判断に従うとして、あの腕前で私の部隊の者の実力の底上げができないかと企んだのだ。

 

「うまくやれているようでよかったわ。それにあんな喧嘩してまであなたの本を取り返してくるなんて、あいつって直情家なのね意外と」

「マ、マルフーシャさんは優しい人です。だからあんな無茶をしたんです。ただ――」

 

なんと、もっと周りを頼れと説教されたらしい。……意外とはっきり言うのねあの子。いや言われてみれば私の質問の時も理屈ではっきりやりこめてきたわね。

確かにビオンには周りを頼ってほしい、卑屈にならない様にと指導してきた。少しずつでも変わってほしい、そう思ったのは国からの情報である程度、彼女の家庭環境について聞き及んでいたから。

 

「……私、強くなりたい。人に迷惑をかけないくらい、その……マルフーシャさんみたいに強くなりたいです。銃器の扱いとかだけじゃなくて、なんというか強い人に」

「いい傾向で大変結構よ。ただし、あの子を目指すのは少し大変よビオン。それと見習うのはいいけど、今回の騒ぎみたいに問題は起こさないでね」

「ああっ!?はいっ、今回は私のせいで、ごめんなさい!」

 

まあ今回の件だって、決して100%のマイナスにはならない。ただしマルフーシャを除いて。

どうにもあの子は自分の利益に無頓着な気がする。皆が厭う門兵業務ばかりやるのも、憎まれ役を買って出るのも。利他的というのとは違う気がする、自分の事をどうでもいいと考えている節がある。

 

「それとついでに伝えておくけど、明日以降からはうちのチームの誰かと一緒にいるようにしておいて」

「はい、既にベルカさんとエノスさんにお願いしました」

 

あら、積極的ね。前のビオンなら私なんて……と逃げるのに。さすがに2度も狙い撃ちされたのは堪えたのか。

 

「それもありますけど、少しでも変わりたいと思ったんです。私が、変わらないままだと、もっと迷惑をかけちゃうって気づけたんです」

 

そう言ってはにかんだビオン。……なによ、私よりも監査官らしいことしちゃって。少しマルフーシャに嫉妬してしまう。

 

「うんうん、その調子で頑張ってね。いずれは逆にマルフーシャの奴を助けるくらいになっちゃいなさい!」

「そそ、そんな畏れ多いです!わたしなんかまだまだ、まだまだですから」

 

そう言って慌てるビオンを笑って、私は射撃場を後にした。本当はもっとおしゃべりしたかったけど、明日は朝一で憲兵業務が入っているので休んでおきたい。

それにしても我が部隊の人間は一癖も二癖もあるものばかりで、どうにも苦労する。しかしそれも自身に課された役割、それを全うするのが軍人なのだ。

明日も頑張ろう。そう気を入れ直し、私は自分の宿舎に戻るのだった。

 

 

 

本日の門兵業務にはビオンも参加していたようで、門前に構えて撃ち漏らしに備えている。時折、自爆兵が近づく時があるが、瞬時に反応して撃ち落としていく。

その10数メートル先で、中型の機械歩兵と機械飛行兵を相手に、後退しながらショットガンを放つスネジンカの姿があった。まずは足の速い飛行兵を撃破し、ついで歩兵を先頭から順次撃破していく。

その際の動きを、ビオンは遠目から俯瞰的に観察する。少しでも彼女の動きを見盗るために。

例えば、歩兵を正面から相手しつつも飛行兵の軌道先に移動していき、自分の近くを飛行兵が通過する瞬間に、銃口を斜め上に向け真下の最も装甲の薄い箇所にショットガンの散弾を炸裂、撃墜している。

最低の労力で最高の効率を、平たく言えばスネジンカの戦い方はそれに尽きる。継戦能力をいかに持続させるかを考えて組み立てられた戦闘論理。長期間の戦闘、圧倒的な対多数、上官からの理不尽な注文、命令変更。その中を生き抜くための知恵がその動きに込められていた。

無論それは常に現状に最適化していく必要がある。例えば今であれば、敵機械兵から人間への攻撃はないために、敵撃破を最優先とした戦い方であった。

目につく範囲の敵を撃ち落としたスネジンカがビオンの元に戻ってくる。

 

「機械兵、増えてきてるね」

「はい。前線は勝っているってラジオは言ってるのに、何が起こっているのでしょうか?」

「前線が押されてるんだよ、最悪負けてるんじゃないかな」

「えぇ!?そんな!ってマルフーシャさんダメです!!そんなこと言って、だれか聞いてたら……」

「ごめんね。もう言わないから」

 

時折、国に批判的な言動が出てくるようになった彼女にビオンは大いに焦る。なにせ密告されれば、更生施設送りになることは想像に難くないからだ。

 

「でも押されている可能性は考えたほうがいい。中型が頻繁に来るのはその証拠、最悪大型が来るのも想定したほうがいいよ」

「大型、ですか?」

 

どうやらビオンは大型の機械兵に当たったことがまだないらしい。それと同時に少し喋りすぎたことも反省する。

どうもビオンが相手だと少し気が緩む、というか変に力が入る気がする。この感覚はなんなのだろうか。少しの戸惑いをスネジンカは感じていたが、そんなことを思っていると新たな敵を確認した。

 

「増援確認。今度はジャンパー主体だね」

「そ、それなら、私にやらせてください!お役に立ちます!」

「うん。それじゃあ私はバックアップとして控えるから」

「はい!準備よし、戦闘開始します!」

 

少しずつ変わり始めたビオンは、銃を力強く握り駆ける。そして敵機械兵を銃口の先に捉え、その引き金を引いた。そこには20日前までにはなかった自信が確かに宿っていた。

 

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