優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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ここではないトリステインへ

 

 王国トリステインにある、貴族の子女が在籍する名門トリステイン魔法学院――。

 先進的な学び舎と広大な平野に作られた敷地。そこでは、神聖なる使い魔召喚の儀式が行われていた。

 

 一人の教師の監督の下行われるその儀式に不真面目に取り込む生徒はいない。この儀式で召喚した使い魔は己の魔法の実力が映されているといっていい。

 儀式に臨む誰も彼もが今日という日を心待ちにしていただろう。ハルケギニア中の生物を自分の属性と照らし合わせて探すために、儀式の日が迫ると図書室に何冊もある生物図鑑が生徒たちに貸し出されて帰ってこない日が何週間も続いたほどだ。

 己の方向を決定付ける儀式――メイジである彼らにとってそれは違えようもなく重大な日であり、一生を左右する召喚の儀式はそれ故に神聖になっている。

 

 けれども、実際に何が現れようとも呼ばれた彼らはこれからのパートナーである。望んでいた使い魔でなくとも、現れた自分の半身に不満を表すものはいない。召喚を終えた生徒達は思い思いに、笑顔で現れた使い魔と交流を行っている。

 

 

 その中で、桃色がかったブロンドの髪と貴族の証であるマントを風に靡かせて少女は立っていた。

 彼女にとっても、待ち望んだ使い魔召喚の儀式である。失敗は出来ない。ここで失敗したなら彼女の描いていた希望は潰えてしまうことになる。

 胸中は不安で敷き詰められ、むしろ、安心できる要素の方がずっと少ないくらいだ。緊張でかたかたと震えだしてしまう足を情けなく思いながらも、彼女は静かに自分の順番を待っていた。

 

 そしてついに、彼女の番が来る。

 他の生徒たちは召喚を終え、ただ一人残った彼女を遠巻きに見ている。色々と名の知れている少女が召喚する使い魔はどんな種族であるのか見ものなのだろう。

 遠巻きに眺める生徒に寄り添うよう、使い魔となった様々な生物が控えていた。バグベアー、ネコ、ジャイアントモール、フクロウ、ヘビ……世界の最果てでしか見られないような種族さえいる。

 

 それらを見て、だが少女は改めて意志を固め直す。

 自分が呼び出す使い魔は、あんなものではいけない。いけないのだ。

 

 

 きゅい、という鳴き声に、視線は自然と上に向いた。

 空を風竜が舞っていた。あれは何時召喚された使い魔だっただろうか。自分のことに精一杯だったから、見た筈のものが思い出せない。

 離れたところでは、サラマンダーを連れ添った女子生徒がこちらに小さく手を振っている。……いつもなら何かしらの反応を返していたところだけれど、そんな余裕はなかった。

 

「では、ミス・ラヴァリエール。使い魔召喚の儀式を」

「はい」

 

 小さく頷き返し、足を進める。

 少女の記憶の中にしかいない、もう一人の自分が唱えていた呪文を。一字一句さえも間違えないように頭の中で反復させながら。

 

「――宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ。神聖で美しく、そして強力な使い魔よ」

 

 朗々と声が響き渡る。壮年の教師の顔に、怪訝なものが浮かぶ。静まり返った周囲の生徒たちが、その異常に気づきだす。

 

「私は心より求め、訴えるわ。我が導きに、応えなさい!」

 

 杖を手に、視線は宙に、祈りはここではない世界へ。

 周りを見渡したなら、生徒や教師のぎょっとした顔を眺めることが出来ただろう。

 しかし少女はそれをしなかった。余計なことに意識を割いたことが原因で、召喚の儀式を失敗したくはなかった。

 

 期待していたような轟音も、衝撃もない。数秒の後周りの生徒が騒がしく声を上げ始めたのを聞いて空へと向けていた視線を下げるが、果たしてそこには少女の望んでいた使い魔はいなかった。

 ――ドラゴンの幼生。ウインドドラゴンよりも濃い青色の鱗に、大きな翼。体長は5メイルほどか。優しそうな顔をしている。

 意志が鈍るから、とハルケギニアの生物を調べることをしなかった。その為に目の前のドラゴンがどういった種類なのかはわからない。

 しかし、竜種を呼べたことは彼女の実力を考えれば相応か、出来すぎなくらいの使い魔だった。最上といっていいほどの高位の使い魔であり、召喚したメイジの多くは歴史に名を刻んでいる。間違いなく現存する使い魔では最良だ。

 分不相応であることは彼女自身も、身に染みるほどにわかっている。いるのだが――――

 

「……おいで」

「クァウ」

 

 少女が儚く微笑を浮かべて手を差し伸べると、周囲を警戒していたドラゴンが顔を寄せてくる。

 頭を撫でてやる。滑らかな体表に流線的なシルエット。空を飛んでいたドラゴンよりも気持ち歳が若いのだろうか。同種ではないにしてもいくらか体躯が小さい。

 望んでいた使い魔ではなかった。内心の落胆は、目の前が真っ暗になるほどには酷いものがあったのも確か。

 ――けれど、この子には欠片も罪はない。そう、そもそもが無い物強請りだったのだから。

 

「おお、見事なドラゴンだ。ミス・ラヴァリエール、召喚おめでとう。――さ、早く契約を」

「はい、わかっています」

 

 教師に促されて、少女は杖を握り直し天に向かい高々と掲げる。

 

 彼女の長年の努力はついぞ報われることはなかった。

 少女は契約の呪文を唱えながら内心で自嘲する。――きっと、私が彼を呼び出せなかったのは私が『偽者』だったからだろう、と。

 

「我が名はルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 そうして、桃色の髪を持つ少女ルイーズは呪文を唱え終えると使い魔として呼ばれたこの子に、口付けた。

 

 

 

 

 

 

 私ことルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエールはトリステインに住む貴族の三女である。

 所謂お嬢様というやつであり、生まれてから今まで蝶よ花よと育てられた。きっと末娘だったから尚更だったのだろう。けれど甘やかす優しさだけでなく、厳しく躾ける優しさをも受けてきた。

 そして貴族のステータスである魔法を習うためにトリステイン魔法学院へと入学し、友人こそ少なくとも何不自由なく十五を数える今に至る。

 

 幼少の頃より同年代の友人と比べ精神年齢が高く、言葉や知識を覚えるのも類を見ないほどに早かった。

 凡百の発想とは一線を画し、順序立てることの出来る思考は大人と比べても遜色なく、その知性に神童でないかと噂にも上った。事実、神童の名に恥じるものではなかったと思う。

 だが、実際のところは違う。それは生まれ持った資質によるものだけではなく、経験を積んで得たものが多分に含まれている。奇妙な点といえば、その経験がここハルケギニア由来のものではなく、遥か遠い異世界のものであることか。

 

 私が齢を五に数える頃に、ある日突然『物心』がついた。蓄積されて得た知識ではなく、スイッチが切り替わるように知性が身についたのだ。

 私が己という存在を認識してまずしたことが現状把握であり、今まで歩んだ半生を振り返ることであった。

 終始寝ぼけていたような記憶を読み、新たに刻み直すのは自分の立ち位置。家が持つ権力、友好関係。属する国家の経済状況、文明進度、歴史。

 当たり前のように確認していくうちに、真っ先に気づいたのは自身の異常性である。五歳の幼児がこのような思考をするだろうか。自身を把握するのに幼児と認識するだろうか。――結論から言えば、私が五歳で得た『物心』というヤツは子供には分不相応なものだった。

 

 今までの構築されかかっていたアイデンティティーが分解されて、他の要素を巻き込んで一気に再構築した。そうして出来上がったものは同年代の子供が得る意識から遥かに抜きん出て、突き抜けた。

 何故そんなことになったのか。何より不可解なのはその、再構築の際に脳の奥で目覚めた『他の要素』である。

 

 

 件の『他の要素』とは、この世界由来のものではない。それどころか性別すらも違う、『俺』を名乗る前世の記憶と意識だ。

 記憶が正しいとするならば、『俺』の生まれは地球の一島国、日本。細かく言うなら首都東京。育ちも変わらない。

 乱立するビルディングと舗装された大通りが縦横に走る大都会の一角。そんな飽食と少子化の日本の東京、辛くもゆとり教育から逃れた年代に『俺』は生まれ落ちた。

 ……そうして端から思い返しいっても特に起伏のない平凡な一生が浮かんでは消えていくだけ。唯一の転機は高校二年の時に自ら踏み入れたのか踏み外したのか、剣道少年からオタクになったことぐらいだろうか。

 

 

 こうして私は当たり前のように『俺』の知識の大部分を所有していたが、所詮は故人の記憶である。

 全てが全て明確なわけでもなく、前世も靄がかったように思い出せず、あるいは零れ落ちる砂のように忘れてしまう。

 だが死人の妄執も、馬鹿に出来るほど軽いものでもなかったのだった。

 

 『俺』の歩んできた人生で、一番強い意志は……漫画を描き、連載するというもの。小中高大と学問を学びながら何も熱中するものがなかった『俺』が、唯一志した夢。それが『漫画家』。

 高校を卒業しフリーターになってまで漫画家を目指し励んできた『俺』の六年間は、どうやら実を結ぶことなく潰えてしまっていたようだった。

 絶命する記憶こそなかったが、自身が描いた漫画が掲載された記憶もない。それに思い至った時、私ではない『俺』の叫びが確かに聞こえた気がした。

 

 ――――死んでも、死に切れねえ。

 

 『俺』の叫びはこの世界に生きる私にまで影響を及ぼして、心をも奮わせた。

 この日から、私の『立派なメイジになって、この国の貴族として義務を果たす』という目標は変わったのだった。

 

 

 ひとつに、前世の世界に渡り『俺の漫画が入賞、及び連載していた形跡があるかどうか』を調べる。今際の記憶がない以上、もしかしたら漫画家となった後の記憶が失われているだけでその先も『俺』は存命していた可能性がある。

 漫画家としてデビューがされていなかった場合、前世で描いた漫画をこの私が更に練り直して描き上げ、この私が漫画家としてデビューする。

 そうでもないと私の中の『俺』は延々と、それこそ永遠に燻り続けたままだろう。

 

 ならばこの世界で漫画家になればいい、一瞬そんな考えが頭を過ったけれど、『俺』の描こうとしていた話は『異世界ファンタジー冒険活劇』。

 現代日本だからこそ魅力的に映った異世界ファンタジーは、ここでは目新しいものにはなり得ない。加えて、印刷技術も漫画の文化も大きく普及していないこの世界では大成できない。漫画家第一人者という肩書きは絵描きの一人としては垂涎ではあるが、こちらでは漫画家として成長は望めまい。

 私は、ライバルが犇めき合う日本に帰ることを選びたい。

 

 確かに科学分野など、この世界の人間より遥かに造詣のある『俺の知識』は有用なものだった。たとえばそれは現代農作の知識であったり、科学知識、経済学。印刷技術や気候による植物分布等々。

 自分の年齢の関係もあって実現させるのは難しいだろうと実施を働きかけることはしなかったけれど、上手く利用すれば商売を始めることも簡単だったろう。

 だが、そんな知識をもたらした上で、最も私の精神に色濃く残ったのは帰郷を果たさんとする妄執であった。

 『俺』と『私』の意識が融合した結果、『絶対に漫画家になってやる』という部分が薄れることなく丸々私の精神に受け継がれてしまったのだ。

 

 

 

 幸いにして、この世界には魔法というものが当たり前に普及していた。

 ならばと異世界に渡る魔法を見つけることさえ出来ればと周辺や自分の記憶を調べ始めて、そうこうしないうちに気づく。この世界が、『ゼロの使い魔』にとてもよく似た世界だってことに。

 いや正確には、よく似たどころか、ほぼ同一だった。違うのは私と、ある土地の名と貴族の家名だけ。

 

 この世界には、『ゼロの使い魔』でいうルイズ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがいない。

 いや、照らし合わせればこの世界のルイズは恐らく私。というか私以外に考えられない。

 桃色の長い髪の毛、あまり伸びない身長、成長の兆しの見えない胸。感情が高ぶると甲高くなる子供っぽさが抜けない声。顔の造形もほぼ同じと言っていいし、唯一違うのは目つきだけどこれは性格が表れたものだろう。意識すればルイズのような目つきをすることができる。

 それに幼少の頃にアン――姫さまと遊んだ記憶もあるし、エレオノール姉さまは理不尽に怖いし苦手だ。隣家のツェルプストーは仇敵と両親に教えられて育てられたし、歳若くして決まっている年上の許婚はあのワルド。まぁこれは形だけだが。

 

 ここまで同じということは、そういうことなのだろう。『俺』の意識が混ざっているためかヒロインの立ち位置にいるというのは複雑通り越して若干気持ち悪いが、それはまぁ、しょうがない。

 むしろ、目的を考えるならこれ以上ない境遇といっていい。

 

 相違点は、その境遇にいる私の名がルイーズ――ルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエールであること。

 それは私の家が、ラヴァリエール領を治める家系だからその名を戴いている。ルイズの家はラ・ヴァリエール領を治めていた筈だ。ルブランもラヴァリエールも歴史の中でまとめて呼ぶように変化したというだけで、ルイズの名前と大元は同じなのだろう。

 それぐらいの違いは別にかまわない。最初はその微妙な違いが偽者臭くて気にかかっていたが、生きているとそんなものは気にならなくなる。

 

 そんなことより重大なのが、私ルイーズが系統魔法を使えてしまっているということ。そう、『物心』ついた五歳にして、既に私は【水】のドットメイジだった。

 ラヴァリエール(ラ・ヴァリエール)公爵と彼の烈風カリンの間に生まれた愛娘は、虚無という伝説の属性にならなかったなら溢れる程にメイジの素質があったのだ。姉には【土】の属性が色濃く表れているが、私だけは先祖返りしている為に【水】となったようだ。王家の血筋を引いた者が虚無になるのだから、成り損なった私は後一歩のところで届かずにトリステイン王家が多く輩出する【水】となったのだろう。

 

 系統魔法が使えることに、ルイズだったなら喜んだだろうか。

 ……いや、きっと使えるのが当たり前と考えてしまっているに違いない。事実ルイーズであった私もそうだったから。

 しかし、私はその事実に……四系統魔法が使えてしまうことに、焦燥感をこれでもかというほど掻き立てられていた。

 なにせこの世界にいる以上、虚無の魔法を使えなければ現代日本に行く可能性は絶望的である。

 

 虚無のメイジであれば、努力によって送還魔法を習得できたろう。

 相性の関係で送還魔法を唱えられないとしても、同郷である平賀才人と共に世界を回れば現代日本に帰る為の指針を立てられていたかもしれない。それでなくとも、他の虚無のメイジと繋がりを得ることが出来ただろう。何かしらの手がかりが得られた筈だ。

 

 しかし私は、虚無の魔法が使えないと私自身が証明してしまっている。正しく呪文を唱えようと、著しく間違えようと魔法による爆発は起こせなかった。

 そして私が虚無ではなかったのだ。他の虚無であった筈のメイジも『ゼロの使い魔』と同じくそうだとは限らない。ヒロインである私がゼロではないこの世界で、『ゼロの使い魔』という物語が始まることは永劫ないのだ。

 

 ならば残るは、どうにかして平賀才人をこの世界に呼び込み、彼と共に日本へと帰る方法を探すことだ。

 ハルケギニアで生まれ育った私が、地球に移るのは難しいだろう。私は、この『俺』という意識を除いてしまえば地球との関係性など皆無である。

 もしなんらかの帰還方法が見つかって『行きたい場所へワープさせてやるからイメージしてみろ』などと言われたとしても、今の私には明確に日本のイメージなど出来なくなってしまった。

 その点平賀才人ならイメージも簡単だろう。故郷である地球に帰還する意思もあるし、また何かと行動的である。『ゼロの使い魔』の主人公である彼なれば僅かな可能性の中から光明を見つけてくれると、そう考えたのだ。

 

 

 私が生まれた世界がもう少し異世界転移に易しい世界、いや漫画の文化が普及している世界だったなら良かったのだけれど。

 ボソン粒子でワープ出来る科学技術の発達した世界や、時空管理とかしてるところとかなら第97管理外世界に行くだけだったりで、もっと敷居が下がったのだろうか。

 今となっては、こんなことを考えてもどうしようもないことだ。それに、下手したら遺伝子弄られて強化体質になってたり、変身する魔砲少女になっていたのかもしれない。きっとそれはそれで、苦労を背負い込んでいただろう。現状を憂うよりも、前向きに努力していたほうが生産的だ。

 

 

 まぁ、そんなこんなで自身の力ではどうにもならないという事実に直面した過去の私は、真っ先に魔法の研鑽に励むことにした。

 身の回りの把握が終わり、今後の指針を決めたのが丁度六歳の誕生日。その次の日から連日に次ぐ特訓。

 お母様の手を借り、各方面の優秀なメイジを家庭教師につけてもらう。暗くなり、家庭教師が帰られた後はお母様との特訓だ。

 六歳という体力のなさと、精神力の使いすぎで気絶したことも優に二桁。精神力枯渇で気絶なんて、大抵は先に自己防衛が働くので滅多な事がなければ起こったりはしない。

 

 『立派なメイジになる』の優先順位が圏外になった私が、魔法の特訓を頑張ったのにも理由がある。

 これは勝手な推察なのだけれど、ドットで呼べる使い魔なんて高が知れているからだ。否定する気はないが、小動物がほとんど。

 人間を召喚するならサイズを鑑みてラインからトライアングル、異世界という点を踏まえてしまえばスクウェアだって力不足。

 あと思いついたことといえば、存在するならば異世界に関するマジックアイテムを併用し、召喚の補佐に使うという何の根拠もないもの。

 

 今の条件を全て揃えた所で成功する保証は微塵もない。

 それでも、私にはやるしかない。そうしなければ、私の夢はここで絶たれてしまう。

 この世界と繋がっている日本は平賀才人の日本で、厳密に『俺』の知る日本ではないかもしれないけれど、ここハルケギニアよりは漫画家として望みがある。

 実体験を基にした異世界ファンタジーで一旗上げる。然る後は、『俺』が持ち得なかった『私』の感性で、ほのぼの系の恋愛漫画を描くつもりなのだから!

 

 

「くぁう、大、丈夫?」

 

 その結果は、落ち込む私に擦り寄って慰めてくれようとしているドラゴン。……どうやらミスタ・コルベールによると水竜であるアクアドラゴンの幼生。

 ルーンは額に刻まれている。もちろんガンダールブではなく、調べてみても、知能と言語を司る少し特殊なものということぐらいだ。

 ネコが人語を操れるようになるというのはよく聞いた。けれど、ドラゴンに同じ能力を与えてしまったらそれは韻竜になってしまうのではないだろうか。

 

 元々アクアドラゴンは天敵のいない水中で活動していたために性格は温和で、危険がなければ人間や他の動物を恐れないとこの子自身から聞いた。

 人語を操るルーンが表れるのは、人間が飼う事の出来る動物と聞いたことがある。温和な気性と幼生体であることでこのルーンが刻まれたのだろうが……詳しいことは分からない。アクアドラゴンを見つけること自体が稀有な為に生態があまり解明されていないのだ。

 

 話を掻い摘むに、種族特性で多少なら先住魔法の真似事も出来るらしいから、人に知れたならこれは間違いなく誤解される。まぁ、どうやらほとんど単語程度で片言にしか話せないみたいだけど。

 

「大丈夫。……ああ、そうだ、君は女の子だよね? 名前、ウンディーナってどうかな?」

 

 本当は『アオ』とか『リュウ』なんて呼びやすい名前を付けてやりたいところだが、貴族の使い魔ともなるとそうもいかない。

 例を挙げれば、タバサの使い魔の『シルフィード』は精霊の名前だし、学院長の『モートソグニル』は小人の妖精、マリコルヌの『クヴァーシル』なんて神の名だ。

 そうなると、周りに合わせてそれなりに威厳のある名をつけないと可哀相だ。

 

 けれど、『女の子』『水に関係』で伝説や精霊で思いつくものというとウンディーネやセイレーン、ローレライ、マーメイドといったもの。

 その中でも印象が悪くない一つをそのまま拝借させてもらった訳だけれど、どうやらお気に召してくれたようだ。鼻息荒く、ふんふんと頷いてくれている。

 

「よろしくね、ウンディーナ」

 

 その様子が微笑ましく、ウンディーナの頭を撫でる。

 

 

 流石にウンディーナが4メイルともなると、部屋には入れられない。馬と一緒なんてウンディーナは不満だろうけど、とりあえずのところ今日は馬小屋のスペースを借りてそこで寝てもらう。初日ということだから、仲良くなるためにも今日は私もウンディーナと一緒に馬小屋で寝ることにする。

 

 一時間ほども話していると、召喚された疲れかウンディーナは寝息を立ててしまう。

 話したことはウンディーナはどんなところにいたのか、何が出来るのか、私がどんな人間なのか、どんな魔法が使えるのか。

 ほとんどが自己紹介みたいなものだったけれど、ウンディーナに人前で話さないよう伝えておいたのでとりあえずは安心だろう。

 

 ……それにしても、やはりここは臭いがすごい。ため息をついて、視界の端を占めている桃色の髪を指で弄ぶ。

 どうやら、せっかくの召喚の儀式の為の用意も(ことごと)く無駄になってしまったみたいだし。ウンディーナはいい子だけれど、どうしても気落ちしてしまう部分はある。

 

 ルイズと条件を出来る限り揃えるために、伸ばしたくもない髪を伸ばした。

 魔法の杖をタクトにし、黒のニーソックスも穿いた。召喚の呪文も、かなり恥ずかしかったけれどルイズの唱えていた其れにした。

 召喚の触媒なんてものがないものだから、大金を使って集めた異世界に携わるアイテムも無駄になってしまった。

 

 ……けれど、仕方がない。駄目だった以上、他の方法を探すしかない。仰向けに倒れて、ウンディーナの体に包まれるようにして収まる。

 

「……我が名はルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」

 

 ――――呪文は虚空に響き、消えていく。

 ウンディーナがいるんだから、何も起こらないのは当たり前だ。それでも唱えずにはいられなかった。

 余韻が完全に消えた頃、空を見上げた。真っ暗な空に、ぽっかりと浮かぶ月たちが見える。

 

 三つの月。満月と、三日月と、楕円。

     ああ、今夜はこんなにも、月がきれ――――?

 ……あれ? 三つ?

 

 良く見ると、楕円の月に見えたそれは目の前で宙に浮かんでいた。

 そして、中から溢れる光と声。

 

「――より求め、訴えるわ! 我が導きに、応えなさい!」

 

 すぐに気づく。これは! この声は、自分の声。いや違う。これは……ルイズの声!!

 つまりはこの世界からの召喚ではなく、虚無のメイジによる召喚魔法?

 

「ディーナ! 起きて!」

「クォ!?」

 

 眠っていたウンディーナが慌てて飛び起きる。

 

 浮いている月……もとい召喚の鏡は小さい。成人男性大ほどの大きさしかない。

 もはや己が半身であるウンディーナを置いていくという選択肢は、どこにも存在しない。……しかしこのサイズで入れるだろうか。いや、考えている時間はない。

 

「この鏡に飛び込むよ! 私に付いてきて!!」

「は……は、い!!」

 

 訳もわからずといった様子ながらも、ウンディーナが私に付いてきてくれているのを確認して、私は鏡の中に飛び込んだ。

 

 




こちらへの投稿にあたりまして、過去掲載されていたものとは主人公の全名が変わっています。
今も昔もフランス語はさっぱりなんですが、執筆当初はルイズとの差異を出そうとしたあまり主人公に男性名をつけてしまっていました。代わりに名前が増えています。
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