翌日、朝、宝物庫。教師が揃い踏みする中、ルイズとキュルケ、タバサ、才人、私は昨夜の目撃者として呼び出されていた。どうにも『破壊の杖』が盗まれた時の、事実確認をする為にここへと集めたようである。
とはいえルイズとキュルケが勝手に昨夜のことを証言してくれるので、私は口を閉ざして半目でぼんやりと突っ立っていた。……当方、ナイフの契約で二時間ほど前にようやく寝入ったところを、叩き起こされてきたのです。
「ミス・ロングビル! どこに行っていたのですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
ミスタ・コルベールの大声の中の下手人の名に反応し、目線だけそちらにやると落ち着き払った様子のミス・ロングビルがいた。
しかし、今この場でどうこうするわけでもないので、再び気を緩める。今の私は使い魔である為に、そんなに礼儀にこだわらなくても大丈夫なのである。以前なら考えられないことだ。
わき腹をつつかれる。
「……?」
目を開けると、ルイズが私を左肘でつついていた。右手に杖を掲げながら。辺りを見回すと、キュルケも杖を掲げているし、タバサもだ。
意識が飛んでいたらしい。とりあえず私も杖を掲げることにした。
「おお、そうか! ミス・ルイーズもかね!」
オールド・オスマンがわざとらしく声を上げた。寝ていることはバレバレであったらしい。ルイズは横目で私を睨んでいる。後ろからは才人の忍び笑いが聞こえてくるし、キュルケも口元を吊り上げている。
「オールド・オスマン! 私は反対です! 生徒たちをそんな危険に晒すわけには行きません!」
「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」
私たち生徒がフーケ討伐に名乗り出たことに、ミセス・シュヴルーズが非難の声を上げたが、オールド・オスマンの問いかけに「いえ、私体調が……」と返答も尻つぼみになる。性格的にも、荒事には向いていないようだし。教師としてその理由で辞退するのもどうかとは思うけれども。
「彼女たちは敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
反応の無いタバサと、ざわめく周囲。どうやら、親友であるキュルケも知らなかったようである。
私の中では、『タバサ=めちゃ強い』という根拠の無い図式があったのだけど、ああ、そうだった。失念していたけど、ガリアの北花壇騎士だったのだ。
「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力だと聞いているが?」
キュルケはその口上に応え、髪をかき上げた。キュルケみたいに大人っぽい女性がやるととても様になる仕草。色気に乏しい私からすると、羨ましいものだ。
紹介の順番からいって次はルイズの番なのだけれど、中々オールド・オスマンは口を開かない。可愛らしく胸を張ったルイズも、少しその間が気になったらしい。オールド・オスマンを不思議そうに見ている。
「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジをヴァリエール公爵家の息女で……その、うむ。なんだ。将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!」
そこで一つ区切り、視線を才人へと向ける。回りも倣って才人に注目した。いきなりのことに才人は驚いて、自分を指差している。
「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったと噂だが」
注意してみていると、ミスタ・コルベールとオールド・オスマンの視線には他の教師とは違い熱が篭もっている。間違いなく、才人がガンダールヴであるということに期待をしているのだろう。事実ミスタ・コルベールなんてうっかり口を滑らせそうになっている。
オールド・オスマンは最後に残った私に向き直った。
「ミス・ルイーズはミス・ヴァリエールとの双子であり同じく公爵家の息女、彼女自身も非常に優秀なメイジだと聞いているが?」
直ぐ横のルイズが私をじっと見ているのがわかる。目線が痛い。自分の紹介と明らかに違うのが引っかかっているのだろう。
残念だけれど、私は解決する術を持っていない。どうしようもないので気づかない振りをして、ぺこりと頭を下げた。
あと、周囲を横目で観察するに、私は他の教師にも双子で通されているらしい。確かに今まで教師から使い魔であるのかと訊ねられたことはないし、今周りの教師を見ても今のオールド・オスマンの発言に対する反応は極自然だった。
私が実は使い魔だと知っている教師は、オールド・オスマンとミスタ・コルベール、後は教師ではないがミス・ロングビルだけのようだ。恐らく、混乱を避けるためだとは思うのだけれど、それでいいのだろうか? 私には事の良し悪しはわからない。
あと、使い魔だと知られてないのだとしたら結構よろしくないことになる。
日頃はまだそれなりにしているが、今日は眠気に負けて公の場で眠ってしまっていた。品行の件でヴァリエール家に話がいけば困るのはルイズだ。今後は自重しようと思う。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
直立し、「杖にかけて」と四人で唱和する。そうしてスカートの裾を摘んで、揃って恭しく礼をした。
そうしてミス・ロングビルが調べたという件の場所へ向かう馬車の中、私は揺れに任せて眠っていた。
あの後、念のために再度杖の契約を行ったので暫くは契約をしなくても大丈夫だろう。馬車の遥か後方ではウンディーナが飛んでいる……筈だ。
ルイズに何か文句を言われている気がするけれど、眠気には勝てない。
どうやらフーケが隠れているという廃屋のある森に到着したようだ。ちょっと入ったところで馬車を止めるミス・ロングビル。ここからは徒歩で向かっていくのだろう。みんなに続いて私も馬車から降りる。
私も何だかんだで活動するには充分な睡眠は取れたので元気である。ナイフの方の契約も順調だ。急ピッチでやっているお陰で明日の夜には使えるようになっているだろう。
金属の性質なのか形状の問題なのか、継続の呪文をかけてから安置しておく時間が今使っているタクトの時より圧倒的に短く、その為にちょくちょく掛け直さなければならない。
かけた分を直ぐに慣らしてしまうというか、結果的には早く終わってくれるのはいいのだけれどお陰でゆっくり眠れない。大まかに六時間おきに指先を傷つけるものだから、治癒でその度に治しているとはいえちょっとばかし痛い。治癒が使えなかったならぼろぼろになっていただろう。
そんなことを考えながら、薄暗い森の小道を進む。その間もキュルケは才人へのアタックに余念がない。ひっついては、黄色い声を上げている。
才人もルイズの機嫌を窺うが、やはりというか良いということはなかった。才人の背にデルフリンガーと一緒に括られている大剣も一役買っているのだろう。
主にルイズが発するギスギスした雰囲気の中で、暫く歩いた先に話にあった廃屋を見つける。明らかに寂れている様子で人が住んでいるようには見えない。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」
ミス・ロングビルの言葉を受けて、みんながあの廃屋に注目している。そうして、どうやってフーケに奇襲をかけるかの相談が始まった。
暫しの間に相談した案を、タバサが図解付きでまとめる。一言でいうなら不意をついての強襲である。偵察が中の様子を窺い、フーケがいるなら外へと誘き出す。出た瞬間にキュルケ、タバサ、私の魔法による一斉攻撃を仕掛ける。
否定の意見は出ない。偵察も、先の決闘で常人離れした身体能力を見せた才人にあっさり決まった。
大剣を抜いて、ルーンを発揮させたまま小屋に接近する才人。決闘の時とは重さが全然違う大剣を持っているのに、その動きは短刀を持っていた時とそう変わらなかった。
先行した才人が中に誰もいないことを伝え、タバサが罠に注意しながら小屋へと侵入していく。
キュルケと才人も後に続く。ルイズは見張りする為に外に残ることにしたようだ。ルイズの護衛を理由に私も外に残ることにする。ミス・ロングビルは偵察の名目で森の中へ消えていった。
「ねぇ、ルイーズ。貴女、何で私なんかの使い魔をやってくれているの?」
三人が小屋の中に入っていった後、おもむろにルイズは私に問いかける。ミス・ロングビルが消えていった方を眺めていた私は、ルイズへと向き直った。
「だって、そうでしょ? 私、魔法が使えない。ルイーズは私と同じ姿で同じように育ったのに、トライアングルなんでしょ。おかしいじゃない。私、ゼロなのに。そんな私に黙って従うトライアングルメイジなんて」
ルイズの声が震えている。そんな彼女の肩に触れようとして、手で乱暴に払われた。
「……私は、貴女の使い魔。なら、従うのは当たり前」
「それ、同情? やめてよね。その方がよっぽど惨めだわ。それともわざとそうやって私を馬鹿にしているの? そうよね、私が魔法が使えないって知っても、全然態度を変えなかった人なんて貴女ぐらいだもの」
私と同じ姿の彼女が、目を潤ませて私を睨みつけている。その姿に、私の胸は痛んだ。
こうして一週間以上も寝食を共にしていても、ルイズの私に対する警戒心は解かれていなかった。いつ私に馬鹿にされるのだろうかと身を竦めていた。一緒に過ごして、私の人となりを知って、使い魔として動いていることがわかっていても、尚ルイズの中にはわだかまりが残っている。
使い魔のルーンが刻まれた対象の反抗心を奪うわけではないのは、才人が証明している。なら、何故それなりに忠実に、私が言うことを聞くのか疑問でならなかったのだろう。
才人に対しては疑念や不信なんてものはない。彼は気に入らないことがあれば本人の目の前であろうと声に出すし、ルイズもただの平民相手と認識しているので遠慮なくよくよく叱り付けている。彼に対しては、私にするような遠慮なんてしたことはなかった。私なりに仲良くしたいと行動していたのが、逆にルイズとの溝を深めていたのかもしれなかった。
ルイズにそんな風に見られていたという事実よりも、そんな風にしか見れない環境で生きてきたルイズが悲しかった。
『俺』が私の中に現れず、私が【水】のメイジになれずに【虚無】となっていたら、きっと私もルイズのように人を拒絶しただろう。魔法が使えるメイジを羨み、妬んだだろう。その相手が、魔法が使える自分自身となればきっと尚更だ。
周囲の中で自分だけが明らかに落ちこぼれているのを日常で思い知らされて、名家の生まれにして限りなく平民に近い揶揄を受ける。みんなが使えるのに、自分だけが使えない。自分よりも下を見ようにも誰もいない。なら自分と同じ者をと横を見ても誰もいない。……最下点が他ならぬ自分。
だからといって、どれだけ努力しても改善できない。それはまさしく、地獄ではないか。
公爵家の娘として生まれたためにメイジとして相応の力を持たなければならないことは、その娘が一番理解している。
だから幼い頃から他よりも遥かに貪欲に知識を学び、他が遊びに耽る間に毎日のように魔法の練習をしただろう。事実、五歳までの私の目的は貴族たらんためだった。
私は成功した。だがルイズは違う。人よりも遥かに努力をしていて、なのに成功の兆しも見えないという暗闇に落とされた。
それでも、自分は魔法が使えないとは決して認められない。それは、自分が貴族であるということの放棄と同じだからだ。誰よりも自分が魔法を使えないと理解していながら、認めてはいけないのだ。
だからこそ、せめて貴族である心根だけは捨てずに生きたのだろう。そうして次第に、それしかないから一生懸命に貴族として振舞うことしか出来なくなった。
――その結果、魔法が使えない癖に口先だけは、と更なる中傷を呼び込むことになってしまう。そう周囲には馬鹿にされ続けて、今までの人生を生きてきたのだ。
私がその立場だったら、どうするのだろうか。ルイズのように生き方を変えずに、せめて態度だけでも貴族たらんとできるだろうか。
周りの目を恐れて、愛想笑いばかりする卑屈な人間になっていたかもしれない。魔法が使えないことを嘆いて、自分の殻に閉じこもっていたかもしれない。
最悪を考えれば、魔法を諦めて、貴族の肩書きすら捨てて公爵家を出たかもしれない。いや、貴族の肩書きを捨てるのならば自ら命を絶つことだって考えられる。
ルイズは毒が立ち込める袋小路に十年以上立ち続けているのだ。
逃げ出したくとも許されない。進む努力も靄となって消えていく。けれど、立ち竦んでいては周囲からの毒に身を侵される。
毒に侵されたくなければ、自分も毒と同調するか、毒に侵されないだけの殻に閉じこもるか。最後は、毒から逃げるために自分が消えるかである。
ルイズはそんな場所にいながら自分を曲げずに立ち続けて、結果的に真っ直ぐに立てなくなってしまっている。
曲がりなりにも公爵家の娘として生きてきた私だ。トライアングルだからこそ出来の良い娘として扱われていた。もし魔法が使えなかったなら、同じ境遇に立たされていただろう。
目の前のルイズは、家族と親友の姫様ぐらいしか気の許せる人はいなかったのかもしれない。
「ルイズ、違うよ。私は、貴女を馬鹿にしているわけでも、同情しているわけでもないよ」
「何が違うのよ!」
感情が高ぶりすぎて、ルイズの目元は涙でびしょびしょになっている。ゆっくりと近寄って、嗚咽を漏らし始めるルイズを抱きしめた。今度は振り払われなかった。
「私はね、貴女がすごいメイジになると思っている。メイジを倒してしまうだけの力を持つ才人と、トライアングルメイジである私を呼び出し使い魔にしたのだから。今は魔法を使えないのかもしれないけど、絶対に、私なんかよりもすごいメイジになる」
「そんなの、嘘よ。今までが無理だったんだもん。どうしていいかも全然わからないんだもん」
「嘘じゃない。私が保証するから。ね? 一緒に頑張ればいいじゃない」
目元を、ハンカチで拭ってあげる。可哀相に、目が真っ赤になってしまっている。
「でも……頑張るのはフーケを捕まえてからね」
「……え? フーケ?」
一通り拭ってあげた後、私たちに影が差した。
抱きとめたルイズの背後、その先には巨大な土の柱が立っていた。ゴーレムだ。ここまでの接近に気づかなかった。
「きゃぁあああああああ!!」
「みんな、ゴーレムが外に!!」
ルイズの叫び声と、私の怒鳴り声が響く。
すかさず杖を抜き放つ。ゴーレムの進行方向の先には才人たちがいる廃屋だ。この立ち位置では私たちも踏み潰される、と判断しルイズを抱えたままフライを唱える。
「ルイズ、掴まっていて」
落ちないようしがみついたのを確認し、一気にゴーレムの進路上から離脱して森の上まで飛び上がる。
ルイズを抱えている左手に素早く杖を持ち替え、指笛を吹く――ぴゅいー、まだ安定していない高音が響いた。
「ディーナ!」
飛行してきたウンディーナへと飛び乗ると、ゴーレムが廃屋の屋根部分を殴り飛ばしたのは同時だった。
タバサとキュルケが廃屋から飛び出し、目標を確認するとすぐさま詠唱を始める。このサイズが相手では難しいが、私も一緒に魔法を唱え始める。
スペルを誰よりも早く完成させたのはタバサ。身長を超える長さの杖を振った先に竜巻が巻き起こる。
続いて少し出遅れて唱え始めた私のスペルが完成する。ゴーレムを冷気が包み込み、ゴーレムのところどころに生えた苔が白く凍っていく。霜が発生し始めた。
最後に、キュルケのスペル。杖の先に現れた炎の帯はゴーレムへと放射状に放たれる。
タバサの竜巻はゴーレムの体表を僅かに削る程度で力を失くし、私の即席のスペルでは距離と対象の大きさの所為で脚部すら凍結しきることは出来なかった。
キュルケの放った炎もゴーレムの上半身を包み込んで、けれどそれだけで終わる。
「無理よ! こんなの」
いずれもラインスペルに該当する威力だったが、びくともしない。果たしてトライアングルスペルで、このゴーレムを止めることはできるのか。
「退却」
タバサの一言で、キュルケと才人を含めた三人は散らばった。
とりあえずはゴーレムの標的を散らすことにしたようだ。そして一番に目に付いたのは、どうやら空を飛んでいる私たちらしい。ゴーレムが拳を振り回し、ディーナへと殴りかかってくる。
「ディーナお願い!」
ディーナにしがみついて、回避を祈る。風竜であれば楽々と回避できる速度だろうけど、飛べるとはいえ水竜は元々水中を得意とする種族だ。襲ってくるゴーレムに驚いたディーナは、大きく羽ばたいて上空へと逃れた。
「きゃあ!」
「……ルイズ!」
急旋回にバランスを崩したルイズが、ウンディーナから落ちた。悲鳴を残しながら、ルイズが森の方向へと落下していく。
焦りながらも、咄嗟にレビテーションをルイズにかけた。ルイズがゆっくりと地面へ着地するのを見て、胸を撫で下ろす。
けれども、安心していられるのは束の間のことだった。