「このぉ!」
その声と共に、ゴーレムの胸付近に爆発が生まれる。小規模のそれはゴーレムを構成している土を削り落とすにとどまった。見間違えようなくルイズの失敗魔法だった。
「っ……ルイズっ」
そのルイズの行動に、焦りを顕にすぐさまウンディーナを急降下させる。その間も口早に【風】のスペルを唱えていた。だがこの唱えている【風】のスペルも、どうにも間に合いそうもない。
私が懸念していた通りに、ゴーレムの標的が竜に跨り空を飛ぶ私から爆発を起こしたルイズへと切り替わってしまった。みんなが逃げて機を窺う中、一人だけ攻撃を仕掛けてくればそうなるのも当然のこと。
迫り来るゴーレムに対しルイズは逃げようとはしなかった。真正面から向き合い、恐怖を顔に浮かべながらも呪文を唱えることをやめず、新たに爆発を発生させ続けている。
逃げる素振りの無いルイズを助けに行きたいのだが、私は未だ上空で魔法の有効範囲外。眼下ではシルフィードに乗ったタバサとキュルケが同じくゴーレムの注意を引こうとしているけれど上手くはいっていない。
加えて、ウンディーナの飛行速度ではあまりゴーレムに近づくと捉えられてしまうためにあまり高度は下げられない。よしんば高度を落したとして、遠巻きに飛ぶことがせいぜいだ。
ならば、とスペル詠唱をキャンセルし、体をウンディーナから乗り出すようにして立ち上がる。自身がゴーレムの攻撃範囲に飛び降りて囮になればいい。少なくとも空にいるよりは、ゴーレムを撹乱できる筈だ。
いざ飛び降りよう、というところで眼下の状況が変わり、踏みとどまることになってしまう。
「バカヤロウ! 何やってんだ、さっさと逃げろ!」
才人がルイズへと駆け寄り、咄嗟に抱えて跳んだからだった。ルイズが一寸前までいたそこに間一髪でゴーレムの拳が突き刺さる。
「いやよ! 私は、決めたの! もう誰にも馬鹿にさせないって! 絶対に、すごいメイジになってやるって!」
「相手を考えろ! メイジっつっても碌に魔法使えないんだろ! あんなもんを逃げずに喰らって死んだりしたら、それこそ馬鹿だぞ!」
間一髪でゴーレムの一撃を避けたルイズは、才人に抱えられたまま声を上げた。
才人は腕の中のルイズに怒鳴りながらもゴーレムからは目を離さない。迫るゴーレムの拳を右へ左へと飛び退いて回避している。
「下がってろ、ルイズ! お前を抱えながらだと、いつかはやられちまう!」
「だったら私を置いていきなさい! 私は逃げないし、後ろは見せない! だって私は、貴族だもの!」
「ああもう! こいつはなんだってこんなに……!」
才人の腕に抱えられたままルイズが杖を振るい、ゴーレムの腕に爆発が起こる。しかしその威力も30メイルものゴーレムにとっては些細なもの。動きに支障を出すことも無く、再び巨大な拳は振り上げられた。
私は密かにルイズの口上とともに飛び降り、自由落下の後レビテーションを己にかけて無事着地を果たしていた。
ゴーレムの背後に回った私の口の中では既にスペルが完成している。後は隙だらけのゴーレムの背に向けて解き放つだけでいい。右手を振り上げ、握られたタクトをゴーレムへと向けて振り下ろす。
そうして、タクトの先から現れたのは氷と暴風、【アイス・ストーム】。
大気が一斉に唸りを上げ始める。周囲の気温が一気に氷点下まで下がっていく。【水】と【風】のトライアングルスペルであり、私が現段階で唱えうることが出来る、最大のスペルのうちの一つ。
氷の
アイス・ストームは混在している氷の礫でダメージを与えながら、吹き荒れる風と冷気が行動の自由を奪う攻撃性の高いスペルだ。
しかし、それは相手は生身の人間であった場合。土くれとはいえこれほどに大きなゴーレムを破壊する威力はないし、相手に痛覚がないとなると行動不能にすら出来ない。現にゴーレムは私の渾身のアイス・ストームを全身で受け、冷気と風とに阻害されて若干分鈍くなった巨体をこちらへと向けた。
わざわざ使用回数が限られているトライアングルスペルを唱えたのはゴーレムを倒す為ではない。私の方がルイズよりも脅威だと知らしめて、ゴーレムの標的を私へと変えることだ。
ルイズがあんな無謀な行動に出たのは私の下手な慰めがあったからかもしれない。なら絶対に、傷つけさせるわけにはいかない。使い魔としてではない私自身が、ルイズと一緒に頑張ると決めたのだから。
そうして目論見は成功した。鈍重な動きで向き直ったゴーレムは地響きを起こしながら私を追い始める。私はスペルを唱え終えると、すぐさまゴーレムより離れるために駆け出していた。
「ルイーズ!」
キュルケの声。続くように、上空から火弾、風槌、水の弾がゴーレムへとぶち当たる。そのどれもが表面をなめるようにしてから弾けていく。
走りながらその方向を確認すると、キュルケとタバサが杖を振ってゴーレムを惑わすようにスペルを唱え続けている。更にその上ではウンディーナが水の塊を弾のようにして、口の辺りからゴーレムに向かってばらまいている。これがディーナの『先住魔法の真似事』なのだろう。
しかしそれでも、頑強なゴーレムには大した効果を見せない。
あれを破壊するには、大火で燃やし尽くすか、刃のような鋭い風で粉々にしてやるか、とにかく原型を留めないよう変えてやるか衝撃を与えて繋がっていられないようにしてやるしかない。攻城武器程度の威力でもないと、すぐに再生されて振り出しに戻されてしまう。
「デル・ウィンデ」
不可視の刃、エア・カッターを風竜に気を取られているゴーレムに向かって撃ち出した。それは間も無くしてゴーレムの脚部に着弾する。
瞬間、立ち止まるゴーレム。だけれど――――すぐにまた脚を進める。脚を潰せば態勢を崩せると踏んだのだが、そう上手くはいかないようだ。
手応えの感じやゴーレムが足を止めたことからどうやら脚の中ほどまで風の刃は通っているようみたいだけれど、切れ味が良すぎてそこから崩れることも無く直ぐに再生されてしまう。
けれど、通用しないからといって手を止めるわけにもいかない。ただひたすらに、ゴーレムの左脚へと向かってエア・カッターを当て続けていく。
実質、【火】【風】【水】のトライアングルがそれぞれ揃って【土】のトライアングルの作り出したゴーレムに手も足も出せないでいる。
今日は晴れているために湿気が少なく、相手のサイズも相まって【土】と対極でありいくらかは有効な【水】スペルも冴えを見せない。
そもそも【水】にしては珍しく独自の戦闘用スペルをいくつか覚えているとはいえ、逃げ回りながら無機質のあの巨体を相手にするには荷が重い。
操っているメイジがこの場にいるならば、この面子であれば然程苦労も無く打倒できるだろうに。しかし、フーケは姿を眩ましたままであり、そう遠くにはいないと思うのだけれど探している余裕もない。
「タバサ! ルイズと才人を拾って! 私が時間を稼ぐ! ラナ・デル・ウィンデ……」
上空にいるタバサに向かって叫び、エア・ハンマーを唱える。それはゴーレムの柱のような脚部を叩き、ほんの僅かにその巨体を揺らした。
【風】は私との相性が良い為にメインとして使ってもペナルティなく操れる。有数の【風】の使い手であるお母様の指導に感謝しながら、休まずにルーンスペルを呟き続けた。
スペルを放つたびに場所を変え、才人たちと逆方向へと誘導していく。それ自体は上手くいってはいるが、先ほどから唱え続けているために私自身の精神力が少なくなってきているのがわかる。
自分の精神力の上限を把握するのは特訓してまず始めに叩き込まれたことだ。その正確さが今ばかりは恨めしい。ナイフの契約も手伝ってもう限界が見えてきている。
きゅい、とシルフィールドの声。二人を乗せ終わったのか、と束の間自分の顔に安堵の色が浮かぶのがわかる。
確認するように空を仰ぐと、シルフィールドに乗ったキュルケにタバサ、それとルイズ……。才人は……? と思考に疑問が生まれた瞬間に咆哮が響いた。
「うぉおおおおおーー!!」
才人がシュペー卿の大剣を手に、ゴーレムの股下を駆け抜け様に左脚に切り掛かっていた。
私が執拗にスペルを当て続けていたそこはいくらか構成が甘くなり始めていたのだろう。才人の持つ大剣が難なく横一文字に振り抜かれた。
左足を失ったゴーレムはぐらりと傾き、続いてずどん、と腹に響く音。――――ゴーレムが倒れる。あまりの巨体に、倒れた際に発生した風が私の髪を後ろへとなびかせる。咄嗟に、手を交差させて風防を作る。
それが収まり交差を解くと、こちらへと辿り着いた才人は口元を袖で拭って荒く息を吐いていた。倒れたゴーレムを注意深く観察している。
「才人、どうして?」
「女の子に任せて、男の俺が逃げてばかりってわけにもいかねぇだろ」
勇ましく吼えた才人ではあったが、その両脚は震えていた。その言葉を聞いて、私はほう、と息を吐いた。この震えは、武者震いでは勿論無いのだろう。
それはそうだ。現代の日本に生まれ、こんなあからさまな死と対峙することなんてそうない。少なくとも『俺』にはなかった。
魔法は、地球で云う銃や爆弾と同等の脅威だ。突きつけられれば、生殺与奪の権利を相手に奪われる。ギーシュとの決闘で大怪我を負わなかった才人は、魔法のもたらす危険と真正面から向かい合うのは実質初めてのこと。
だからこそ、怖いのは仕方ない。当たり前なのだ。なのに、才人はその恐怖を捻じ伏せて駆けつけた。見る者が見たなら「情けない」と評するだろう態度がどうして頼もしい。日本男児も捨てたものじゃない。ちゃんと男、してるじゃん。
笑みが浮かぶ。何だか嬉しくなった。才人の肩を笑顔でばんばん、と叩いてやる。「な、何?」と言いつつ才人は何が何だかわからない様子で、私のされるがままになっている。
「まぁ、どうせあの程度じゃ……倒せねえよなぁ」
「だねぇ」
にこにこと笑みを浮かべながら、立ち上がり始めたゴーレムを見る。倒れてから起き上がるまでの僅かな間では、才人が息を整えるぐらいの時間しかなかった。切り離された左足部分が新たに地面から作られ、くっついている。
さて、このゴーレムを倒すにはどうしたらいいのだっけか? 油を錬金してキュルケの火で引火させればいいのだっただろうか。確かそんな気がする。
「……ん?」
程なくして、このメンバーであのゴーレムを相手に染み込ませるほど油を錬金するのは難しいことに気づいた。
私もキュルケもタバサも油ぐらいなら錬金できるけれど、あのゴーレムを油まみれにするには何か同質量程であり性質の近い媒体を介さないと難しい。
例外としては【土】をドット程にでも使えるメイジがいればそこらに落ちている葉っぱや砂からでも倍にも量を増やして油を錬金できるだろうけれど、私たちが同じようにやろうとしても不可能だ。
つまりはこのメンバーで行うには『ゴーレムを油で火達磨作戦』は現実的ではない。
と、なると自力で倒すしかないのだろうか。やってできないことではないとは思うけど、これは骨が折れる。
各々がばらばらに攻撃しても、通用しないことは最初の内にわかっている。ならば、タバサやキュルケと協力して有効な手段を講じなければならない。
一番効率的にダメージを与えるにはそうだな……【火】【土】が使えないとなると、私の【水】タバサの【風】がいいだろう。間、キュルケと才人には囮をしてもらえばなんとかなるかな。
「ルイーズ、何ぼーっとしてんだよ!」
その声に、考え事をして呆けていたことに今更ながらに気がついた。妙な浮遊感。そのまま前方へ景色が流れていく。勝手に、私はかなりの速度で後方へと移動していた。
いつの間にか再生しきっていたゴーレムの脚が、目の前に突き刺さった。私の肩を抱いている人物を見る。どうやら考え事をしていた私を才人が抱え上げて退避してくれたようだった。一足二足と跳ぶ度にものすごい勢いで移動していく。
それにしても、お、お姫様だっこ、だと……? 在りし日の憧れがまさか、こんなところで実現してしまうとは……。いや、お父様に抱えられたことはあったけどもあれはノーカンだし。
一人で勝手に自分の状態に戦慄している私を放って、才人は更に駆けていく。
「ルイーズ、どうする? あいつ、魔法で倒せそうか?」
「えっ? え、あ、時間さえあれば、たぶん」
「時間を稼げばいいんだな。俺が何とかするからルイーズ頼む」
言うなり、才人は私を離れたところに降ろしてゴーレムへと突っ込んでいった。そして、その勢いのままに大剣で切り掛かる。時間稼ぎをしている間にスペルを唱えなければいけないのに、私は呆然としながら駆けていった才人を見送っていた。
ゴーレムと才人が接触した瞬間、金属が軋むような音が響いた。こちらへと何かが回転しながら飛んで来る。小気味の良い、ツカッという音を立てて目の前にそれは突き立った。
「な、ナマクラじゃねぇか!? どこが業物なんだよ!」
喚く声。間違いなく才人のものだ。ということは、目の前のこれは大剣の刀身ということだろうか。
突き刺さった大剣の成れの果ての向こうでは、ルーンの輝きが消えた才人がゴーレムが拳を間一髪でよけたところだ。
すぐさまに柄しか残っていない大剣を投げ捨てて、才人はデルフリンガーを背にある鞘から抜き放つ。
気づいたように我に返る。タクトを構えて、ルーン詠唱を開始した。
残っている精神力のほとんどを使って、上空に水分を凝結させていく。大量の水分がなければ通用しないために、周囲から片っ端掻き集めていく。
しんどいけれども、それは才人もだ。ならばこそ、一刻も早く完成させなくては……。
目を瞑り、集中を深める。外部と、自分を切り離す。量が増えていくにつれて、制御が難しくなっていく。
五分ほどを全力でコンデンセイションに当て、手応えの感じでは『俺』の世界でいう6000リットルほどは集まっただろうか。溜まった水に反比例して私の精神力はほぼ空っぽだけれど、とりあえずはこれだけあればなんとか足りる。
――目論見としては、才人に貯水した真下にゴーレムをおびき出してもらい、水浸しにする。
あとはタバサにライトニングクラウドを唱えてもらえば、ゴーレムの制御を麻痺させるぐらいには通電してくれる筈。動けなくなってしまえばこちらのものだ。
準備を終えたところで、轟音が響いた。意味がわからないままに目を開け、反射的に耳を塞ぐ。
確認するに、『破壊の杖』を肩に担いだ才人がゴーレムに向かって、腰を落として狙いをつけていた。……いや、そのゴーレムの上半身が吹き飛んでいるのだから、発射した後なのだろう。
爆発した余波で暴風が巻き上がる。着弾を見届けた才人は『破壊の杖』――ロケットランチャーを投げ捨ててルイズを押し倒し身を伏せた。私も空いた左手でマントを手繰り、壁を作る。
ゴーレムは動かない。破壊部分が多すぎるために、再生も制御もできなくなっていた。後ろにぐらりと倒れこみ、文字通り『土くれ』に還っていく。
「…………え」
あれ? 終わっちゃった? 倒しちゃった、の?
――ええと、これ、どうしよう。
フーケにも勘付かれない様に遥か上空に溜められた6000リットルもの水。結構な精神力を消費したそれは、ゴーレムが倒れた今無用の長物に成り下がってしまった。
……泣きたくなった。