優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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土くれのフーケ④

 

 崩れて、土くれの山となり果てたゴーレムを見て、シルフィードとウンディーナが降りてくる。

 

「ダーリン、すごいじゃない!」

 

 キュルケは才人へと駆け寄り、飛びついた。ルイズは抱きついたキュルケを睨みつけ、タバサは崩れたゴーレムをじっと眺めている。

 才人はキュルケに抱きつかれながらも、拾い直したロケットランチャーを疑問の色を顔に浮かべながら見つめていた。

 

「どうしたのルイーズ、そんなところで立ち尽くしちゃって」

 

 一人呆然と立ち尽くしている私に気づいたキュルケが声を掛けてくる。そして怪訝な顔で私を見るキュルケに気づき倣うように皆が訝しげな表情で寄ってくる。

 

 少量ならばともかく、私には溜め込んだ大量の水を再び気体に戻すだけの精神力は残っていなかった。どうしたものかと、動くことも出来ずにその処理に困っていた。

 私の唱えていた魔法に気づいたのはタバサだけのようで、何か解決策はないかと懇願するように彼女を見るも間を置かずに首を振られてしまった。

 どうやらこのまま重力に任せて落下させ、勝手に蒸発してくれるのを待つしかないようだ。ただ、だからといってすぐさま実行するわけにはいかない。今全部を開放したなら、位置的に上空より加速した水の塊が皆にぶち当たることになる。量を考えると大怪我では済まないかも知れない。

 おまけに、私は今5メイルほどしか移動できないという制限がついてしまっていた。それ以上動くとなると、距離の関係から制御出来なくなってしまい上空の水は勝手に落下してしまうだろう。

 

 そう理解すると、少しずつ水の制御を緩めることにする。一斉に開放するから危険なのだ。少量だったら風に流されて真下に落ちてくるってこともないだろう。

 試しに断続的に落下させてみても、風に運ばれてばらけながら森の方へと落ちていった。少しずつ量を増やして試してみるに一度に2、3リットルぐらいならば私たちに直撃する心配はなさそうだ。

 ……しかしながら骨が折れる魔法行使である。幼少に行ったコントロールの修行よりもよっぽど難易度が高い。

 

「ミス・ロングビル!」

 

 そんなこんなで微調整に四苦八苦している間に、ミス・ロングビルが戻ってきていたようだった。視界を巡らせると茂みの中には確かに彼女はいた。

 キュルケとルイズの声が聞こえてくる。どうやら偵察していたミス・ロングビルにフーケの居場所を訪ねているようだけど、彼女にあっさりと首を左右に振られたようだ。

 半ば放心状態の才人に、落胆のため息を吐くキュルケとルイズ。そして上空の水の塊をさりげなく見上げているタバサ。

 私は一人頑張って制御に精を出しているために口を開く余裕も無い。集中力が聞こえてくる声に乱されて、限界ギリギリだ。……やばい、漏らす。

 

 

 

「ご苦労様」

 

 聞こえてくるミス・ロングビルの声に、俯かせていた顔を持ち上げる。ようやく半分ほどに減った水を、開放するのを止める。とてもじゃないけど気を逸らしながら出来る作業じゃない。

 上げた視線の先には才人から奪った破壊の杖で私たちに狙いをつけ、距離を取っているミス・ロングビル。……いや、その軽薄な笑みはもうフーケのものだ。

 本来ならここで弾の残っていないロケットランチャーを気にせずにフーケをふんじばってしまうところだけれど、何度も言うようだが私は私で手一杯だ。

 そうしている間にもネタばらしが本人の口より明かされていく。ロングビルは仮の姿でありその実態は怪盗フーケであること。今まで戦っていた大きなゴーレムがフーケのものであることを。もはやルイズとキュルケは言葉も無い。

 

「そら、全員杖を遠くに放りなさい。使い魔君の持っている剣もよ。そうしたなら、全員もう一人の使い魔の――そう、ルイーズとやらのところまで下がりなさい」

「ルイーズが……使い魔?」

 

 視線が私に集まり、キュルケの声が空しく響く。しかし、それを問うタイミングではないと悟ったのだろう。

 私を除く全員が杖を放り投げ、才人もデルフリンガーを地面に転がした。そうして私の位置まで下がり、フーケと距離を空ける。

 その中で一向に反応しようとしない私に、フーケはロケットランチャーを向けて声を荒げた。

 

「聞こえなかったの! 杖を捨てなさいと言っているのよ!」

「…………いいの?」

「いいから、さっさとしな! この引き金を引かれたくなかったならね!」

 

 フーケの口調がさらに崩れた。脅しではなく、これ以上粘るならフーケは躊躇い無く引き金を引くだろう。

 

「ルイーズ!」

「……わかった」

 

 ルイズの焦ったような声を受けて、杖をフーケと私たちの間へと転がした。その杖の位置にフーケはちっ、と舌打ちし、じりじりと近づいて私の杖を足で蹴り飛ばす。もちろんその間もロケットランチャーの狙いは私たちにつけられている。

 私の杖の距離が近すぎたのだろう。杖が私たちの手の届かないところへ転がっていくのを見て、安心したようにフーケは引き締めていた口元を緩める。

 

「まさかトライアングルクラスのメイジが三人も、と肝を冷やしたけど、結局は坊ちゃん嬢ちゃんの集まりね。蓋を開ければ大したこともなかったわ。まぁ、破壊の杖の使い方もわかったことだし、目的は達成した。あんたたちは用済みよ。さようなら」

 

 余裕を浮かべて饒舌に語るフーケは、改めてロケットランチャーを私たちに向けた。

 ルイズとキュルケが身を竦める。才人は余裕綽々にフーケを眺めて、今にも歩き出さんとしている。と、その前に、私は彼女に言っておかなければならないことがある。

 

「……フーケ」

「ふふっ、何かしら? 命乞い?」

 

 せめて忠言を述べようとして、開きかけた口を止める。ふと、前世の言葉が頭に浮かぶ。にやっ、と笑みが浮かんだ。

 なるほど、これはこういう時に使うのだろう。

 

「横から来るぞ、気をつけろ」

「っ!」

 

 素直にも、ばっ、と飛び跳ねるように素早く周囲を見渡すフーケ。だがしかし、周囲で動くのは風に吹かれて揺れる木の枝や草ばかり。

 

「ふふ」

 

 聞き慣れない声に横を見ると、タバサが口元を押さえていた。笑った、のだろうか? 見逃したのが残念でならない。

 その奥ではそれまでうっすらと笑みすら浮かべていた才人が、今は何故か驚いた顔で私を注視している。

 視線を戻すと、フーケが眉根を寄せて私を睨みつけていた。からかわれたと思ったのか顔は険しく、怒りが浮かんでいる。

 

「何のつもりだい!」

「思ったよりも素直だね、フーケってば」

「何だっ……て!?」

 

 手でフーケの足元を指してやる。フーケを覆っている淡い影がどんどん色濃く、そして大きくなっていた。

 そこでようやくフーケは私が何を指しているのか気がつき、顔を勢いよく上げる。そして目を見開いた。ようやく視界に入ったのだろう。その、頭上より迫りくるものに。

 しかし、気づいたところで既に出遅れている。私の手から離れてまとまったまま降ってくる水の塊が、間もなくしてフーケのいる位置へと着地したのだった。

 

「ぶっ!?」

 

 直立して立っていればいくらか耐えられただろうに、慌てて駆け出そうとしたフーケはその質量に打ち据えられて、そのままうつ伏せに地面へと圧し潰された。

 程なくして気絶したフーケとその手にあったロケットランチャーは、仲良く小屋の方へと大量の水に運ばれていく。

 

 ディーナが咄嗟に唱えてくれた先住魔法で溢れかえる水を防いでいる私たちは、そんなコントみたいな様子を眺めていたのだった。

 ルイズは何が起こったかわからない様子だ。キュルケは私の仕業だと気づいたらしく苦笑を浮かべている。才人は先ほどからぼんやりと私を見たままでいる。

 タバサがじっ、と見つめてくるので、満面の笑みで返すとタバサも薄く、微妙に口の端を持ち上げてくれた。

 にしても、よくもまぁここまで上手くいったものだ。

 

 

 

「フーケを倒したのはいいけど……」

 

 ルイズがぶすっとした様子で声を上げた。才人を除いた私たち四人は遠くに放った杖の行方を捜していた。

 というのも、氾濫した水に流されていってしまったのだ。背丈ほどもあるタバサの杖は直ぐに見つかったのだけれど、指揮棒に近い他の三人の杖は軽さも手伝ったのか見渡せるところにはない。

 

「そんじゃフーケが気絶しているうちに縛ってくるよ」

 

 馬車に積んでおいたロープを手に、才人が小屋の方へと駆けていく。破壊の杖を唯一杖の見つかっているタバサへと預けていった。

 

「ルイーズ、私はあっちのほうを捜してみるわ。って、ちょっとツェルプストー! 何であんたが先に行くのよ! 私がそっち捜すのよ!」

「あら、そんなの早い者勝ちでしょ? それは恋にだって云える事よ、ヴァリエール」

「…………二人が心配」

 

 何だかんだで、三人で杖を捜しにいってしまった。あまり固まっても効率良くないので私はこの辺りを捜すことにする。

 

 三人の姿を見送ってから傍の草むらを重点的に見て回る。三分ほど回っていると、草にまみれて落ちているタクトを見つける。

 ――――私のだ。びしょびしょに濡れて、葉っぱと土がけっこうくっついてしまっていた。スカートのポケットからハンカチを取り出して、杖を拭う。

 

「あとは、キュルケとルイズの杖か……」

 

 手を動かしながら、空を仰ぐ。思ったよりも汚れがべっとりしてて、中々落ちてくれない。柄に彫られている、土に埋もれてしまっている己の名前を確認しようとして顔を下ろす。

 

「お二人の杖を捜す必要はないわよ、使い魔のお嬢ちゃん。何故なら、ほら、ここにあるのだから」

「っ! ……サ……ラースっ……! …………何故っ!?」

 

 突然の声に振り向くと、そこには二つの杖を持ち、才人を足蹴にしたフーケが立っていた。

 反射的に拭っていた杖を振り、身体に叩き込まれている高速詠唱で一気に呪文を詠み上げる。声で反応されないよう、また相手にスペルがわからないように『ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース』と可聴できないよう呟き終えた。その呪文で発現するスペルは【ジャベリン】。空中の水分を凝縮し、凍らせた槍を打ち出すものだ。これが正真正銘、最後の精神力。

 ……だが、唱え終えたというのに発動の予兆すらもない。残っていた精神力を見誤るわけもない。しかしそれならスペルが発動しない理由は……。困惑し右手の杖に目を向けた瞬間、その杖を地面から伸びた手に掻っ攫われていってしまった。

 

 【土】のドットスペルのアース・ハンド!

 それよりも、もしかして今まで私のだと思って持っていた杖は……そうか。あれはきっと、ルイズの杖だったのだ。いくら似ているといっても私とルイズは別の人間であり、杖に対してまで互換性はなかったのだろう。

 いや、そうじゃない。自分の杖の見分けもつかないなんて! 己の失態に下唇を噛む。

 

「……ふう、危ないねぇ。今のもスペルが完成していたらどうなっていたか。厄介そうなあんたを早いうちに押さえられたのは僥倖だね」

 

 ぽたぽたと水を髪の毛から滴らせたまま、フーケは私に杖を向けている。地面から伸びたアースハンドから、私が持っていたルイズの杖を受け取っていた。

 どうやら実はスペルを唱え終えていたことには気づかなかったようだが、それが発動しなかったのでは何の慰めにもならない。

 足元に転がされている才人はフーケを縛る筈だったロープに縛られ、口元を土で覆われ声も出せない様子で呻いている。不意をつかれデルフリンガーを鞘から出すことも出来なかったのか。伝説の使い魔とはいえ、それでは才人はそこらの平民と変わらない。

 

「さて、さっきはよくもやってくれたね。散々この私をおちょくってくれたじゃないか。……まぁ私もゴーレム精製で精神力に余裕は無いんだ。さっさと始末させてもらおうかね。人死だけは避けてたけど、こうなったら仕方ない。生まれを(うら)むんだね」

 

 フーケの杖が私から逸らされることはない。それにこちらの杖が相手側に渡ってしまっている以上、魔法も使えない私は無力な少女でしかない。目線をフーケから外さずに、所持品を頭の中に並べる。

 ブラウスとスカートのポケットに秘薬、そして金貨の入った布袋。先ほどまで使っていたハンカチは杖を振った拍子に地面へと落ちている。……そう、そして腰のカバーに刺さった銀のナイフだ。

 

 この状況で最も使えそうなものは十人が十人最後の一つだというだろう。しかしそのナイフの刀身には魔方陣の描かれた布を巻きつけているのですぐさま切り掛かることは出来ない。

 対人でナイフを使ったことがないということにも不安が残る。刃を露に出来たとしても、とてもじゃないが人に向かって突き立てることは出来ないだろう。

 それは相手が体術も修めているフーケだという技術的なことが一つ。そして他の生徒との決闘もどきがせいぜいの私の実戦であり、それも魔法に拠り、生き死にには無縁のものだった。そんな私には、とてもじゃないが直接この手で人を殺すことなんて出来っこない。そんな覚悟を、私はしていない。

 ナイフの、杖の契約が終わっていないことが悔やまれる。

 

「それっ!」

 

 フーケの声が木々に響く。それを合図に足元から土の槍がいくつも迫り出てくる。

 私は冷静に、直前のフーケの口元の動きを観察していた。スペルの特定ぐらいなら杖がなくたって出来る。使うスペルがわかれば、特性も回避方法もわかる。

 身体を翻し、盛り上がり始めた土槍の腹を蹴り、跳んだ。私が居た場所は、一拍遅く針の山になっていた。走って逃げようとしていたら足を潰されていただろう。

 着地し、勢いのままにさらに跳び、一気にフーケに肉薄する。しかしフーケも然る者。動揺もなくスペルを発動させていた。

 

「っあ、ぐぅ!?」

 

 逆ベクトルに力を与えられ、この小柄な身体は軽々と吹き飛んだ。樹の幹に背中からぶつかり、呼吸が数秒止まる。咳き込みながら空気を肺へと送り込んでいく。

 今のは、ウインドブレイク? ダメージ自体は、幹に打ち付けたものだけだ。咄嗟だったので確認出来なかったが、間違っていない筈だ。

 ……【土】のスペルは、対空には強くはない。それこそ巨大な土の槍を出せば充分カウンターを取れるだろうが、それだけ精神力を使う。

 逆に、今のタイミングに合わせて使わなかったことで、先ほどフーケが漏らした「精神力に余裕がない」という台詞の真偽に確信が持てた。何とか無駄撃ちさせることが出来れば、凌げるかもしれない。

 

 身体を最低限動かせるよう回復させながら、思考は止めない。誰が言ったか、『身体はホットに、頭はクールに』だ。口に出して言うと何かのフラグになりそうだが、意味自体は間違ったことじゃない。

 幹を支えに立ち上がるが、膝に力が入らない。思ったより今の一撃が身体に効いてしまっている。相変わらず、この身体は耐久力にも乏しいときたものだ。むしろ、意識が飛ばなかったのを幸いに思うべきだっただろうか。

 基本的に不器用で、力のない私だ。肉体労働は向いていない。それを何とかしようと手先の方は根気良くやって実際何とかなったけど、筋力はどうにもならなかった。改善しようにも、脂肪がつかないから筋肉があんまりつかない。軽いまま多少ついても、瞬発力はいくらかよくなるけど筋力は大差ない。

 太らないのは体質的なものなので改善していけばいいのだけれど、どこの女子が好んで太るというのだ。まぁ、他と比べていくらかは健啖ではあるかもだけど、やっぱり太らない。

 だから乳もない。貴族の男子連中曰く「残念な乳」だそうだ。悪かったな。努力した結果がこれだよ。ぶち殺すぞヤロウども。

 

 ぺっ、と血の混ざった唾を吐き棄てて、こちらへと歩いてくるフーケの、胸部について揺れる脂肪の塊をにらみつける。

 視線で人が殺せるなら、親友のキュルケは既に両手じゃ足りないくらいには蘇生していることになるぜ。あんたも覚悟しな。

 

 いつのまにか脱線し、頭までホットになっていた。コンプレックスが刺激されてちょっと暴走していたようだ。

 落ち着け。いつものクールな私はどうしたんだ。クールになれルイーズ・ド・ラヴァリエール。

 とりあえず、森の中に飛び込む。正面からいっても圧倒的に不利な状況だ。ここは相手の隙を窺うべきだろう。

 大きく後退し、森の中へと戦術的撤退を図る私をフーケの声が止めた。

 

「逃げるんじゃないよ。足元のこいつがどうなってもいいのかい? ほら! いい加減往生しな」

「……おぁっ!」

 

 その声に、私は戻りかけた脚を止め、森の中から出て行くことになる。

 腹部を蹴られ、才人の身体がくの字に曲がっていた。声を殺そうとしているが、衝撃と苦痛に漏れてしまっている。

 卑怯な、とは言わない。逆の立場だったら私もきっと……いや、どう考えても絶対にやらないが、まぁ、そういう手を使ってくるヤツもあろう。よほどプライドか余裕かがない奴だろうけど。

 

 才人がこちらに顔を向け、苦悶の表情ながら私を見つめて必死に目をぱちぱちとさせている。……きっと、才人のアイコンタクトだ。

 口元が覆われているので眉と目の動きで判断するしかないが、何か打開策になるかもしれない。見つめ返し、その意図の解読に入る。

 顔全体からは『懇願』の色が強い。首を横に何度も振った後、目は、私と森とを行き来している。そこから導き出されるのは……『ルイーズが代わりになってでも、俺を助けてくれ。絶対に逃げてくれるな』?

 ……まぁ、才人がこんなことを伝えてくるはずもないので、どうやら受信は失敗のようだ。打てる手はなくなってしまったので、ゆっくりとフーケの方へと歩いていく。

 

「言ってみたけど、本当に出てくるとはねぇ。平民の為にその身を曝すなんて、相当な変わり者だわ。まぁお陰で私はやりやすくて助かるけど……」

 

 言葉とは逆に、フーケは苦虫を噛み潰したような顔で私を……いや、私に誰かの姿を見ている。

 

 そのフーケが、足元の才人を置いていきなり横殴りに吹き飛ばされた。――エア・ハンマーだ。

 風の槌に叩かれ、フーケは勢い余って地面を転がっていく。私より身長と脂肪分重いのに、私の時よりも勢い良く飛んでいった。

 今この近くにいて魔法が使えるのはフーケとタバサだけだ。フーケが魔法で飛ばされたのなら、使った相手は見て確認するまでもない。

 すぐさま腰のナイフを抜く。刃に巻いた布を解きながら、才人へと走り寄る。着き様に才人を縛る縄へと走らせた。

 

 そうして、身体の調子の良さに気がついた。ガンダールヴのルーンの効果が、この身体に現れている。このナイフを持ったのは初めてではないけれど、そういえば『儀礼』の意識しないで持つのは初めてだ。なるほど、今までは『道具』と認識していたから発揮されなかったのだろう。

 しかし……ガンダールブのルーンは現れているのだが、そんなに大幅に身体能力が向上しているような感じがしない。今才人の傍へと走り寄るのだってルーンの効果が現れていた筈なのに、せいぜい一割分の力が上乗せされているぐらいだ。男と女の違いがあるとはいえ、才人のルーン使用時は平時に比べ少なく見積もって十割増しはされているのだから相当抑えられている感じだ。

 口元の土が剥がれ落ち、ようやく戒めを解かれた才人が立ち上がって背のデルフリンガーを抜き放つ。私は自分の左手の異常に気づき、知らずに声を上げていた。

 

「……ルーンの輝きが、弱い?」

 

 それは日光の下では見えない程の、淡い光。おまけに軽く点滅している。

 才人の左手を見ると、私のとは比べ物にならないルーンの輝きが左手から溢れ出ている。懐中電灯とサーチライトほどの違いがある。

 しかし、一体何故?

 

「おいおい、嬢ちゃん。おめ、魔法をすっげえ使っただろう? それじゃあ、そんなよええ光なのも当たり前だ。そう。えっと、あんま覚えてねえけど、使い手はな、心の震えが力になるんだ。そんなに魔法を使って、心が震えにくい状態になってちゃ本当の力は発揮されねぇよ。たぶん」

 

 私の独り言のような呟きに、才人によって抜かれたデルフリンガーがかたかたと音を鳴らして答えてくれた。それに驚いた声を上げたのは才人だ。

 

「おい、デルフ。俺、それ初耳だぞ」

「ありゃ、そうだったか? てっきり言ったと思ってたんだがなぁ。ま、相棒が聞いてないってんなら、そうなんだろうよ。それより使い手の嬢ちゃんに相棒、あれは放っておいていいのかい?」

 

 視線を巡らせると、膝をついたフーケに、タバサが杖を突き付けているところだった。遅れて、フーケの手元からこぼれた杖を拾ったキュルケと、同じく杖を持ったルイズがタバサの傍へ駆け寄っていく。

 私も慌てて駆け出すと、才人は先に駆けていた私の横を風のように追い越していった。

 

 

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