優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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ここからは三人称になります。
この話を書くまで一人称でしか書いたことがなかったので非常に勉強になりました。


風のアルビオン編

 

 ルイーズはベッドの中で夢を見ていた。舞台はここではない世界、ラヴァリエール公爵家の中庭にある池に浮かべられた、小船の中。

 家人が使わなくなって久しい其処は、周囲が水に囲まれていることもあって、ラヴァリエール唯一の【水】のメイジであるルイーズの秘密の自己鍛錬場だった。

 

「この、このっ、このォー!」

 

 夢の中で喚き散らしているルイーズは、『俺』が目覚めて一年ほど、周囲に神童と呼ばれ始めてから半年ほど経った頃。おおよそ、六歳ぐらいの年齢だ。

 靄掛かる霧の中、小さなルイーズは悔しさに顔を歪めながら、目元に涙を浮かべながら、杖を振るってひたすらに水を変質させていた。

 

 ――五歳以前の幼いルイーズはこの場所が好きだった。『俺』が混ざった後だってそれは変わらない。

 ここで隠れるようにして彼女が杖を振るうのは大抵、魔法の成果が上手くいってくれない時。少なくとも週に二度は、独りでここにこもるのだ。

 難なくラインとなった彼女に、【水】のメイジとして周囲から寄せられる期待は大きかった。いや、言ってしまえば、ルイーズは幼い身にありながらしてラヴァリエール最後の希望だったのだ。

 

 

 ルイーズの姉、カトレアは先天的な虚弱体質の上に原因不明の奇病を患っており、またその病の原因も治療方法も確立されていないためよく体調を崩していた。

 小さい頃にはよくよく【水】のメイジがうちを訪れていたが、そのほとんどは客人などではなくカトレアを復調させるために呼ばれていた医者であった。様々な薬、様々な医者を試してみたものの精々が発症した時の症状の緩和であり、根本の原因は不明のまま。発症させないようするにも、魔法を極力使わない、というところに落ち着いてしまう。

 やはり解決にはならず、カトレアは一月に一度は体調を崩し、まともに屋敷から出ることも出来ないでいた。それを誰よりも心配げに見ていたのは、その姉妹たちだった。

 

 そんな姉に対し、『物心』がつく前の【水】のドットメイジのルイーズに出来たことは、応急薬の作成ぐらいのもの。

 少ない知識で栄養価の付加された飲み薬をプレゼントしていたけれど所詮は栄養剤。勿論効果は見込めない。ラヴァリエールの夫妻も十数年を経ても治療法が確立できないために疲れ果て、多少なり改善されていけばと思えどもカトレアの病を完治させることは半ば諦めていた。

 

 そうしているうちにラヴァリエール家唯一の【水】メイジであるルイーズは、知識をつけた五歳を境に【水】魔法の一分野である『薬の研究』を始めてしまう。

 手近なところで、カトレアが病に臥せった時に処方された薬を分析して成分を調べ上げ、ラインとなった頃には自身の手で一通りを再現させていた。……だがしかし、それはあくまで既存の薬を再現しただけであり、門外漢であることを自覚していたルイーズにとってはカトレアの常備薬を作れれば、程度のものだった。

 

 そんなルイーズの魔法の成果を見て大いに騒ぎ立てたのは彼女の両親を始めとした周囲の人間だ。

 どうやら薬を精製していた【水】のメイジとやらはトライアングルだったらしく、彼らが調合した薬の一通りを六歳の、しかも成りたてのラインメイジが再現してしまったのだからそれも当然だった。

 

 ――ルイーズならば。あの前例を見ないほどの才覚ならば、将来カトレアが完治するのかもしれない。ルイーズが研究を止めない限りは、望みはある。

 ――しかし、これほどの【水】の魔法の才能あるルイーズでさえ治せない病気であるならば、カトレアの病気は正しく不治であるのでしょう。ならば……。

 

 それはある夜中、手洗いに立ったルイーズの耳に不意に聞こえてきた両親の会話だった。そうして気づく。

 常備薬を切らさないようにやっていただけのつもりで薬の精製していた私に、いつの間にかカトレア姉さまが元気になることが出来るかどうかの全てが託されていたのだと。

 

 

 もちろん、先の薬の精製だって、ラインメイジがトライアングルの精製した物を簡単に模倣できる訳がない。

 実は――ルイーズの有する精神力は、ラインにして成人した貴族を軽く越える程にはあった。素質によるものもあるが、年齢分とは別に約二十三年分他人より多く培われているからだ。

 ならば魔法が上手く唱えられるかと言えば、そんなことはない。いくらタンクの容量が大きく、中にたくさんの水を蓄えてても、蛇口が小さければ一度に使える水の量は変わらない。精々が、弱い力を長々と垂れ流せるぐらいのもの。

 

 しかし、ルイーズは【水】のメイジであることを逆手にとって、無駄に多い精神力に使い道を見つけ出した。

 それは想定される量を超える過剰な精神力の注入と貯蓄。『薬に精神力を込める』という精神力が許す限り効果を引き上げ続けることが出来る点を、ひたすら延長させる。人より多い精神力が『薬品生成』という分野においてのみ、限定的にとはいえトライアングルに並ぶことを可能とした。

 対価としてトライアングル程度の薬で一日~二日分の精神力を消費してしまうのでそのまま眠り続けることになってしまうのだが、彼女からしてみれば等価というほどに高いものでもなかった。

 

 

 両親の会話を聞いてしまって以来、ルイーズは本格的に研究に多くの時間を割かざるをえなくなる。

 書物を漁り、あらゆる薬を買い集め、全ての効能を書き出し、成分を抽出し、合成させてはメモを取る日々を繰り返し、試行錯誤を繰り返して改善に改善を重ねた。

 数年経った頃にはハルケギニアの薬の処方の多くを覚え、ルイーズ自身もトライアングルになったが、それでもカトレアの病には届かない。治すことは叶わない。

 

 いくら症状を抑える為の効能を高めようとも、原因を判明させ取り除かなければ根本的な解決にはならなかった。

 多少は絞れるものの、毎回決まった病状ではないことから体調を崩しているのは感染症を併発しているのかもしれないとあたりをつける。となると免疫不全関係を疑うところだが、そこまできてしまっては前世で医者でなかったルイーズには荷が重い。そもそもどういった作用で免疫がしっかり働いていないかわかっていない。

 少なくともこの文明レベルでは治療は不可能という結論が出てしまう。対処としては先に挙げたように無理をさせないことを念頭に、他の【水】のメイジと同じく、いくつかの感染症に対応する内服薬の処方箋を書き溜め、出来る限り清潔にしておくことしかできなかったのだ。

 

 だがそれでもルイーズは、自分から研究を止めることは出来ない。研究を諦めてしまえば、カトレアを諦めてしまうことと同義だとルイーズは感じていたのだ。

 そうしてルイーズの研究はそれより目立った成果を上げることもなく、魔法学院に入学する丁度一年前にカトレア本人に止めるよう言われるまで続いていた。

 

 

 …………遡るが、ルイーズが夢に見ているのは六歳の頃の彼女だった。

 自我が『私』であるのか『俺』であるのか自信を持てず、その上の慣れない薬の分析作業に、生まれ持った手先の不器用と生来よりの癇癪気質が相俟って、研究はさっぱりすすまない。

 だというのに振った沸いた重責に、両親や侍女の期待の目もあって鬱憤を解消できないでいた。周囲には誰かしらがいたから、癇癪をあげることも出来なかった。だから、いつもイライラしていた。

 それは見本を再現するではなく、新たに薬を作り始めるにあたっての、一つ目の壁にぶち当たった頃だった。

 

「ああ、もうっ!」

 

 ぐい、と袖で目元を擦り、それでもルイーズは最後に奮い立つ。結局、三十分も精神力を使い続けていれば先に疲れが出て、イライラしている元気もなくなってくる。

 そうして、ルイーズは水を操作して小船を岸まで進ませると、両親に与えられた研究用の部屋へと戻って行くのだ。

 

 

 

 屋敷の中を歩いている途中で、一拍だけルイーズの足が止まった。そして、そのまま直ぐに歩き出す。

 

(そういえば、記憶の通りなら、池から帰る前に子爵様が来ていたような気がするけど)

 

 夢の中で憤慨している小さな自分になっているというのに、冷静にルイーズはそんなことを思った。

 その時、ルイズのように頬を染めるような出来事があったかと言われれば自分の時には特になかった。実のところ、ルイーズはその時の事をあんまり覚えていない。

 

(……どうでもいいか)

 

 結局はその一言に集約されていた。

 

 

 

 

 才人はベットの中でぱちりと目を覚ます。部屋は暗く、物音すらしない。おもむろに、もそりと上体を起こすと、音を立てないようにベッドから降りて立ち、辺りを見回した。

 ここはルイーズの部屋だ。物置だったのは一週間以上も前のこと。それも何故だか学院長が大層熱を入れて改装を命じたらしく、調度品はルイズの部屋のものと比べても劣らない。とはいえ私物がまだほとんどないので、面積自体はルイズの部屋より狭いのに、それより部屋が広く見える。

 

 ちなみに才人の本来の住居はルイズの部屋の隅の藁束の上なのだが、ルイズと才人が喧嘩をしたり、ルイズがルイーズと一緒に寝たがったりする(本人は絶対に認めないだろうけれど)と、才人はルイズの部屋を追い出されて隣の部屋に押し込まれることになる。大抵その場合はルイーズが入れ替わりでルイズの部屋に行くので代わりに空いたベッドを使わせてもらっているのだ。

 才人は、女の子のいつも寝ているところで俺が寝るなんて出来ない、とやんわり断ったのだが、ルイーズは特に気にした様子もなく不思議そうに「何故?」と返してきた。瞬間、邪なことを考えているような自分が恥ずかしくなって、疚しい事がなければ構わないじゃないか、と自己弁護をした後、才人は頷いていた。

 最近は、ルイーズのベッドで寝れる事が才人の日々の楽しみの一つになりつつあった。色々な意味で。

 

 すぅ、と最後に呼吸音を残して、才人の気配が薄れた。こういうときに限って才人は見事な穏行術を持っていた。

 ミス・シュブルーズによって壁に設えられた――といっても後付したようには全く見えない――ドアの近くまで、スパイのような足取りで歩み寄る才人に、突然声がかけられる。

 

「どうしたんだい? 相棒。そっちの部屋は今頃、娘ッ子たちが眠ってるぜ?」

 

 声の主はデルフリンガーだ。突然かたかたと鳴り出した剣にも慣れっこなのか、才人はびくりともせずに人差し指を口元に当てた。

 そのままこそこそと壁に立てかけられたデルフリンガーの元まで忍び寄ると、柄の部分に向かって静かに語りだす。

 

「しぃ~! 静かにしろよ、デルフ。二人が起きちまうだろ」

「そんなら、何でこそこそしてんのかを教えてくれよ、相棒。剣だからなのか、俺にゃあさっぱりその理由がわからねえ」

 

 そんなデルフリンガーの質問に、何故か才人はにへらっ、と笑みを浮かべた。

 

「そっか。お前、剣だもんなー。わかんなくても仕方ないよなー。しょうがないから、この俺が教えてやる」

 

 もう、誰かに話したくてしょうがないといった様子で才人が肩をすくめた。そうしてまず、才人は隣の部屋を指差した。

 

「娘ッ子の部屋……じゃなくて、娘ッ子か」

 

 デルフリンガーの言葉に、才人はこくりと頷いて今度は自分を指差した。

 その後に、手でハートマークを作ってまた、にへらとだらしなく笑みを浮かべた。

 

「相棒だろ。……んで、どういうこった?」

「惚れてんだよ。俺に」

「どっちの? 何で?」

「ああ、もうお前は本当に駄目な剣だな。見りゃあわかるだろ。両方だよ」

 

 大仰に才人はため息をつくと、小さく震えるデルフリンガーを手に持った。

 

「まず、ルイズだ。お前も見てたろう? あの舞踏会のルイズの様子をさ」

「ああ、あん時の貴族の娘ッ子は顔を真っ赤にしてたっけ」

「そうだ。あんな顔は惚れた男にしか見せないものなのさ。もうあの時には、ルイズは俺に恋してたって訳だ。何せ俺の待遇が最初に比べて少しずつ変わってきたし、普段のあれにしたって愛情の裏返しなんだよ。なにせあの顔は俺に惚れてる。間違いないね」

 

 胸を張って答えた才人は、妙に自信に溢れて見えた。なにせ、才人の胸中には一片の曇りもない自信で満ち溢れていた。

 

「まぁ、相棒がそういうなら、そうなんだろうさ。それはいいとして、担い手の娘ッ子の方はどうなるさね」

 

 そこで顔を真顔にした才人は、だがそれも続かなかったらしく頬をどんどんと緩ませていく。「うっへっへっへっへ」と、聞くに耐えない笑い声を上げてぶるぶると体を振るわせる。

 

「いや、こればっかりは俺もちょっとびっくりなんだけどな。たぶんルイーズは俺に一目惚れしちまってるな」

「俺は剣だから男と女のことはわからねえけど、そういうもんなのかい?」

「お前はまだ買ってなかったから知らないだろうけどな、ルイーズは初めて会った俺に、最初っからすっげえ優しくしてくれたんだ。ルイーズも使い魔だけどよ、それだって貴族なんだぜ。そんな貴族様が俺にあんなに優しくしてくれてるなんて、他に理由は考えられないね。惚れてるどころか、もしかしたら俺、愛されちゃってるのかもしれない」

「愛か。すげぇな、相棒は。そんな相棒に惚れてる貴族の娘ッ子と、相棒を愛しちゃってる担い手の娘ッ子をてごめにしに行くわけだ」

「おう、愛だ。貴族様を二人も射止めちまう俺はなんて罪作りなんだろう……。そういうわけでだ。これから俺に惚れてるけど素直になれないルイズと、俺を愛してくれちゃってるルイーズとてごめにしてくる。てごめってのはよくわかんねえけど」

 

 才人は言うなり、デルフリンガーを手にしたままルイズの部屋へと忍び込む。結構な重量のデルフリンガーを手にしながら、才人の穏行術に乱れはなかった。

 

 今日才人がルイーズの部屋で寝ていたのにも、彼なりの理由があった。といっても喧嘩してルイズと折り合いが悪かったとか、そういった理由じゃない。

 俺がルイーズの部屋で寝ないとルイーズだけが除け者になってしまう。男としては、向けられる愛には応えてやりたい。けれど、俺の身は一つしかない以上別々の部屋で寝られてしまえばどちらか一人はあぶれてしまう。なら、二人の愛を、一緒に受け止めてやればいいんじゃないか。

 フリッグの舞踏会より一週間。悩みに悩み抜いた上で出た結論に、才人は畏怖を覚えた。――――なんて、完璧な答えなんだと。

 

 

 ドアからルイズの部屋にもぐりこんだ才人はデルフリンガーを壁に立てかけた後、二人が眠るベッドへと近づくことに成功した。

 そうして、仲良く眠る同じ顔の二人を覗き込んだその瞬間、才人はヒュ、と息を無意識に吸い込んでいた。そして、いきなり胸がばくばくと、まるで全力疾走した後みたいに拍動し始める。あまりの二人の可愛さに、才人はどうにかなってしまいそうだった。

 まずはルイズ。着ているものは、薄桃色の生地に白いリボンをあしらったネグリジェ。何を隠そう、才人がルイズの部屋を出る前に着せたものだ。どうやらルイズは青系統よりも白から桃色までの色を好むようで、赤までなるとキュルケを思い出すからか滅多に身に着けようとしない。眉根を寄せて、イライラした表情で寝ている。寝ている時まで怒らなくてもいいだろうに、と才人は思った。

 そして隣に眠るルイーズ。こちらは空のような淡い青色の生地に、ルイズと同じく白いリボンがあしらわれたネグリジェを着ている。これもいつも着ている、ルイズのと色違いのお揃いだ。ルイーズは赤のような暖色系等の色よりも、深海のような深い青から空のような淡い青、後は黄緑とかを好むようだ。ルイズのように赤を着ない、というわけでもなさそうだ。表情はというと、花を咲かせたように頬を染めている。――うわ、女の子だ。ルイズも彼女を見習えば、俺ももうちょっと可愛がってやるのに、と才人は思った。

 

 しかし、寝ているとこの二人、本当に見分けがつかない。いつしかルイーズがしていた銀色のバンクルも固定化が切れたとかで外してしまっているし。流石に好む色までは違うようだし、寝ていても表情が出ているからこうして判別できるけれど、本当に瓜二つだ。

 二人とも、とても可愛いのだけれども、この二人がこれから、俺のモノになってしまうのか!

 才人は勝手に頬を染めて、頭を掻いた。そして床に正座すると深々とお辞儀をする。

 

「ありがとうございます!」

 

 何がありがとうなのか、才人にしかわからない感謝を述べてルイズとルイーズの間にその身を割り込ませた。そしておもむろにルイーズを抱き寄せると、才人はその薄い胸に頬擦りし始める。

 何故ルイーズからなのかというと、先にルイズの相手をすると素直になれないルイズは騒ぎ立てて面倒が起きてしまいそうだからだ。対してルイーズならば、その空より広い心と、海よりも深い愛で俺を受け止めてくれる筈。たぶん!

 

「うわああ! ルイーズ、なんて可愛いんだ!」

 

 柔らかい。あるんだかないんだかわからない胸は二人とも同じだけれど、やっぱりあったんだ!

 才人は感動に震えた。今までの人生の中で、間違いなく至高の幸福を味わっていた。今は会えない母親に会ったなら、俺を産んでくれてありがとうと土下座をしてやりたかった。実際こんな場面で会ったら俺殺されちゃうだろうけど。

 

「ありがとう! ルイーズの始祖とかいうブリミルさんありがとう! ルイーズという存在にありがとう! 俺、おめでとう!!」

 

 最早才人は自分が何を言っているのかわからなかった。でもよかった。才人は今、紛れもなく幸せだったから。

 

「ふが」

 

 ルイーズは、為すがままにされていながらも、体をむずむずさせただけで起きなかった。まったく、寝付きのよい娘であった。

 

「う、うおおお、愛おしさが止まらない」

 

 興奮と緊張にがたがた震える手でルイーズの空色のネグリジェをたくし上げようとしたところで、目の前のルイーズの目がぱちくりと開いた。

 才人それに慌てず、仏様でも敵うまいといった笑みを浮かべると、気障な仕草でルイーズの唇に人差し指を当てた。

 

「ルイーズ、静かにしてくれよ。ルイズが、起きちまうからさ」

「は、はぁ!? あんた……!」

「うわ、ちょ、暴れないでくれよルイーズ!」

 

 ルイーズはばたばたと腕を振り乱し、何とかしがみつこうとする才人を押しのけようとする。対して才人も、思った通りにはいかなかったが、はがされまいと必死にルイーズを抱きしめた。

 

「む……、何やってるの?」

 

 幾許かもしないうちに隣のルイズが、寝ぼけ眼で上体を起こした。ごしごしと目を擦って、ぼんやりもつれる二人の姿を見下ろしている。

 ルイズも起きてしまっては、才人は固まるしかなかった。何せ、攻略が簡単だと思っていたルイーズを落ち着かせることも出来ていない。

 どこで計画が狂ったのかと考えても、どうにも才人自身に心当たりはなかった。強いて言うならルイーズの愛の深さを見誤ったのだろうか。才人は自問する。

 

「あ、私お邪魔でしたか。ごめんなさい」

 

 ルイズはやおらベッドから立ち上がると、素足のままぺたぺたと音を立てて部屋を横切り、何故かルイーズの部屋へと消えていった。

 ぱたん、と柔らかく閉められたドアからはかちゃかちゃ、と施錠の音が聞こえ、そしてそれきり、音がしなくなってしまったのだ。

 

「え、ええと、あれ? これは、ルイズが、俺とルイーズの為に身を引いてくれたって解釈でいいのか?」

 

 何か、重大な間違いをしているのではないか。そんな引っかかりばかりでかなりギザギザになった疑問の塊に、才人は敢えて気づかない振りをした。気づいてそれが正解だとしても、もう挽回の手はなさそうだったからだ。

 

「おい」

「はい!」

 

 ぼんやりと、ルイズ(?)が消えた先を現実逃避しながら才人が眺めていると、横から普段からは想像もつかないドスの利いた声がかかった。声が掛かってから秒と経たずに、才人は正座で声が掛かった方に向き直った。

 微笑を浮かべた、ルイーズ(?)がいた。

 

「私、生まれてこの方これほどの屈辱を受けたことはないわ。光栄に思いなさい。ここまで私の怒りを煽れるのだから、あんたは大したものよ」

「ええと、ルイーズお嬢様。少々わたくし、混乱しているのですが」

「あんたは、まだ言うつもりッ!? そう……この使い魔は、主人がどちらかだかもわからずに、今の今まで過ごしていたってわけね!」

「――――もしかして、ルイズお嬢様? そんな筈、ない! だって俺は、間違いなくルイズに桃色のネグリジェを着せたんだ! ルイーズが、ルイズの真似をしているだけなんだろ? お願い、そうであって!!」

 

 沈痛な悲鳴を上げる才人に、目の前のルイーズ(?)は、にこり、と笑った。

 

「寝る前に、戯れで、ルイーズと、寝巻きを、交換、したの」

 

 才人は、目の前が真っ暗になった。比喩ではなく、ルイズ(!)の拳が才人の顔にめり込んだのだ。

 

「ぎゃああああ!」

「おまけにあんた、ルイーズに手を出そうとしていたってことよね! ふ、ふふふ。この馬鹿犬、どうしてやろうかしら。本気で、去勢を考えなくちゃいけないのかも」

「ちがう、おれ、るいずも、るいーずも、びょうどうに、かわいがってあげなくちゃ、って、おもって」

「…………わかったわ。あんた、もう喋らないで」

 

 その部屋からは悲鳴が寮中に響き渡り、それがあまりにうるさいので隣の桃色の髪を持つ少女はサイレントを掛けなければ寝直すことが出来なかった。

 どうやら才人の夜明けは、遥か先のことになりそうだった。

 

 

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