優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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アンリエッタの密命②

 

 ルイーズはただ立ったまま、だが呆けているわけでもない様子で動けずにいた。アンリエッタはルイズが消えたドアを見つめて凍り付いてしまっているし、ギーシュはといえば床に転がったまま頬を染めて、何を思い返しているやらぼんやりとしている。

 誰も声を上げず、身動ぎもない。あまりに異様な光景が展開され、自分がその一片に組み込まれているために動けなくなってしまったのだった。二人のように現実逃避できたらどれだけ良かっただろう。そう思うのだが、出来ていない以上何の慰めにもなりはしなかった。

 

 立ち尽くしてからしばらくして、こんこん、とルイズの部屋に繋がるドアが控えめにノックされる。

 それを好機と、ルイーズは大仰にドアへと向き直り、わざとらしく辺りを見回した。それに気づいたギーシュがこほんと咳払いをして立ち上がり、同じくアンリエッタは身だしなみを整える。動き出し弛緩した空気に緊張が切れて、ルイーズは思わず安堵の息を吐いていた。

 

 気を取り直しドアの向こうに「どうぞ」と声を掛けると、「失礼致します」と同じ声色で返答が返ってきた。

 ドアを開けてすっと一礼、勿論現れるのはルイーズを鏡に映したように同じ姿――――ルイズだ。

 その姿だが、はだられていたブラウスの前はしっかり閉められ、貴族の証たるマントをその上に羽織っている。そして胸元にはペンタゴンが刻まれたブローチが光っていた。学院生の正装である。ブラウスを閉めるだけにしてはやたら時間が掛かっていたが、なるほど上に着込んでいたようだ

 まるで先ほどの失態などはなかったように、ルイズは入ってきたドアを静かに閉めて、優雅な立ち振る舞いでアンリエッタの前に跪く。王女に対するものとして間違いないものだ。けれども、ちぐはぐな空気になっているこの部屋ではルイズの方が浮いてしまっていた。

 

 アンリエッタはというとルイズが二人いる事実を正しく認識出来たようで、ちらちらと見比べてはいるものの二人目のルイズを前にしても特に取り乱すことはしなかった。

 かしこまるルイズにアンリエッタが堅苦しくしないで欲しいと伝え、それは出来ないとルイズが言うと過去の話を持ちかけて説く。そうこうしているうちに二人の話はルイーズの時と同じような流れになっていた。

 ルイーズの時よりもいくつか応答が増えたが、結局程よく崩すというところで落ち着いたようだ。恐縮しきりだったルイズも、幼少の頃を思い出してかいくらか余分な力が抜けている。

 

「それで、もう一人のルイズ・フランソワーズ。先の続きです。貴女はいったい何者なのですか。もしや、先ほどの貴女の話は何一つ偽りのない、真のことだったのですか」

 

 そうして落ち着くと、自然とルイーズへ話の焦点が飛ぶ。アンリエッタにしてもギーシュにしても疑問に思っているのはルイーズについてなのだから、当然といえた。

 

「あ、あの姫様。この者はですね、その……」

「いいのですよ、ルイズ。彼女より、簡単にですが説明を受けています。何より、彼女もまた貴女であるのだとわたくしにはわかります。わたくしは、どうして貴女が二人いるのかその経緯を聞かせてもらいたいのです」

 

 それについてルイズが言いよどみながらも代わりに声を上げたのだが、遮られてしまう。

 困惑するルイズと、凛と真正面から見据えているアンリエッタ。先から黙りこくっていたが、かねてから求めていた話題に飛びつくよう身を乗り出すギーシュ。三つの視線がルイーズへと集中した。

 

 さて、そのルイーズだが、どう説明したものかと考えていた。というのも、アンリエッタに対しては説明らしい説明をした気になっていたからだ。

 どうやら先のような話し方では上手く伝わりそうにもない。アンリエッタにしてもルイズの姿を見るまで全く信じようとしなかったのだから、この考えもあながち間違いというわけでもないだろう。

 ならば、自分の生きてきたトリステインの存在を知ってもらえば理解が早いのではないだろうか。そう思い、自己紹介から始めることを決めた。

 

「ではまずは改めまして、名乗りを上げさせていただきます。王国トリステイン、ラヴァリエール公爵家第三女。名を、ルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエールと申します」

 

 ルイーズはアンリエッタの前に跪き、ルイズがしたような謁見の作法で頭を垂れた。崩していた口調も貴族然としたものへと戻り、同じ姿も相俟って全くルイズと見分けがつかない。まるで先の焼き直しだ。

 

「ラヴァリエール、公爵家? ……ラ・ヴァリエールではなくって?」

 

 些細な、されど確実に違うその家名を、アンリエッタは確かめるように呟いた。

 

「ええ。ラヴァリエール公爵家で違いありません」

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ。家名が違うということは、君はルイズの双子の妹ではないのか!? いや、それよりもこのトリステインでラヴァリエールだなんて家名は聞いたことがないし、そもそもがあってはならない名の筈だ!」

 

 それを認める形で発されたルイーズの言葉に、今度はルイズからカバーストーリーを聞いていたギーシュが声を上げる。アンリエッタも追従するように、無言で頷いた。

 

「そのとおり。ラ・ヴァリエールを有するこのトリステインでは、ラヴァリエールはあってはいけない名前。認められるはずもない名前。でも、ラ・ヴァリエールが存在しないトリステインであれば、どう? ラヴァリエールの名があっても問題はないでしょ? そう――――つまりは、私が生まれ育ったのはこのトリステインじゃない。当家領地と私の名以外のほとんどが同じく存在していたトリステインより、ルイズによって使い魔として召喚されたのが私」

 

 その言葉を聞いて真剣な顔で考え込んでいるのはアンリエッタだ。理解が確実に及んでいないと見て取れるのはギーシュ。一度説明を受けていたルイズといえば、一々目を瞑ってうんうんと頷いているのだが、ついてこれているのか逆に不安にさせられる動作だった。

 

「なるほど……。つまりはこういうことだね、ルイーズ。このトリステインのラ・ヴァリエール公爵家を取り潰し、君が改めてラヴァリエールの家名を名乗りたいと! 内部から崩すために表向きはルイズの使い魔として動いているのだと! どうだい、違うかね!?」

「何ですって……! そ、そうだったの!? まさか、ルイーズがそんなこと……!」

「ちがぁーう!!」

 

 間髪入れずに否定を返しながら、馬鹿な事を言い出した二人の様子にルイーズは消沈した。もう駄目かも、と顔を曇らせる。――というかルイズ。あんたは何でギーシュに同調しているんだ。本当に、今までどう認識してくれていたんだろうか。

 もはや、細かく説明すればするだけいたずらに聞き手を混乱させているような気すらし始めていた。そもそも現代日本の常識が混ざっているため、己の価値観が僅かにずれている事を失念している。何を言っても理解してくれる気がしない。ルイーズは完全に落ち込んでいた。

 

「同じく存在していたということは、わたくしもまた、そちらのトリステインにも存在していたということなのかしら? ねえ、ルイーズ・フランソワーズ」

「……え、ええ! その通りです、姫様。先ほど姫様と話していた内容は、私と私の知っているアンとの出来事です。どうやらこちらと細かな違いはあるようですけど」

 

 だが、アンリエッタの言葉にルイーズは機嫌を反転させる。才人に劣らず理解の早いアンリエッタに、思わずルイーズの表情が輝いた。

 

「先ほどのように、わたくしのこともアンで構いませんよ、ルイーズ。貴女もまたあちらのわたくしのおともだちでしたのでしょう? ならば、わたくしともおともだちじゃない」

「アン……! ありがとう!」

 

 優しく笑みを浮かべるアンリエッタ、対してルイーズは嬉しさの余り涙を浮かべた。理解をどこかへ投げ捨てたギーシュとルイズをおいて、二人は手を取り合った。それどころか、ルイーズは感極まってアンリエッタを抱きしめる始末。

 最早ルイーズは、これ以上どう説明すればいいのかわかっていなかった。アンリエッタも完全に理解はしていないだろうけれど、そんなことは構うまい。そういうものなのだ、と認識さえしてくれれば充分なのだから。

 

「それにしてもルイズ・フランソワーズ、まさか自分を呼び出して使い魔にするだなんて考えられないわ。昔から変わった子だとは思っていたけれど」

 

 言って、アンリエッタはくすくすと可愛らしく笑う。使い魔という言葉にルイーズは、はっと思い出したことがあった。

 

「そういえば忘れてた」

「あら? ルイーズ?」

 

 首を傾げるアンリエッタを置いて、おもむろにルイーズは隣の部屋へ向かう。

 しばらくしてドアの向こうから戻ってきたルイーズは、ボロ雑巾のようになった妙な塊を引き摺っていた。

 

「なんだいルイーズ、そのゴミは?」

 

 怪訝そうな顔で問い掛けてくるギーシュに、「見てればわかる」とだけ返す。指揮棒によく似た杖を取り出して、謎の塊に向かって振る。

 

「いたいの、いたいの、とんでいけー」

 

 【治癒】のルーンスペルを口内で唱え終えた後、発動に合わせて声に出して呪文を呟く。付加効果が一切現れないことをルイーズは知っていて唱えている。

 ふと今浮かんだ呪文であったのだけど、これはいい呪文かもしれない、とどうでもいいことをルイーズは考えた。

 

 ――頭に浮かぶのは、もこもこピンク髪の奴隷魔法使い。お子様お断りのあのシリーズはファンタジーの大御所なので、勿論チェックしていたとも。

 私の髪の毛はもこもこではないけれど同じピンク色だし、立場だって使い魔と奴隷で似たようなものだ。氷の矢も、回復魔法も使えるのだから、もしかして中々のハマリ役なのではないだろうか。

 ただこちらと違い、もこもこピンク髪の娘さんはえらく大変そうではある。彼女自身は幸せみたいだけど、あの環境、私は遠慮したい。というかお断りだ。……ま、私の発育じゃ、奴隷として売られてたとしてもあの鬼畜戦士には確実に無視されるだろうけどね!

 

 短い空想の旅から帰ってきて魔法をかけていた方に目を向けると、そこにあった筈のぼろぼろの塊はいずこかへ消えて、才人が寝ていた。まだ傷は残っているけれど、元の姿には戻ったようだ。

 

「才人、起きて」

 

 【治癒】をかけながら、才人を起こすべく肩を揺すりながら声をかける。だがしかし、才人は一向に起きる気配がない。それどころか「かあさん、もうじゅっぷんだけ」なんて間の抜けた声を上げている。――こいつめ、誰がかあさんか。

 

「寝てるけど、これもルイズの使い魔だから」

 

 仕方ないので眠りこける阿呆面を指差してアンリエッタに紹介してやった。アンリエッタは困惑やら憐憫やらをごちゃまぜにした苦笑を浮かべていた。

 

 ――あと、これは余談だけれども、実は才人の傷が深くて治り切らず、秘薬の小瓶をひとつ消費している。昼と合わせて二個目。今までは使わずともスペルだけで治ったのに、召喚されてから今日初使用にして既に二個だ。

 秘薬が必要になるほどの折檻をしないで貰いたい。ただでさえ秘薬の数が少ない上、お金の手持ちもまた少ない。こんなところで消費する余裕はまったくないのだ。ルイズさん、お願いします。

 あと私、才人の『専属看護婦さん』扱いになっているのではないだろうか。これはまぁ、別にいいのだけれども。

 

「そんでギーシュ。なんであんたはルイーズの部屋に紛れ込んでいるのよ。ここ、女子寮。先生に言いつけるわよ」

 

 ルイズが思いついたように声を上げた。言われてみれば、そうだ。あまりに普通にいるものだから、疑問に思っていたことを忘れていた。そもそもアンリエッタはルイズに話を持ちかけに来たのだから、ギーシュは完全に部外者だったのだ。

 

「いやいや、待ってくれルイズ。まずは落ち着いて話を聞いてくれたまえ。これにはそう、深い理由があってだね……」

 

 ……そうしてギーシュが言うには、中庭を散歩していたところでアンリエッタの姿を見つけ、ルイーズを引き連れていく様を不審に思って二人をつけてきたらしい。

 そして成り行きで二人の話を盗み聞いているとアンリエッタが何か憂慮していた様子、居ても立ってもいられなくなったとのこと。たったそれだけの内容を数分にも渡って、無駄に臨場感を溢れさせてギーシュは語る。

 一言でまとめるなら、「卑しき姫殿下の僕としては何としてもお力になりたかった」ということ、それだけのことだ。ルイーズには、彼の言う深い理由は特に見当たらない。

 ギーシュの名乗りを聞き、その言葉に心を動かしたアンリエッタは正式に彼が部屋に残ることを許す。部外者の処遇が決まったことでそうして話されたのは、ルイーズが保健室から出て廊下を歩いている時に考えていた内容とほぼ同様のもの。

 

 記憶の中と違うのは、話に参加している人物と、話している場所だ。

 ルイズの部屋を訪ねる筈だったアンリエッタはルイーズとルイズを勘違いしたため部屋がずれてしまった。そこでルイーズがアンリエッタに説明している間に、ルイズは才人に悪戯された後に我に返り、才人は折檻を受けた為に気絶してしまった。

 才人はいまだに目を覚まさないから事情を知らないままだし、ギーシュも本来より前倒しに参加することになっている。

 

 そんなことをルイーズが考えているうちにアンリエッタから件の説明は終わり、それを聞いたルイズとギーシュが正式に手紙を取り戻す任務を拝命しているところだった。急いで、ルイーズも二人に並んで跪く。

 王女からの直々の下知に、これといった重要性を感じているわけではなかった。ひとえに、ルイズが行くと決めたならば自分が付いて行かない訳にもいかない、というだけのことだ。

 ルイーズは、ルイズと才人に降りかかる火の粉は自分が払うのだ、という使命感に似たものを負っている。いつからかルイーズの中では『ルイズと才人の安全を守る』の優先順位が大分上位にきていた。

 勿論その上には『日本へ行く』があるのだが……。どうしてこんなにも日本に行きたいと思っているのだろう。ルイーズは何か違和感を覚えながらも、それを振り払うように頭を振った。

 ともかく、こうしてここに揃う三人が正式にアンリエッタ王女から下された極秘任務を遂行することになったのだった。

 

 

 アンリエッタはその後、いくつか話をしてから寝所へ戻っていった。夜も遅く不心得者が現れるとも限らないとしたルイズは、自分の寝ている方の使い魔を叩き起こし、混乱している才人に対してアンリエッタの護衛を言いつける。

 昼に見ていただろう王女の姿を極間近にして、才人は目を白黒させている。それでもルイズに蹴っ飛ばされて、慌てて部屋から出て行った。一方、護衛の名目でアンリエッタと二人きりで歩けると思っていたギーシュが不満そうな顔でその後に続いていった。

 

 それからきっちり半刻して帰ってきた才人は、ギーシュとの決闘をした後のような打ち身の傷を顔に残しながらも何故かへらへらしていた。

 どうしたのか訊いてみても、顔を青くするばかりで答えることはしない。そしてなにより挙動不審であった。生傷が絶えない才人に呆れるルイーズだが、仕方ないとばかりに本日三度目になる【治癒】をかけてやった。

 だが、次の日ギーシュからその傷を受けた顛末を聞いたルイーズは、才人を治療してやったことを後悔することになる。どうやら才人は、ルイーズとは違った意味で思考がずれているようであった。

 

 

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