「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに、応えなさい!」
それは、必勝の願いを篭めた召喚の呪文を唱えた後、巻き起こった。
爆発――何もない空間から溢れ出てくる衝撃波。いつもと違うのは、その規模が大きかったこと。突風と熱の余波は見学している生徒まで届き、抉られ舞い上がった土煙は爆心地から10メイルほどを包んでいる。
もちろん、それを発生させた私は誰よりも間近にいたことで煤だらけになっていた。
風が止んでとりあえずの小休止状態となるや否や、髪の毛を乱され制服を汚された幾人かの男子生徒たちがこぞって声を上げて囃し立てた。
「また失敗か」「流石はゼロのルイズ」「いい加減にして欲しいね」次第にそれは笑い声に変わって、他の生徒達にも伝染していく。思ったとおりの結果を出せず、反論すらも許されない私は口を塞ぐしかない。
――惨めだった。今度こそはと臨んだ召喚の儀式で、この有様。湧き上がってくるのは怒り。でも、何に対して怒っていいのかもわからない。行き場の無い衝動に頭に血が上ってくる。惨めさでいっぱいになって、泣きたくなってくる。
けれど、そんな自己嫌悪も直ぐに中断されることになった。
土煙が風に流され始めると、周囲の喧騒が止んでいく。皆が一点を注目し始めた。私も遅れて顔を向ける。
爆煙が立ち込める其処に影が映っていた。……何かが、いる? 直前まで影が映るようなモノはなかった。ならそこにいるのは私が召喚したものということになる。
(召喚、できた……?)
混乱していた思考が状況に追いついてくると、今まで私を苛んでいた怒りの感情は萎んでいく。代わるように溢れてくるのは歓喜だった。顔には自然と笑みが浮かび始めていた。
今まで成功した試しのなかった魔法が、この使い魔召喚の儀式という折に成功したのだ。
もの凄い使い魔を召喚してやれば、今まで馬鹿にし続けてきたやつらを見返せてやれる。それは何ヶ月も前から思っていたことだった。
けれど実際に行う段になってみれば、そんな高望みをしている余裕さえなかった。お願い。誰か出てきて。と、それだけで頭が一杯だった。
もちろんすっごいのが来てくれれば言うことはない。けれど、使い魔になってくれるなら普通のネコやハトでもいい。
それでも期待ばかりが胸の中で膨れ上がっていく。もしかしたら、もしかしたら私にも……。
晴れてくると見えたのが『倒れた人』。十代半ば過ぎに見える、黒髪の男だ。ハルケギニアの住人が見る事のない格好をしているだけで、獣人でも翼人でもない。
もしかして、いや、たぶん……平民。
「…………そんな」
……そんなことって、ないわ。呼び出せたと思ったら、出てきたのは平民?
「え?」
思わず目をこする。ぱちぱちと何度も瞬きをして、自分の眼に異常がないかを確かめる。けれどもそれは消え去ることも無く、確固として存在していた。
私の眼は正常に作動してくれていた。幻でも、見間違えでもない。落胆しかかった心が、倒れている平民の向こう側を見て一気に反転した。
「うそ……ドラゴン……!? さっき他の生徒が召喚した使い魔……じゃないわよね。だって、色が違うもの!!」
そこにいたのは濃い青をしたドラゴン。体長はおおよそ五メイル。何故かはわからないけど、翼を真上に立てているのでその背中がどうなっているのかは見えない。けれど、私はその翼にこそ見惚れていた。
――全系統の、喚び出され得る生物の情報は頭に入っている。どの系統魔法も成功した事のなかったので、どの種類の使い魔が出てもわかるように生物図鑑の端から端までを読んで暗記してきた。
確か、竜種の中でも自然では滅多に目撃例のないアクアドラゴン。体躯からいって、幼生体だと思う。水の中でも、陸上でも活動できるという稀有な生態を持っていたはず。翼と魔力によって空を飛ぶことも出来る立派な飛竜の一種だ。
さっき空を舞っていたのはもっと淡い色で大きかったし、アレはウインドドラゴンだからこの子とは完全に別個体だ。間違いない。この子は私が呼び出した!
~~~~ッ!! やった! やったのよ! なんか平民みたいのがついてきちゃったけど、そんなのは後! ドラゴンだったら間違いなく、呼び出せる中では最良、最強といっていいくらいの使い魔だわ!!
この気持ち。もうこの竜の背に乗って空を飛び、勇者の如き振る舞いをする自分の姿が目に浮かぶよう。
「嘘だ……ゼロのルイズがドラゴンを召喚するなんて……そんな馬鹿な!」
「魔法も碌に使えない癖に、こんなことが!? 有り得ない!」
「ふ、ふふ、うふふふふふ……!」
何か騒いでいるみたいだけど、私には負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
これは事実。私はドラゴンを呼び出せて、貴方たちはウインドドラゴンを呼び出した一人を除いてそれが出来なかった。
……これは、あれね。ウインドドラゴンを呼び出したメイジとは仲良くなれそうだわ。この苦労は、持つ者にしかわからないでしょう。
やっぱり、ドラゴンともなると住まわせておくところも広くなければならないし、餌代もこれだけ立派だとかかってしまいそうだし。ドラゴンなんて使い魔にしたらそれなりに気苦労が絶えなさそうだしね。ふふ、ふふふふふふ。
「えへ、あは、うふふふふ!」
周りの生徒がざっ、と私から離れていく。……? そう、やっぱりドラゴンを召喚出来るともなると今までとは私自身の威厳も違うということかしら?
「ミ、ミス・ヴァリエール。どうやらドラゴンを呼び出せたようだね。お見事だ。さぁ、コントラクトサーヴァントを」
「あ、はい」
そうね、この子も私の使い魔となることを待ち望んでいるのでしょうし、直ぐに契約を結んであげないとね。
表情は固定化の魔法を掛けられた様に笑みから変化しない。半ば無意識の顔をそのままに、ドラゴンの前へと進み出る。ドラゴンは、近づいてくる私を不思議そうに見て、何やらちらちらと首だけで背後を見返している。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
不審な行動を続けるドラゴンに構わず杖を掲げて、契約の呪文を投げ掛けた。
しかしそれを唱え、その顔へと契約の口付けを交わそうとしたところでひょい、と首を逸らされて避けられる。避けられた後、ドラゴンは首を背けて、こちらへと一切顔を向けなくなった。
――これって、嫌がっている? どうして?
焦り出す。そもそもサモンサーヴァントは召喚される意思のある生物を喚ぶ魔法。その前提に乗っ取るなら不満などない筈なのに。この子はいったい、何が気に喰わないというのか。あまりここで手間取るようだと、せっかく貴方を召喚したというのにまた……。
「おい、見ろよ。ルイズのヤツ、コントラクトサーヴァントを拒否されてるぜ。やっぱり、ゼロがドラゴンを召喚したなんて何かの間違いじゃないのか?」
予想の通りに始まった私への中傷。そして湧き上がる笑い声。
「こここ、こらっ! 貴方は私に召喚されたのだから、言うことを聞きなさいよ! 貴方のご主人様が笑われることになるのよ!」
周りに聞こえないように、しつけのつもりで言い聞かす。それでも、ドラゴンはこちらを見ようとしないどころか、首だけで私を押し退け始めた。
「きゃあ! いったー! な、何よ!?」
そして、少し離れたところに私を突き飛ばすと今度は首を伸ばし、倒れた私に向かってずい、と額を向けてくる。
「やっと契約する気になったの? それじゃ、早くコントラクトサーヴァントを…………ってこれ……?」
額に刻まれているのは……ルーン? 何で?
私はまだ口付けを行っていない。口付けをしなければ契約は成されず、契約が終わらなければ契約の証であるルーンは刻まれることはない。
――ということは。私以外のメイジと、このドラゴンはコントラクトサーヴァントを終えていることになる。つまりは、この子は既に他のメイジの使い魔?
「……このルーンは確かに使い魔のルーンだ。ミス・ヴァリエール。残念だが、このドラゴンは他人の使い魔だ。他人の使い魔に新たにルーンを刻むことは出来ないし、出来たとしても許されない」
いつの間にか近寄り、様子を見ていたコルベール先生が、とどめとばかりに判断する。
そ、そんな……、それじゃ、この子のマスターは誰なのよ? そして私の使い魔として召喚されたのは一体誰なの?
「う、ううん」
「ん? おお、ミス・ヴァリエール。どうやら一緒に召喚された彼の目が覚めたようですよ」
その声でようやく初めに発見したものの、ドラゴンの印象で存在すら忘れ去っていた青年を思い出す。丁度よく起きた男は上半身を起こし、ぼんやりしながら辺りを見回し始めた。
ドラゴンと一緒に召喚されたと考えられるのはこの男……つまりはこの男がこの水竜のマスター?
マントも羽織っておらず、見た感じでは杖を持っている様でもない。けれど、マントは何かしらの事情があって羽織らないこともあるし、杖は隠し持っているのかもしれない。
「貴方、メイジなの? ……ですか? あ、私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン王国、ラ・ヴァリエール公爵が三女です。其方のお名前を伺っても?」
「は? メイジってなんだよ? とりすていん王国? 何言ってるんだ? どこだよ、ここ? どっちにしてもさっぱりわかんねぇよ」
「……コルベール先生!」
貴族であることも考えてこちらから名乗り、動揺していくらか礼を欠いた挨拶になってしまったものの出来る限りで丁寧に訊ねた。けれど、返ってきた言葉は答えではなく、その言葉遣いはとても口汚い。
悲鳴を上げるようにコルベール先生の名前を呼んだ。こういった場合はどうすればいいのだろう。そもそも、人間を召喚するという事例からして聞いたことがない。
「――今失礼を承知でディレクトマジックをかけてみたけれど、杖は持っていないようだ。しかし使い魔らしき存在を連れている。彼の着ている物は見たことがない。トリステインも知らない様子だ。……となると、ロバ・アル・カリイエのメイジなのかも知れない」
その言葉に驚愕し、ばっと振り向き件の青年を改めて見るが彼は何やら私を見て喚き散らしている。メイジにしては隙だらけの思慮不足のように思えるし、貴族にしては品がないにも程がある。
「メイジに頼まれた、使い魔の世話係とかじゃないですか?」
「むしろ、その方が説得力がありそうだね」
やっぱり、先生もそう思ったみたいね。この情けない姿をみれば誰だって同じ結論になる筈。
「それで結局、私はどうすれば……」
「…………どうやら、貴族である線は薄いみたいだ。ならば、この使い魔の儀式を続行するべきでしょう。この使い魔召喚の儀式は何においても優先される。彼と契約しなさい、ミス・ヴァリエール」
「そんな!! だって、あのアクアドラゴンだって私が召喚したんですよ!」
「現実を見るのです。ミス・ヴァリエール。ドラゴンにはルーンが刻まれていて契約できない、ならば残るは一人しかいないでしょう? それを拒否するとなると、私は君の成績に対して使い魔召喚の儀式を失敗したという評価を下さなければなりません。呼び出せなかったということなら失敗でいいでしょう。ですが、君は使い魔になれるモノを呼び出した。後は契約するだけです。……彼がドラゴンの所有者である可能性も完全になくなった訳ではないのです。ならば事情を話して協力してもらうのが最善だと思いませんか?」
……事実上、拒否をするなら留年ということなのだろう。実技の所為で私は進級すら危ぶまれている身だ。駄々をこねようが、お情けはないみたいだ。
「――くっ!」
「やっぱりルイズのヤツ、あのドラゴンと契約が出来なかったみたいだぞ! それで今度はあの平民みたいな男と契約するつもりなのか!」
「あははははは、平民とかよ! 考えられない! 流石はゼロだ」
コルベール先生と話して、込み入った話になっていた為に黙っていた生徒たちだが、私が男に向き直ったことでどういう話になったか把握したのだろう。何が楽しいのか、指を指して笑ってくる。
唇を噛む。なんで、こんなヤツと契約をしなければならないのか。未だに喚いている男を睨み付ける。ばたばたと暴れるその動きに教養の欠片を見つけることは出来ない。背が低いわけでもないし、顔もハンサムというほどではないが整っている。だからこそ平凡な青年だ。
「感謝しなさいよね! 貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから!」
改めてコントラクトサーヴァントの呪文を唱え直し、一気に口付ける。余韻が残る前にすぐ唇を離す。
「――終わりました」
「ふむ、コントラクトサーヴァントは何事もなく終えられたみたいだね」
周囲がまた私を囃し立て始めるが、そんなことには構っていられない。まずは、この男に事情を聞くのが先決だ。
「ッ!? つぁ!! ああああああああ! 熱い!! 俺に何しやがった!?」
「心配いらないわよ。“使い魔のルーン”が刻まれているだけなんだから」
この口ぶりからして、やはり使い魔の儀式を知らなさそうだ。やはりそうなのか、と気が少し滅入る。
右手の甲を押さえて蹲る男を足元に、私は口元を袖口で擦る。誰が好き好んで見ず知らずの男とキスしたがるというのか。ああ、私のファーストキスが、と心の何処かが涙を流していた。
「それで、貴方はやっぱりメイジじゃないんでしょ? あのドラゴンは誰の使い魔なの?」
「……は、はぁ? め、メイジって何だよ? それに、やっぱりあれってドラゴンだよな? すっげー、初めて見た」
…………どうやら、考え得る中で最悪な人材だったようだ。男はメイジではなく、ドラゴンとも無関係の、ただの平民。
これが、私の使い魔だっていうの? もういや。今度こそ本当に泣きそうだわ。
「それじゃ、あのドラゴンは誰の使い魔だっていうのよ……」
散々ぬか喜びさせておいて、見せびらかさせただけ。ふつふつと怒りが溜まっていく。けどそれをドラゴンにぶつけると怖いので、蹲ってる使い魔の礼儀を正す名目で発散させることにした。
◇◇◇
鏡を潜った後いつの間にか気絶していたらしい私は、よく聞く甲高い声で目を覚ますことになった。
体を起こして自分の杖が傍らにあるのを確認してから、周りを状況を把握しようとするが青い何かに囲まれてほとんど空しか見えない。立ち上がり、合間からなんとか外を覗くと其処は慣れ親しんだトリステイン魔法学院だとわかる。
……そして絶え間なく響いてくるこの声はきっと、自分の声と同じものだ。間違いない。そうしてそれは、虚無が存在するハルケギニアへと無事召喚されたということの証明だ。
思わず頬が緩む。この服装も、髪型も、必死の魔法の特訓も何も意味を為してはいなかった。それでも私はこうして『ゼロの使い魔』の舞台となるハルケギニアへと召喚され、日本へと帰る確固たる糸口を掴めたことには間違いない。
当初の予定とまるっきり違ったけれど、結果オーライだ。
いや、喜んでばかりもいられない。才人は召喚されたのだろうか。その確認だけでもしなくては。
冷静になって周囲の青い壁らしきものを注視すると、それは私の使い魔であるウンディーナの翼だとわかる。ウンディーナの背中で私が気絶していたものだから、外敵から守ろうと翼を立てて私を隠していてくれたのだろう。まだ使い魔の契約をして一日と経っていないのに私の身を気遣ってくれるこの子がとてもいじらしい。
「ウンディーナ、ありがと」
首を撫でてあげると私が起きたことに気づいたのか、クォウと一つ鳴いて両翼を下げる。
広がる視界。遠くにフライで飛んでいく生徒達が見える。そしてより鮮明になる怒鳴り声。甲高い方はルイズだろう。そうすると、もう片方の男性の声は……?
「ふむ、いやはや珍しいルーンだね。……さて、それはそうとこのドラゴンはいったいどうしたものか? ……ん?」
ルーンを写し終えて、こちらを何気なく仰ぎ見たミスタ・コルベールと目が合う。視線の先にいる私に焦点が合うなり、眼鏡がかくりと落ちかけ、口が半開きになっている。私の知っているミスタ・コルベールと姿も声も寸分違わない。
さて、私もいつまでも高い位置に居て見下ろすのは失礼に当たる。杖を持ち、ウンディーナから飛び降りた。ちょっとばかり高いので、勿論レビテーションを忘れない。
「み、ミス・ヴァリエール!!」
「っ!? は、はははい!? な、何でしょうかコルベール先生!」
「いや、君ではない! 呼びかけたのは、私の目の前にいる『ミス・ヴァリエール』にだ」
「……コルベール先生の目の前にいる、私?」
そこでようやく地面へと到着した。同時に、こちらを覗き込んで来たルイズの姿が私の視界に入る。その傍らに彼――平賀才人らしき青年の姿を見つけて私は口を吊り上げた。
「は、はぁ!? わわ私、私がいる!?」
「はじめまして、ミス・ヴァリエール。私は、ルイーズ。トリステインがラヴァリエール公爵第三女。ルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエール。お目にかかれて光栄です」
笑みと余裕をもって、しっかりと礼をする。手で合図して、ウンディーナにも頭を下げさせる。
そんな私とウンディーナを見たルイズは、先ほどのミスタ・コルベールのように口を半開きにして固まってしまった。