才人とギーシュは馬を並んで走らせ、前方高くを先導しているグリフォンを追っていた。
街道を走って数時間。日はもう高い。今二人の乗っている馬も今朝トリステイン魔法学院で乗ってきたものではなく、二頭目であった。
アルビオンへと向かうには、まず中継地点である港町のラ・ロシェールへ向かわなければならない。
馬で無理せずに二日ほど進んでいった先の山道。その途上にあるラ・ロシェールからの飛空船に乗り、空に浮かぶアルビオンへと向かうのだ。これが才人が今朝方ルイーズより受けた、今回の任務の為の道順であった。
しかし才人の頭にはそんな面倒な内容よりも、ルイーズが自身に対して親身に説明してくれる様子ばかりが浮かんでおり、無性に彼女に会いたくなっていた。
「流石は魔法衛士隊、その隊長の乗るグリフォンか。僕たちが馬を替えて必死に追っているというのに、距離が全然縮まらない」
才人の隣で馬を併走させているギーシュがうめいている。声には力がない。事実、ギーシュは馬の振動に揺られ、首にもたれかかるように
「知るかよ。あーあ、こんなことなら俺もルイーズのウンディーナに乗せてもらえばよかった」
ギーシュと同じように馬の首に体を預ける才人は、はぁ、と深く息を吐いた。振動が激しく乗馬に慣れていない才人にはかなりの疲労が溜まっている。馬には荷物を積んでいるため速度も上がらない。
そして何より、あのワルドとかいう男とルイズの様子が目に入ってくる現状が、精神的によろしくなかった。
ちら、と何度目になるのか、才人は後ろを振り返る。遅れて使い魔である水竜、ウンディーナに乗って追ってくるというルイーズだったが、まだその姿は見えない。
そもそもラ・ロシェールへ向かうにも、二度、三度とこんなに馬を頻繁に替えてまで急いで進む計画ではなかった。「我々が持ちうる最大の速度で、この任務をこなさなければならない」というワルドの言葉で急遽予定を前倒しすることになり、もちろん直前で決まったそれをルイーズに知らせることは出来なかったのだ。本来ならばそろそろルイーズと合流する距離に到達していたが、これでは山道に入るあたりとなってしまいそうだ。
グリフォンの速度にひけをとらないウンディーナは、水竜固有の先住魔法の真似事とやらで風の抵抗も振動もなく、乗り心地もいい。流石に以前に乗せてもらったタバサのシルフィードほどではないが、今跨っている馬の上とは雲泥の差だろう。
何より今の才人には、あのワルドとルイズの姿を視界に納めなくて済むというのが大きい。見ていると、なんだか自分がみじめに思えてきてしょうがないのだ。
「それにしても、サイト。君があんなにも自信を持って言うから僕も信じたのだが、どうやら勘違いだったようだね」
「あん? なにがだよ」
「ルイズとルイーズが、君に惚れているという話さ」
反射的に才人の眉が寄った。普段なら笑い話にでも出来たかもしれない話題だったが、今だけはその話は聞きたくなかった。
「生憎地上の僕らからは鮮明には見えないが、傍目にはグリフォンに乗る二人はいい雰囲気じゃないか」
「うるせえよ、チクショウ」
ふん、と鼻を鳴らして、才人はグリフォンを視界から外す。
「そりゃ、ルイズはあのワルドって奴の婚約者かもしれない。俺も、ちょっとあいつに優しくされて勘違いしてたのかもしれない。けどよ。だからって、ルイーズまでがあのワルドを好きだとは限らないだろうが」
「……ふむ。まぁ、確かにルイーズは何かと君の事を気に掛けているようだしね。使い魔であるという同じ立場を踏まえても、平民である君にああまで親身に接するのは考えにくいことだ。僕の恋愛経験から言わせてもらえば、ルイズはともかくとして、ルイーズは君に脈があるのかもしれないな。……非常に業腹ではあるが」
「だよな? そうだよ、そうなんだよ! バカ剣が言うもんから違うかもしれないって落ち込んでたけど、たぶんルイーズは俺のことが気になってるんじゃないかと思う。あの時には下心があった訳じゃないけどよ、今思えば危ないところを助けたりしたこともあったわけだし」
不機嫌そうに顔を歪めていた才人は、そのギーシュの言葉に目を輝かせて振り向いた。
自分で言っておいて、自信はなかったのだろう。なにせ、中身はともかく美少女といっていいルイズとあのワルドとかいう貴族は、才人の目からしてもなんともお似合いに見えていたのだから。
そのワルドに、今のところ勝てそうな部分が見当たらない自分。果たして平行世界とはいえルイズと同一人物であるというルイーズと平凡な自分が、釣り合うとは思わなかったのだ。
「それは、あの土くれのフーケのゴーレムとやりあったという話かい?」
「ああ。ゴーレムがルイーズに襲い掛かろうとしたのを、俺が木の幹より太い足を剣でたたっ切って止めただろ。その後も、踏み潰されそうになって動けなかったルイーズを抱え上げて護ったこともあったな」
指折り数える才人に、ギーシュは感心した風に声を上げた。
「ほお、サイト。君にしてはいい仕事をしたじゃないか。話だけを聞けば、まるでその時の君は万難から女性を護る騎士、はたまた姫を救い出す彼の童話のイーヴァルディの勇者のようだ」
「だろ!? そっか、へへ。俺が騎士か」
元より大げさに話すギーシュの言葉を真に受けて、才人は少しずつ自信を取り戻していく。自分を肯定してくれる人がいると、才人はどんどんと増長するところがあった。直前まで内心で凹んでいただけに、留まる所をしらない。
「よし、そうだ! 俺はルイーズを護る騎士になってやる。ルイーズだってこの世界で一人で召喚されてきた、俺と同じ境遇なんだ。そんな女の子を、男の俺が護ってやらなくて誰が護ってやれるんだ」
腕を振り上げ、才人は高らかに声を上げた。才人の視界の端、上空にワルドと共にいるルイズが、ふいとこちらを見た気がする。
「ふむ。その誓いを立てるのはいいが、ちょっと待ちたまえ、サイト。それではルイズのことはどうするんだ? 君はルイズの使い魔だろう」
「それは」
はた、と才人は口をつぐんだ。その才人の様子は、燃え上がりかけていた炎の上から水をかけたようだった。今の勢いに任せた宣言にしたって、目の前のルイズとワルドの様子から目を逸らす為の、才人の小さな現実逃避かもしれない。
馬の蹄が地面を叩き鳴らす音だけが響く。しばらくして、才人は空高く飛翔しているグリフォンを見やった。
「護るさ。だって、俺はあいつの使い魔なんだろ。ルイズを護ってやるのは、使い魔の仕事だ。もし、もしもだ。あいつがもしあのワルドの婚約者だとしても、俺と、ルイーズがあいつに任されてる仕事だってことは変わんねーんだろ」
「君は、それでいいのかい? ああ……いや、そうか。すまない」
才人の顔を眺め見たギーシュは投げかけた質問を撤回し、「馬鹿なことを訊いた」と手綱を握り直す。
そこで二人の会話は途切れた。才人はしばらくの間、空を飛ぶグリフォンを眺めていた。
日がすっかり暮れたころ、才人たちは山道の入り口へとたどり着いた。既に馬は四頭目。ギーシュのと合わせると八頭にもなる。まして馬とて安い買い物ではない。この世界の通貨を学んでいた才人は、その金額で頭が痛くなったのを覚えている。
「ここまで来れば、ラ・ロシェールまでもうすぐの筈だ。もう一踏ん張りというところだな」
ギーシュが心底疲れたという声で自分を奮い立たせている、その時だった。上空から才人の元へ声が投げかけられる。
「才人!」
ルイズの声だ。それは張り詰めていて、とにかく危機が迫っていることを知らせていた。才人は瞬間的に気を引き締め、背の鞘からデルフリンガーを抜き放った。
「な、なんだ? どうしたんだ」
「おお、相棒! さみしかったぜ!」
ギーシュが突然の声に驚き、デルフリンガーが嬉しそうに声を上げる中、左手のルーンが輝いて、疲労にまみれていた才人の体から重さが消える。
それと同時に、何本もの松明が才人とギーシュのいるあたりに投げ込まれたのだった。
「奇襲だ!」
ギーシュの声が響く。二人の乗る馬がいななき、後ろ足で立ち上がる。戦用には訓練されていない為に、突然の炎に驚いたのだろう。
才人とギーシュは馬から投げ出されたが、そのうちルーンを発揮していた才人は空中で体勢を建て直し、無事に着地する。
続いて、ひゅ、ひゅと風のなる音。夜空の中から複数の矢が現れた。狙いはギーシュと才人。咄嗟に才人はギーシュの前に踊り立ち、襲い掛かる矢をデルフリンガーで斬り払う。
「おや、どうやら手助けはいらなかったようだね」
五つほど斬り飛ばしたところで、風が残りの矢を打ち払っていった。その先から現れたのは、鋭い目で矢が放たれた方向を睨むワルド。どうやら、矢を吹き飛ばしたのはワルドの魔法らしかった。
「いえ、助かりました」
言葉少なに才人は礼を返し、同じくワルドの睨む方向に注意を向ける。
まだ何とか見えなくもないが、こうも暗くなってくると矢を視認することも難しい。ワルドに対して思うところがないわけではないが、ともかく今は敵襲である。
「夜盗の類か」
ワルドが呟くと、眺め見ていた崖上がぼっと赤く染まった。次いで風が流れ込んでびゅうびゅうと音を鳴らし、また衝撃音と水音が同時に響く。
才人は始め、ワルドの魔法かと思ったがどうやらそうではないようだ。「ほう、【風】の魔法か」感心するようにワルドが呟いたからだ。
何者かが戦闘を行っているらしい。そこでようやく、才人は空に浮かぶ二匹の竜を見つけたのだった。
程なくして、夜盗と思しき連中は二匹の竜とその上に乗るメイジに鎮圧された。
「はぁ~い、おまたせ」
「お、おまた、せ」
風竜から飛び降りたキュルケが、赤い髪を掻き上げて当たり前といった風に声を掛けてくる。続いて水竜からぴょんと地面に降り立ったのは才人も見慣れた姿の少女、ルイーズである。
「……」
残る一人、タバサはというとシルフィードの上で読書したままだった。何故だか寝巻き姿である
「なんで、なんでキュルケがここに?」
グリフォンから降りて、うろたえたように声を上げるルイズ。呆然と降りてきた二人を見やっている。
「なんでって、あなたたちがこそこそと出かけようとしているから急いでつけてきたんじゃない。そうしたら同じようにあなたたちを追っている、ルイーズ、を見つけたから一緒になって追ってきたのよ」
そうよねー、と異様ににこにこと笑みを浮かべているキュルケが隣のルイーズの肩を抱く。ルイーズはというと、密命を受けていながらキュルケたちに見つかってしまったことが気まずいのか、笑顔を引きつらせて「そ、そうなのよ、ねー」と上ずった声を上げている。
済んでのところから助かった安堵、そして心待ちにしていた少女の姿に、才人はほっとして胸を撫で下ろす。ルイーズに歩み寄ろうとして、それは横から掛けられた声に邪魔された。
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ、どういうことだ? その、彼女は誰なんだい? 僕の目が確かなら、僕のルイズと寸分違わない姿をしているように見えるのだが……」
「ワルドさまっ!?」
前へと歩み出たワルドに、ルイーズもまた気がついたらしい。二人とも顔に驚愕を貼り付けて、お互いを見つめている。
「あの、彼女はルイーズといって、私の使い魔です」
そこで慌てて答えたルイズ。ルイーズに近づこうとするワルドの前に回って、必死に声を上げている。
「つ、使い魔は、彼ではなかったのかい? それに、君の姿を真似ている理由は?」
ルイーズを凝視していたワルドは、目前のルイズに気づいた様子で顔を向ける。何とか冷静を保とうとしているようだが、困惑したその表情は隠せていない。
「その、二人とも私の使い魔なのです。ルイーズは私の姿を真似ている訳ではなくて、別の世界から来た、もう一人の私で……」
「そんなこと、私は一切聞いていないっ……!」
不安げな表情、恐る恐るといったルイズの声は、ワルドの苛立った声に打ち消された。ルイズのその様子に気づかないほどに、これまで余裕を崩したりはしなかったワルドが焦った様子を見せている。
「ごめんなさい、ワルドさま。後で合流する予定だったので、私、その時に彼女のことを紹介するつもりで」
「あ、ああ、いや。すまない。きみを責めているわけではないんだ。ただ……その、このような前例を聞いたことがなかったものだから、ついね」
体を震わせ、僅かに怒りをにじませているワルドにすぐさまルイズが頭を下げた。流石にワルドも我に返ったようで、すぐさまに俯いているルイズの頭を上げさせる。
だがそうしている間もワルドはルイーズから意識を逸らすことが出来ず、ちらちらと視線を移している。
「しかし……もしや彼女もか?」
「あの、ルイーズがどうかしましたか?」
「あ、いや、彼女の出自やら何者なのかだとか、尋ねたいことはいくらでもあるのだが。その、不躾な質問になるが、彼女の魔法の腕前はどうなんだい?」
ワルドより投げかけられた質問に、ルイズとルイーズの顔が揃って引きつった。まったく同じ表情の二人は正しく同一人物で、才人にも見分けがつかない。
そして才人は、ワルドから出てくる質問が何故ルイーズの魔法の腕前なのか、傍で聞いていて首をひねっていた。ルイズが魔法を使えないのを知っているだろうワルドが、同一人物かどうかを判別する為なのかもしれないが、何となく引っかかる。
「あの、ワルドさま。その、私は」
「ワルドさま!」
ルイーズがおずおずと声を上げかけたその時、被せるようにしてルイズが叫んだ。
しかし続く内容は才人にとって思いもよらぬもので、すぐには理解できず、キュルケやワルドたちと同様に呆然とするしかなかったのだった。
「ルイーズは魔法を一切使えません! 失敗魔法による、爆発しか起こせないのです!」
それを聞いたルイーズの、目をぱちくりとさせた愛嬌のある表情は妙に才人の記憶に残った。