優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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向かう先はアルビオン③

 

 ルイーズが魔法を使えない、なんてことは勿論ない。むしろトライアングルという優秀なメイジであることは、ワルド以外には周知のことだ。

 また、逆にルイズのように魔法による爆発は、いくら試したところで発現しないと彼女本人の口から才人は聞いている。

 だからこそ、ルイズの放った言葉は不可解だった。才人たちがその言葉の真意を確かめる前に、ルイズはワルドに向かってとにかくラ・ロシェールへと向かうべきだと提案した。

 訳ありな彼女の様子を見て、各々は疑問を抱えながらも、追求は落ち着いてからと渋々それに従うことにしたのだった。

 

 山道の入り口からラ・ロシェールは目と鼻の先だったが、ルイズはワルドとの同乗を固辞して、ルイーズのウンディーナで向かうことにしたようだ。

 未だ事態を把握しきれていなかったワルドは言われるがままにルイズの提案を了承していたようだった。どうやら、ルイーズという存在に対して、彼にも思うところがあるらしい。

 とはいえ、あれほどに余裕ぶっていたワルドが取り乱していた様子や、ルイズと相乗りを断られて一人グリフォンに乗る様子を見て、才人は大人気ないと自覚しながらも少し溜飲が下がった気がした。

 

 

 ラ・ロシェールで一等に高級な宿屋、『女神の杵』。その一階にある酒場で、才人はキュルケ、タバサと共に中央にある岩から削りだした机を囲んでいた。

 ここにいないギーシュとワルドは、到着と同時に飛空船の出航予定の確認に向かってまだ帰ってきていない。一番隅の、人気のない席には見た目にはまったく同じ二人の少女、ルイズとルイーズが顔をつき合わせて座っている。

 

 二人の見分けがつかないと申し訳なさそうに言ったワルドの言葉により、とりあえずルイーズの左手には桃色のハンカチが結ばれている。外聞もあって、ルーンのある手の甲が隠れる形だ。

 一応二人はルーンの有無で区別出来るのだが、光っている間ならともかく常時だと余程注意して見ないことには気づかない。才人にしたって二人をいちいちルーンの有無では見分けていないし、自身の左手にあるルーンも普通に生活していて気づかれることは稀だった。

 

「それにしてもなんだよ、ルイズの奴。わけわかんねーよ。ずっとルイーズと話し込んでて、全然俺たちに説明する様子もねえしよ」

 

 ピカピカに磨き上げられた机に肘を立てて、才人は隅で何事かを話している二人を眺める。そしてふてくされた声でぶつくさ呟いた。

 ルイーズがサイレントの魔法でもかけたのだろうか、二人の声は聞こえてこない。ただ、話し込んでいる様子からルイズが必死にルイーズに何かを説明しているのはわかった。

 

 ここにたどり着くまでにルイズがあんな嘘をついた理由を考えていたのだが、才人は最終的に一つしか思い至らなかった。

 きっと、ルイズは自分だけが魔法を使えないことを、ワルドに知られたくなかったんじゃないだろうか。

 なんだか知らないがワルドは魔法衛士隊とかいうすごい部隊の、それも隊長という話だ。きっとエリートって奴なんだろう。そりゃ、そいつにゼロのルイズだなんて呼ばれていることは知られたくないだろう。おまけにルイーズを含めた他のメイジ、タバサやキュルケもトライアングルってやつだしな。

 大方、今ルイーズに頼み込んでいるのだってついた嘘に口裏を合わせてくれとか、そんなところなんだろうさ。

 

 ルイズがワルドによく見られようとしているのが、才人はどうにも気に入らない。苛立ち紛れに、机に並べられている炙ったチキンにかじりつく。普段は食べられないような上等な料理なのだろうけれど、才人はあんまり美味しいとは思えなかった。

 

「まぁまぁダーリン、あの子から話してくるのを待ちましょうよ? あんな嘘をついたんだもの。きっと、何か理由があるのよ」

 

 横からの声に才人は顔を向ける。読書をしているタバサの手前、そこには赤い果実を摘みながら薄く笑みを浮かべているキュルケの姿がある。思いもよらぬ人物からの取り成しの言葉に、才人は言い返すよりも先にビックリした。

 

「いや……その、キュルケは気にならねえのかよ」

「それは、あたしだって気にはなってるわよ」

 

 その言葉とは真逆に、まるで気にも留めていないような様子で次の果物を咀嚼する。すっぱかったのだろうか、キュルケは僅かに顔をしかめた。横からは、しゃく、とサラダにフォークが刺さる瑞々しい音。タバサが我関せずと、本を開いたまま行儀悪くサラダを口に運んでいた。

 

「けれどね、あたしはあの子を信じているもの」

「はぁ? お前が、ルイズをか?」

 

 嘘だろ、と怪訝さを隠そうともせずに才人は声を上げた。その質問に、キュルケがにっこりと笑みを浮かべてから口を開きかける。

 

 そこで、ばたん、と大きく酒場の扉が開かれた。反射的に才人とキュルケは入り口へと振り向いた。そこには、大股で歩み寄ってくるワルドとギーシュの姿があった。

 ギーシュがルイズとルイーズの元へと向かっていった。机を指で叩いて気づかせると、二人を引き連れてこちらの机へと歩いてくる。

 ワルドはこちらへ三人が合流したのを見届けると、まず小さく杖を振るった。どうやらそれはサイレントの魔法だったようだ。周囲の喧騒が遠ざかる。おそらくこちらからの声の一切は遮断されているのだろう。

 

「諸君、アルビオンとの距離の関係で、アルビオン行きの船は明後日の朝まで出航しないようだ」

 

 全員が机を囲んでのワルドの第一声を聞いて、才人は思わず、これなら馬を乗り換えてまで急ぐ必要なんてなかったじゃねえか、と口にしかけて止まる。

 すんでのところで口をつぐんだ。自分は何もしていないのに、率先して動いているワルドに文句を言う筋合いはないだろう。

 

「ともかく、船が出ないのであればどうしようもない。今夜は宿で疲れを取って、明後日に備えることにしようじゃないか」

 

 言って、ワルドはじゃらじゃらといくつかの鍵束を取り出した。まず一つの鍵を持ち上げて、キュルケとタバサの前へ置いた。

 

「部屋はもう取ってある。まず、キュルケとタバサが相部屋だな」

 

 次に、すっ、と才人の前に鍵が滑らせてくる。才人は反射的にそれを受け取った。

 

「サイト、ギーシュ、そして僕の三人が同室。そしてルイズ。君と……ルイーズが相部屋だ」

 

 最後にルイズに鍵を手渡して、ワルドは才人とギーシュに向かって肩をすくめた。

 

「僕たちだけ二人部屋に三人となるが、部屋も他に空いてないし寝泊りするだけだ。構わないだろう? ともかく、今日のところはゆっくり休んでくれ」

 

 そうして解散を告げたワルドは、キュルケたち女性陣が部屋に向かおうと席を立つ中、才人へ向き直った。

 

「ああ。悪いが、ギーシュと一緒に先に部屋へと向かっていてくれ」

 

 それだけを言うとマントを翻し、ワルドは才人に背中を向けて歩き出した。どこかへと向かおうとするワルドに、才人は半ば反射的に疑問を投げかけていた。

 

「あなたは?」

 

 立ち止まったワルドは口の端を小さく吊り上げて、肩越しに男らしく笑みを浮かべる。悔しいことにそれは、才人の目から見ても様になる表情だった。

 

「僕は少しばかり、婚約者と大事な話があるのでね」

 

 

 

 翌日、才人は野太い声で朝を迎えることになった。

 

「使い魔くん、そろそろ起きたまえ」

 

 バリトンの聞きなれぬ声に、才人はがばっと身を起こす。周囲を見渡せば、マントと帽子を被って、上から下までびしっと決めたワルドが才人を見下ろしていた。

 

「う、あ? はい、起きますけど。その、ちょっと早くないすか? ギーシュなんかまだ寝てんじゃないすか」

 

 ワルドを前に隙のある姿を見せたくない一心で、眠気を振り払ってベッドから降りる。手で顔を拭った。外では小鳥がさえずっている。少し肌寒かったから、シャツの上に手早くいつものパーカーを着込んだ。

 

「彼は我々の荷物を一人で運んでくれたらしいじゃないか。もう少し休ませておいてやろう」

 

 ギーシュのベッドからは「ああ、違うんだモンモランシー」とうなされる声が聞こえてくる。あいつ、あんなに素気無くされてるのに未だにモンモランシーが好きなのか。才人は少し呆れて、なんだかにやけ始めたギーシュから目線を切った。

 

 欠伸が漏れる。しかし、それにしても眠い。昨夜はワルドの言葉がどうにも気になってしまって、才人は部屋の鍵と荷物をギーシュに渡してワルドとルイズの姿を探しに出たのだった。

 だが、結局二人を見つけることはなかった。部屋にも訪れたけれど、どういうわけかルイーズの姿も見えず、あちこちを探し回って、途方にくれて部屋に戻ったらワルドはもう部屋に帰ってきていたのである。

 どうにももやもやは晴れないし、おまけにその相手が同室で寝泊りするのである。才人は中々寝付けずに、ベッドの中で悶々としていたのだ。

 

「さて、少し訊いていいかな? 突然だが、君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なのだろう?」

「……はい?」

「ああ、いや。フーケ討伐の件を調べていたら、その中で君に興味を抱いてね。そうして調べているうちに伝説の使い魔『ガンダールヴ』ではないかと考えたのさ」

 

 少し口早に言い繕うワルドを前に、才人は寝起き頭に疑問を浮かべていた。

 才人とルイーズの左手のルーンが『ガンダールヴ』であるということは、オスマン、そしてコルベールしか知らないことであった。

 いや、そういえばフリッグの舞踏会でルイーズが『ガンダールヴ』のルーンについてデルフリンガーが尋ねられたという話だから、彼女もコルベールあたりから聞き及んでいるのかもしれない。

 まぁ、ともかく、このルーンが特別だと知っている者はかなり限られている筈なのだ。

 

「僕は歴史と(つわもの)について、興味があってね。フーケを尋問して、その内容を王立図書館で調べたのさ。その結果、君が『ガンダールヴ』であるだろうという結論に至ったわけだ」

 

 才人はワルドの説明を聞いて、なるほど、と素直に感心していた。とてもじゃないが自分にはそんな熱意はない。才人は人並み以上に勉強が嫌いだった。

 

「というわけで、伝説の『ガンダールヴ』の実力をこの身で感じてみたいんだ。君さえよければ、ひとつ手合わせしてみないかな?」

「殴りっこですか」

 

 にか、と爽やかに笑って見せたワルドに、才人は同じく笑みを返した。

 見る限り、ワルドがたぶん人間的にいい奴であろうことは、才人だって理解していた。だが、それで才人がワルドを好きなれるかといえば、それとこれとは話が別だ。初対面から印象は変わらない。

 このいけ好かないエリート様に、巨大ゴーレムだって倒せるガンダールヴの力、存分に見せてやろうじゃないか。

 

 

 そうしてワルドに先導された才人は古の錬兵場とやらに赴いた。

 体を伸ばし、確かめるようにして地面を踏みしめる。一面が石畳で、その隙間からは草が伸びている。どうやらある程度は手入れしてあるものの、この錬兵場は頻繁に使われているわけではないようだ。古ぼけたタルなどが隅に置かれている。

 

「さて、この錬兵場は昔、よくよく貴族の決闘に使われたらしい。それに伴っていくつかの逸話があったりするのだが、決闘といってもやっていることは今も昔も変わらないようだ。賭けたものが領土だったり、宝物だったり。そして、女性だったりね」

 

 その言葉も、横目で見るワルドの目も、明らかに才人を挑発していた。俺だけじゃない。こいつも、俺を叩きのめしたいんだな。それを感じ取って、す、と才人の目が細まった。

 ワルドからすれば、婚約者の身近に男がいて面白くないかもれない。けれど、才人にしたって無理やりに使い魔にされて、辛かったことも多かった。だというのに横から出てきたと思ったら勝手に敵視してきて、おまけに必要もない劣等感を感じなきゃならないワルドの存在はストレスの塊だ。

 背の柄に手をかける。あっちもやる気なら遠慮はいらないだろう。すらり、とデルフリンガーを抜き放った。

 

「待ちたまえ、仮にも剣を合わす立ち会いだ。作法にのっとって昨夜のうちに介添え人を呼んである」

 

 ワルドが視線を向けた先から、二人の少女が姿を見せた。

 

「才人?」

「ワルド、これはいったい!?」

 

 現れたのは、ルイズとルイーズだった。ルイズはきょとんと才人を見つめ、ルイーズはワルドへと声を上げている。

 

「これより立ち会いを行うから、是非とも二人には見届けて欲しくてね」

「そんな! ……っ!」

 

 ルイーズは才人へと向かって何事かを叫ぼうとしたが、隣のルイズを見やって口をつぐんだ。そのルイズはといえば、はらはらと才人を見やっている。

 

「さて。それでは始めようか」

 

 杖を才人へと向け、ワルドは構えた。黒いマントを翻させて、油断なく構えている。

 同時に、才人の左手のルーンが、ぼう、と光を放ち始めた。途端に体が羽にでもなったかのように軽くなる。

 

「いきますよ。言っておきますけど俺、手加減なんて出来ませんからね」

「構わん。そんな心配せず、かかってきたまえ」

 

 ワルドのその躊躇のない返答を聞いた才人は、ぐ、と深く踏み込んだ。地面を蹴り、一足ごとに数メートルを縮めてみせる。

 そのままの勢いで、手の長剣を振りかぶって、下ろした。目にも留まらぬ速さ、とはこういったものかもしれない。

 

「ふっ」

 

 ワルドはそれを手に持った杖で打ち返した。がつん、と火花が散らしてその一撃は弾かれる。才人の表情が一瞬、驚きに変わった。

 いや、けど魔法衛士隊の隊長ってやつならそれぐらいはやってもらわないとな。それに流石に弾かれた直後なら、すぐには対応できないはずだ。

 才人はそう考え直すと、再び表情を引き締めて無理やりに体を建て直し、すぐさまに次の一撃を振るった。

 

 だが、それはいったいどんな技術なのか。ルーンの強化がある才人よりも早く、ワルドは万全の体制を整えていた。

 横一文字。唐竹割。袈裟切り。

 叩き落され、打ち払われ、いなされた。

 才人の考え付くあらゆる軌道で振るっても、一撃はワルドの体に届くことなく弾かれる。

 

「足りないな」

 

 呟いて、今度はワルドが攻勢に出た。才人の攻撃の合間を縫って、杖をフェンシングのように突き出した。

 振り終わりを狙ってくるその連撃を、才人はルーンの恩恵で増強している身体能力でかわしていく。

 

「君の身体能力はなるほど伝説と呼ばれるだけある大したものだが、洗練さに欠けている」

 

 はやい。才人はワルドを相手に、素直にそう思った。

 ルーンが発揮されている状態の才人の動きに、ワルドは難なくついてくる。そして悔しいことに技術は才人の上をいっている。どんな攻撃も当たりはしない。

 

「デル・イル・ソル……」

 

 次第にあらゆる攻撃を防がれて、才人には打てる手がなくなっていった。

 とにかく速く、そして多く振っていれば、どれかは当たるかもしれない。半ば祈るように、才人はデルフリンガーを振り回す。

 

「がっ!?」

 

 だが、ワルドにはそんな破れかぶれが通用する相手ではなかった。

 がむしゃらに振り回して空振ったデルフリンガーが地面を叩いたところで、才人の後頭部をワルドの杖が打ち付けた。

 

「ラ・ウィンデ」

「いけねえ、相棒! 魔法が来るぞ!」

 

 目の前が真っ白になってよろけたところを、風の槌が才人を吹き飛ばした。

 デルフリンガーのせっかくの忠告も体が動かないのではどうしようもない。ごろごろと石畳の上を転がって、才人は体のあちこちを打ちつけた。

 

「魔法衛士隊の戦闘に無駄はない。杖を構え、振るうも詠唱の一部」

「くそっ!」

 

 立ち上がろうとして、才人は自身の体が重たくなっていることに気がついた。左手からルーンの輝きが消えている。

 左手に握っていたデルフリンガーが、今の衝撃で手から離れてしまっている。目の前に落ちているデルフリンガーに手を伸ばしたのだが、それは果たされることなく途中で止まってしまった。

 

「勝負ありだ」

 

 いつのまにか歩み寄ってきていたワルドが、才人の目前に杖をつきつけて動きを押さえ込んでいた。

 おまけに伸ばした手の先にあるデルフリンガーは、ワルドにブーツで踏み押さえられてしまっている。

 途端に体を起こそうとしていた腕から力が抜けて、才人は地べたに倒れ伏してしまう。完膚なきまでにやられ、勝利を宣言され、才人もまた負けを認めてしまったのだった。

 

「確かに並みの相手であれば、動きに頼った君でも何とかなるかもしれない。だが、少し鍛えた相手であればこの通りだ」

 

 頭の上から声が響いてくる。才人は、反論するどころか顔を上げることもできなかった。最初こそ侮っていたかもしれないが、後半は全力で動いて剣を振るった。そうしてたったの一撃さえも、ワルドに入れることが出来なかった。

 遅れて頭を打ち付けたのが効いてきたのか、体がしびれてきた。どこかにぶつけたのか額からは血が流れ出ているようだ。

 

「才人!」

「サイト!」

 

 二人の心配げな声が倒れた才人の元へ届く。才人は声が聞こえてくる二人の方から何とか顔を逸らした。

 みじめだった。二人が姿を見せた時、格好いいところを見せられる、ワルドよりも頼りになるところを見せてやる、なんて考えていた結果がこのざまだ。

 

「使い魔くん、理解しただろう」

 

 才人へ向かって、二人が駆け寄ろうとしている。二人に心配してもらう価値が自分にあるのだろうか。それはわからないが、とにかく体は無力感でいっぱいだった。

 そんな才人に、ワルドは言い聞かすように語り掛けてくる。

 

「君では、あの二人を護ってやる事すらできないことを」

 

 だが、続く言葉に才人は突きつけられている杖を掴んで体を起こしていた。

 

「なん、だって?」

「っ!?」

 

 いきなりの反応に、咄嗟にワルドが杖を突き出した。手の中を滑って突き進んでくるそれを済んでのところで才人は首を傾げてかわす。

 杖の先端がこめかみを掠めていく。

 

「ふざけんなよ」

 

 じくりじくりとした熱と痛みを体のあちこちから感じていたが、それがわからなくなった。

 全身が、まるで沸騰したように熱くなる。怒りが、体の痛みを消していた。

 

「他人が、勝手に決めつけんじゃねえ」

 

 掴んだワルドの杖に反応したルーンが、ぼんやりと淡く輝いた。

 突き出された杖を掴みなおして体を跳ね上げた。そしてそのまま杖を手放し、ルーンの輝きが消える前に杖ごとワルドを蹴り飛ばす。

 

「俺は、俺が決めたんだ。あいつらを、護ってやるって」

「……ふむ。まだ動けるか。それに、吼えるのは結構だが、どうするつもりだ。現実に僕にさえ勝てない君が、どうやって彼女を護る? もしや、手を出さないでくださいとお願いでもするつもりかい?」

 

 強化された脚力で数メートルを吹き飛んだワルドは、ふわり、と宙を舞って悠々と着地する。

 才人はすぐさまに落ちていたデルフリンガーを拾い上げ、両手で握り直した。

 

「うるせえ! そんなの、その時にならねえとわっかんねえよ! でも、あきらめるかよ。ルイズが、ルイーズが俺をいらねえって言ってるわけでもねえのに、あんたが勝手にそれを決めてんじゃねえ!」

「その甘さが原因でルイズを危険に晒してしまったら、君はどう責任を取るつもりなんだ?」

「知るかよ! 俺は、使い魔だ。いきなり連れてこられて、なりたくてなったわけじゃねえけど、あいつが必要としている限り、俺は使い魔なんだよ!」

「使い魔、ね……。それが君の理由、君の覚悟か。それだけで彼女たちの側にいようだなんて、話にならないな」

 

 ワルドが再び杖を才人へと突きつける。対して、才人もまた腰を落とし、今にも切りかからんとデルフリンガーを構えた。

 お互いの目には激情の炎が宿っている。先ほどまでとは、雰囲気が一変している。

 

「ワルドさま、そこまでにしてください!」

「サイト、もうやめなさい!」

 

 ルイズがワルドへと向いて制止させ、ルイーズが才人へと呼びかけた。

 二人は才人とワルドの間に入り、背中合わせに立って目の前の相手に向かって手を広げる。

 

「……すまない、いささか興が乗りすぎたようだ」

 

 まず収めたのはワルド。杖を持ち替え、目線を隠すように帽子のつばを下げた。

 それを見届けた才人は膝から崩れ、しりもちをついた。手からはデルフリンガーが転がった。

 

「サイト!」

 

 ルイーズが慌てて駆け寄ってくる。その背後で、ルイズは心配そうにこちらを眺めている。そんな彼女に、ワルドは声をかけた。

 

「ルイズ、行こうか」

「でも……」

「彼には、ルイーズがついているから大丈夫だろう」

「……わかりました、ワルドさま。でも、ちょっとだけ待っていて下さい」

 

 ルイズがルイーズへと駆け寄って、何かを話しかけている。才人はルーンの効果が切れて感じる疲労からか、少しだけ朦朧としていてよく聞こえてこない。

 最後に何かをルイーズへと手渡して、ルイズはワルドと共に錬兵場から出て行ってしまった。

 

 

「まったく、なんであんな無茶をしたのよ?」

 

 いつもの秘薬の小瓶の蓋を開けて、中身でハンカチを湿らせたルイーズは腰を下ろしたままの才人の傷口を拭っていった。

 こうしてルイーズに治療してもらうのは、いったい何度目になるのだろうか。まったくもう、ルイーズがいなければ才人はこれまでも傷だらけだろう。

 

「はは、やっぱりルイズと同一人物なだけあるよな。今のしゃべり方とか、すっげえ似てる」

「そ、そう?」

 

 才人の口からはつい軽口が漏れていた。笑みを浮かべると、痛みで頬が引きつった。どうやら頬にも傷を負っているようだった。

 それを見たルイーズは、「大丈夫?」と今度は恐る恐る才人の頬に秘薬を塗っていく。

 

「なんであんな無茶したのか、か。そうだなぁ。ルイズの奴には絶対に言えないけどさ、俺、あいつを取られそうになって焦ってたのかも知れねえ」

「え……ルイズを?」

「と、い、いってぇ!? ルイーズ、いつもみたいにもうちょっと優しくやってくれよ!」

 

 ぐり、と傷口を押し付けられて才人は悲鳴を上げた。はっと気づいたルイーズはハンカチを引いて、目線を泳がせる。

 

「ご……、ごめん、なさい」

「いや、まぁいいけど。なんつーか、ワルドってすっげえよ。悔しいことに、俺が勝てそうなところがまるで見あたらねえ。今の立会いだって殴りっこなら勝てるかもと思ってたけどよ、あいつ強えのなんの」

 

 両手をぷらぷらと振って、才人は苦笑いした。その口からはワルドについてどう思っているかが饒舌に語られている。

 昨日から会いたい会いたいと思っていたのに、合流してはルイズに占領され、昨夜は探しても会えずで、だいぶ彼女と話したい欲求が溜まっていたようだ。

 

 それに、どうにも才人はルイーズを前にすると、話したくないことでも話せてしまう。たぶん、それは才人にとってルイーズとは会ったときから使い魔という同じ境遇で、いつでも自分の理解者だったからだ。

 こんな格好悪い自分でも、ルイーズならば肯定してくれるような気がしていた。続けて自分の心情を吐露していく。

 

「だから、そんなのがルイズの婚約者で、俺なんかが必要なのかなって考えちまってさ。けど、そんなことを考えてたのにワルドにそのまま言われると、つい頭にきちまった。くっそ、自分でもよくわかんねえ。何なんだろうな、これ」

 

 不思議そうに頭をがりがりと掻いて、才人は空を仰いだ。雲に覆われていて、空に飛んでいるというアルビオンとやらを見つけることは出来なかった。

 

「……その、サイトはさっき言っていたけど」

 

 才人をじっと見つめていたルイーズは、額の傷に当てていたハンカチを引っ込めた。

 僅かに頬を染め、その鳶色の瞳が酷く真剣に才人を見つめている。若干の空白の後に、ルイーズはおずおずと口を開いた。

 

「私はルイーズだから、その、ルイズがどう思っているかわからない。わからないけど、ルイズはサイトのこと、いらないなんて思ったりはしない。絶対」

「絶対?」

 

 才人が思わず聞き返した言葉に、ルイーズはしっかりと頷いた。

 

「うん、絶対に」

「そっか。絶対か。ルイーズがそう言ってくれるなら、そりゃ心強いな」

 

 笑いながら、才人の胸に暖かいものが灯る。ゆらゆらと揺れていた自分の心の揺れが、だいぶ収まった気がする。

 途端に、才人は慰めてもらっている今の状態が居た堪れなくなってしまった。女の子に慰めてもらうのは、男としてどうしても恥ずかしいものだ。

 

「その、ルイズがそう思ってるとして。それじゃルイーズは?」

「えっと……私も。たぶん」

「何だよ。ルイズは絶対なのに、ルイーズはたぶんなのかよ」

 

 照れくさくなって冗談っぽくルイーズに問いかけたが、まさかそこでそんな返答があるとは思わずに才人は吹き出してしまった。どうにも、目の前のこの少女は侮れない。いや、それはルイーズだけでなくルイズもか。

 才人は数日振りに声を上げて笑えた。

 

 

 

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