「確認させてもらうよ。ええと、ミス・ラヴァリエール? 君が言うには、ミス・ヴァリエールによってこの世界と酷似した世界から召喚されたと、そういうことかな?」
「ええ、その通りですミスタ・コルベール。こちらの――私の世界での、トリステイン魔法学院の春の使い魔召喚の儀式を終えた後に召喚された形になります」
「と、いうことはこのドラゴンは君の使い魔でよろしいのかね?」
「はい。アクアドラゴンの幼生、名をウンディーナと名付けました」
クォウと返事をするように鳴くウンディーナ。言葉を話さないようにという約束をしっかり守ってくれているみたいだ。首筋を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細める。
「ふむ……別世界、と。そんな存在が……。にわかに信じがたい話ではある。だが、君がマジックアイテムや魔法を使ってその姿を保っているのではないことはディレクトマジックで確認させてもらった以上信じざるを得ない。物的証拠に乏しいというのもそうだが、とにかく、一介の教師である私だけでは判断が出来ない。学院長に指示を仰がせてもらってもいいかな?」
「構いません。宜しくお願いします」
ルイズに向かって優雅に挨拶の礼をし、三人を硬直させた後はなんとも微妙な空気が漂った。
才人は私とルイズを見比べて目を丸くしていたし、ルイズは固まったまま動かない。そこで、再起動を果たしたミスタ・コルベールが代表して事情を私に訊くことになった。
話し込むこと十数分、大まかに私の事情を伝えることが出来たとは思う。いくらか説明できなかったところはあるが、そこは適当にぼかして取り繕っておいた。
ちなみにその間放って置かれていたルイズと才人は、ずっと怒鳴り合っていた。よく喉が枯れないものだ。
「ところで、その、ミス・ラヴァリエール。ドラゴンを召喚したということだが、君は、魔法の腕前の方はどうなんだい?」
「水のトライアングルです、ミスタ・コルベール」
「そ、そうか。君は優秀なのだね。レビテーションを使っていたからもしやと思ったが……やはり世界が違うと腕前も違うようだ。興味深いよ。おっと、すまない。それでは私は学院長に報告をしてこよう。すまないが、君はそれまでミス・ヴァリエールの部屋で待っていてくれないか? 後で私がそちらまで呼びに行くことになるからね。加えて、無用な混乱を避けるためにも出来るだけ人目を避けてもらえると助かる」
言い残すと、ミスタ・コルベールはフライを唱えて一直線に学院の本棟へと向かっていく。
それを見送って、私は言い争いをしているルイズと才人へ体を向ける。喧嘩をしながらもこっちに興味津々だったのか、私が向き直ると同時にルイズも話を強制的に中断させてこちらへと向き直った。同じ身長な為に自然と目線が合う事になる。
「ええと、ミス・ラヴァリエールでしたっけ? ……単刀直入に聞くけど、貴女、結局何者なの?」
いきなり第一声がそれか。まぁ、確かに単身似た人間が目の前に現れたら偽者扱いするのが普通だろうから、仕方ないのだけど。
「何者なの、と言われても……。違う環境で育った貴女と認識してくれてたぶん間違いないと思うけど」
「そ、そう。つまり、貴女もやっぱり私なのね。で、ミス・ラヴァリエール。とりあえず私の部屋に向かいましょう。詳しい話はそこで構いませんか?」
ふむ。どうやら理解してくれたようだ。といっても容姿でいえば身長、顔、髪型、その色までほぼ同じ。服装だって上から下まで同じだ。おまけに持っている杖まで非常に似通ったもので、声色さえも同一。ここまで揃っていては逆に他人であったほうが不自然だ。
そして、第一声はともかく、貴族であれば相手が自分自身とはいえ最低限の礼儀は尽くすらしい。扱いが私と才人とでは雲泥の差だ。
「ええ。それとミス・ヴァリエール。私のことはルイーズと呼んで。あと、堅苦しくしてくれなくても構わないから」
「わかったわ、ルイーズ。私のこともルイズって呼んでちょうだい。……なんだか自分にしか見えない相手に自己紹介するって、変な感じ」
そこでルイズがふうと息を吐いて力を抜いた。そればかりは私も同感だ。ルイズに倣うように気を緩めた。
所変わってルイズの部屋。
ルイズと才人は魔法が使えないことを知っているので私もフライを使わず歩いてきたけど、この距離を歩くというのは久々のことかもしれない。魔法の利便性に慣れてしまい自分で動くということをしなくなるのは考え物だ。
その道すがらとりあえずということでウンディーナは馬小屋に預けてきたけど、他に場所を用意しないとウンディーナに臭いが染み付いて馬臭くなってしまいそうだ。話が落ち着いたら何とかして、早急に学院長に場所を申請しよう。
ちなみにルイズの部屋だがその部屋の階数も場所も、私の部屋と同一だった。流石に内装は私の其れより豪華ではあったが。
精神構造の何割かに『俺』という男のものが含まれている為か、ルイズよりも私は実用性を重視する傾向にあり装飾等は最低限に抑えている。数少ない友人にしてみれば、あまり女の子らしくない、とのことだけどそれも仕方がないだろう。
男と女の両意識を持つ私はどっちつかずの価値観を持ち、男だろうが女だろうがどちらも異性であり同性という変な意識が出てきてしまうので恋も碌にできない難儀な人間だ。体が女で、ここ十年程は女として育てられたので全体的な嗜好は女の子側に寄っているけれど、恋愛関係に関して言えば完全に中立から動かない。少なくとも、ちぃ姉さまに心配されるぐらいに色恋話がないのは間違いない。
あと、『俺』のことが関係するのだけど、私は話すことが苦手だったりする。嫌い、ということではないことに注目して欲しい。色々と絡んではいて原因が一つではないので、一言では説明できないのだけど。
五歳時以降、思考自体は人生経験の長かった『俺』がベースになっている。だからこうして考えるときは比較的男性的な視点になりがちだ。いや実際のところは五歳から少しの間、私は男言葉で話していた。
だが、貴族の子女ともなるとそんな身勝手は中々許されるものじゃない。貴族社会では言葉遣い一つで育ちが知れる。逆を言えば、名家に生まれた私は相応の言葉遣いをしなければならない、ということだ。低年齢の子供にありがちな、汚い言葉遣いを覚えてきたと判断された私はお母様に徹底的に矯正されることになったのだ。
そうして今に至る。女言葉で話すことは、もう何の苦もなくなっている。『俺』が邪魔して照れが出ることも無い。でも一人称はともかくとして、思考形態は変わらなかった。つまり、声に出すにしても『俺』の口調の方が楽なのも確か。
言葉を選ぶ必要がないっていうのは大きい。ラヴァリエール公爵家が――いや、お母様がいないこちらなら男言葉が話し放題ということだ。まぁ、厳しく矯正された所為で妙に理性が邪魔して、変に片言になっちゃうけどさ。
ルイズは椅子に、才人は床に、そして私はベッドに腰掛けている。才人に至っては同じ容姿の人物が目の前に二人いることで、さっきまで喧嘩していた相手がルイズなのか私のどちらなのかもわかっていない様子だ。
「で、さっそくだけどルイーズ。あの煙の中にいたということは、私に召喚されてここに来たということでいいの?」
「ええ、間違いない。鏡のようなものをくぐらされた覚えもあるし、そこから貴女の声が聞こえたのも覚えてる」
自分から鏡を通ってきたとなるとその理由を話さなくてはならなくなる。そうなると今以上に話がややこしくなってしまうだろう。ただでさえ、私だけではなくサイトの問題もあるのだから。だからミスタ・コルベールにもしたように、召喚されてしまったのは不可抗力であったと伝えておく。
「でもルイーズ、貴女はトリステインのラヴァリエール公爵家って言ってたけど、トリステインの何処から召喚されたの? 申し訳ないけど、私ラヴァリエール公爵家って聞いたことがないわ」
「それもその筈。……私がいたトリステインは、今私が存在しているこのトリステインじゃない。ヴァリエール公爵家が存在せず、ラヴァリエール公爵家が存在するトリステインから、私は来た」
「ええと……?」
「ルイズはこのトリステインでラヴァリエール公爵家なんて、聞いたことがないと言ったでしょ? 私はその逆。私の知っているトリステインにもトリステイン魔法学院はあったけれどヴァリエール公爵家はなかった」
余計に頭をひねるルイズ。やっぱりハルケギニアには多重世界の概念は欠片も存在していないのだろうか。確かに私が生まれたハルケギニアでも公には他の世界の存在ですらないものとされていたし、多重世界なんて概念は聞いたことがなかったけれど。
横では才人が「そっか、なるほど。パラレルワールドってやつだな」と一人で勝手に納得している。流石日本人。ハルケギニアの住民には、土台にそれなりの知識がないと理解してもらうのは難しいのかもしれない。
「ま、まぁいいわ。とりあえず貴女は私に召喚されたってことでしょ? ……でも、そうなると貴女、最悪私の使い魔ってことにされちゃうと思うのだけれど」
「それも構わない。この世界にはラヴァリエール公爵家は存在しないのだもの。事実上、私は魔法が使えるだけの平民でしかない。手持ちのお金も知れているし、頼れそうな相手はルイズしかいないのだし。私に出来ることなら、貴女の手助けをさせて」
「……まぁ、使い魔として召喚されてしまったのなら、その辺りはしょうがないわよね。そういうルールだし。後は、そうね。これを訊いておかないと」
言うなり、こちらに近寄ってくるルイズ。耳元に手を当てて、こちらへと小声で問いかけてきた。
何だろう。三人しかいないこの部屋で、才人に聞かせたくないような話なんてあっただろうか。
「…………貴女のメイジとしての実力は?」
眉根を寄せて、真剣な瞳と口調でこちらを見つめてくるルイズ。
……そうか、そうだったよな。四系統を使えないルイズにとってはこれが一番の懸念な筈だ。使い魔の私が魔法を使えて、主人が使えないではまずいと思ったのだろう。
正直に答えればルイズとの関係は複雑なものになってしまいそうだけど、だからといって隠しておけることでもない。使えないなんて虚偽を答えて、後にその嘘が判明した時の方が酷いことになるだろう。荒れることが分かっていても結局馬鹿正直に答える他ない。
「私は、水のトライアングル」
「……えっ!? と、トライアングル!? じゃなかった、そ、そう。とらいあんぐるなのね。水の」
明らかな動揺。それを踏まえた上で……非常に心苦しいのだけれど、初対面でありお互いメイジだとするなら訊ねておかなければならないことがある。
ルイズから訊ねられなければ、有耶無耶にしておこうと考えていたのだけど。
「……ルイズ。貴女の実力はどうなの?」
「えあ? あっ! う。そ、そそその~」
聞き返されることまで想定していなかったのだろう。言葉を濁すルイズ。少し考えればわかりそうなものだけれど、色々と起こり過ぎてそんな余裕がないようだったし、今この瞬間だってルイズは自分のことで手一杯だ。
「もし言いづらいのなら、言わなくて構わないから。ね?」
「そ、そう?」
ふぅ、と一つ息を吐くルイズ。もう見ているほうが可哀相なので、多少不自然だけれど話を打ち切る。
「…………なんで、もう一人の私でさえ使えるのに、私だけが使えないのよ……」
ルイズがぽつりと呟いたのを、私の耳は拾ってしまったけど気づかないフリをした。……私は貴女の持つ、残りの一系統を使う魔法の才能こそが欲しかった。
「なぁ、お前らだけで話してないで、俺にもちゃんと説明しろよ。ここはどこなんだよ。アメリカか? それともフランスなのか?」
「あんたもいつまで訳のわからないことを言ってるのよ! いい加減覚えなさい! ここはトリステイン! 平民の癖に貴族になんて口をきいてるのよ!!」
「だからー、トリステインってーのはどこの国の地名なんだよ。お前もわからないやつだな! あと俺は平民なんて名前じゃねぇ!!」
話が一段落したことで、空気を読んで黙っていた才人が質問を投げかけ始めた。そして繰り返される言い合い。このままでは怒鳴りあうだけで夜になってしまう。
「ルイズ、待って。私にも彼と話をさせて?」
二人が争いを止めてこちらを向く。ルイズが渋々といった様子ながら頷いたのを確認して、才人へと向き直った。
「はじめまして、私の名前はルイーズ・フランソワーズ・ド・ラ・ボーム・ルブラン・ド・ラヴァリエール。長くて覚えにくいだろうから、ルイーズと呼んで構わない。貴方の名前を聞いても?」
「……才人。平賀、才人。先に言わせて貰うけど、俺の生まれたとこじゃこれが標準なんだ。殊更に変な名前って訳じゃないからな」
「いいえ。才人……素敵な名前よ。大丈夫。人の名前を笑ったりはしないから。早速で申し訳ないけど、貴方は一体どこから来たの?」
「……あんたはまだ話が通じそうだな。同じ姿でもアレとはすごい違いだ。俺がいたのは東京だよ。日本の首都。それで、ここはどこなんだ?」
やはり、この青年は日本から召喚された才人だ。
混乱している才人に対しては申し訳ないが、心の中でガッツポーズをする。私の目標に繋がる鍵。彼がいなくては私の夢は絶ち消える可能性が高い。
うん、そうだな。精一杯親切にしてあげよう。……利用するために気に入られるみたいで、あんまり気分は良くないけどそこは仕方ない。
「落ち着いて。才人、あなたにこの場所がどこなのかを言っても理解できないと思う。何故なら、この国のどの地図にも『ニホン』という国や地名は存在していないから。少なくとも私の知る限り、書物や噂からそんな場所の話は聞いたことがない。そうでしょ、ルイズ」
「当たり前じゃない。どこの田舎なのよ、そこ」
答えながら腕を組んで才人を睨み付けるルイズ。その言葉に固まったのは才人だ。
「は? ちょっと待ってくれよ。だって、お前ら、アレだぞ? ニホンだぞ。ニッポンでもジャパンでもいい。いくら土地が外国に比べて少ないっつっても世界何位の経済大国だってのに……。本当に聞いたことないのかよ!?」
……貴族暮らしに慣れてしまった私からすると、口汚い。周りが丁寧な言葉遣いを心がける良家の子女ばかりなので、その落差が酷い。元の世界で言うならスラングを聞いた感じだ。
「残念ながら」
その物言いに反射的に眉をしかめてしまうが、気を取り直して告げる。
「大国と呼ばれるほどの有名な国なら、このトリステインにもその存在が知られている筈。けど、実際には知られていない。違うとするなら、貴方が嘘をついているか……」
「俺は嘘なんかついていない!」
床に座っていた才人が立ち上がり、私を睨み付ける。私より上背があるサイトが睨み付けてくると、いくら才人が魔法を使えない、特別な力を現時点では発揮されていないといっても恐怖が浮かぶ。
「ま、待って。続きがあるから。……それか、ここトリステインは貴方の知る世界とは別の世界ってこと」
「ちょ、ちょっと何を言っているのよ、ルイーズ! 別の世界なんてあるわけないじゃない! そ、そうよ、あんた。ニホンってとこから来たって言い張るなら何か証拠見せなさいよ!」
別世界を否定して、ルイズはここにいる私を結局何処の貴族だと認識しているのだろうか。予想はしていたけど、やっぱりルイズは私の話を欠片も理解していなかったらしい。立ち上がっている才人に向かって指を指しながら慌てて声を上げたルイズを見て、私は小さくため息をついた。
「別世界……? いや、異世界か? あ、証拠か……っつってもこれぐらいしか持ってないけど」
そう言って才人が取り出したのはノートパソコンだ。
……うわぁ、懐かしい。OSはなんだろうか。XPとか? それともvista……は考えにくいか。いやいや、私の知っているものとは限らないよな。才人の日本と、『俺』の日本は別物だし。
「なぁに? これ」
ルイズの言葉に反応せず、才人はノートパソコンの液晶を開く。
電源ボタンを押すと、画面に光が点った。そして程なくして映るデスクトップの画像。……おお、XPだ。
「わぁ、きれい! なにこれ、何の系統の魔法で動いてるの? 風? 水? ルイーズ、わかる?」
「ルイズ。これ、魔法じゃない」
「へっ?」
間の抜けたルイズの声。まじまじとノートパソコンを眺めている。
「そりゃそうだ。これは科学。魔法で動いてんじゃなくて、電気で動いてるんだよ」
「電気って何よ? 聞いたことがないんだけど、風の系統の一種?」
「だから魔法じゃねぇって。電気はそりゃ……、電気っていったら電気だろ」
物知り顔で解説していた才人の言葉が詰まる。情けないぞ、高校生。同郷として日本の将来が不安になるだろうに。
「ああもう、わかったよ。あのドラゴンも作り物じゃないし、空飛んでたやつらも魔法で飛んでてどっかから吊っていたわけじゃないんだよな。んでもって、ここは異世界。日本はこの世界にはなさそう。OK。――わかったから、俺を家に帰してくれ」
「無理」
「はぁ!? 無理って何だよ!」
「怒鳴らないでよ、平民の分際で」
ふん、と鼻を鳴らして高飛車に立ち上がるルイズ。そんなルイズに才人は憤慨しながら詰め寄る。
「だから、平民じゃねぇっつってんだろ! 俺のこと召喚したんなら、送還? 呪文みたいなのもあるんだろ!?」
「ないわよ、そんなの。それに、あんたは私の使い魔なの。そんな勝手が許されると思ってるの?」
「ふざけんなよ! 無責任にも程があるだろ!!」
「だから、私は召喚した平民のあんたを責任持って使い魔にしてあげたじゃない。ここまでしてあげたのに、いったい何が不満なのよ」
「なめんな! 貴族だか何だかしらねえけど調子に乗ってんじゃねぇ!」
そうしてまた始まる怒鳴り合い、いがみ合い。何とかルイズにも才人にも理解が早くなるように会話を誘導させてみたが、結局こうなってしまうらしい。
二人を宥める方法はないものか考えてみるが何も浮かばず、どうしようもないな、と私は黙って二人を眺めていた。