気を逸らせながらヴェストリの広場に着いた時、才人とギーシュの決闘はやはり終わってはいなかった。先程の話では何とか油断させているうちにギーシュの杖を取り上げるということだったが、そう簡単にはいかなかったようだ。
四体のゴーレムが休みなく攻撃を仕掛けてくるのを才人は常人離れした身体能力で回避し、隙を付くようにギーシュへと接近するが残りの三体に防がれている。
既に七体ゴーレムが【錬金】されているということは、ギーシュは才人相手に手を抜いていたらやられると危機感を覚えたのだろう。ギーシュに指揮されるゴーレムは足並みを揃えて才人を追い回し、攻められては配置を換えて攻められ難くしている。
渡しておいてなんだが、あの短刀ではゴーレムに対して攻撃を仕掛けることが中々できないのだろう。というのも、刃の問題だ。単純に短いのである。
相手のゴーレム――ワルキューレを見るに、片腕を欠損しているのが二体。一体は胸部に斜めの裂け目が出来ている。……腕ぐらいの太さなら断ち切れるが、胴体を切るには刃が足らないのだ。
加えて、金属の中で銀は強度に乏しい。ワルキューレの攻撃を受けて、短刀には傷などが目立ってきている。
とはいえ得物をもった才人には、ガンダールヴのルーンが発揮される。先ほどは一瞬しか光らなかったルーンが、今は淡いながらも常時輝いている。
その恩恵によるものだと思うけど、見た感じでは才人が大きなダメージを受けている様子はない。服に汚れがついてるから少なくとも一度は転がされたのだろうし、頬は打たれたのか赤く染まっているけれどその動きに支障はないようだ。
「ルイーズ! あいつ、何をしているのよ!?」
振り向くと、野次馬を掻き分けてルイズがこちらへと向かってくるのが見える。
肩で息をして、顔を真っ赤にして額には汗が浮かんでいる。どうやら話を聞いて、ここまで走ってきたようだ。
「ギーシュと決闘だけど」
「決闘だけど、じゃないわよ! 早く止めないとサイトが殺されちゃうじゃない!」
おお、初めてルイズが才人を名前で呼ぶのを聞いた。慌てふためくルイズを他所に、そんなことを考えてる私。
「大丈夫。ルイズ、よく見て。才人、大きな怪我とかはしてないから」
「え? で、でも、飛び跳ねて逃げ回っているだけじゃない。平民はメイジに勝てないなんて常識、貴女だって知っているでしょ! あれじゃ、いつかは……」
二人で、才人の姿を眺める。視線の先では、ついにワルキューレの一撃を受けて才人が大きく吹き飛ばされたところだった。
「ああ、ほらっ!」
ルイズの叫び声が響く中、才人は空中で体を回転させて無事に着地する。
吹き飛ばされたその勢いに着地した後も大きく後退するが、直ぐ様駆け出しまたもギーシュを狙ってワルキューレを潜り抜けていく。
思わず私は安堵のため息をつくが、ルイズはもう見ていられなかったらしい。才人の相手であるギーシュへ向き直る。
「ギーシュ! 決闘は禁止されている筈よ!」
そこでギーシュはこちらを横目で見、私とルイズの並んでいる姿を見て眉を顰めたが、直ぐに才人へと向き直る。
目を才人から離さない。それほどに、才人は気の抜けない相手だということだろう。
「それは貴族同士のことだろう! いや、今はそんなことよりも……!」
ギーシュは叫んで返す。こうしている間にも、ギーシュに才人は目を瞠る速度で接近していく。
「どういうことだ、この僕のワルキューレが追いきれない相手だぞ? ……彼は本当にただの平民なのかね!?」
「そ、そうよ。平民よ。だから、そんなにむきになって決闘なんて、やめなさいよ!」
「…………っ、断る! 僕にも、面子というものがある。彼が謝罪するというなら、君の顔を立てることも考えなくもないが、ね!」
接近してきた才人を、ワルキューレが弾き返す。が、その瞬間の交差に、ワルキューレの腕が肩から落ちた。
落とされた腕側をカバーするように、もう一体のワルキューレが間を埋める。才人はそれを見て反転、近くに迫っていたワルキューレの一撃をかわして距離を取った。
少しずつではあるが、ワルキューレの戦闘力は確かに削られていた。
その戦況に、ギーシュが声にならない呻きを漏らす。大層なことは言ったものの、この状況はギーシュにとっても想定外に違いない。
本来ならしっかりと痛めつけて上下をわからせる所を、謝罪のみで済ませるというのは彼なりの最大の譲歩なのだろう。
「サイト、あんたが謝れば……」
「いやだね! 俺はあんたら貴族の言う、ただの平民だッ! 生きてく為なら洗濯だって何だってやってやる。けどな! だからって、理不尽に謝罪を強いられて、下げたくもねぇ頭を下げるなんていうのは絶対に御免だね!」
叫ぶと同時に、更に強く輝くルーン。才人の動きがまた速くなった。
才人が屈みながらワルキューレの合間を駆け抜けた瞬間、追っていた四体のワルキューレが崩れ落ちた。……脚部が切り離されている。
一瞬の早業に、才人を除く全員が目を瞠った。そして周囲から漏れる驚嘆の声。囁かれ始める才人への疑問。曰く「ただの平民じゃ、なかったのか」。
才人は止まらない。ギーシュへと向かって、一直線に駆けていく。
「足を狙ったのか!? ワルキューレッ!」
才人の低い動きにも対応できるように構えたギーシュのワルキューレ。だがしかし、その行動によりなす術なく空を舞う才人を眺めることになった。
下を警戒したワルキューレの肩を踏み台にし、跳躍した。残る二体をも置き去りにしてギーシュの前に着地する。
そして、間髪入れずに才人はギーシュの右手を蹴り上げた。
跳ね飛ばされる一輪のバラの造花。それが地面に落ちたとき、ギーシュはもう動けなかった。
ワルキューレの動きは止まり、杖がない為に魔法は使えず。目の前には七体ものワルキューレを突破した才人が銀の短刀を己の首元に突きつけていたのだから。
「僕の、負けだ……」
ギーシュが足から脱力したように、崩れ落ちる。
周囲が沸いた。歓声が巻き起こる。好奇の視線は、勝者となった才人へと注がれていた。
野次馬の歓声が響く中、才人はギーシュの宣言を確認してからこちらへと悠々と歩いてきている。
不出来な物を渡してしまい、それが元で才人がギーシュに殺されたりはしないかと不安だったけれど、なんとか勝ってくれたみたいだ。
「おーい、勝ったぜルイーズ。コレ、サンキューな。なかったらたぶん、あのゴーレムにボロボロにされてたわ」
「ううん。私は大した事してないし。才人、お疲れ様」
才人が右手を上げて、笑顔でこちらへと近づいてくる。
その上げられたままの右手を見て、なんだろうか、と少し考えるが思い当たるものはない。
「あ、そっか。ハイタッチとかこの世界の人には、わからないのか」
才人が少し寂しそうに、右手を下げかけた。その聞き慣れない言葉――いや、久しく覚えのない単語が私に『俺』の記憶を呼び起こさせた。
ああ、そうか。確かにそんな文化だったよな。日本って。時間の概念はないが、少なくとももう十年以上も前のこと、すっかり忘れてた。
ぱぁん、と乾いた音が響く。才人は右手から鳴った音と目の前の私に、目を見開いて驚いている。
なんだか悪戯が成功したみたいに面白い。知らずに笑みが浮かぶ。
「ハイタッチって、たぶんこうでしょ?」
「あ……ああ」
にやつく私を見て、才人も笑った。ふと、才人はその手にした銀の短刀を見て、私へと向き直る。
「あ、そういやこのナイフ、何か魔法でも掛けたのか? 一発殴られてから、すっげぇ体が軽くなったんだけど」
「そんなの、掛けてない。銀のナイフを四つくっつけただけだし」
「へっ? いや、でもなぁ」
「左手の甲を見て」
才人が左手を持ち上げると、そこにはまだぼんやりと輝いたままのルーン。
「うわっ、なんだこりゃ!」
「体が軽くなったのは、たぶんその使い魔のルーンのお陰だと思うのだけれど」
「あ、あんたら、ご主人様に内緒でいったい何やってるのよーーーー!!」
そこでようやくルイズが吼えた。頭に響く声だ。いや、私もルイズと同じ声だけれども。
いや、なんかぷるぷると顔を真っ赤にして震えていたのは気づいていたので、触れたらその瞬間に爆発しそうだったから放って置いた。
何だか才人の活躍に感動しているようにも見えたし、今も注がれている周囲の視線に対しても悪い気はしていないようだけれど気に喰わないものは気に喰わないらしい。
「だいたい、誰がこんなのをサイトに与えたのよ!」
「あ、それはルイーズが……」
ルイズが、才人の左手にある短刀を奪い取る。それをじっと見つめた後、私の方に寄ってきた。
「…………? 貴女、こんなの持ってなかったわよね? どこから持ってきたの?」
ずい、とこちらに身を寄せるルイズ。近いよ近い。答えにくそうにしていた私を見かねたのか、才人が気を利かせてくれた。
「あ、それは食堂のナイフをルイーズが魔法でくっつけて……」
「…………食堂の、ナイフを?」
気を利かせてくれたのは嬉しいが、君が答えてくれても私がした学院の備品を勝手に使ったという事実は何も変わらない。
しかも、元に戻らない形で。返せばいいという話ではなくなっている。
「ごめんなさい。悪気はなかった」
もうどうにもならないので、怒鳴られる前に謝ってしまうことにした。この場合、笑って誤魔化したりしてもダメ。早々に謝ってしまうのが吉、と私の人生経験が言っている。
私の潔い謝罪にルイズはうっと詰まり、決まりの悪い調子で逡巡した後、才人へと向き直る。
「……元はと言えば、アンタが何かやらかしたって聞いたわよ? それじゃアンタの責任よね」
「ま、マジかよ!? 何で俺が!? そんなの、あのキザヤロウに文句言ってくれよ!」
急に槍玉に上げられた才人は溜まったものではない。
身振り手振りで、向こうにいるギーシュを指して抗議するが、もちろん私と才人のご主人様はそんな言葉を聞き入れない。
「って……あ、れ? 眠い……?」
「サイト!?」「才人?」
抗議の途中に、突然にふらり、と才人が地面へと倒れ込む。咄嗟にレビテーションを唱えたのが幸いし、何とか地面へ体を打ち付けることはなかった。
間を置かずに気持ち良さそうに眠る才人の寝息が聞こえてきた。レビテーションでぷかぷか浮きながら眠る姿はシュールだ。
「……寝ちゃったの? まったくもう、使い魔の癖して、私の言うことをちっとも聞かないのだから……」
その口振りとは違い、ルイズは薄く微笑んでいた。
そして、私が見ていることに気がつくと見るからに不満ありありですよ、と云った感じの表情に作り変える。出来上がった顔はもう、わざとらしかった。
別に、いいのに。才人本人が見ているわけじゃないのだから。そう思うが、そこで素直になれないのがルイズのルイズたる所以なのだろう。
さて、ルイズの才人に対するデレ期は何時から来るのだろうか。才人の為にも、ちょっとだけ手助けしてあげるのもいいだろう。何せ今回、彼は頑張ったのだから。
「ルイズ。才人は、ギーシュに貴女のことを馬鹿にされて、我慢ならなくなったから決闘を受けたみたい。だから、あんまり責めないであげてね」
「え、私の為……? あ、で、でも、使い魔が主人を庇うのは当たり前じゃない! …………そ、そうね。でも、使い魔の忠義にも、報いるところがないといけないわよね」
少し赤くなった才人の頬を撫で、立ち上がるルイズ。そして、そのまま浮いた状態の才人を押して移動を始める。
「仕方ないから、ご主人様のベッドを特別に使わせてあげるわ。感謝しなさいよねっ」
勿論、その言葉は眠りこける才人には届いていない。
しかし、金属の塊に顔を殴られ、吹き飛ばされたりして細かい傷だらけの才人の寝顔は、何故だか幸せそうだった。
「もう、ご主人様に世話ばかり焼かせて眠りこけるなんて、いい度胸だわ。起きたら直ぐに仕事を言いつけてやらなきゃ」
言いながらも、才人を自分のベッドへと寝かせ、水をしぼった布で顔を拭いてやるルイズ。
私がやろうか、と言ってみたものの、ルイズは使い魔の面倒を見てやるのもご主人様の務めと、首を縦に振らなかった。
まぁ、予想通りというか、傷だらけになってしまった才人の顔を布で拭いてやると、拭かれた才人本人は寝ていても勿論痛いのだろう。
痛みで呻き声を上げる才人に、ルイズの手は止まってしまう。何度試しても才人は痛みで声を上げるのだ。
見かねて、治癒の魔法を掛けて傷を治してやると、ルイズは「先に言ってくれてもいいじゃない。意地悪」と頬を膨らませる。
……痛みで声を上げる才人に、おっかなびっくり顔を拭いてあげていたルイズをただじっと見ていた私は意地悪なのだろうか。二人があまりに初々しくて、これは邪魔できないかなー、なんて微笑ましい気持ちで見守ってしまったのだけれど。
まぁ、これを言ってもルイズは激昂するだけなので、厳重に口にチャックをしておく。
ようやく目に付く汚れを拭き取り終えると、きゅうううう~~、と可愛らしく不思議な音が重なって部屋に響いた。
あ、と慌ててお腹を押さえる。それでも音は途切れてはくれない。きっと、私の顔は赤く染まっただろう。
そういえば、私が食べる予定だったパンとスープは、この目の前で寝ている才人のお腹に収められてしまっているのだった。私が決めて才人にあげたものなのだから、才人を恨むのは筋違いだとはわかっている。けれど、それで済んだら年頃の乙女の羞恥心は必要ないのである。
すやすやと幸せそうに眠る才人のおでこを、四本の指を連ねた其れでぺし、と叩いてやった。
さて、才人への罰はそれでいいとして、ルイズへと向き直った。さて、どんな呆れた顔をされたのだろうか、と覚悟を決めてルイズの顔を見る。
と、何故かルイズも私同様に真っ赤に顔を染めて、お腹を押さえていたのだった。
「……ルイズ?」
「さっきの音、ルイーズのお腹の音よね!? まったくもう、ルイーズも仕方ないのだから。さ、遅くなっちゃったけど、お昼にしましょ!」
私の呼びかけに顔を合わせずそっぽを向いて、被せる様に言い捲るルイズ。
「いや、ルイズのお腹からも」
「さぁ、ほらほら! ルイーズも手伝って」
……卑怯だ。ルイズだって鳴ってたよ。絶対。納得できない。
「あれ、でもルイズ。ご飯まだなの? てっきりもう食べ終わっちゃったのかと思ってたのだけど」
「何言ってるのよ。昼食を持ち運べるようにして教室に持っていったのに、ルイーズもサイトももういないんだもの。片付けお願いしたから、私がわざわざ気を利かせてあげたのに。ま、この平民の使い魔は食事抜きだったから、どっちにしても見てるだけだったろうけど」
頬を染めながら、ぷい、と可愛らしくそっぽを向くご主人様。
食事が綺麗になくなっていたのは、避けられてたわけじゃなかったのか。資材置き場に使えそうになくなった木材やらを置きに行った時に擦れ違ってしまっていたのだろう。
この頃は少し、ルイズと私は微妙な雰囲気になっていたものだから尚更安心した。
「ルイズは優しいね。いい子いい子」
ついつい小さい時の『俺』の妹を思い出して、頭を撫でてあげてしまった。するとルイズはほんのり染まっていた頬を今度は真っ赤にして、私の手を振り払い目を剥いて怒鳴った。
「つ、使い魔の面倒を見るのは、主人として当たり前じゃない! それより貴女も私と同い年なんだから、子供みたいに扱うのはやめてよね!」
むきになるルイズも可愛らしい、と思いながらルイズと私は食事の用意を始める。
ルイズの一人分の昼食を、未だ幸せそうに眠る才人を眺めながら二人で分け合って食べたのだった。