優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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使い魔としての日々⑤

 

 むう……。ベッドでの睡眠に慣れてしまっているので、床では熟睡できなかったようだ。寝たのにまだ眠いと脳みそが必死に訴えている。おまけになんだか関節が痛い。ほんの数時間の睡眠で逆に体が疲れてしまった。

 眠気を無理矢理捻じ伏せながら、ぼんやりした頭で目元を擦る。時間的には丁度夕食前。私はそんなバッドコンディションで目が覚めた。

 

 兎にも角にも、机に涎を垂らしていたルイズを起こす。目をこしこしと擦りながらあくびするルイズは何だか小動物のようだ。ま、たぶんきっと外見が同じ私も似たようなものなのだろうけど。

 もしかしたら起きるかと思って一応才人に声を掛けてみるも、どうやらまだ目を覚ます様子はない。ガンダールヴの効果の反動だろうか。初回であるということが関係しているのかもしれないがどうなっているのかはわからない。

 

 そういえば、私の左手にもガンダールヴのルーンが刻まれている。刻まれているわけなのだけど……困ったことに使う機会が思い当たらない。基本的に杖しか持たないし、実際に剣を使うとしてもルーンが発動している間ならともかく長剣や大剣もの重量を持ち運べる気がしない。

 デルフリンガーを例に挙げるとするならば、腰に下げるなんてのは以ての外。背に背負ったとしても鞘の先を地面に引き摺る破目になるだろう。重さだけで考えてみても、移動速度が半分ほどになるのは避けられない。

 

 そうなると……ナイフやダガー辺りの小型な刃物を杖として契約したならどうなのだろう。

 魔法を使えたまま、尚ガンダールヴとして武器を自在に扱えるようになるのだろうか。試してみる価値はありそうなのだけれど、いかんせん手持ちが心許ない。全財産の17エキューで、一体何が買えるのかが問題だ。結局、現状ではどうにも難しそうである。

 

 そして何よりも、剣を使わなければならない事態というのが想像できないでいる。

 仮にもトライアングルのメイジである。それも魔法だけでなくメイジ相手との戦い方も母様――彼の元マンティコア隊隊長から師事を受けてきた。鉄ごしらえの武器の形状をした杖を扱うには私の体はあまりに小柄だ。だから、接近させないことを念頭に置いた戦い方を叩き込まれてきた。十年近くかけて培ってきた戦闘方法を、根底から覆すのはいくらか無理がある。

 ガンダールヴが発揮されれば接近戦もこなせるようにはなるのかもしれないけれど、もしかしなくてもこのルーンの出番はないような気がしてきた。

 

 

 とりあえず、それは置いておいて食堂へと向かうことにする。ルイズは才人が起きるまでは自室で食事を摂るようなので、食堂のメイドにまた何か包んでもらうように頼まなくては。「ルイーズはアルヴィーズの食堂で食べてきていいのよ」と言われたけれども、ご主人様を放って一人食べるわけにもいくまいさ。

 食堂へと着いた私は、相変わらずルイズと勘違いしているシエスタに二人分の食事の用意を頼み、礼を述べてルイズの部屋へと蜻蛉返りする。そのシエスタは酷く才人のことを心配していたが、怪我ひとつないことを伝えるととりあえずは安心したようだ。

 帰り際にギーシュの姿を見かけたが、モンモランシーへのフォローは失敗したのか肩を落としてもそもそと食事を摂っていた。なんだかんだでモンモランシーが好きな癖に、他所に目を向けるからだ。愚か者め。

 

 食事を運んできた際に初めてルイズと私が別存在だと気づいたシエスタが取り乱したが、それ以外には特に何事もなく、食事を摂ってそのまま就寝となった。

 どうにも才人がいないとルイズとの会話がそんなに弾んでくれない。私としては親しくなりたいのだけど、ルイズは私から一歩引いているように見える。こればかりは私がどうこうして改善される問題でもなさそうで、どうしていいかわからないでいる。

 才人がベッドを占領したままなのでルイズはまた机で、私は床に横になる。明日の朝もまた疲労しているんだろうな、と思いながら眠りについた。

 

 

 朝――――才人とルイズは、私よりも早く起きていた。

 私は目を覚まし、才人がルイズによってベッドから蹴り落とされているのをしばらくぼんやり眺めていた。

 シエスタが私に頭を下げて部屋から退室していく。その手には濡れたタオルがあったことから、才人を恩人と思い自ら世話をしていてくれたのだろう。そういえば昨夜、朝に世話をしに来ていいかルイズに許可を取っていたような気もする。

 それにしても、ルイズのいう才人の忠義に報いるというのは本当に自分のベッドを貸してやることだけだったらしい。起き様に床をのた打ち回る才人の様子は、ちょっとばかり不憫だ。

 

 その後籠に溜まった洗濯物を押し付けられる才人は、ゴーレムに打ち据えられた体に痛みが残っていないのを不思議そうにしていたが、けれど動くことに支障がないことを確認すると仕方ないとばかりに部屋から出て行った。

 秘薬を使うほどの怪我ではなかったのは幸いだった。何せ手持ちが少ないので何時使い切ってしまってもおかしくない。節約しておいて損はないだろうし。

 才人が出て行くのを見送ってから、そういえば私も使い魔なのだった、とようやく思い出した。洗濯をするならば、私の水のスペルを使えばあっという間に終わるだろう。

 急いで、才人の後を追いかけた。

 

 

 タクトを持つ私と才人の目の前には桶がある。中の水と衣服がこれでもかという感じで回っていた。遠心力で外側に水が寄り、中央部分の水分は空白になっている、

 

「おお、やっぱすげーなぁ、魔法って! 洗濯機なんかいらないじゃんか!」

 

 杖一つで洗濯機の真似事をする私を、才人が輝いた瞳で見つめてくれる。それに気を良くした私は、タクトを振り上げて桶の中の水と衣服を空中へと浮かせた。

 更にタクトの先をくるくると回すと、水は流れを増して渦になった。空に浮いた、水で出来た竜巻。こればっかりは地球じゃ起こり得ない現象だろう。

 

「な、なぁルイーズ、俺ってさ、魔法って使えないのか? なんていうか、面白そうでさ。よければなんだけど教えてくれないか?」

 

 そう、期待の篭もった目で詰め寄られると、言いづらいのだけれど。

 

「不可能。才人には無理」

 

 ――無理なものは無理なのだ。こればかりは適性がどうのではなく、血統の問題だ。練習してもそういう血筋でなければこの世界の魔法は使えない。

 ふと目をやると、才人は私の放った言葉の刃に叩き切られて、膝をついていた。その様子があまりにも惨めだったので、ちょっとだけ説明してあげることにする。

 

「始祖ブリミルの血を引いていないと、私やルイズの使うような魔法は使えない」

「そ、そういうわけなんだな。ルイーズ、ちょっと言い方に破壊力ありすぎ。……って、ルイズも魔法が使えないんだろ? んじゃあいつも俺と同じじゃないか」

 

 才人はまだ勘違いしているみたいだなぁ。魔法が使えないなら、才人と私が呼び出せるわけがないだろうに。

 

「……それじゃあ、才人はルイズのような爆発、起こせる? ちなみに、あのルイズが起こす爆発は私にも再現は無理。どうなってるかもわからないし」

 

 何せ、系統を使う使わないに関わらず爆発を起こせないか色々と試してみた私がいうのだからそれは確かだ。

 【火】【風】の複合を使えば爆発自体を起こすことは可能だけれど、錬金のスペルで爆発はどうやっても起こせない。コモンのアンロックでさえ起こせるなんて、本当に規格外だ。

 私に言われて、才人は言葉に詰まった。

 

「あ、サイトさーん! って、ええ!? これ、何ですか!?」

 

 遠くから走ってきたシエスタが、宙に浮いた水の渦に目を見開いて驚愕している。

 両手には大量の洗濯物があることから察するに、どうやら洗濯を言い付かってきたようだ。もしかしたら朝は才人と一緒に洗濯するのが日課になりつつあるのかもしれない。

 

「え、えと、ミス・ラヴァリエール、ですよね? あ、申し訳ありません! 私、貴族様がいらっしゃるというのに、なんという口の利き方を……」

「構わない。私は貴族だけど、もう貴族じゃないから。それより、それ貸して」

「へ? えーと?」

「ついでだから」

 

 今まで洗っていた洗濯物を才人の持ってきた桶へと戻し、水分を飛ばして簡単に除水。そこで一旦魔法行使を止める。レビテーションを唱え直し、綺麗になった洗濯物を物干し竿へと掛けていく。細かく、一度にいくつも操作するのが何気に難しい。

 新たに空中から水を精製し直す。流れを作り、動きが出来るとその形状は龍――このトリステインでみる竜ではなく蛇に近い其れのようになる。

 シエスタの持つ籠から、水の龍が洗濯物を攫おうと移動を開始する。シエスタが慌てて籠を地面に置いた。

 

「すごい……、いっつもだと、何時間もかかっちゃうのに」

 

 洗濯物が水流で揉み洗いされていく。あっという間に水が濁っていく様子を見てシエスタが感嘆の声を上げた。

 

 からくりは簡単。日本の洗濯機の仕組みを応用している。渦を起こして、洗濯物同士の接触による揉み洗いで汚れを落とす。力加減を間違えると洗濯物が直ぐに痛んでしまうので気は抜けないのだけれど。

 自慢するわけじゃないが、これは私がやっているからこれほど早く洗濯物が綺麗になるのだ。他の【水】のメイジではこうはいくまい。というか、そもそも洗濯なんかメイド任せにしているので、魔法を使って洗おうという発想と試行錯誤がない。

 ――こういう、普段の生活に役立つようなところを主にして、私は『俺』の知識を活用していたりする。元の世界のキュルケに「発想力はあるのに、商売っ気がないのがもったいない」とよくよく言われたものだ。エレオノール姉さまにはよく怒られた。「魔法を何だと思っているのこのちびルイーズは」なんて具合に。

 

 あ……あ、そうか。私の知っているキュルケには、私の友達には、もう逢うことは出来ないのか。

 それどころか母さまにも父さまにも。ちぃ姉さまにもエレオノール姉さまにも逢えないんだ。今までは目の前の問題に当たって考える余裕はなかったから、思い出さなかったのに。

 『みんな』はこの世界にはいない。私は知っている。この世界の彼らがどういう性格なのか、どんなものが好きなのか、どんな話し方をするのか。……仲が良かった人ほど、多くのことを。

 でも、私のことを知っている人は誰もいない。知らない人ばかりの世界より、この世界はとても寂しく思えてしまう。

 

 いつかは別れることにはなるのだろうとどこかで覚悟はしていたけれど、こんなに早いとは思ってはいなかった。

 日本で漫画家として生きていくということは、そのままハルケギニアに別れを告げるということだ。だけど……。

 だけどこの、同一にしか思えないこちらのハルケギニアにいると、どうも私の知っているみんなにまた逢えるような妙な錯覚がついてまわってしまう。

 思ったよりも、辛い。私はこんなに弱い人間だっただろうか。それでも、精神的に準備が出来ていた私よりきっと才人の方が辛い筈。だから、私は弱音を吐けない。吐いちゃいけない。私はこうなることを、望んでいたのだから。

 

 意識を視界に戻すと、件の人物はシエスタと一緒に洗濯されている衣服を楽しそうに目で追っている。

 んー。悩んでもしょうがない、ということもあるのかも。私が召喚された時の様に、なるようにしかならないかもしれない。才人を見ていると開き直ってしまうというか、何だか元気になってくる。

 

 勢いをつけて、残った洗濯物を大きく青空へと舞い上げる。跳ねた水が、日の光に輝いた。わぁ、と才人とシエスタの声が聞こえる。

 ……ここで私も、頑張っていこう。

 

 

 

 それから、一週間ちょっとが経った。ルイズから借りた予備の制服を着た私は、日が落ちて真っ暗になった草原を眼下に学院に戻っているところだ。

 年頃の娘にしてはそういう方面に興味が薄い私だったが、流石に制服一着で過ごしていくのは無理があった。まぁ、手持ちが二着に増えたとしても焼け石に水なのだけれど。

 

 この一週間、朝は才人と一緒に洗濯へと向かい、その後私は食堂でルイズの隣に座って朝食を摂るようになった。

 才人は食堂に用意された極少量のパンとスープをさっさと流し込んだ後、厨房でちゃんとしたものを貰っているようだ。知らない間に才人はシエスタの伝手でコック長と仲良くなっている様子で、別に食事を貰っていることは才人本人に口止めされている。どうやら、知らぬはルイズばかりなりということだ。

 

 公爵家でありながら平民染みた私の性格は貴族に評判が良くないし、平民からは貴族というだけで恐れられている為に交友関係は狭かった。それだけに私としては、才人の人当たりの良さは羨ましいものがある。

 友人は、欲しい。私の生まれた世界では、正味なところ同年代の友人と呼べそうなのは二人だけだった。友達百人できるかな、なんて有名な歌じゃないけれど、この世界に来たのを機に友人は作りたい、なんてことも考えてたりする。

 

 まぁそれはともかくとして、午前の授業を二人から離れた最後列で受け、午後の授業はもっぱらキュルケの横に座って二人でこそこそと話しながら楽しく授業を受けている。

 キュルケとはすっかり仲良くなった。ついでと言ってはなんだけど、個人的には彼女の友人であるタバサとも仲良くしたい。だけど、そのきっかけが掴めないでいる。私の育ったハルケギニアでは結局タバサと仲良くなることは出来なかった。

 ただ、私の使い魔がドラゴンであるとキュルケと話してからは、一緒に聞いていただろうタバサから偶に興味の視線が飛ぶようになってきた。あと一歩だろうか。頑張りたい。

 

 ドラゴンといえば、私の使い魔であるウンディーナ。彼女は学院の外の森にある湖に住処を作り、毎日悠々と暮らしている。

 何か用がある時は指笛を吹けばそれを合図に飛んでくるから、とディーナは言っていたのだけれど……。

 でも私、指笛なんて吹けないんだよね。これまで必要に迫られることがなかったので吹こうと思ったことすらない。指を当てて一生懸命口を窄めて息を吹いても「ひゅー、ひゅー」っていう情けない音しか出てこない。

 一週間の練習で、ほんの少しは鳴るようになってきたけれど、ちゃんと鳴らすには少なくとも後一週間は必要だろう。他に伝達手段がないので練習するしかないのだ。

 

 その後は食事を摂った後それぞれ用を済ませて就寝となる。

 寝床のことだけれど、何度か使わせてもらってたあの床の毛布はどうやら才人の寝具だったようだ。あの懐かしい匂いはたぶん『俺』の故郷の匂いだったのだろう。

 私がそこで寝ていたことに、才人はなんだか変な顔をしていた。その変な顔が何を指してのものなのかはわからないけど……まぁ、つまりは今は藁が敷かれるようになったそこは使えないことが分かった。

 それからはとりあえずルイズと一緒のベッドで寝かせてもらっている。でも、何か他に探さないと……いっそルイズの部屋から遠くても部屋を借りるべきだろうか。

 

 

 この一週間で特別な変化といえば……そう、キュルケが才人に興味を持ったようだ。何かとよく才人と一緒にいる私に、どこの生まれなのか、どんなものが好きなのか、女性のタイプはどうなのかと聞いてくる。けど残念ながら答えられることは少ない。

 惚気のように才人のことを毎日延々と語られて、少し洗脳されそうになった。この私としたことが、キュルケ侮れない。

 

 えーと、後は、あの決闘騒ぎで勝手にくっつけた銀のナイフ。あれは、完全に私に責があるのでなけなしのお金で買い取ることにした。というか、買い取るしかなかった。

 そしてそのナイフは現在、才人の腰にこしらえられた手作りのカバーに挿されている。

 というのも、ワルキューレとの戦いで大分ぼろぼろになったナイフをどうしたものかと眺めていると、才人が欲しがった。別に使う当てもないのでそのままあげたのだけど……何故なのか、才人は見栄えも切れ味も良くないソレを大事に持っている。

 剣が使えることがわかった才人にルイズはしょうがないから新しい剣を買ってあげると言っているのだが、それでも才人は短刀を手放さない。それがまたルイズは気に喰わないみたいだけど。

 才人に短刀をプレゼントした私はそんなことより、少し軽くなった巾着に心細さを覚えているのだった。

 

 

 ルイズの部屋へと帰ってきた私は、どうやら、今日ついにキュルケが才人にアプローチを開始したことを知った。

 ――――才人が乗馬用の鞭を手にしたルイズの前で正座していたのだ。

 キュルケのあの口振りでは直ぐに動いてもおかしくないのに、それを考えると大分遅い始動だ。彼女なりに、才人が平民であることが抵抗になっていたのかもしれない。そのキュルケのアプローチも、何だかんだで失敗に終わったみたいだけど。

 私は丁度その折、ディーナに指笛の披露をしに行っていて一緒にいなかったからルイズから聞いた話である。

 

 明日の虚無の日は街まで出て剣を買いに出るらしい。ついでにルイズが私の服もいくつか買ってくれるとのこと。この状態も、いつものやり取りの延長線上のことなのだろう。

 いつもはしょうがないな、とため息をついてしまう二人のやりとりも今ばかりは気にならない。私は、新しい服が増える喜びでいっぱいだったからだ。

 

 

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