miComet - if   作:TuT

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本編

ホロライブ本社のスタジオは、夜になるとひっそり静まり返る。

でもその日は、ひときわ賑やかな声がこだましていた。

 

「すいちゃん、そこ、もう一回やってみよ? カメラ目線忘れてた」

 

「え? マジで? ···うわ、ホントだ。みこち、よく見てんな〜」

 

「ふふん。みこは演出の天才だから」

 

そう言って、さくらみこはスタジオの端で得意げに胸を張る。

その横で星街すいせいは、少し困ったような、でも嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

2人は今度のライブで披露するユニット曲のMV収録の最終調整に入っていた。

スタッフはすでに帰っており、今日は「miComet」だけの自主練習時間。

でも、それがどこか心地いい。いや――むしろ。

 

「···こうして2人きりでいるの、久しぶりだよね」

 

ぽつりと、すいせいが言った。

 

「んー、そうかな? 最近はずっと一緒にいる気がするけど」

 

「違うの。こういう“誰もいない空間”で、って意味」

 

「···ああ、そういうこと」

 

みこは少し照れたように、髪をいじった。

 

2人の間に、妙な空気が流れる。

言葉にすれば、壊れてしまいそうな。

でも、言わなければ――永遠に伝わらない。

 

 

---

 

「ねえ、みこち」

 

「ん?」

 

「わたし、最近ちょっとおかしいんだよ」

 

すいせいの声は、いつになく真剣だった。

 

「どうしたの? 胃でも痛いの?」

 

「違うよ。···恋してるみたいに、ドキドキすんの。ライブ前でもないのに」

 

その瞬間、みこの手が止まった。

カメラを調整する指先が、ピクリとも動かなくなった。

 

「···それって」

 

「うん。たぶん――みこちが、好きなんだと思う」

 

言った。言ってしまった。

 

すいせいは、照れ笑いもせずに、まっすぐ見つめてくる。

でも。

 

「···ダメだよ」

 

みこがぽつりと、呟いた。

 

「え?」

 

「そんなこと言ったら···今の関係、壊れちゃうよ」

 

そう言ったみこの表情は、泣き出しそうなくらい優しかった。

 

 

──────────────────────

 

 

スタジオの照明が落ち、機材の電源がすべてオフになっている静けさの中。

さくらみこは、片付けるふりをしながら――ずっと、心の奥で鳴り続ける言葉を振り払おうとしていた。

 

「たぶん──みこちが、好きなんだと思う」

 

星街すいせいの言葉は、やさしくて、まっすぐで。

それなのに。

 

「···ダメだよ」

自分の口から出た言葉は、まるで誰かのものみたいだった。

 

すいちゃんの顔は、あのとき、どうなってたっけ。

驚いてた? 傷ついてた?

ちゃんと、見れなかった。見たくなかった。

 

 

---

 

カメラのケーブルを巻きながら、ふと、みこは自分の手が震えていることに気づいた。

なんで──断ったの?

 

本当は、すいちゃんが好きだって、気づいてた。

ずっと前から。

ちょっとした言葉が、視線が、ふれた指先が、全部くすぐったくて。

 

でも、信じきれなかった。

だって──

 

 

---

 

「昔だってあったんだよ、あの人。前に、“みこちのこと好きかも〜”って、ふざけた顔で言ったこと」

「あとから“冗談だよ”って笑ってたけど、あれ、ずっと覚えてる」

 

「今回も、もし···あの時と同じだったら? みこが本気にして、好きって言い返して、それが“冗談だよ”だったら──」

 

「···終わっちゃうよ、ぜんぶ」

 

 

---

 

仕事でうまくいかないとき、黙って背中を押してくれたのはすいちゃんだった。

一緒にバカやって笑い転げたのもすいちゃん。

ライブの前、緊張で吐きそうになった時に、「みこちのステージが、一番好きだよ」って言ってくれたのも、すいちゃんだった。

 

そんな関係を壊したくなかった。

 

 

---

 

「みこには···信じる勇気がないんだよ」

 

それが、本当の理由だった。

 

 

---

 

ドアの向こうで、誰かの足音がした気がして、みこは顔を上げた。

けれど、そこには誰もいなかった。

 

もしかして、すいせいがまだ近くにいて、この独り言を聞いてたら?

そんな妄想を抱いた自分が、ほんの少しだけ、情けなかった。

 

 

──────────────────────

 

 

「···やっぱり、フラれたよなぁ」

 

夜の街を歩きながら、星街すいせいはひとり言をこぼした。

人通りもまばらなオフィス街。帰り道はまるで、ため息を吸ってくれるかのように静かだった。

 

笑われるかもしれないけど、告白するの、実はすごく勇気がいった。

あの子は、冗談と本音の境目が曖昧な人間だ。

だから、こっちの本気も、冗談に見えちゃうのかもしれない。

 

「···みこち」

 

声に出して呼んでみても、返事なんてあるわけがない。

だけど、唇が名前を呼ぶことをやめてくれなかった。

 

 

---

 

思い出す。

数ヶ月前。

MVの撮影帰りに、ちょっとした悪ふざけで「みこちのこと、好きかも~」なんて口にした。

 

そのとき、みこは困った顔をして笑った。

――本当に、冗談だって思ったんだろうな。

 

「···あれ、引っかかってたんだ」

 

気づくのが遅すぎる。

全部が手遅れになったような気がした。

 

 

---

 

「でも、あれは、違ったんだよ」

 

すいせいは夜空を見上げる。

星は少し霞んで見えた。

 

本当は、あのときから始まっていたのに。

「好き」って言葉が、冗談だったことなんて一度もなかった。

ただ、ちゃんと伝える勇気がなかっただけ。

みこちの照れ隠しに甘えて、自分も照れ隠しで逃げていた。

 

 

---

 

「やっぱ、わたしが···ちゃんと向き合わなきゃだよね」

 

一歩、足を踏み出した。

何があっても、もう逃げない。

みこちが怖がるなら、その怖さごと、受け止める。

 

すいせいはスマホを取り出し、スケジュールアプリを開いた。

数日後のさくらみこの誕生日企画配信。

そこに自分の名前は載っていない。出演予定はなかった。

でも、今しかないと感じていた。

 

 

---

 

「ねぇ、みこち。あんた、誕生日にさ···ひとつくらい、わがまま言っていいよね」

 

そう言って、すいせいはとあるスタッフへと連絡を入れた。

 

 

──────────────────────

 

 

さくらみこの誕生日記念配信は、順調に進んでいた。

スタジオの照明、セット、演出、すべてが完璧に整っていた。

でも、肝心の主役だけは、ほんの少し浮かない顔をしていた。

 

──あれから、すいせいとは一言も話していない。

 

あの夜のことを、スタッフにも誰にも話せずにいた。

だってどう言えばいいのか分からなかった。

「好きって言われた。けど···信じきれなかった」なんて。

 

きっと、後悔してるんだと思う。

でも、その答えをどう取り戻せばいいか分からなかった。

 

 

---

 

「それじゃあここで、スペシャルゲストの登場で〜す!!」

 

司会役のメンバーがそう叫ぶと、スタジオの照明が落ち、音楽が流れ出す。

 

 

コメント:

 え? まさか…

 シルエットで誰かわかるゲーム始まった

 青髪かな?

 すいちゃん?

 確定だな

 キタコレ

 

 

みこは心臓が跳ねるのを感じた。

まさか──いや、来るわけが···

 

スポットライトが差す。

そこに現れたのは、青い髪と、自信に満ちた笑みをたたえた、星街すいせいだった。

 

「よっ、みこち。誕生日おめでとう」

 

「···え?」

 

配信を見ていたファンたちは歓声を上げる。コメント欄もお祭り状態だ。

 

 

コメント:

 演出神。スタッフありがとう

 これもう結婚式配信だろ

 やはりミコメットか

 ビジネスやぞ

 

 

けれど、みこだけは、何も言えなかった。

あの日のことが、鮮明によみがえる。

 

 

---

 

「今日はさ、ちょっとだけ、言いたいことがあるんだ」

 

すいせいはマイクを持って、ステージの中央に立つ。

その顔は、誰よりも堂々としていた。

だけど、視線は──ただひとり、みこを見つめていた。

 

「···前に、変なこと言ってごめん。きっと、タイミングも、伝え方も、全部間違ってた。

でも、わたしは本気だった。今も、ずっと」

 

みこの息が止まる。

すいせいの声は、少しだけ震えていた。

 

「だからさ、もう一回だけ、ちゃんと伝えるよ」

 

息を吸って、深く、まっすぐに。

 

「さくらみこ。わたし、あなたのことが──好きです」

 

 

---

 

一瞬、スタジオが静まり返り、コメント欄は爆発した。

 

コメント:

 はいはい、ビジネスビジネス···え?

 ガチすぎて笑えねぇwww

 すいちゃん顔マジやん

 あれ?これネタ?

 配信内でキメるか···大空警察に通報しなきゃ

 胸がギュッてなった

 どっちだ···?

 この配信、永久保存していい?

 切り抜き祭りじゃー!

 言ったよね?好きって言ったよね!?

 

 

ファンには、それが“ネタ”に見えたかもしれない。

でも、みこには分かった。これは冗談なんかじゃない。

 

あの夜、信じられなかった言葉が、

今、ど真ん中から胸に突き刺さっていた。

 

 

---

 

配信が終わり、セットの照明が落ちたあと。

誰もいないステージ裏で、みこはすいせいに歩み寄る。

 

「···ほんとに、言っちゃうんだ」

 

「うん。だって、みこちが信じてくれなかったから」

 

「···あんた、やっぱりバカだよ」

 

みこは、震える声でそう言ったあと、ポンとすいせいの胸に額を押しつけた。

 

「でも···それでも、来てくれてよかった」

 

「···ほんと?」

 

「ほんと。すいちゃんのこと、好きだよ。···ずっと前から、ほんとはね」

 

やっと、やっと言えたその一言に、すいせいは笑った。

 

「···バカ同士ってことで、いいかもね」

 

みこも、小さく笑った。

 

 

---

 

あの日すれ違った気持ちが、今、ようやく交差した。

ステージの上で。

光の裏で。

ほんとうの想いが届いた瞬間だった。

 

 

──────────────────────

 

 

配信から三日後。

都内の、とある路地裏にある静かなカフェ。

壁際の席で向かい合って座るふたりは、帽子とマスクで完全装備だった。

 

「バレてないよね···?」

 

「うん、今んとこ。てか、その帽子めっちゃ変だから、逆に目立ってるかも」

 

「は? これお気に入りなんだけど」

 

「それが問題なんだよねぇ···」

 

そんな何気ない会話に紛れて、ふたりの足がテーブルの下でそっと触れ合う。

みこが小さく身じろぎすると、すいせいがいたずらっぽく笑った。

 

 

---

 

「でさ···その、確認しときたいんだけどさ」

 

「ん?」

 

「わたしたち、“そういう関係”ってことで···いいんだよね?」

 

みこは目を逸らして、コーヒーのカップをいじる。

 

「···うん。そうだよ。言ったでしょ、すいちゃんのこと、好きって」

 

「うん···うん、よかった···!」

 

そう言って、すいせいは小さくガッツポーズ。

みこがぷっと吹き出す。

 

「ほんと、ガキみたい」

 

「は? こっちは命がけだったんだぞ!」

 

「知ってるよ。···ありがとね」

 

その一言に、すいせいは一瞬、言葉を失った。

ほんとうに欲しかったのは、たぶん、これだった。

 

 

---

 

「次のライブ、どうする?」

 

「決まってるじゃん。“ふたりで”やるんだよ」

 

「そっか。ふたりでね」

 

「うん。“miComet”でさ。もう、誰にも冗談だって言わせないよ」

 

「いいね。じゃあ、次は“ふたりの曲”作らなきゃ」

 

「うん。ちゃんと、まっすぐで、甘くて、ちょっと泣けるやつ」

 

「おい、難易度高すぎだろ」

 

「すいちゃんが作ればなんとかなるでしょ」

 

「みこちが歌ってくれるなら、なんでも作るよ」

 

その一言が、まっすぐすぎて。

みこは恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに、ストローをくるくる回した。

 

 

---

 

帰り道、人気のない横道で、ふたりは並んで歩いていた。

 

すいせいがそっと、みこの手を握る。

みこは少しだけ驚いた顔をして──それから、手を握り返す。

 

「ねえ、すいちゃん」

 

「ん?」

 

「···こうしてると、もう怖くないよ」

 

「うん。わたしも。···怖かったの、ずっと」

 

「でも、もうだいじょうぶ。だって、ふたりだから」

 

ふたりの手は、冬の終わりにしてはあたたかかった。

言葉じゃなくても、全部伝わっていた。

 

 

---

 

「······いや流石に恥ずいわ」

 

「何言ってんだろね、うちら」

 

「バカップルがよぉ···」

 

 

 

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