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雄英会議室
林間合宿をヴィランが襲撃した翌日、雄英教師たちは緊急会議を開いていた。
そこではこれまでの認識が甘かったこと、雄英の信頼が落ちつつあること、内通者がいるであろうこと、しかしそれは今行うべきではないこと、これからの対策などが話された。
途中オールマイトが電話で離席したりもあったが……
話は今回の被害の話になる。
「行方不明者出たとはいえ、重・軽傷者合わせて7名というのは今回の襲撃を考えれば随分と少ない被害じゃないか?」
スナイプはそう言う。
「やめてよ、爆豪くんが誘拐されているってのにそんな言い方……」
ミッドナイトが窘める。
「……いや、言い方が悪かったな。すまない」
「でもあながち間違いじゃないぜ?生徒たちが頑張ってくれたおかげだ」
スナイプは素直に謝るが、プレゼントマイクは擁護する。
「ヴィランを4名も確保したというのもすごいですね……いくらイレイザーが戦闘許可を出したとはいえ」
セメントスも生徒を褒める。
「今の子たちは本当に強い。私としては不甲斐ないばかりだよ」
オールマイトはそう自省する。
「今回の被害を最小限に抑えてくれたのはやっぱり夏油くんじゃないですか?優秀だとはわかっていましたがここまでとは……」
13号はそう言った。それに対して同意する教師たち。
「たしかに初動でガスを防いでくれなかったらどれ程の被害が出たか」
「一人残って生徒を宿泊所まで移送してたみたいだしな!」
「残った生徒の援護までして無傷で守ってたって聞いた時はびっくりしたわ」
「迅速な治療も良かったですね。リカバリーガールの教えでしょうか?」
「シカモヴィランヲ一人確保シテイル。シカシ心配ナノハ……」
「本人の意識が戻らないことですね。疲労の中無理してたみたいですし、心配です」
教師たちは自身の不甲斐なさを感じつつも夏油に感謝していた。しかし教師としては意識が戻らない夏油が心配だった。
そんな中、オールマイトは……
(夏油少年……!疑ってしまって悪かった!自らを犠牲にしてでも仲間を助けるその高潔な精神!君がヴィランの仲間であろうはずがない!どうやら私の目が曇っていたようだ……)
オールマイトは夏油をヴィランに組するものと疑ってしまった自分を恥じた。夏油が守り通したものの為にも、自分が始末をつけなければと意気込むオールマイトだった。
※※※
林間合宿の現地の病院。そこで夏油は意識を取り戻さずに眠り続けていた。彼が目を覚ましたのは襲撃の翌々日であった。
夏油が気がついた時には彼の瞳に志村が映りこんでいた。
「……あれ……菜奈さん?」
「傑!起きたかい⁉調子はどう?痛い所はない?丸一日以上眠ってたんだよ?」
「目が覚めたら視界いっぱいに菜奈さんがいるなんて嬉しいですね」
夏油の寝起きは幸せだった。好きな人が待っていてくれたから。周りを見回すと他には誰もいない。
「ずっと看病してくれてたんですか?」
「まあね。私がしたかったから。そうだ、水飲みなよ。ずいぶん寝てたからね」
「ありがとうございます」
夏油は志村から水を貰いのどを潤す。その時入り口のドアが開けられる。医師が診察に来たみたいだ。
しばらく診察を受けたが問題なしと言われる夏油。眠っている間に脳のCTなども撮ったが後遺症もなさそうとのことだった。
医師が去り、病室に二人残される。夏油はとりあえず身支度を整えることにした。すぐにでも退院しても構わないとのことなので志村が持ってきていた夏油の私服に着替える。
「傑……少し話してもいい?」
志村はベッドに腰かけた夏油に向き合って椅子に座った姿勢で尋ねる。志村は伏し目がちになる。
「今回のことで、初めて君を失うんじゃないか?二度と会えなくなるんじゃないか?って怖くなった。私は君のことをとても大切に思ってる、普通の家族以上に。だからこれからも一緒にいたい。君と離れたくない。共に生きていきたい。つまり……つまり何が言いたいかっていうと……」
志村は一通の手紙を取り出した。それは授業参観で夏油が志村にあてて書いた恋文だった。
「この手紙の返事ってまだ有効かな?」
志村は伏せていた目を上げて夏油に問いかける。その表情は期待している中にほのかに不安も入り混じった表情だった。
「もちろん。むしろ早くて驚きました。最後は私から言わせてください。私はあなたを誰よりも大切に思ってます。愛するあなたと共に人生を送っていきたい。私のものになってくれますか?」
「もうとっくに君のものだ。大好きだよ」
「愛しています、菜奈さん」
そうして二人の顔が近づき重なった。そろそろ離れようかというタイミングで、病室のドアが勢いよく開く。
「夏油!そろそろ目を覚まさないと僕もおこ……アハハハハ……失礼しました」
扉を開けたのは物間だった。その後ろにはB組の皆もいるようだった。すぐに扉を閉める物間。この時夏油は志村の体を抱いたままである。
外で「やっちまった……」だの「見ちゃった!」だの騒がしい。そこで夏油が呼びかける。
「皆!病院に迷惑だからさっさと入ってきな!」
外にもちゃんと聞こえたのか気まずそうに入って来る男子とわくわくした目で見る女子たち。
「え、ちょっと、傑。恥ずかしい……放してよ……」
「いいじゃないですか。晴れて恋人になったんだから」
「いや、そうだけど」
夏油と志村が言い合っていると、女子が興奮している。
「おー、ついに!」
「おめでとう」
「清い交際をしなくてはなりませんよ」
「やったね!よかったじゃん」
「ん」
「祝福するノコ」
「ワーオ!」
口々に祝ってくれる。夏油は嬉しそうだ。志村は嬉しいながらも恥ずかしがっている。
「皆ありがとう。ようやく成就したよ」
「女子の皆、応援してくれてありがとう……」
夏油は空気になっている男子に向き直る。
「なんでそんな端っこにいるんだ、特に物間。もっとこっち来なよ」
「いやー、なんだか邪魔しちゃったかと思って」
物間は申し訳なさそうに言った。
「もう少し早かったら問題だったが大丈夫だよ。それより皆、お見舞いに来てくれたんだろう?ありがとう」
宍田に至ってはお見舞いに果物まで持ってきてくれた。
「夏油、皆が無事だったのはお前のおかげだ。ありがとう」
骨抜は代表してお礼を言ってくる。
「よせよ。仲間だろう?仲間は助け合いさ。B組は怪我したやつはいないのか?」
「おう!お前の呪霊が銃弾受けてくれたから無事だったぜ!ありがとな!」
鉄哲は残ってヴィランと戦闘したらしかった。無事で何よりである。
「夏油、俺、お前を置いて行っちまった……すまねえ!」
「私もです。あなたに頼ってしまいました」
「ごめんよ」
夏油と襲撃時に一緒にいた泡瀬、塩崎、吹出が謝る。とはいえ夏油としては謝られることではない。
「謝ることないさ。残ったのは私の判断だ。むしろ責任を感じさせてしまってすまないな」
お互いに謝って話もひと段落着いた。
「それにしてもさ……夏油は僕たちのヒーローだよ。B組のヒーローだ」
「そうですな!」
「かっこよかったぜ!」
物間たちがそう言ってくれる。
(B組のヒーロー……仲間の為のヒーローか……ヒーローなんて最初は柄じゃないと思っていたが、それなら悪くない……ヒーローってのもいいね)
夏油がそう考えて黙り込んでいると、皆が心配し始めてもう帰ることになった。
B組を見送って夏油と志村の二人きりになるかと思いきや、警察が来て事情聴取が行われる。その時に八百万から貰った物をヴィランに投げたことを伝えた。
事情聴取が終わってからようやく夏油は退院することができた。
家に帰って来た夏油は雄英が謝罪会見をやっているのを知り、テレビで見てみる。そこには夏油の思ってもいなかった光景が広がっていた。
「どうして雄英が責められている……?先生たちは必死に対処してくれてた。特に手落ちはなかったはずだ……何なんだこの記者たちは……こんなの間違っている……」
夏油はショックを受けた。平和を守ってきたはずのヒーローが、被害を許しただけでこんなにも責められるのかと。まるで悪者であるかのような扱いであった。
「傑、落ち着いて」
「すみません、菜奈さん」
いつの間にか力が入っていた夏油の腕にそっと触れる志村。その後も会見の様子を見ていると、戦うように促したことまで批判されている。
「あの状況で、戦わずに座して死を待てと言いたいのか?この記者は……!」
「酷い話だけどね。これがヒーローの実態でもあるんだよ。奉仕して当たり前、守って当たり前、そんなことを思う人もいるんだ」
その後の爆豪がヴィランになるかもということには納得したので何も思わなかった夏油だが、雄英に対して批判一色のメディアには眩暈がした。
その後、夏油の話も出た。ある記者が質問する。
『先ほど爆豪くんがヴィランにそそのかされるかもという質問がありましたが、私は他の生徒についても同じことが言えるのではないかと思います』
『……おっしゃりたいことがよくわかりません』
『夏油くんのことですよ。ネットの情報を頼りに取材しましたが、彼は個性が原因で親に捨てられ、地元でも有名な怖がられる気味の悪い存在だったとか。学校でも酷い扱いを受けたようですね。そんな人間がヒーローになんてなれますか?私はなれるとは思えません。社会に対して恨みのある人間はヒーローに相応しくない、そうは思いませんか?それにあのような気持ち悪い個性、ヒーロー以前に生理的に受け入れられない!』
夏油は冷静だった。自分の話題が出てもどうとも思わなかった。しかし志村は違ったようだ。
「なんだこの記者……!人の過去をほじくり返して好き勝手決めつけて……あげくに気持ち悪いってただの個人の感想じゃないか!」
「落ち着いてください。私はまったく気にしません。有象無象が何を言おうともね」
今度は夏油が志村の手を握る番だった。それに対してブラドキングが答える。
『彼の過去に何があったか、見てきたわけでもないのでそれはわかりません。ですが彼を見ていて、彼は素晴らしいヒーローになると確信を持って言えます。
社会に対して恨みがあるというのはあくまで想像です。彼にそうした様子はありません。
それに最後の生理的に受け入れられないというのはあなたの意見だ。私は市民に愛されるヒーローになると信じています』
そう言って回答は終わった。その記者はその後も騒ごうとしていたが他の記者に迷惑そうにされていた。
「ブラド先生……」
「あの人が担任で良かったね」
「ええ」
その後しばらくして会見は終わった。会見を見終わった二人は家を空けていたのもあり、志村は掃除をすると言って部屋を出る。
夏油は夕食を作る前に、攻撃的な記者に随分と責められていたが市民の反応は違うだろうと思いパソコンで謝罪会見の記事のコメント欄を見てみる。だがその内容は期待とは違った。
『何も守れないヒーローww』
『こりゃ雄英終わったな……』
『生徒に戦わせるって雄英だせえw』
『責任問題だろ。免許返納しろ』
『土下座しろよ、土下座』
ざっと見ただけだが雄英に批判的な意見ばかりだった。中には罵詈雑言まである。
(これが私たちが守るべき市民の姿なのか?醜悪……あまりに醜い……私たちは何のために戦うんだ…………私は無個性こそが猿だと、そう思い込んできた。しかし違う。これが猿だ。守る価値のない愚かな市民。醜悪な肉塊こそが猿なのだ……!生まれ直して15年、やっと真実に気づいた……!)
夏油の中で価値観が崩れ、再構築される。そしてどす黒い感情が夏油の心を支配する。
「猿め……」
「傑、どうしたの?」
そこに志村がやってくる。志村の顔を見ていると先ほど湧いてきたどす黒い感情が浄化されていった。
(そうだ。菜奈さんと共に生きると約束した。それにB組の仲間たちもいる。普通の手段じゃ猿の駆逐はできない)
夏油が考え込んでいると、突然目の前が暗くなる。志村が夏油の頭を胸に抱いているようだ。
「大丈夫。私がいるよ、大丈夫だから……」
「菜奈さん……」
「思い悩んでいるね。そんな時こそ笑うんだ。笑ってるやつが強いんだぞ」
下から夏油が見上げると志村は笑っていた。
「で、悩んでたのはこれを見てたのか……随分とまぁ酷いことが書かれてるね。でもこれとか擁護する声もあるよ。傑のファンみたいなのも」
「え?」
夏油もパソコンの画面を見る。
『突然の奇襲に対して頑張った方だと思うけどな』
『とにかく今は被害者が無事でありますように』
『夏油さん、私ツーショット写真お願いしたけど快く応えてくれた。絶対こんな記者の言うような人じゃない」
『夏油きゅん、体育祭から応援してるよ』
『そもそも夏油様が被害減らしたんだが?夏油様最強!夏油様最強!夏油様最強!』
『人の過去漁るのが記者の仕事かよ』
『これ個性差別じゃないか?』
夏油のファンが結構いたのか、夏油関連は特に擁護の声が多かった。
「ね?応援してくれる人もいる。だからヒーローは頑張れる、負けないんだ!」
「……ですね」
夏油は考える。ヒーローとしての道を歩み始めた以上、ヴィラン堕ちするような選択肢は取れない。だから猿は嫌いだが、殺すわけにもいかない。
そこで天啓が下りる。そう、殺さなくてもいいのだ。猿を脱却させればいい。
「そうか、これからの時代は『選民』ではない、『啓蒙』だ」
「ん?どうした?」
「決めました。私の理想とする世界、それは『一億総ヒーロー社会』だ……!」
夏油は自らの考えを志村に語る。
「それが傑の思い描く理想の世界か。いい理想だね」
「菜奈さんならそう言ってくれると思ってました。色々と準備しなければ」
「私も手伝うよ」
「ありがとうございます」
だが夜にその時の夏油が予測できなかった大事件が起きる。
突如始まった中継では、オールマイトが強大なヴィランと戦っている姿が映し出された。
「あれは……まさかオールフォーワン⁉」
「奴が例の……」
それは画面越しでも伝わる緊迫感のある戦いだった。そしてオールフォーワンが一撃を放ちオールマイトが受ける。砂煙が晴れた後にはまるで骸骨のような姿の人間がいた。
「俊典……どうしてそんな姿に……」
志村は涙を流していた。夏油はそっと彼女の後ろに手をまわし抱きしめる。
「私がいますよ。落ち着いて」
「……うん」
その後、オールマイトは渾身の一撃を叩き込みオールフォーワンに勝利した。次は君だ、というメッセージは誰に向けられたものなのか。夏油は少し考えて意味がないとわかる。
「菜奈さん、いつか私がナンバーワンになります。あなたを守れる男に。つまり、次は私です」
「傑……覚悟はあるんだね?辛く険しい道のりかもしれないよ?」
「当然です」
「なら当然応援する。私は君の戦力だ。上手く使ってくれ、ふふふ」
志村は嬉しそうに笑った。
「頑張りますよ。それでなんですが、オールフォーワンを捕まえたわけですし、正体を明かしてもいいのでは?」
夏油はそう提案してみたが志村の態度は頑なだった。
「ダメだ。オールフォーワンを押し付けておいて私はのうのうとして居ただなんて申し訳が立たない。合わせる顔がないんだ。これは感情的な理由。
倫理的にも死者が生者に関わるなんて本当はよくないはず。
最後、これが一番大きい。現実的に考えて、あのオールフォーワンが無策で捕まるなんて考えられない。絶対に奴は何か仕掛けているはず……アイツは幾重にも策を用意している男だ。残党も逃げたようだしね。歴代の継承者たちやその協力者たちもそれで狩られてきた。
もし私が生きているなんて知られたら、私の存在を利用してこようとするだろう。条件付きだが死者の蘇生なんて手段を持っている君も今以上に狙われることになる。それも心配だ。
だからいいんだ。私には傑がいれば満足だから」
そうやって笑う志村は夏油にはどこか強がっているように見えた……
(そう……私は表に出なくていい。そのために弧太朗を手放したんだ……どこかで彼が幸せならそれでいいのだから)