神野の悪夢と呼ばれた事件から少しして、夏油の元へ雄英から家庭訪問の実施の連絡が来た。今回の事件を受けて全寮制にするらしく、その説明のためのようだ。
神野の一件は志村を大いに落ち込ませたが、夏油といるうちに少し元気が出てきたみたいだった。
予定していた日にブラドキングと校長がやって来た。夏油の両親はいないも同然の為、志村が同席していた。
ブラドキングと校長は開口一番に今回の襲撃について謝罪した。それに被害を抑えてくれたことを感謝していた。
「夏油、お前のおかげで随分と被害は少なくなった。本当にありがとう」
「校長の立場としては情けないことだけど、私からもお礼を言わせて欲しい」
夏油としてはそんなことを言われても困る。
「できることをしたまでです。むしろ私がもっと強ければ爆豪が誘拐されることもなかったのではと思ってしまいます。それに感謝するのは私もです。記者から私のことを庇って下さってありがとうございました」
そう言って夏油と志村は頭を下げる。
「そんな、あれは教師として当然のことをしたまでだ。それに本心から出た言葉だしな」
軽く話してすぐに本題に入るが、雄英の全寮制のことは了承して話は終わってしまった。
そこで夏油はお願いと質問を口にする。
「お願いがあるんですが、見てわかる通り彼女は私の呪霊と言えど意思のある女性です。なので寮の部屋を二部屋貰ってもいいですか?できれば連続で」
「たしかに話した感じ、人間の女性と変わらないね。寮の部屋に空きはあるはずだから構わないけどどうして連続なんだい?」
校長はそう夏油に尋ねる。
「彼女とは一心同体、私の半身みたいなものなのです。出来る限り近くにいたい、家族ですから」
夏油がそう答えると納得したのか校長は頷く。
「そういうことならわかったよ。部屋の間に扉もつけようか」
「いいんですか⁉ありがとうございます」
「私からもお礼を。無理を聞いてくれてありがとうございます」
夏油のなかで校長の評価がストップ高だ。尊敬するヒーローランキングで3位に浮上する。当然1位は志村、2位はブラドキングだ。
「で質問はですね、動画投稿・バイトってしていいですか?」
「動画投稿?どうしてそんなことを?」
ブラドキングが疑問を呈する。
「私の個人情報が出たのはご存じの通りです。ネットで色々言われているのも知っています。なので私の口から直接説明すべきだと考えました。記者会見なんて大袈裟なことをするわけにもいきませんし、動画投稿なら素人の私でもできます。
あともう一つ。今回の騒動で気が付きました。より良い世界を作るためには啓蒙が必要なのです。あるべき社会の姿を発信していきたいと考えているのですが、どうでしょうか?」
夏油は理由を説明した。
「よくわからんが、学校として個人の動画投稿を規制とかはしていない。ですよね、校長?」
「そうだね。自由が売りの雄英なのさ。好きにやるといい。それにヒーローは副業オーケーなのさ。だけど他の生徒を映すときは許可を取ってね」
悩むこともなく動画投稿の許可を出してくれた。
「ありがとうございます。ヒーローが信頼される世界を作りたいと思います」
「ん?そういう感じなのか?結構真面目なやつなんだな。俺はてっきり学生が良くやる感じのやつかと……」
「今の世の中、ヒーローに懐疑的な声が大きくなっている。この現状をどうにかしたいと考えています」
「おぉ!立派だな!応援してるぞ」
「世論の動きは私たちにはどうしようもないからね。今回色々と注目された夏油くんがそう言ってくれると正直有難さはあるよ」
その後、ブラドキングと校長は次の家庭に行くと言って帰って行った。夏油は話したかったことを話せて満足だった。
その日のうちに早速夏油は動画を撮る。
「カメラをここに置いて、背景も問題ないね。じゃあ菜奈さん、問題ないかカメラに映らない所で見ててください」
「私はまだ少し反対な気持ちがある。傑が過去をさらけ出さなくてもいいじゃないか……」
「散々話したじゃないですか。これが最善ですよ」
志村は一応納得してカメラの背後に座り撮影をスタートさせた。
「皆さん初めまして、雄英高校ヒーロー科、1年B組の夏油傑と申します。私のことをご存じの方もいるでしょうか?ネットなどであれこれ書かれているので知っている方も多そうですね。早速ですが、私の過去についてお話します。
まず最初に言っておきますが、現在の私は過去を引きずっていません。これは出会いに恵まれた結果です。
報道されている通り、私が両親に捨てられたという話は事実です。幼い頃は良かった。両親は私が個性を発現したときたいそう喜んでくれました。ですが私は呪霊という生物を生み出してしまった。体育祭で見た方は知っているでしょうが、呪霊の大半の見た目は醜いです。
だからでしょうか……両親は私を気味悪がり、拒絶した。『化け物産んじゃった……』というセリフは今でも覚えていますね。そんなわけで両親は私を置いて家を出ました。今じゃどこにいるのかわかりません。定期的に生活費を送ってきますが、それは情などではなくとにかく関わらないためでしょう。私が追いかけてきたりしたら怖いでしょうしね?…………ここ笑うとこですよ。
それがたしか……小学生くらいのときだったかな?それからは出会いがあるまで一人で生きてきました。
で、学校の話ですか……これは特に言うこともないんですよね。私が両親に捨てられたことが広まり、環境は一変しました。皆が私を恐れ嫌悪した。直接気味が悪いと言われることも多々ありました。無視や嫌がらせはしょっちゅうでしたが、暴力を振るわれることはありませんでした。私を恐れているんでしょうね。
そうだ、当時の先生方には言っておくことがありました。恨んではないですが、私は暴力的というわけでもないので恐れる必要はなかったですよ。どうしてあんなによそよそしかったんだろう?
まあそんなわけで報道は概ね事実というわけです。傍から見たら可哀そうな人間なんでしょうね。でも私は自分を憐れんではいません。社会を恨んでもいません。それはヒーローが救ってくれたからです。
ある時、元プロヒーローの女性に会い、その人に言われて雄英に入りました。そこで私は救われました。共に高め合える仲間と理解ある指導者に出会いました。彼らは私を恐れなかった。化け物ではなく、ただの人間として見てくれた。今の私があるのは彼らのおかげです。
だからこそ、私は無秩序に批判するだけの今の世論を許すことが出来ません。たしかに雄英は、ヒーローは、被害を出してしまった。ですが全力を尽くしてくれたと今も思っています。
私は雄英を信じています。ヒーローを信じています。私を救ってくれた存在、側にいてくれた存在です。だから今回の騒動で失望・絶望している方、希望持ってください。今まで人々を救ってきたのは誰か?ヒーローではないですか!
今回の騒動は社会にとって大きな衝撃を与えました。しかし、それでも立ち向かっているのがヒーローなのです。不安に思う気持ちもわかります。もう絶対的だったオールマイトはいない。ですが数多のヒーローが人々を救おうと藻掻いています。
だからヒーローを信じましょう!彼らは私たちを導く星なのだから……
長々と話しましたが、今日伝えたいことは以上ですかね。また準備が出来たら動画投稿します。私は伝えたかった。ヒーローの素晴らしさ、献身性を。それが少しでも多くの人に伝われば幸いです。それではまたお会いしましょう」
夏油はそこで言葉を締めくくり、志村はカメラを止めた。
「ふう、疲れましたね」
「お疲れ様」
志村は夏油に水を差しだす。
「ありがとうございます。やっぱり長々と話すのは疲れます。でも過去の話をしても辛くはないです」
「そうか?君が決めたことだ、応援するよ」
そう言って志村は微笑んだ。
「でも啓蒙って言うからどんなことするのかと思ってたけど、動画で訴えていくってこと?」
「まさか。この動画を含めて第一歩に過ぎません。私はかなり長丁場になることも覚悟していますよ」
「ふーん。じゃあ私もそれに付き合わなきゃね」
そこから夏油は動画を編集し始めた。わかりやすく字幕もつける。
「うん、これでよし。じゃあ投稿っと」
夜には夏油は動画を投稿した。その動画は最近話題になった夏油が自らの過去を全て話したこともあり、大いに拡散された。
視聴者の反応は同情的だった。辛い過去をよく話したと褒める声、可哀そうな過去を悲しむ声、現在の頑張っている姿を見て応援する声が多い。
ただヒーローに対する意見には反対する声もあった。ヒーローに好意的な意見もある一方で、不安視する声は根強い。
そんな中、夏油が公開していたメールアドレスに一通のメールが届く。最近よく来るファンからの応援かと思いきや、I・エキスポのパーティーで夏油が助けた資産家の一人からであった。
気になったので早速開いて読んでいく夏油。
「これはこれは……本物なら計画が随分と早く進行できそうだ」
夏油は口元が緩むのを抑えられなかった。まあ抑えようともしていないが……
8月中旬、寮に入る日がやってきた。新たに雄英の敷地内に建てられた寮の前に集合するB組。
「皆久しぶりだな!全員無事にここに来れて本当に良かった。暑いし詳しいことは中に入って話そう」
そう言ってブラドキングはさっさと玄関に入ってしまう。それに続いて皆入っていく。
中に入って説明されるがかなり豪華な施設であり、個室も贅沢空間になっていた。
「部屋割りはこちらで決めてある。各自送ってもらった荷物が部屋に入っているから、今日は部屋を作るように!明日以降のことは明日説明をするので今日は解散だ!」
夏油の部屋は5階に志村と合わせて二部屋分用意されていた。夏油が事前にお願いした通りだ。
「ん?夏油二部屋あるぞ?先生、これミスですか?」
鉄哲が夏油の部屋が二部屋あるのに気づく。
「いや、それは……」
「私の部屋さ」
ブラドキングが言いかけているところに志村が出てきて言う。
「あ!こんちゃーす!なるほどな!流石に一部屋に二人を押し込むわけにいかねえよな!」
鉄哲はあっさり納得した。そのまま夏油たちは部屋の準備に取り掛かる。
夏油と志村は協力して整理整頓していったらかなり早く終わった。特に志村の部屋は私物が少ないので時間が掛からない。夏油が呪霊も使ったことも要因だ。
「どうしましょうか?随分と早く終わってしまいましたね」
「うーん……じゃあ他の子手伝ってあげたら?私は女の子のところ行くよ」
「そうですね。そうしますか」
夏油と志村は分かれてそれぞれ手伝いに行く。夏油は物間の部屋に来た。
「誰かと思ったら夏油じゃないか。どうした?」
「手隙になったから手伝いにきたんだが……」
「僕も丁度終わったところなんだ。どうだい、僕の部屋?」
物間はそう言って夏油を迎え入れる。物間の部屋はフランスアンティーク調のオシャレな部屋だった。
「綺麗な部屋だ。家具も統一感があってオシャレだね。センスが光ってるよ」
夏油は素直に感想を言う。
「そうかい?嬉しいねえ」
物間はまんざらでもなさそうに言った。その後二人で他の部屋を見に行く。誰にしようかと考えたが、時間が掛かりそうな鉄哲の部屋にした。
「おう!夏油に物間じゃねえか!部屋?もう片付いてトレーニング器具のチェックしてるぜ!」
なんと鉄哲も終わっていた。少し夏油も中を見せてもらったが、修行用の鉄のカーテンを使っているのには驚いた。
鉄哲の部屋を出るときに宍田に出会う。彼も片付けが終わったみたいだ。宍田の部屋は全体的に家具が大きかった。お坊っちゃん故だろう。
そんなわけでそろそろ皆片付けが終わっただろうと判断し、一階に下りたら全員揃っていた。ふかふかのソファに座ってくつろぐB組。
「そういえば夏油、動画見たけどあれ、言っても良かったの?大丈夫?」
柳が動画の件を心配してくれる。
「そうだぜ、ニュースとかで情報出てたけどわざわざ直接話さなくても……」
泡瀬も同じ様に思っているようだ。
「あの動画でも言ったけど、私自身辛いとは思ってない。皆や先生に出会えたことで私の人生はいい方向に向かうことが出来た。感謝してるよ。動画投稿はこれからも続けていくつもりだ」
「夏油もアイドルヒーロー目指すノコ?」
小森がそう尋ねてくる。
「アイドル?アイドル……アイドル……偶像……まあそれに近いな」
夏油がそう答えるとB組はびっくりした様子だ。
「夏油、マジで言ってるの?」
「夏油にアイドル……イメージないな」
「イケメンではあるけどね」
「A組よりも目立とうってことだろう?わかってるよ、流石は夏油だ」
「どうしてだよ!もっと硬派にいこうぜ、夏油」
「これ絶対裏がある奴ですな。聞くのが怖いですぞ」
それぞれ思い思いに話しているが、夏油は話し続ける。
「私はね、ヒーローに救われてきた。それを当たり前に享受しているのに批判ばかりする連中が許せない。被害を彼らのせいにする連中が許せない。今のヒーローは奴隷だ。馬車馬のように働かされ、もし失敗しようものなら猛批判される。私はそこを変えたい!ヒーローだって人間なんだ、失敗もする。それでもヒーローは立ち上がり、戦い抜く。ヒーローこそが人々を導く星の光なんだ。だからね……人々に今必要なのは啓蒙だと判断したのさ」
夏油がそう言うと納得したような、理解できてなさそうな、微妙な顔をしているB組。
「そうだな……もっと簡単に言えば…………私が『教祖』になる」
聞いていたB組の表情がポケーっとし始めた。
夏油の話の概要
・家庭環境や学校環境の過去を報道の通りだと認める。
・ある元ヒーローに出会って雄英に行き、そこでの出会いに救われた。
・だから雄英・ヒーローを信じている。
・無秩序な批判はあってはならない。
・ヒーローはこれまで救ってきてくれたのだからもっと信じよう。
大雑把に言えばこれだけの内容です。