仮免試験から一夜明け、新学期初日を迎えた雄英。夏油たちB組も始業式に出席するために移動していたが、物間が早速A組に絡んでいた。
「聞いたよ、A組ィィ!二名!そちら仮免落ちが二名も出たんだってええ⁉」
「B組物間!相変わらず気が触れてやがる!」
「さてはまたオメーだけ落ちたな」
物間はいつも通りボロクソ言われていた。
「ハッハッハッハッハ」
「いやどっちだよ」
「こちとら全員合格。水があいたね、A組」
物間がA組を煽っている。ここで生来のクズである夏油も乗っかる。
「そういうことを言うのは良くないよ、物間。まるで弱い者虐めじゃないか。ここは
「たしかにな」
「ドンマイ、A組」
「ガンバ!」
「次があるさ」
「いや補講受ければ仮免貰えるらしいよ」
「あ、ごめん。俺ら全員受かったから忘れてた」
夏油に言われて口々に応援するB組。
「ありがたいんだけど……」
「最後の方、なんか煽ってなかったか……?」
「何かナチュラルに煽られてて何も言えねえ……」
何気ない言葉にダメージを受けるA組である。
「オーイ、後ろ詰まってんだけど」
後ろからやってきた生徒がいたことで自然と動き始めるA組とB組。そのままグラウンドに整列する。
校長の長くてどうでも良い話と、これからの生活に関わる大事な話がされた。この時夏油は志村と話していてあまり話を聞いていない。
その後人語を忘れたハウンドドッグが吠えたりしていたが、無事に始業式は終わった。
その日の夜、夏油は動画をアップしていた。確認のために志村とも一緒に再生してみる。
その動画は前回同様に夏油が一人で映っているのもだった。前回と背景が違うのは夏油が寮に入ったからだろうか。夏油は一人ソファに座っている。衣装もなんだか宗教家っぽい。
『皆さんこんにちは。ご存じの方もいらっしゃるかもしれません、夏油傑と申します。前回の動画を見てくれた方、ありがとうございました。たくさんの反響をいただき、私も嬉しい限りでございます。重ねて申し上げますが、私は誰かを責め立てたいなどとは思っていません。このことは留意して頂きたい。
さて、突然ですが一つ問いましょう、新時代を作るのに何が必要だと思いますか?そう、啓蒙です!オールマイトという象徴が消えた今、時代は変わる。私はこの新時代の教祖になります!
今動画を視聴しているあなた、頭の中が混乱していますね?教祖?何のことだ、とね。私はこの度、『雄星教』という宗教を開宗することに致しました。この宗教の教祖になったのです!
話しは長くなりますがこの宗教を開宗することになった理由から説明しましょう。世の中には数多くのヴィランがいます。まぁ要はただの犯罪者ですね。
じゃあその罪を犯した者ははどうすればいいのか?罪は償えるのか?いいえ、当然ながら罪は消えません。消えないのです。
ヴィランとは、この社会のクズ、ゴミ、害虫、異常者、まあ色々表現方法はありますがこれらの言葉が適当でしょう。例えばこの前の林間合宿で私が捕らえたヴィラン、どんな奴だったと思いますか?ニュースを見ていた方は知っているかもしれませんね。連続失血事件を引き起こした凶悪ヴィランでした。しかもまだ未成年ですよ?彼女は人の血を求める狂人でした。情報を得るために対話しようともしましたが、まるで話にならなかった。
ヴィランを見て常々思います。なぜ彼らはヴィランになってしまったのかと。私自身、ご存じの通り環境は恵まれたものではなく、むしろ悪いと言っていい環境でした。しかし今、雄英でヒーローを目指しています。
ヴィランになるのは甘えである、それが私の結論です。世の中には差別や偏見に屈しない強く気高い精神の持ち主が沢山います。この動画を見ている人の中にもいるでしょう。辛く生きづらいと感じても歯を食いしばって毎日戦っている、心にヒーローを飼っている人が多くいる。彼らは自分と向き合い辛抱強く生きているのです。
ではその辛抱強い人と甘えてヴィランになる人の差は何なのか?それは心に巣食う悪しき心、鬼の心なのです。
そしてその悪しき心を表に出し、犯罪を犯してしまった者を捕らえ罰するのが神の代弁者たるヒーローなのです。
そんなヒーローを批判する人間は何なのか?答えは猿です。あぁもちろん犯罪を犯しているようなヴィラン擬きのヒーローは別ですよ?
ただ私が許せないのはヒーローでも何者でもない癖に一丁前に批判だけはする評論家気取りです。最近の批判は行き過ぎている。ヒーローは万能でも特効薬でもないということを理解する必要があります。
そもそも英雄回帰?でしたっけ?ヒーロー殺しから始まった思想、あれは現状に即していない。ヒーローだって人間なんだ、彼らも生活があり食べて行かないといけない。なんでも活動するだけで修理費用が嵩んで赤字になる場合もあるヒーローもいるらしいですしね。
そもそも人殺しの言うことに感化されるのは止めましょうよ……あんな異常者の言を真っ当に受け止めるのは学生くらいまでにして欲しいですね。
このような馬鹿げた思想はヒーローを馬車馬の如く働かせ、彼らを奴隷扱いする。私はヒーローを救いたいのです!!ヒーローを救うヒーローに私はなりたい!!
すみません、少し感情的になってしまいました。私が言いたいのはもっとヒーローを崇めましょうということです。いつの世も彼らは明るく照らしてくれました。
オールマイトという太陽が消え、不安な方もいるでしょう。しかしまだ数多の星たちがいます。ヒーローは星なのです。夜に人を照らして導き、指針になる光。ですが猿の妨害によってそれが見えなくなりつつあります。これは危機的状況です。
長くなりましたが雄星教を開宗した経緯を理解していただけたと思います。では具体的は教義の話に入りましょうか。でもこれは簡単です。
ヒーローとは人の光であり、心に宿すことで人は強く、清くなれる。
ヒーローの精神と行動を日々模倣し、自己を高めることを第一とする。
社会を支えるヒーローという存在に感謝と尊崇を捧げること。
この三点です。ね?簡単でしょう?
この教義で大切なのは心にヒーローを飼い、ヒーローを信じること。ヒーローのように個性を使うのではなく、個性を使わないでも助けられる人がいます。
今この不安定な時代に一億総ヒーロー社会を目指そうではありませんか!
ヒーローの心を宿し、ヒーローを崇め信じる者は必ず救われます。祈りや教義を通して皆さんの心の個性を磨きましょう。
具体的な活動はこれから告知します。信者、喜捨は公式ホームページまで。公式SNSもありますよ。切り抜きや転載も自由にやって結構です。許可を得る必要はありません。
すでにいくつかの企業様のご支援を頂いております。この場で感謝申し上げます。
では本日はここでお別れです。次の投稿はいつになるのかはわかりません。期待しないで待っていてください。それでは!』
ここで動画は終わっていた。夏油としてはかなり満足な出来だった。一緒に見ていた志村はやっぱり夏油の考えを理解しきれていないようだった。
「うんうん、中々いい出来ですね」
「傑の考えることは私には理解できないけど……それにしてもよく支援者なんて見つかったね。こんな学生の自由研究みたいな宗教に」
「酷いなぁ、自由研究って……こっちは真面目なのに」
夏油は拗ねた風を装うが志村には通じない。
「そうやって拗ねたふりしても無駄だぞ。今まで何回騙された事か」
「フフ、だって焦った菜奈さんかわいいから。まぁ真面目に答えるとI・エキスポのパーティーで私が救った財界有力者や資産家が前回の動画を見て申し出てくれたんですよ」
夏油の言った通り、そこで知り合った彼らが多額の支援をしてくれた。単純に個人的な恩義もあるが、実利的な側面もある。
教義が財界の価値観に一致しており、社会秩序や治安を守ることビジネスにおいてメリットが大きく、ヒーロー支援は社会的に好印象を与えられる。
企業としてではなく個人としても象徴的な広告効果もある。自身を社会を守る高潔な活動をしていると印象付けられるのだ。
また夏油のカリスマ性もこれらに拍車をかけた。体育祭、前回の動画と熱狂的な支持者を出しており、支援する価値があると判断された。
また夏油のポテンシャルに目を付けた者もいた。未来のナンバーワン候補と個人的な繋がりを作れるのは大きい。
もっと利己的なところでは情報網や新たな顧客層として活用したいという内心を抱えているところもある。
金融機関、建設業・土木業、国内に大工場を設備投資している企業等、簡単に国外移転できないような企業ほど協力的だった。
「正直ここまでスムーズにいくとは予想していませんでしたよ。もっと細々とやっていく予定だったので」
「しかしヒーローのためのヒーローか……私の時代に君がいたら息子を、弧太朗を手放さずに済んだのかな……いや、今更何を言ってるんだ、私は……」
志村としてはやはり息子を手放したのが心残りのようだった。
「それは分かりませんが……今はいますよ。それもずっとあなたの側に」
夏油はそう言って志村を抱きしめる。
「多分拒否されても放しませんね。もうあなたは私のだ」
「そうだったね。傑なら何とかしてくれるって信頼感があるよ」
「菜奈さんには笑っていて欲しい。美人には笑顔が似合う。どんな表情でも魅力的ですが私は笑っているあなたが一番です」
「じゃあ私を悲しませるようなことはするんじゃないぞ?」
「約束します」
夏油と志村が話している間にも動画は再生されていた。
翌朝、夏油が起きてすぐに動画を確認すると驚くほど多く再生されていた。支援者が広めてくれた効果が大きかったのと、元々の夏油の知名度も一役買ったようだった。
コメントを見ていくと反応は様々だった。夏油のファンは当然ながら好意的で応援していた。反対にアンチは攻撃的だったが夏油の過去が邪魔なのか勢いがあまりない。
一番多い一般層は基本的に静観しているか、宗教というものに懐疑的だった。ただヒーロー殺しの例のように当てられた人も出てきたようである。
「なるほどね。批判的なコメントばかりだと思っていたけど意外に肯定的な人も多いね」
夏油がニヤニヤしていると志村が部屋に入って来る。
「傑、そろそろご飯食べなきゃ……ってなんでニヤニヤしてるの?」
「いや、民衆とは思っていたより御しやすいのかもと思っただけです。下降りましょうか」
「そう?」
二人は連れ立って共用スペースに降りていく。
「皆おはよう」
夏油はそう言って歩いて行くがすでにいたB組の数名がぎょっとしたように夏油を見る。
「夏油、お前……」
「夏油、問題児だとは思ってたけどさぁ……」
「ちゃんと話そうか」
といわけで朝食を食べながら話すことになった。
「でも特に話すことはないんだけどな。動画見たんだろ?ならあの通りさ」
夏油はなんでもない事のように言い食べ続ける。
「僕は夏油がついに目立つことに目覚めてくれたと思ったのだが……」
「物間には申し訳ないがそれはちょっと違うかな。そもそも動画投稿の許可は貰ってるし、信教の自由は保障されてるはずだろう?それにヒーローは副業が認められている。だから練習の一環さ。本業ヒーロー、副業教祖ってわけ」
夏油は続けて言い放った。夏油としては特に問題を起こしているつもりはない。ルールの範囲内でできることをしている。
「あと動画投稿以外は特にするつもりないよ。校外に出ること自体あまりないし。もし出たら布教ぐらいはしようかなぁ」
「私は夏油が大人に利用されてるんじゃないかって心配だったけど、そうじゃないんだね?」
拳藤は真剣に心配してくれていたらしい。
「まさか。私がそんな人間に見えるかい?私は教義を広められればそれでいい。利用したいならさせておけばいいのさ。私も利用しているしね」
夏油はどこまでも自分の目的に忠実である。多少利用されるくらいは何でもない。
「思ったより問題になってるな。これは登校したら呼び出しか?」
夏油の独り言を聞いていた拳藤は小さく「問題児め……」と言っていた。
案の定登校したらブラドキングに呼び出されたが、B組にした説明で乗り切った夏油であった。