アイテム置き屋さん、はじめました   作:面相ゆつ

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誤字報告ありがとうございます!めちゃくちゃ助かります!


番外2 夜会って緊張するよね

 「師匠、侯爵家からお手紙が」

 

 「えぇ……なんでぇ……」 

 

 お客の入りも治まってきた昼時、郵便受けにいつの間にか投入されていたらしい豪華な封筒をアンナから受け取る。裏向きにし、封をされた蝋を見ると侯爵家の印が押されており、なるほど一目瞭然というやつだ。中身は見てないが恐らく堅苦しい文言が並んでいることが予想可能である。特売の折込チラシとはわけが違う。

 

 「なぁアンナ?こんな仰々しい手紙が送られてくるってことはさ」

 

 「そうです……いつも以上に正式な依頼か、それとも恐ろしい程に絶対的な呼び出しか。拒否するのはこの前のこともありますし、ちょっと難しいでしょうね」

 

 二人で顔を見合わせる。うん。領主様の前で人目を気にせずに全力で駄々をこねた記憶が蘇る。ふむ。あれはなかなか切れ味のある駄々こねであった。ふむ、今になって思い返せば失礼なことをしたとも若干感じる。謝罪しに行ったとはいえ。 

 

 「ダメかぁ。ダメだよなぁ。まぁいいか。今回の要件は何だろうか」

 

 机に置いた封筒を指で弄びつつ、へへへと笑っておく。そんな私の様子を見ていたアンナが露骨な溜息をついてくる。

 

 「……はぁ……いくら何でも師匠は侯爵家を軽く見過ぎてるのでは?機嫌を損なえばこの道具屋だってつぶされちゃいますよ?ぐしゃぐしゃっと」

 

 「領主様はそんな野蛮なことはしないさ。多分。それにちゃんと手紙の内容に従うつもりだよ」

 

 そもそも私は権力者に対して強くない。強くない、という表現は変な気もするけど。王族にはもちろんのこと、特に生活圏に関わる貴族とかには弱い。

 まぁ一般人でそれら相手に強く出られないのは普通なんだけど。逆らうなんてことは、よっぽどの事態でなければする選択肢すら出てこない。駄々をこねるのは平気なのかって?まぁ……平気だろう。

 

 

 とりあえず開けてみないとだな。豪快にバリバリと封筒を破るのを白い目で見られつつ、さらさらと目を通し中に入っていた手紙を確認する。ふむふむ………………………ふむぅ?ふむむ?あわ、あわわわ……!  

 

 「あぁ……まただ……嫌だ……絶対に浮くのに…………辱められる……………」

 

 「その反応ってことは……なーんだ。それ夜会への招待状ですか。師匠はあまり好きじゃないですもんね。あーよしよし」

 

 今までの夜会を思い出し頭を抱えている私を、途轍もない憐みを込めた声を携えて弟子が慰めてくる。つらつらと便箋に記されていた文章を要約すると『夜会をするから来い。諸々の準備はこちらでしてやる』とのことだ。

 

 ご、強引……!しかし私には拒否権はない。ちくしょう。なんで私が参加する必要があるんですか?と面と向かって言ってやりたいよぉ……!

 

 

 髪が乱れるのを気にする余裕もなく、受付の机に突っ伏してぐぬぬと唸りつくす。今、客がいなくてよかった。こんな姿を見られたら気まずいもん。

 

 私がこんなにも嫌がるのには理由がある。こう見えて、そういった畏まった場に招待されるのは初めてというわけではない。が、よく知らない貴族から何故かじろじろと遠巻きに見られて居心地が悪い。

 私自身、そんな貴族ばかりがいる場所に放り込まれて気を張っているので、普段よりも無愛想になっている自覚もある。すんっ、とした態度でいる奴に積極的に近づこうとする者もそりゃあ少ない。

 

 その結果、浮く。私の周りにだけ不可侵条約でも結ばれたのかと思う程に、浮く。辛い。その場合、最終的には侯爵家の令嬢であるマルローネ様しか話し掛けてくれない状態になる。

 

 領主様……つまりはリューグ侯爵の娘であるマルローネ様は、侯爵家主催の夜会に必ず参加してくれる。そういうわけで気軽に話してくれる知り合いゼロの恐怖はほぼない。

 というか、マルローネ様が大体隣にいる気がする。ありがてぇありがてぇ……それはそれとして行きたくねぇ……普通に行きたくねぇ。アイテム置き屋さんしたいよぉ……

 

 夜会に行くメリットなんて美味しい食べ物が出てきてくれることだけだ。それも窮屈で息の詰まる衣装ではたくさんは食べられないのだが。

 

 「やだやだ……行きたくない…………お腹痛いって誤魔化して欠席する……………」

 

 「師匠が幼児退行してる……さっきまでの余裕っぷりはどこへ消えたんですか。もう割り切って美味しいものでも食べて、頃合い見計らって抜け出しちゃいましょうよ。いつも通り」

 

 確かに最後までいること自体ないけど。『夜風を浴びに行きます』を駆使してすぅーっと帰ってしまうに限る。今回も……

 

 「あ、待ってください。招待状に『今回は最後までいるように。姿が見えないようなら……』と書いてますから無理です。流石に見透かされてますねぇ」

 

 招待状を見返していたアンナが他人事みたいにバッサリ切り捨ててくる。

 姿が見えなかったら何なんだよ。怖いよ。想像の余地を残さないでくれよ。

 

 「……アンナ?一回だけでいいから付いてきて?」

 

 「嫌です。ああいった空間は苦手ですから」

 

 「私もだけど!?」 

 

 ………………………………夜会が行われるのは七日後らしい。まぁまぁ急だな、おい。 

 

 

 

 

 

 当日の朝早くに侯爵家の屋敷まで連行された。逃げると思われたのだろうか。心外である。

 

 「先生!ようこそ!」

 

 そうして通された部屋で美味しい朝食を頂いている中、颯爽と現れたのはマルローネ様だ。いつものようなにこにこ笑顔で機嫌もすこぶる良さそうである。

 もぐもぐとトマトサラダ咀嚼していた私はグラスの水で無理やり口の中のものを胃に流す。んぐんぐ。飲み込めた。こういった食べ方は消化に悪いんだよなぁ。でもこれでお腹いっぱいになった。

 

 「おはようございます。今日も元気いっぱいですね」

 

 「元気いっぱいですって?当然ですわ!だって先生を伴って夜会に出るなんて、滅多にありませんもの!」

 

 う、テンションが高い。喜悦に満ちた感情を隠すことなく、華麗な所作で私の対面の椅子に腰かけるマルローネ様は上機嫌である。ただマルローネ様の家庭教師をして以来、最低でも年一回は夜会に参加させられている。最低でも、だぞ。つまり滅多にないことでもない。まぁ朝から一緒というのはそうそうないが。

 

 「ねぇ、先生?お食事が終わり次第、夜会で着る衣装を見に行きましょう?」 

 

 「いえ、自分で用意したものが……ってそうか家に置いてきてるな……」

 

 夜会には直接参加する予定にしていたから、事前にアンナが準備してくれた衣装を着ていくはずだった。しかし、寝起きの状態で連れてこられたため着の身着のまま、ローブの下は寝間着のままである。

 取りに戻るのは多分ダメだろうなぁ。部屋の入り口をちらりと見るが、恐らく見張り代わりなのだろうメイドさんが微笑みを浮かべている。手段を選ばなければ取りに戻るなんて簡単ではあるけど………………………………そこまでする意味を見出せないもの事実だ。

  

 「そうでしょう?なのでこちらで準備したものを着用して、夜会には参加していただきます!身体に合った衣装をたっくさん!用意してますので安心してくださいまし」

 

 「………………………………採寸済みの服をたっくさん用意してくれてるのですね」

 

 「ばっちり採寸済みですわ。先生の場合、面倒くさがって採寸を蔑ろにしていることは予想済みです。恐らく先生が着てくるはずだったこれは……少々胸元がきついのでは?」

 

 そうしてメイドさんから手渡されたものをマルローネ様が控えめに広げる。なるほど、確かに私が着ていくつもりであった夜会用の衣装である。昨年はその衣装を着て参加していたから覚えているし、そもそも着れるかどうか試着もした。

 

 「まぁ若干きついですが着れなくは……ん?あれ?え、なんでそれを持ってるんです?」

 

 純粋な疑問をパスすると部屋の中には無言が流れた。メイドさんに目配せすると目を逸らされ、次にマルローネ様に目配せすると笑顔のまま固まっている。普通に考えれば、朝来るときにアンナが執事くんにでも渡していたとかだろうけど。

 

 「……些末事です。気にしてはいけません。ここで大切なのは身体に合っていない、ということでしょう?そもそも何事においても、身体に合っているものを着るのが前提ですよ?特に今回は各地の有力諸侯も集めた盛大な夜会で、先生は侯爵家が招待した特別枠。先生がだらしない格好をすれば、侯爵家自身の気品や格式にも関わるのです。むしろ隠れて採寸してあげたうえで、魅力を引き出せる衣装も用意してあげているのを、先生は感謝すべきではなくて?それとこの衣装は私が責任を持って保管します。いいですね!」

 

 「は、はい……」

 

 ………………………………すごい早口だ!あまりの勢いに思わず頷いてしまった。しかし内容に関しては概ね納得できる。そんなきっちりとした夜会なら私を呼ばない方がいいのでは?と根本的な話をし始めると、元も子もないが。いや本当になんで呼んだ?

 

 「では先生にも納得していただけたところで、衣装部屋へ移動しましょう。さぁ!早くはーやーくー」

 

 「わかりましたから……引っ張らないでくださいってば!」

 

 マルローネ様に急かされるように席を立たされ引っ張られていく。すごい力だ!どこにそんな力を細腕に隠しているのか……

 でもさぁ。

 

 「疑問なのですが、もう少しゆっくり準備するのでもいいのでは?夜会は夜にやるんですよ?衣装なんてその直前にささっと選ぶので。さっと着て、さっと会場に入る。それまではのんびり二度寝でも」

 

 「………………………………先生って本当に……いえ、いいんです。こちらに任せてください。とびきりお似合いのものを選びましょうね」

 

 今、露骨に哀れんでる顔された!しかも何か言おうとして全てを飲み込んだ!気になる! 

 

 

 

 

 

 侯爵家主催の会場は煌びやかだ。左右を窺うと選りすぐりの調度品が数多く並び、上を窺うと光り輝くシャンデリアが並び会場を照らし続ける。

 そして広々としたホール内には明らかに貴族!という感じの方々が大勢……いないな。とりあえず昨年よりも全体的に少ない。そういえば有力諸侯を集めたとかなんとかだっけ。貴族の中でも上の方の人たちとその関係者ってことかぁ。怖いなぁ。

 ある者は歓談を交わし、またある者は飲食を楽しんでいる。それぞれが自分たちの思うままに夜会を満喫しているのだろうか。してるんだろうなぁ。いいなぁ。私もあそこのケーキ食べたい。

 

 

 既に誰も彼もが出席し終わっている雰囲気がある。恐らく今、会場入りした私たちが最後なのだろう。何故なら入った瞬間、会場内全ての目が私たちに突き刺さったのだから。皆の視線は独り占めである。勘弁してくれ。

 

 「マルローネ様、私の傍から離れないでください。ここは今からAランクダンジョンよりも危険な場になるのですからね……!さぁ、前へどうぞ。後ろは私にお任せください」

 

 私も勇ましく口ではこう言うが。身体には合うが慣れない衣装、いつも以上に苦手な雰囲気、偉い貴族しかいない空間、それらが合わさることで私は森の小動物と化した。マルローネ様の背中に隠れ、ちらちらと前方を観察する姿はなんとも情けない。

 

 「私にとっては精々Dランクくらいですけれど。とりあえず先生は微笑んでいてくれさえいればよいのです。あとは質問にだけ返答するので構いませんから。大半は私がどうにか致しますので」

 

 ……なんだこの子。めちゃくちゃ頼りになるじゃないか。よし!それなら……いくぞ!  

 

 

 「マルローネ様、ごきげんよう。そちらの方はまさか?」

 

 早速若い黒髪の女性が話しかけてきたぞ。どこかの貴族令嬢なのだろうが、私には皆目見当もつかない。ただ興味津々なのが全身から伝わってくる。

 

 「こちらの方は我が侯爵家と懇意な間柄にある、ソラ・グリューゼル先生ですわ」

 

 「やっぱり……!」

 

 へぇ、私って侯爵家と懇意の間柄だったんだ……初めて知った。おっと、いけない。紹介されたからには挨拶だな。正直こういった場面でのマナーとか儀礼?みたいな礼節はあまり知らない。何ならなけなしの知識も緊張で頭からすっぽぬけてしまった。

 

 「ごきげんよう。ソラ・グリューゼルです(にこっ)」

 

 お辞儀っぽいことをしてるけど、合ってる?これで合ってる?何となくでやってるけど。微笑むのもこれくらいか?わからない!

 

 「本物……なんですね!噂は耳にしていましたが、なかなかどうして……!」

 

 よかった!なんか大丈夫そうだ!マルローネ様もご満悦な様子で頷いている。

 

 「当然です。『私の』先生ですから」

  

 

 

 それを皮切りにして、迫りくる夜会の参加者にその都度対応していく。基本はマルローネ様が上手いこと対応をし、私はというと……

 

 「ソラ・グリューゼルです(にこっ)」

 

 「普段は道具屋を営んでおります(にこっ)」

 

 「お近づきの印に?ありがたく頂戴します(にこっ)」

 

 「美しい?あぁ、この衣装はマルローネ様が選んでくださりました(にこっ)」

 

 「……あの申し訳ありませんが、そういった如何わしい勧誘はちょっと……あ、連れていかれた。マルローネ様、あれって……?別室行き?不届き者?貴族なのに不届き者なんだなぁ……おっといけない、忘れてた(にこっ)」

 

 「元々私がマルローネ様の家庭教師をしていまして。うちにも来て欲しい?それは難「あら、いけませんよ。先生は私だけの『先生』ですものね?」……だそうです(にこっ)」

 

 「(にこっ)」

  

 「(にこっ)(にこっ)」

  

 「………………………………だるいなぁ「先生?」冗談です。どんとこい(にこっ)」

 

 常にマルローネ様の後ろで微笑み続け、話しかけられたら少し話す。困ったら下手なことは言わずに黙って笑顔だ。そしてマルローネ様が丸く収める。それの繰り返しだ。たまに弱音も零れるがご愛嬌というやつだろう。

 

 というか多い、多いよ。息つく暇もない程に人が来るじゃないか!以前までの夜会とは違う。何にも食べられないぞ!マルローネ様、これは!?

 

 「皆さん、私に挨拶をしにいらっしゃるのですよ?その私の傍に先生がいるのなら、こうもなります」

 

 「なるほど……少し離れても構いませんか?あそこのケーキを頂きたいのですが」

 

 「離れた結果、どうなるのかは先生もわかっているのではなくて?」

 

 ………………………………頑張ろう!

 

 

 なんだかんだ時間が進めば人の輪は落ち着きを見せていくもので。後半は何も言わずにひたすら微笑み続けた私であった。

 お、終わったのか?ケーキ食べてもいいのか?いいよね?あのテーブルへ……私にとっての夜会のメインは歓談ではなく料理だもの。未だこの会場で口にしたものは飲み物だけである。お酒?味が好きじゃない。甘いものがいい。

 

 「マルローネ、しっかりと励んでいるようだな」

 

 「お父様!」 

 

 聞き覚えのある声が耳に届き、料理のあるテーブルに向かおうとする足がぴたりと止まる。うわぁ、ボスが来たよ。ボスが。領主様が私たちの前にひょっこりと姿を現した。金髪美形親子の揃い踏みである。主催が近づいてきたためか、周囲の空気も緊張しているのが私でもわかる。怖いね。とりあえず急いでジュースのおかわりをもらっておこう。ささっと。

 

 領主様はマルローネ様と私を交互に見て、私で目を止めてこらえるように抑えて笑い始める。

 

 「帰っていないようで安心したぞ。しかし、あれだけ脅しを含めて書いていればそうするしかないか。小心者め」

 

 む。言ってくれるじゃないか。まぁ実際そうだから帰っていないだけだ。でもなんかムカつくから告げ口してやろ。領主様も娘に甘いだろうから、軽蔑の目で見られたら堪えるはずだ。

 

 「お聞きになりましたか、マルローネ様!領主様の今の言葉を!招待状の内容、あれは正しく脅し!それのせいで私は最後まで夜会に出席せざるを得ないのです!どう思いますか!?」

 

 「先生にはそれだけ含めて書いておかないと効果ありませんでしょう?いつも出席だけはしてくれるのに、最後まで一緒にいてくれませんもの。私、寂しいですわ」

 

 ふっっっつうにあっち側だったかぁ。まぁそうだよな。親子だもんな。

 

 「そういうことだ。諦めて夜会を楽しめ。そして我が侯爵家との強固な繋がりを他に見せつけろ」

 

 「先生と私は仲良しですもの。皆さんにもそのことをよぉく喧伝すべきですから」 

 

 両者そろって屈託のない笑いを私に向けてくる。なんだこいつら。腹黒か?

 

 「……マルローネ。少し道具屋を借りるぞ。何、すぐ返す」

 

 「むぅ。少しだけですよ?」

 

 マルローネ様の存外不満げな返答を受けても、領主様は気にしない。そもそも二人には私を貸借可能な物みたいに扱うのを気にして欲しい。

 

 「よし、ついて来い」

ウッス

 「ウッス。素直について行きますとも」

 

 親指で示された先はホールの外、バルコニーである……誰かに聞かれたくない話でもあるのか?

 

 

 

 夜風が優しく流れる。ホール内の喧騒とは違い、バルコニーはただただ静かだ。一応人除けの魔道具を傍らに置き、誰も近づいてこないようにしておく。よっぽどの理由がない限り『何となく近づきたくないなぁ』と思いこませことができる。

 

 二人並んで黙って外の風景を何とはなしに眺めると、この空間だけが切り離されているかのように錯覚してしまう。

 

 「少しだけあなたと話したいと思ってな………………………………そのワインレッドの衣装、良く似合っている」

 

 「へ。あぁ、どうも。これマルローネ様が選んでくれたんですよ。」

 

 そうしてどんなことを言い始めるのか身構えていると、ぽつりと零したのはそんな何の変哲もない世間話。

 

 「マルローネの見立てなら当然か。あなたが夜会に着てくる衣装によく文句を言っていたからな。『先生も多少は着飾ればいいのに』や『次の夜会では絶対に私が選ぶ』と」

 

 「衣装選びに張り切っていたのはそのせいですか。妙に気合が入ってるなぁと思いましたよ。それに髪も綺麗に編み込んでもらいましたし。ほら、このように」

 

 領主様に向かって、綺麗に編み込んだ髪を見せる。普段は長い髪を背中に下ろしているため、髪を編み込んでもらった今の私はうなじがすぅすぅする感覚だ。鏡で仕上がりを確認したが、どうやって編んだのかはわからない。

 

 「………………………………あぁ。綺麗だ」

 

 「そうでしょう?私もこんなに美しく編み込めるものなのかと驚きました……って何故顔を逸らしているんですか」

 

 「気にするな。主語のなかった私が悪い」

 

 

 

 「……今日のマルローネは楽しそうだ」

 

 少し間を置いて、またぽつぽつと会話を続ける。

 

 「あの子はいつでも楽しそうですよ。たまに度を越してはしゃいでいる時もありますけれど。まぁ許容範囲を超えない程度です」

 

 「……楽しそうなのはあなたと一緒にいるのが理由だ」

 

 領主様が手に持ったグラスの中身を呷る。私と一緒にいるのが理由?また大袈裟な。そう思って領主様を見上げるが、その表情は真剣だ。

 

 「………………………………マルローネにとってのあなたは、遠慮なく甘えられる存在だろうからな。立場的な事情もあるが、私ではその役割を担えていないのは自覚している」

 

 「そんなことは」

 

 それより先を言おうとしたが口を噤む。『そんなことはない』と私が言い切るのは無責任だ。実際マルローネ様が領主様に大々的に甘える、ということはまぁ難しいだろうなと思う。

 

 「立場などは言い訳に過ぎないのは重々承知だが。それでも、小さな頃に母親を亡くしているマルローネには寂しい思いをさせてばかりだ。今も、昔も」

 

 ………………………………悔やんでいるんだろうなぁ。

 

 「寂しい思いをさせている……それは絶対にないと私の口からは断言できません。ですが、マルローネ様も立派に成長してるんです。構ってくれなくて寂しく思う、なんて段階はとうに過ぎて自立していってますよ。気にし過ぎです」

 

 だが、これはただの慰めである。当人にしかわからない部分を推測しているに過ぎない。確かなのは……結局寂しいものは寂しいし、誰かが誰かの代わりには決してなれないということだけだ。マルローネ様にとっての私が何者であったとしても。 

 

 「そういうものか?」

 

 「そういうものです。でも……あの時きちんと話せばよかった、あの時もっと関わっておけばよかったと心の蟠りを持って後悔するのは、なかなか辛いですよ。だからそうならないように、マルローネ様との時間を大切にしてあげてください。マルローネ様のためにも、何より君自身のためにも」

 

 「………………………………歳上からの説教は耳が痛いな」

 

 「その歳上からの説教が欲しかったんでしょうに。ま、説教という程ありがたい言葉ではないですけれどね?」 

 

 私は領主様の明らかに拗ねている表情を笑いつつ、まだ口を付けていなかったおかわりのジュースをグイっと口に含む。あれ?これ苦い。すごい苦い。

 口内を駆け巡る特有の苦味!それ即ちお酒!!ちゃんと確認せず、急いでテーブルから掠め取った飲み物はお酒だったというわけだ。これはとんでもないことだ。私はお酒が飲めない!  

 

 「!!」

 

 舌を刺激する苦味で身体が前後に震える。頑張れ私!飲み込め……飲み込め……ダメだ!喉が拒否してる!グラスに戻す………………………………のは色々と問題あるだろうから無理!

 

 「まぁ、その……なんだ。あなたには感謝しているんだ。マルローネの件、ひいては私にしても。恥ずかしながら、実のところあなたの存在を心の支えにしているのだぞ?良くも悪くも、あなたの変わらないお節介焼きな在り方は……一人の人間として憎からず思う」

 

 何か言っている領主様には本当に申し訳ないのだけれど、今の私の耳にはこれっぽっちも入ってこない。それどころではないのだから仕方ない。目線を少し上の虚空へと移し、口を手で押さえて耐える。遠くを眺めるのがコツだ。こうすると吐きそうになるのを我慢できるんだ。我慢できたところでだが。結末は飲み込めるか、飲み込めないかの二択である。

 

 「………………………………あなたが傍にいてくれるだけでどれほど心強いか。私が妻を亡くしたあの時も、『泣いていい』と胸を貸してくれたあなたにどれほど救われたのか……」

 

 飲み込め……!飲み込め……!一回ごっくんと飲み込めばいいんだ!それで終わるから!頑張れ!気合!

 

 「……先日は有耶無耶になってしまったが、どうだろうか。すぐに、とは決して言わない。だから……ん?おい。どうした?」

 

 「!……!!!」

 

 結局お酒を飲み込むこともできず、口を一文字に結び涙目でグラスを掲げ『助けて』と主張する。どう助けろってんだろうか。自分でもわからないが!

 私の意図に気づいた領主様は眉間を押さえ、地の底よりも深いため息をつく。

 

 「見ないでやるからグラスに戻せ。で、後でどうにかしろ」

 

 ぶんぶんと首を振って否定する。許可をもらおうが、一度口に入れたものはできれば飲み込みたい。 

 

 「はぁ?我儘だなこいつ……ならば、上を向いて口を手で押えてから鼻を摘まんで飲み込め」 

 

 それだ!味がわからなければ普通に飲み込める。早速実践しよう!そろそろ限界だ!

 ………………………………グラスを持ってるから片手が使えん!グラスを置いてる暇はない!少しでも動けば本当に!吐く!

 ゆっくりとした手振りで領主様にこうジェスチャーをする。『私がグラスを両方持つので、領主様がやってください』と。

 

 「………………………………私があなたの鼻を摘まんで、しかも口を押さえろと?いや、あなたのグラスを私が持って。待て、静かに涙を流すな。もう限界なんだな?わかったから……やってやるから……」

 

 そう言って心底疲れ切った表情を浮かべる領主様が気だるげに私の鼻を摘まみ、そして口を押えてくれた。身長差もあるので領主様が屈む体勢である。

 そうしてやってもらったわけだが、全てすぐに飲み込めそうで飲み込めない。口いっぱいに含んでしまったせいだ。だがその歩みは遅くとも確実に一歩ずつ進んでいく。味さえどうにかできればこっちのものなのだ。

 

 「おい、まだか?気づいたんだが、この状況、この体勢は誰かに見られると誤解され」

 

 ん?誤解も何もやましいことは一切ないのだから、別に気にする必要はないと思う。ただ若干が顔が近いだけだ。

 

 「もう!すぐ返すっておっしゃったのに!お父様ばかりずるいですわ!先生を独占し……え、二人は何を」

 

 「あ」

 

 「んう。あ、全部飲み込めました。ありがとうございます」

 

  

 ………………………………その後、離れた場所で領主様とマルローネ様が何やら話し合う姿を見て思ったのは、『楽しそうでよかった』ということだ。そうしてなんだかんだで夜会の時間は過ぎていくのであった。 

 

 

 

 

 

 侯爵家に一泊させてもらった次の日、道具屋にて。

 

 「ようやく帰ってきましたね。師匠、昨日の夜会は楽しめましたか?」

 

 「それ、わかってて言ってるんだろ?もう本当に疲れたよ……主に表情筋が」

 

 「あはは、お疲れ様でした。でも美味しいものいっぱい食べたんでしょう?よかったじゃないですか」

 

 「あぁそうだな……?ってあれ?思い返すと全然食べてないかも……」

 

 「あーあ。じゃあただ疲れに行っただけじゃないですか」

 

 「………………………………」

 

 「先生!昨日の夜会は楽しかったですね!!次はお揃いにしましょうね!」

 

 「師匠。マルローネ様がいらっしゃいましたよ。今日も元気いっぱいです」

 

 「……でもまぁ、私もいつもよりは楽しかったのは確かだな。うん」

 

 

 




・ソラ
 美味しそうなものはいっぱいあったけれど、結局しっかり食べられなかった。残念。
 小さいが大きいので身体に合う服は市販品では全く見当たらない。悲しい。
 
・マルローネ
 毎回ソラとの夜会を楽しみにしているし、自分とだけお話して欲しい。
 幼い頃に母を亡くしたが、その代わりを求めてはいない。親子関係は良好。 

・領主様
 娘に誤解されたけれど、口が上手いので何とかなった。角度が悪かったのでそう見えても仕方ない。
 ソラにはマルローネと自分ためにも傍にいて欲しい。

・アンナ
 『なんか……師匠周りがややこしいことになってるなぁ』と思っているが、口には出さない。
 事前にマルローネと結託してソラに似合う衣装を考えた結果、昨年の衣装はやめておこうということになった。そして衣装選びはマルローネに丸投げした。
 
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