「あれ……ユウだ」
注文があった道具を配達し終わった帰り、少し遠くに珍しい奴を見かけた。私の友人のユウである。トレジャーハンターのユウは希少なアイテムを色々と持ってきてくれるが、この町を訪れる頻度はまちまちだ。大体はいの一番に私の道具屋まで来てくれるが、入れ違いになったのかな。
ちょうどよかった。この前も私が欲しがっていた魔道具を持ってきてくれたから、改めてお礼をしたいと思っていたのだ。あの日は弟子に出会ってすぐに帰ってしまったから、ゆっくり話もできなかったし。
「おーい!ユウ―!」
「…………………」
む。聞こえてないっぽいな。スタスタと足早に町を進んでいく。あ、そうだ。近くまで行って驚かせてやろう。今、この通りは人が多い。隠れながら、とまでいかずとも距離を離して歩けばバレることもないはずだ。コッソリコッソリ行こう。
大きめなリュックサックを背負っているユウは目印としてはわかりやすい。たまに足を止め、きょろきょろと辺りを窺いながら何かを探している様子。尾行って意外と面白いな。今の私は正に探偵だ。
そうしてなんだか周りを警戒しているように見えるユウの後ろをどんどんついていく。いやぁ、私が尾行しているなんて夢にも思っていないだろうなぁ。もう少し行ったら肩を叩いてやろう。ふふふ、今からユウの驚いた顔が目に浮かぶな。
進んで、進んで。あ、急に方向転換をして路地裏に入っていった。じゃあ私も。ここからは人通りが少なくなるから抜き足差し足で近づかないとな。
そういえばこの辺りって町の中でも治安が悪いことで有名だ。チンピラや冒険者崩れがたむろしてるとかなんとか。怪しいお店もたくさんあるらしい。私はこっちに来ることはあまりないし、弟子にも危険だからと止められている。私をガキか何かだと思っているのだろうか。ダンジョンの方が危ないと思うぞ?
でも……ワクワクしてきたな。建物と建物の間の薄暗い空間と割れた酒瓶が無造作に打ち捨てられている。すれ違う人からも表通りと違って、不躾な鋭利な視線をよこしてくる。アングラとはこういうこと言うんだろう。何だっけな、あのーそうだ!昔々見た海外映画のスラムってこんな風だったな!危ない場所って感じ!
ワクワクが隠し切れなくなった私は、前からずんずんと歩いて来ていた男に箒がガっ!とぶつかってしまった。っと、はしゃぎすぎたかな。
「おっと、すまない。箒がぶつかってしまった。怪我はないか?」
「あぁん?んだお前?」
おぉ、見上げないといけないくらいの大男だ。おっきいなぁ。煩わしさを見せつけるかのように舌打ちして、ぶつかってしまった私を上から下までじろりと睨みつける。こうじっと見られるとむずがゆいな。
「へぇ。ほー。なるほどねぇ」
「よくわからんが、どこか痛むのか?」
「あー!そうだなー!いてぇなぁ!これは詫びでもしてもらわねぇとなぁ!おいもっとよく顔を見せな!」
そう言って脈絡もなく帽子を取られてしまった。乱暴な男だ。私の顔を見る意味あるか?少しだけむっとした表情を作って大男を見上げる。この時初めてしっかりと目が合った。
「…………あ…………やべ……。へへぇ、帽子返しますね。すみません。あーあと全然痛くなかったです。いや気のせい気のせい、それじゃあ!」
「え………………………待て!魔法掛けといた方がいいから!待てってば!走るなー!」
初めは痛いって言ってたのに、急に痛くないとなるのはおかしい。まさか当たり所が悪くて……?でも箒が当たっただけなんだよな。まぁ回復魔法掛けといて損はない。どこかへ走っていく男を追いかける。待てー!
見失ったな。ぐねぐねとした迷路道を走り回って追いかけたが、やはり相手はこの辺りを熟知していた者なのだろう。足の速さには自信があったのに、気が付けば撒かれてしまった。しかしあれだけ元気に走り回れるなら、どこも怪我をしていないはずだ。それはよかったよかった。
さて………………………更によくわからない場所に来てしまったようだ。どこだよここは。ただ、先程私がいた場所よりも妙な活気がある気がする。何というか……ギラギラしてる?活き活きとしていると言ってもよい。
周囲を見渡せば、色々な看板がある。あるんだけど、一目見ても何の店かは見当もつかない。目に付いた店の看板を読んでみるが………………………
『ゴブリンの巣穴』、『暴かれた楽園の果実』、『囚われの女騎士の館』、『にゃんにゃんにゃん』………………………何の店?でもそこから出てくる客は幸せそうである。きっと良い店なんだなぁ。
「『秘密の道具屋』、あっ、これならわかるかも」
これはそのまま道具屋だな。外観はピカピカと装飾品を付けまくり、露出の多い服が店先に吊るされている以外は普通の道具屋に見える。窓の外から中を覗おうにも、カーテンか何かを閉めきっていて置いている物をこれっぽっちも確認できない。むむ。気になるな。
私も魔道具を主に扱う道具屋の一店主である。同業者がどんな道具を扱っているのかが気になるのは当然だろう?よし!入ってみようそうしよう。どうせユウも見失ったしな。
ドアノブを捻って店に入った瞬間、全体に広がる甘ったるい香水の匂いが鼻腔をくすぐる。開けただけでここまで香るとは。あれかな?香水専門の店なのかな。道具屋にも種類があるもんなぁ。
と、思ったけれども。置いてあるのはぱっと見、雑多だ。服もあるし、液体の入った瓶もあるし、装飾品もある。あと……なぜ置いてあるかわからない物も。なんで鞭があるんだ?しかも先が柔らかく何本にも分かれてる。ラインナップが不思議……まぁ私のところもちょっとした武器やら防具も置いているから同じような感じか。
そんな風にキョロキョロしている私を、奥のカウンターに座っている黒と金が混じった髪の女性が声を掛けてくる。恐らく……店主かな。キセルらしき細長い筒をふかしつつ、にこやかにひらひらと片手を振る姿は親しみやすさを覚える。
「いらっしゃい。何かお探し?あら……それって古い魔法使いの衣装じゃない!物好きな人。それとも……誰かの趣味かしら?」
「???こんにちは。尋ねたいんだが、ここにはどんな用途の道具が売っているんだ?外観だけじゃ予想がつかなくて」
まぁ中を一通り見てもあまりわからなかったが。
「………………………何も知らないでこのお店に来たの?冗談ばっかり~。初心な振りはよしてよぉ。子どもじゃあるまいし!」
「実は通り掛けなんだ。走り回ってて、気が付いたらこの一帯に辿り着いた。他の店は看板を見ても何がなんだかさっぱりわからなかったけど、ここは道具屋なんだろ?看板に書いてあったもんな」
それにしても唯一理解できた看板がまさか道具屋なんてなぁ。運が良いとはこのことだ。私が自信満々、胸を張って答える。
「まぁたそんなこと言ってぇ~。面白い冗談を言えるのは良いことだけどさでも。お相手も待ってるんでしょ?必要な物をパパっと買っていきなよ。ついでにこのバニー服とかもいいんじゃない?似合いそうだよ?」
「………………………?」
なんでバニー服?私は『話の内容を理解しているようで、その実???となっている時』の表情で薄く笑っておく。頷いているようで若干首も傾げる曖昧さも付け足しておこう。もしかしてこれはすれ違いが起こっているのではないか?
そんな様子に店主も気づいたのか、初めの大笑いから段々とトーンダウンし、最終的には幽霊でも見たかのような怪訝な顔となった。
「……今までのを本当に、冗談なく、マジで言ってたんなら早く家に帰った方がいいし、知らない人に誘われても他のお店にはぜっったい!入らないように。いい?」
「いや、帰る前にせっかくだから何かは買いたい……あっ!これ媚薬じゃないか!へぇ~錠剤型なんだ!これ買おう」
「媚薬はわかるのに!?」
やいのやいのと二人で騒いでいると、ガチャリと店のドアが開いた。
「ごめんください。依頼されてた物持ってきましたよ……って嘘でしょ………………………なんでこんなところに………………………」
「ん?あっ!!ユウ!ここすごいぞ!見て!媚薬売ってる!媚薬!!しかも錠剤型!!買うしかないって!」
おぉ!なんたる偶然!ユウが来た!尾行はもう普通に失敗しているが、まぁいいだろう。
「……この子あんたの友だちなのよね……?どういう知識の偏り方してんのよ。性教育的なのどこかに捨ててきた?」
「違うんですって……多分場所と知識が結びついていないだけで。ねぇ、ソラぁ?この辺りって娼館が盛んな場所なんだけど知ってた?」
「娼館………………………あぁエッチな店か?へぇ~!そうなんだ!ということは、この道具屋もエッチな物を専門に置いてるってことかぁ!」
だから大事な部分を全く隠せていない妙に露出の多い下着やら、刺激が少ないことで有名なスライムローションやら、効果が高いと噂される精力剤が置いてあるんだ。合点がいった。
ならば、先程私が眺めていた他の看板もエッチな店ということだ。所謂性的ロールプレイ系ってやつかな?でも『暴かれた楽園の果実』は結局どんなものかわからないなぁ。
「ほらね。性的な知識自体はしっかり備えてるんですよねぇ。で、その出会った事実に恥ずかしがるわけでもなく『あぁそうなんだ』で済ませてる。流石に自分関係のことだと羞恥心や嫌悪感はありますけど、それにも気づかない方が多いです。」
「えぇ……なんで知ってるのよ。絶対どこまでいけるかな?で何か試したでしょ」
「……………………………友人だから、じゃダメですか?それに手は出していないので。純粋な好意です。でも、ここまで大丈夫なんだって僕も驚きましたけどね」
「うわぁ……うえぇ……曇りのない清々しい表情で余計に、本当に気持ち悪い………………………あんたとのこれからの取引考え直そうかなぁ……」
私が媚薬を買い、ほくほくした気持ちで小躍りしてしまった。だって媚薬なんて液体ばかりなんだ。錠剤は本当に珍しい。正直媚薬なんて眉唾だ。媚薬を初めて手に入れた時に少し舐めたが、粗悪品だったのか体に特に変化もなかった。ただ効果のあるなしだけが価値ではない。人が作り出したことに価値があるのだ。
おや、視線を感じるな。
「ねぇ?ソラだっけ?こいつとの友だち付き合い、考えた方がいいわよ?割とカスよこの男」
どうやら元々ユウと知り合いだったらしい店主に助言された。こいつとは指を差されているユウである。気持ちは理解できる。これまでの付き合いで薄々と感じていたが、多分ユウは性格が結構悪いからな。
「確かにユウは金が一番で、暑苦しいと思うくらいスキンシップも激しいけど……それ以上に良い奴だ。私が保証する。この前だって私がずっと探していた珍しい魔道具をわざわざ持ってきてくれたんだ。金のためとはいえ、嬉しかったよ」
「………………………うぅ」
「なんであんたがダメージ受けてんのよ。浄化されてる?それとも金のためじゃないのに……とか思ってる?自業自得でしょうに」
横で梅干しのような苦悶の表情を浮かべるユウに店主がツッコミを入れている。仲が良いんだなぁ。
「とにかく。多少改めて欲しい部分はあるが、私にとっては良い友人だと思ってるんだ」
「呆れた。まぁ本人がそう思ってるなら止めない……と言いたいけど!心配の方が勝っちゃう!何かあったら……それじゃあ遅いか!なくても相談でも何でもしに来ていいから!放っておくとこいつ以外の食いものにされてそう!」
「ふふふ。こう見えて騙されたことなんて、片手で数えるほどしかないんだ。それに私は強いよ」
「どこから根拠のない自信が漲ってくるのか……ますます心配になる!でもね、力になれることもあるかもだからね?気軽に遊びに来るのだけでもいいからさ」
えっ……嬉しいな。初対面相手にすごい親身になってくれるじゃん。
「じゃあ、ありがとう。私はもう帰ることにするよ。弟子怒られそうだしね」
「帰り道、覚えてるの?こいつに付き添いさせようか?……ダメね、いない方がマシか……」
「ひどくない?」
収納魔法を付与している帽子の中にぽいっ、と紙の袋に包まれた媚薬を投げ込む。外に出ると私は大きなつばの帽子をしっかりと被り直す。店主……リューズはまるで初めてのおつかいに向かわせる母親のようだ。そんなに心配しなくてもいいのに。
「平気だ。飛んで帰る」
「は?飛んでって?」
「よいしょっと。二人とも、また会おう」
帰り道なんて覚えてなくても空を飛べば万事解決だ。手に持っていた箒に跨り、ふよふよと宙に浮かばさせる。 手を振る代わりにウィンクをして別れの挨拶とする。さらば!!
「箒で飛んでる………………………本物の魔法使いだったんだ。てっきりそういう趣味だと」
「有名人ですよ。だから直接ちょっかい掛けようとする人間はほぼいません。隙はとんでもなく多いから、どうにかできそうなんですけどねぇ」
「あんたは一回捕まった方がいいよ」
「師匠遅かったですね。さては寄り道したんでしょう~?どこ行ってたんですか?お土産あります?」
「路地裏を抜けた先の娼館が多いところ。見てくれこの媚薬。錠剤の媚薬なんて珍しいよなぁ」
「……は?媚薬?それにあそこに行ったんですか?私、危ないから行かないでくださいって」
「そうそう、ユウとも会ったな。ちょうどエッチな道具屋にいた時に偶然」
「………………………師匠、ちょっとそこに座ってください」
弟子に説教される師匠ってあまりいないだろうなぁ。
・ソラ
媚薬の効果には懐疑的だが、本物と出会ってないだけだと信じている。
見た目は十代後半。
・ユウ
色々試した結果、抱き着くくらいならセーフだとわかった。
ストレートに攻めた方がまだ良いのに、嫌われた場合を考えて遠い回り道を通っている。
・リューズ
面倒見が良く、歳下には世話を焼きがち。
趣味で店を開いていて、本業は冒険者。