混血のカレコレとLost evolution 作:Ks5118
キリトside
──元研究所の一件から三日後。
まだ朝の空気が冷たい時間帯だった。
カレコレ屋の建物の中は静かで、窓から差し込む柔らかな朝日だけが床を照らしている。
そんな静寂を、突如として破る声が響いた。
「ぎゃあぁぁぁぁ────っ!!」
玄関の方から聞こえた絶叫に、俺は思わず目を覚ました。
「……何事だ」
半ば呆れながらも、俺はベッドから身体を起こし、ゆっくりと玄関へ向かった。
朝からこんな騒ぎを起こす奴は、だいたい予想がつく。
そして案の定──
そこには、巨大なマンティコアに弄ばれているカゲチヨの姿があった。
獅子の身体。
蝙蝠の翼。
そして蠍の尾。
その異形の魔獣が、器用に肉球でカゲチヨの肩を押さえつけ、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「何だよ……カゲチヨか。朝から五月蝿いぞ」
俺が呆れた声で言うと、カゲチヨは涙目で叫んだ。
「何でマンティコアを室内で飼ってるんですか!? おやっさん!!」
「飼ってるって言うな」
俺は肩を竦めながら答える。
「こいつの毛並みって、思ったより柔らかくてな。それに暖かい。ヒサメ達がこいつの子供達と一緒に寝てるんだよ」
カゲチヨはぽかんと口を開ける。
「それで、寂しがったこいつが俺のベッドに入ってきてな。それから一緒に寝てるってわけだ」
説明を聞いたカゲチヨは、呆れたように呟いた。
「いや……こんな野郎と寝るとか、やっぱりおやっさんスゲーな……」
その瞬間だった。
マンティコアの蠍の尾が、ゆっくりとカゲチヨの顔へ近づいていく。
「えっ……」
カゲチヨの顔が青ざめた。
「何で尻尾の針近づけてきてるの!? おやっさん助けて!!」
「そりゃあ……」
俺は淡々と言った。
「彼女のことを“こんな野郎”って呼んだからじゃないのか?」
マンティコアは「その通りだ」と言わんばかりに、こくりと頷いた。
それを見たカゲチヨは目を丸くする。
「え……こいつメスだったのか!? てかそんなに頭良いのか!?」
「マンティコアはな」
俺は腕を組みながら言う。
「獅子の体、蝙蝠の翼、蠍の尻尾を持つ魔獣だ。そして知能は人間以上とも言われている」
カゲチヨは青ざめた顔のまま、慌てて頭を下げた。
「野郎とか言って、すみませんでした!!」
するとマンティコアは満足そうに鳴き、許すと言わんばかりに肉球でカゲチヨの頭を撫でた。
ふに。
「……」
カゲチヨが固まる。
「……柔らかいなぁ……」
そして次の瞬間には、夢中になって肉球を触っていた。
そこへ──
二階から足音が降りてきた。
ヒサメside
「「おはよう、お父さん」」
「おはようございます。父様」
ヒサメ、シディ、フィーアの三人が階段を降りてきた。
そして玄関の光景を見て、三人は揃って首を傾げた。
「何やってんの、カゲ?」
「あぁーっ! 母マンティコアの肉球触ってる!」
「柔らかくて気持ち良かったですね」
三者三様の反応。
カゲチヨの顔は一瞬で真っ赤になった。
「わぁ────っ!! 見ないでぇ────っ!!」
勢いよく玄関を開けると、そのまま外へ飛び出して行った。
残された俺達は、顔を見合わせる。
「……何だったんだ?」
結局そのまま朝食の準備が始まった。
マンティコアの食事は人間とは違う。
母マンティコアには、生肉と生野菜を用意する。
子供達はまだ母乳を飲んでいるが、来月には離乳食になるらしい。
食事を終えた頃、俺はふと呟いた。
「そういえば……」
三人がこちらを見る。
「こいつらの名前、どうするかな」
ヒサメが頷いた。
「確かに」
シディも言う。
「いつまでも“母マンティコア”って呼ぶのは可哀想」
フィーアも静かに言った。
「名前を決めるのは構いません」
「よし」
俺は笑った。
「だったら放課後にカレコレ屋で決めるか」
三人は嬉しそうに頷いた。
そして夕方。
「「「ただいまー!」」」
「ただいま帰りました」
四人がカレコレ屋に帰ってきた。
すると玄関で待っていたマンティコアが、
「グガォ」
と鳴いて出迎える。
ヒサメ達は喜んだが、カゲチヨだけが叫んだ。
「何で母マンティコアがここにいるんだよ!?」
ヒサメが呆れ顔で言う。
「今日名前決めるって学校で言ったでしょ?」
シディも言う。
「まさか忘れてたの?」
フィーアはため息をついた。
「この方に名前を付けられるとは……この子達も可哀想ですね」
「ごめんてヒーちゃん!!」
カゲチヨは情けない声でヒサメに抱きついた。
「見捨てないでぇぇぇ!」
それを見て、俺達は一斉に言った。
「夫婦漫才は他でやれ」
「仲良いんだね二人」
「人前では控えて下さい」
「うむ、仲が良いな」
二人の顔が真っ赤になった。
その後、くじ引きで名前を決めることになった。
紙に名前を書き、箱に入れ、引く。
そして決まった名前は──
母親
クリス
長女
リンネ
長男
ミゲル
次女
カリン
俺は頷いた。
「良い名前だ」
皆も賛成した。
「可愛い名前!」
「男の子のもカッコいい」
「良い名前ですね」
マンティコア達も、
「ガァオ──」
と鳴いて応えた。
そして俺は、もう一つの話を切り出した。
「そうだ。フィーア以外には言い忘れてたが」
全員がこちらを見る。
「明日からオーナーのアパートに住んでもらう」
沈黙。
次の瞬間。
「えええぇぇぇ!?」
ヒサメ達の叫びが響いた。
「聞いてない!」
「準備出来てない!」
「そんな大事な事今言う!?」
俺は肩を竦めた。
「悪い悪い。言い忘れてた」
そして続ける。
「でも前から言ってただろ。“この家狭くない? ”って」
三人は何も言えなくなった。
「だから明日までに荷物まとめてくれ」
その日は解散となった。
翌日。
新しいアパートに到着すると、皆が驚いた。
「広ーい!!」
「今日からここで暮らすんだ」
フィーアだけが冷静だった。
「もっと早く言えば良かったのでは?」
「ごめんって」
だがフィーアは容赦ない。
「泣き真似は結構です。荷解き手伝って下さい」
「はいはい」
俺は苦笑した。
数日後。
ヒサメ達が喫茶店を見に来ると──
そこには三階建ての建物が建っていた。
「えっ!?」
「三階!?」
「父様……財産どれだけあるんですか」
俺は笑った。
「前の家狭かったからな。思い切って階層増やした」
三人は喜んだ。
「ありがとうお父さん!」
「棚買える!」
「欲しい物買えます!」
そして──
一ヶ月後。
喫茶店と家は完成した。
その夜、ヒサメ達は新しい家ではしゃぎ続けた。
もちろんクリス達の遊び場も作られた。
そして深夜。
俺は地下へ向かう。
地下訓練場。
そこにロストパンドラパネルを壁へ埋め込む。
「これでいいか」
作業を終え、部屋へ戻る。
ベッドには既にクリスが丸くなっていた。
俺はその隣に横になる。
柔らかい毛並みと、温かな体温。
「……やっぱり暖かいな」
クリスは満足そうに喉を鳴らした。
こうして俺は──
静かな夜の中で眠りについた。
キリトside
──家が完成してから数日後。
新しく建て直した喫茶店兼住宅は、以前とは比べ物にならないほど広くなった。
一階は喫茶店。
二階はリビングとキッチンなどの生活空間。
三階はヒサメ達の部屋。
そして地下には訓練場。
最初こそ皆は広さに戸惑っていたが、今ではすっかり慣れてしまっている。
その日も、いつものように穏やかな朝だった。
キッチンからは、ヒサメが作る朝食の香ばしい匂いが漂っている。
「お父さーん、もうすぐ出来るよー」
ヒサメの声がリビングに響く。
「分かった」
俺は新聞を読みながら答えた。
新しいソファは思った以上に座り心地が良く、つい長居してしまう。
すると──
ドスン。
隣に大きな影が座った。
「……クリスか」
母マンティコア──クリス。
獅子の体に蝙蝠の翼、そして蠍の尾を持つ魔獣だが、今は完全にこの家の一員だ。
クリスは俺の腕に頭を擦りつけてきた。
「甘えたいのか」
俺が頭を撫でると、喉を鳴らすような低い声を出した。
その光景を見て、シディが笑う。
「完全に懐いていますね」
フィーアも頷いた。
「父様の事を群れの主と認識しているのでしょう」
その時、二階の階段から足音が聞こえた。
ドタドタドタ。
「おはようございます!!」
勢いよく降りてきたのはカゲチヨだった。
「朝から元気だな」
「いやぁ、この家広いですね!」
カゲチヨはキョロキョロと辺りを見回す。
「まだ全部把握出来てないですよ!」
ヒサメがキッチンから顔を出した。
「カゲ、朝食出来たよ」
「待ってました!!」
その瞬間──
テーブルの下から小さな影が三つ飛び出した。
「ガゥ!」
「ガァ!」
「キュゥ!」
マンティコアの子供達。
リンネ、ミゲル、カリンだ。
まだ小さいが、毎日元気に走り回っている。
カゲチヨはその姿を見ると、しゃがみ込んだ。
「おー、今日も元気だな」
するとリンネがカゲチヨの頭に飛び乗った。
「うわっ!?」
ミゲルは足に絡みつき、カリンは尻尾を追いかけている。
「ちょ、待て待て待て!!」
ヒサメが笑った。
「遊ばれてるね」
「助けてください!!」
そんな騒がしい朝だったが──
それもまた、この家の日常だった。
朝食を終えた後。
ヒサメ達は学校へ向かう準備をしていた。
「いってきます!」
「いってきます、お父さん」
「いって参ります、父様」
三人は玄関で手を振る。
「気を付けてな」
俺が言うと、三人は元気よく出て行った。
家の中は一気に静かになる。
その時、隣でクリスが立ち上がった。
「……散歩か?」
クリスは軽く鳴いた。
どうやら図星らしい。
俺は苦笑した。
「分かった」
外套を羽織る。
「少し歩くか」
外に出ると、朝の空気が心地よかった。
街はまだ静かで、人通りも少ない。
クリスはゆっくりと歩き出す。
その大きな身体のせいで、すれ違う人達は少し驚くが──
今ではこの街の住人も慣れてきている。
「おはようございます、キリトさん」
近所のパン屋の店主が声を掛けてきた。
「おはよう」
「今日も散歩ですか?」
「まぁな」
店主はクリスを見て笑った。
「相変わらず立派ですね」
クリスは少し誇らしげに胸を張った。
その姿を見て、俺は思わず笑う。
「褒められるのは分かるんだな」
クリスは小さく鳴いた。
しばらく歩くと、街外れの小さな丘へ出た。
ここは人があまり来ない、静かな場所だ。
草の匂いと風の音だけがある。
クリスは丘の上に座り、景色を眺め始めた。
俺も隣に腰を下ろす。
遠くには森が広がり、その先には山が見える。
「……平和だな」
俺が呟くと、クリスは静かに鳴いた。
ふと、クリスがこちらを見た。
そして頭を俺の肩に乗せてくる。
「重いぞ」
そう言いながらも、俺はその頭を撫でた。
柔らかい毛並み。
温かい体温。
魔獣とは思えないほど穏やかな存在だ。
「お前もこの生活が気に入ってるのか」
クリスは静かに目を細めた。
その様子を見て、俺は少しだけ思う。
研究所の事件。
戦い。
色々あった。
だが今は──
こうして静かな時間がある。
風が吹き、草が揺れる。
クリスの尻尾がゆっくり動いた。
「……悪くないな」
俺は空を見上げた。
青い空が広がっている。
しばらくそのまま、何も話さずに景色を眺めた。
それだけで十分だった。
昼前になると、俺達は家へ戻った。
玄関を開けると──
「おやっさーん!!」
カゲチヨの声が響いた。
「客来てますよ!」
「もう来たのか」
どうやら喫茶店の開店時間らしい。
俺はカウンターへ向かう。
クリスは入口の近くに寝そべった。
それを見た客が言う。
「看板娘……いや看板魔獣ですね」
「まぁそんなところだ」
店内には、ゆったりとした時間が流れていた。
笑い声。
コーヒーの香り。
外から吹く風。
そして入口では──
クリスが気持ち良さそうに昼寝をしていた。
その姿を見ながら、俺はコーヒーを淹れる。
「……今日も平和だな」
そんな一日が、静かに流れていった。