混血のカレコレとLost evolution   作:Ks5118

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第二期 第二章 旅行と新たなボトル
No.27 裏京都と妖怪の頭領〈前編〉《修正版》


 昼食を終えたあと、一行はそれぞれ見たいものを見るために別行動を取ることになった。

 

 人の流れから離れ、キリトは一人、街の裏手へと足を向ける。

 

 賑やかな通りの喧騒は次第に遠ざかり、気づけば細い路地裏へと入り込んでいた。

 

 昼間だというのに、そこは妙に薄暗い。

 

 建物と建物の間を吹き抜ける風は冷たく、どこか肌にまとわりつくような感覚があった。

 

 ──嫌な気配だな。

 

 キリトが足を止めた、その時だった。

 

 奥の方から、ゆっくりと足音が近づいてくる。

 

 やがて姿を現したのは、黒いコートに身を包み、手袋とマフラーを着け、山高帽を深く被った男だった。

 

 顔は影に隠れているが、その独特な雰囲気には見覚えがある。

 

 男は口元を歪め、軽い調子で声をかけた。

 

「よお、キリトちゃん。久しぶりやのう」

 

 キリトは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

 

「……ああ。久しぶりだな、ゲデ」

 

 死神ゲデはくつくつと笑う。

 

「前に会ってから、どれくらいや?」

 

「三ヶ月くらいか」

 

「せやったなぁ。それで──あの場には何があったんや?」

 

 その問いに、キリトの表情がわずかに曇る。

 

 一瞬の沈黙のあと、彼は静かに口を開いた。

 

「……俺は、廃工場の中には入ってない」

 

「はぁ?」

 

 ゲデが怪訝そうに眉をひそめる。

 

「どういうことや?」

 

 キリトは視線を外し、小さく息を吐いた。

 

「暴走したんだよ。

 

 力を使いすぎてな……制御できなかった」

 

 そして、どこか自嘲するように笑う。

 

「やっぱり、過ぎた力は使うもんじゃないな」

 

 ──次の瞬間。

 

「アホかっ!!」

 

 怒声と同時に、キリトの肩が強く掴まれた。

 

 ゲデは顔を近づけ、真っ直ぐに睨みつける。

 

「何笑っとるねん! 一歩間違えとったらどうなっとった思うとるんや! 

 

 アンタの娘さんらが悲しむんやぞ!? ワイかて……!」

 

 言葉の途中で、ゲデは一瞬だけ視線を逸らした。

 

 その表情に、怒りだけでなく、確かな心配が滲んでいる。

 

 キリトは目を伏せ、静かに言った。

 

「……悪かった。心配かけたな」

 

 しばしの沈黙のあと、ゲデはふっと息を吐いた。

 

「……謝ってくれたら、それでええ。ほんまに、手のかかるおっさんやで」

 

 軽口を叩きながらも、その声はどこか柔らかい。

 

 やがて、ゲデは話題を変えるように言った。

 

「それより、なんでこんな場所に来たんや?」

 

 キリトは周囲を軽く見回す。

 

「この辺りに、“表では手に入らないもの”を扱ってる店があるって聞いてな」

 

「ほぉ……」

 

 ゲデは顎に手を当て、少し考え込む。

 

「そんな店は知らんけど……裏京都やったら、あるかもしれんな」

 

「裏京都?」

 

 聞き返すキリトに、ゲデは意味ありげに笑った。

 

「行ってみるか?」

 

 その一言に、迷いはなかった。

 

「……頼む。連れていってくれ」

 

「よっしゃ。その言葉、死神ゲデに任しときぃ」

 

 ゲデは踵を返し、路地の奥へと歩き出す。

 

 キリトもすぐに後を追った。

 

 しばらく進むと、周囲に白い霧が立ち込め始めた。

 

 視界が徐々に奪われていく。

 

 数歩先のゲデの姿すら霞んで見える。

 

 ──見失うな。

 

 キリトは意識を集中し、気配を頼りに歩を進める。

 

 やがて、霧がふっと晴れた。

 

 そこに広がっていたのは──見慣れた京都の街並みだった。

 

 整然とした町屋。石畳の道。行き交う人々。

 

 一見すれば、何の違和感もない。

 

 キリトは眉をひそめた。

 

「……ただの街にしか見えないな」

 

 するとゲデは、くつくつと笑う。

 

「そんな怒んなや。周りから変な目で見られるで?」

 

 言われて見れば、通りの人々がこちらをちらりと見ている。

 

 キリトは小さく息を吐き、声を落とした。

 

「で? どういうことだ」

 

 ゲデは声を潜める。

 

「ここはな──妖怪が統治してる街なんや」

 

 その言葉に、空気の重みが変わった気がした。

 

 改めて周囲を見る。

 

 すると、ほんのわずかに“ズレ”があることに気づく。

 

 影の動き。視線の違和感。

 

 人ではない何かが、確かに紛れている。

 

「……なるほどな」

 

 キリトは静かに呟いた。

 

「それで、なんでここに連れてきた」

 

 ゲデは少し照れくさそうに頭をかく。

 

「キリトちゃんに元気になってほしかったからや」

 

 その言葉に、キリトは一瞬目を見開いた。

 

 そして──小さく笑う。

 

「……そうか」

 

 胸の奥に、じんわりとした温かさが広がる。

 

「今度、店で何でも奢る」

 

「遠慮しとくわ。……それより、会わせたい奴がおる」

 

 ゲデはそう言って歩き出した。

 

 キリトも、その背中を追う。

 

 やがて辿り着いたのは、大きな城だった。

 

 重厚な門の前で、ゲデは大声を張り上げる。

 

「おーい! 死神ゲデや! 助っ人連れてきたでぇ!」

 

 しばらくして、門が軋みを立てながら開く。

 

 現れたのは──九本の尾を持つ、小さな少女だった。

 

「初めまして。私は九重と申します。

 

 現在、頭領代理を務めております」

 

 丁寧に頭を下げるその姿に、キリトはわずかに目を細める。

 

「キリトだ。よろしくな」

 

 自然と、手が伸びた。

 

 九重の頭にそっと触れ、軽く撫でる。

 

「あ、あの……あまり撫でないでください……くすぐったいです」

 

 頬を赤く染める九重に、キリトはすぐに手を離した。

 

「悪い」

 

 横でゲデがニヤつく。

 

「ほな、本題いこか」

 

 空気が引き締まる。

 

 九重は表情を改め、真っ直ぐキリトを見た。

 

「今回の依頼は──裏京都の頭領、八坂の捜索です。

 

 ……私の母です」

 

 その声には、揺るがぬ意志と、不安が入り混じっていた。

 

「一ヶ月前から行方不明となっております。

 

 どうか……お力をお貸しください」

 

 キリトは迷わなかった。

 

「わかった。この件、引き受ける」

 

 九重は深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

 その小さな背中を見ながら、キリトは静かに決意する。

 

 ──必ず、見つけ出す。

 

 霧の奥。

 

 キリトたちは、ようやくその場所へ辿り着いた。

 

 異様な静けさが支配する空間。

 

 地面には禍々しい紋様が刻まれ、空気そのものが歪んでいる。

 

 その中心に──結界があった。

 

 黒く脈打つそれは、生き物のように蠢いている。

 

「……あれは……」

 

 九重の声が震える。

 

 結界の奥。

 

 そこに、確かに“存在”があった。

 

 九本の尾。

 

 圧倒的な妖気。

 

 だが──姿ははっきりと見えない。

 

「お母様……!」

 

 九重が一歩踏み出す。

 

 だが、その瞬間。

 

 ──ドクン。

 

 結界が脈動した。

 

 同時に、強烈な圧力が放たれる。

 

「止まれ!」

 

 キリトが腕を伸ばし、九重を引き止める。

 

「っ……!」

 

 空気が重い。

 

 ただ近づくだけで、身体が軋む。

 

「無理だ……普通じゃ近づけない」

 

 カゲチヨが歯を食いしばる。

 

 その時──

 

「よく来たな」

 

 低い声が、空間に響いた。

 

 闇が揺らぎ、そこから現れる異形の存在。

 

「トッププレデター……!」

 

 キリトは即座に構える。

 

 敵は愉快そうに笑った。

 

「あと一歩だったな。

 

 惜しい──実に惜しい」

 

 その視線が、九重に向けられる。

 

「だが、その感情。実に良い」

 

「黙れ」

 

 キリトの声が低く響く。

 

「返してもらうぞ」

 

「無理だ」

 

 あっさりと言い切る。

 

 次の瞬間、結界がさらに強く脈打つ。

 

「これはもう“完成寸前”だ。

 

 今さら壊せると思うか?」

 

 空気が軋む。

 

 キリトは一歩踏み出す。

 

「やってみないと分からないな」

 

 戦闘が始まる。

 

 激突。

 

 だが──

 

「ぐっ……!」

 

 重い。

 

 明らかに先ほどの敵とは格が違う。

 

 攻撃が通らない。

 

「無駄だ」

 

 トッププレデターが手を振るう。

 

 それだけで、衝撃波が一行を吹き飛ばす。

 

「きゃあっ!」

 

 九重の身体が宙を舞う。

 

「九重!」

 

 キリトが受け止める。

 

 九重は悔しそうに唇を噛んだ。

 

「……お母様が……目の前にいるのに……!」

 

 その瞳には涙が滲んでいる。

 

 キリトは静かに言った。

 

「今は無理だ」

 

「……っ!」

 

「だが、必ず助ける」

 

 その声には、迷いがなかった。

 

 トッププレデターが笑う。

 

「いい目だ。だが──遅い」

 

 その瞬間。

 

 結界が光を放つ。

 

 視界が白に染まる。

 

「しまっ──」

 

 キリトが手を伸ばす。

 

 だが。

 

 その手は、何も掴めなかった。

 

 気がついた時。

 

 キリトたちは、元の場所に立っていた。

 

 霧は消え、結界も、敵の姿もない。

 

「……逃げられた……?」

 

 ヒサメが呟く。

 

 九重は、その場に立ち尽くしていた。

 

 拳を強く握りしめる。

 

「……お母様……」

 

 その声は、小さく震えていた。

 

 キリトはその隣に立つ。

 

「場所は分かった」

 

 九重が顔を上げる。

 

「次は逃がさない」

 

 その言葉に、九重はゆっくりと頷いた。

 

 涙を拭い、前を向く。

 

「……はい」

 

 その瞳には、もう迷いはなかった。

 

  その頃──

 

 暗い空間。

 

 結界の内側。

 

 鎖に繋がれた八坂の身体が、かすかに揺れる。

 

「……九重……」

 

 微かに、声が漏れる。

 

 だが、その意識は深い闇に沈んでいく。

 

 その様子を見下ろしながら、トッププレデターは呟いた。

 

「もう少しだ」

 

 歪んだ笑み。

 

「すべては……完成のために」

 

 裏京都から戻った後も、キリトたちの空気は重かった。

 

 誰も口に出さない。

 

 だが、全員が同じことを考えている。

 

 ──あのままでは、勝てない。

 

 宿に戻った一同は、静かに卓を囲んでいた。

 

 最初に口を開いたのはカゲチヨだった。

 

「……現状の戦力じゃ、あいつには届かない」

 

 誰も反論しない。

 

 キリトもまた、腕を組んだまま目を閉じていた。

 

 頭の中に浮かぶのは、あの圧倒的な力。

 

 そして、結界。

 

「単純な強さだけじゃないな」

 

 キリトが低く言う。

 

「結界の構造も異常だった。あれを突破できない限り、同じことの繰り返しだ」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

 ヒサメの問い。

 

 その時、小さく椅子が引かれる音がした。

 

 九重だった。

 

「……私に、考えがあります」

 

 全員の視線が集まる。

 

 九重は少しだけ緊張した様子で、それでも真っ直ぐに言った。

 

「裏京都には、“封印や結界に特化した修練場”があります」

 

「修練場?」

 

 フィーアが首を傾げる。

 

「はい。歴代の頭領が、術を磨くために使っていた場所です」

 

 一瞬の間。

 

 そして、キリトが頷いた。

 

「行こう」

 

 迷いはなかった。

 

 翌日。

 

 九重に案内され、一行は裏京都の奥へと進んでいた。

 

 街の喧騒はすでに消え、周囲は静寂に包まれている。

 

 やがて辿り着いたのは、古びた社だった。

 

 だが、その周囲には明らかに異質な力が満ちている。

 

「ここです」

 

 九重が静かに言う。

 

 キリトは一歩踏み出した。

 

 その瞬間──

 

 空気が歪む。

 

 視界が揺らぎ、次の瞬間には景色が変わっていた。

 

「……結界の中か」

 

 そこは広大な空間だった。

 

 何もない、白い世界。

 

 だが──圧が違う。

 

「ここでは、自分の力がそのまま試されます」

 

 九重の声が響く。

 

「逃げ場はありません。誤魔化しも効きません」

 

 カゲチヨがニヤリと笑う。

 

「上等じゃねぇか」

 

 次の瞬間──

 

 空間が裂けた。

 

 そこから現れたのは、“自分自身”だった。

 

「……なるほどな」

 

 キリトは静かに構える。

 

 目の前にいるのは、自分と同じ姿。

 

 同じ気配。

 

「自分を超えろ、ってことか」

 

 戦いが始まる。

 

 激突。

 

 だが──

 

「ちっ……!」

 

 キリトは舌打ちした。

 

 動きが読まれる。

 

 いや、違う。

 

 ──全部、同じだ。

 

 攻撃も、癖も、間合いも。

 

「だったら──」

 

 キリトは踏み込みを変える。

 

 普段なら選ばない動き。

 

 一瞬の“ズレ”。

 

 その瞬間、相手の反応が遅れた。

 

「そこだ」

 

 一撃。

 

 分身が砕け散る。

 

 だが、同時に理解する。

 

 ──まだ足りない。

 

 別の場所。

 

 九重もまた、自分自身と向き合っていた。

 

「……私は……」

 

 分身の九重は、迷いなく力を放つ。

 

 強い。速い。正確。

 

 だが、九重は動かない。

 

 ただ、見ている。

 

「違う……」

 

 小さく呟く。

 

「それだけじゃ、足りない」

 

 思い出すのは、あの時。

 

 届かなかった手。

 

 守れなかった距離。

 

「私は──」

 

 顔を上げる。

 

 その瞳に、迷いはなかった。

 

「守るだけじゃない」

 

 妖気が膨れ上がる。

 

「導く者になる」

 

 次の瞬間、九重の力が変質した。

 

 分身が揺らぐ。

 

 その隙を突き──

 

 決着。

 

 九重は大きく息を吐いた。

 

 数時間後。

 

 全員が元の場所に戻っていた。

 

 疲労は濃い。

 

 だが、それ以上に──手応えがあった。

 

「……少しは、マシになったな」

 

 カゲチヨが肩を回す。

 

 キリトは九重を見る。

 

「どうだ」

 

 九重は静かに頷いた。

 

「はい。……でも、まだ足りません」

 

 その言葉に、キリトは小さく笑う。

 

「だろうな」

 

 そして、視線を上げる。

 

「次は“対結界”だ」

 

 九重が一歩前に出る。

 

「私がやります」

 

 その声は、もう迷っていなかった。

 

 夜。

 

 静かな時間。

 

 キリトは一人、外に出ていた。

 

 空を見上げる。

 

 ──あの力。

 

 思い出すのは、暴走した時のこと。

 

「……使うしかないか」

 

 小さく呟く。

 

 だが次の瞬間。

 

「一人で抱え込むの、やめてください」

 

 振り向くと、九重が立っていた。

 

「……聞いてたか」

 

「はい」

 

 少しだけ微笑む。

 

「でも、大丈夫です」

 

 一歩近づく。

 

「今回は……一人じゃありません」

 

 キリトは少しだけ目を細めた。

 

「……そうだな」

 

 短く答える。

 

 その空気は、以前よりもずっと軽かった。

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