混血のカレコレとLost evolution 作:Ks5118
キリトside
修行を終えた翌朝。
裏京都の空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
重い。
だがそれは、恐怖ではない。
──覚悟だ。
キリトは静かに仲間たちを見渡す。
その時。
「……お願いがあります」
九重が一歩前に出た。
小さな体。
だが、その瞳には強い意志が宿っている。
「私も──お母様の捜索に、連れて行ってください」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が張り詰めた。
「待て、九重。それは無茶だ」
カゲチヨがすぐに口を開く。
「そうですよ! 危険すぎます!」
フィーアも続く。
「まだ戦闘にも慣れていないのに……」
カンナが不安そうに言う。
ヒサメも眉を寄せた。
「足手まといになる可能性だってあるよ……」
言葉は強くない。
だが、その全てが“心配”から来ている。
九重は一瞬だけ視線を落とした。
それでも──顔を上げる。
「それでも、行きたいのです」
震えている。
だが、引いていない。
「私は……お母様を、自分の目で確かめたいのです」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
重い沈黙。
その中で──
「そんなに言う必要はないだろ」
キリトが口を開いた。
全員の視線が集まる。
「不安なら、俺が見る」
短く、だがはっきりとした声。
九重の目が揺れる。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
迷いはない。
キリトは続ける。
「止めても、こいつは来るだろ」
図星だった。
九重は小さく息を呑む。
「だったら、目の届くところにいた方がいい」
合理的な判断。
だがそれ以上に──
信じている言い方だった。
少しの沈黙の後。
カゲチヨがため息をつく。
「……はぁ。おやっさんがそう言うなら、止めねぇよ」
ヒサメも肩をすくめた。
「ちゃんと守ってよね」
フィーアは小さく頷く。
「……無理はしないでくださいね」
九重は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その声は、少しだけ震えていた。
九重が頭を下げたあと。
場の空気は、わずかに変わっていた。
完全に不安が消えたわけではない。
だが──全員が同じ方向を向いた。
「じゃあ、行くぞ」
キリトの一言で、動き出す。
一行は四つの班に分かれた。
北・南・東・西。
それぞれの区域を効率よく捜索するための配置だ。
キリトは北側を選んだ。
九重、ボティス、シディ、ヨーメイ。
静かな街並みの中へと足を踏み入れる。
北側は人通りが少ない。
古びた建物と、入り組んだ路地。
どこか閉塞感のある空間だった。
「……で、どうするかな」
キリトは軽く周囲を見回しながら呟く。
ボティスがすぐに反応する。
「お主が北側をやると言い出したのじゃろう? 今さら困るなど、何を言っておるのじゃ」
呆れたような声。
「悪いって」
キリトは苦笑した。
そして、ふと思い出したように言う。
「そういえば、なんでこっち来たんだ?」
ボティスは一瞬だけ視線を逸らした。
「……それはじゃな。他の者より、お主の方が信用できるからじゃ」
少しだけ間を置く。
「それに……お主とは、気楽に話せるでのう」
キリトは小さく笑った。
「そっか。ありがとな」
そのやり取りを見ていた九重が、首を傾げる。
「あの……お二人は、お付き合いなされているのですか?」
「ば、馬鹿者っ!!」
ボティスが顔を赤くして否定する。
「そのような関係ではないのじゃ!」
キリトは淡々と言った。
「付き合ってはないけど、一緒に寝てはいるな」
「な、何を言っておるのじゃああっ!!」
慌てて口を押さえるボティス。
「な、何故それを今言うのじゃ! 馬鹿者かお主はっ!」
九重は真剣な顔で続ける。
「お付き合いしていないのに、ご一緒に寝ているのですね。なぜですか?」
キリトは少し考えた。
「契約みたいなもんだ」
「契約……?」
「俺が一人にならない代わりに、対価を渡す約束だ」
九重は納得したように頷いた。
「なるほど……」
だが、すぐに別の疑問が浮かぶ。
「ですが……お二人とも、人間ではないのですか?」
キリトとボティスは同時に答えた。
「俺は人の形をしてるだけだ」
「ワシは悪魔じゃ」
九重は目を見開く。
「悪魔……」
恐れよりも、純粋な驚き。
そっと二人に触れる。
「ですが……人と変わりません」
キリトは肩をすくめる。
「見た目を合わせてるだけだ」
ボティスも頷く。
「人に合わせておるだけじゃ」
九重は手を合わせた。
「そういうことなのですね!」
だが。
探索は順調とは言えなかった。
気配はない。
痕跡もない。
ただ時間だけが、静かに過ぎていく。
その日の夕方。
一度、全員が合流する。
結果は──全滅。
誰一人、手がかりを見つけられていなかった。
「……参ったな」
カゲチヨが頭をかく。
ヒサメもため息をついた。
「どこにもいないなんて……」
カンナが不安そうに呟く。
キリトは腕を組んだ。
「……いや」
短く言う。
「隠されてるだけだ」
その一言で、全員の意識が切り替わる。
その日は別のホテルに移動し、休息を取ることになった。
そして──翌朝。
再び捜索が始まる。
今度は二班に分かれる。
戦力を分散させすぎないためだ。
キリトたちは北側を担当する。
しばらく歩いた、その時だった。
「……来たか」
キリトが足を止める。
空気が変わる。
視界の端から、白いものが広がる。
霧。
だが──明らかに異常だ。
濃い。
そして、広がるのが速すぎる。
キリトは即座に通信を取った。
「カゲチヨ、聞こえるか」
『ああ、おやっさん?』
「霧が出てきた。そっちにも行く」
『霧……?』
「絶対に離れるな。敵の術の可能性が高い」
『了解』
通信を切る。
キリトは振り返る。
「点呼取るぞ」
「ボティス」
「ここにおるのじゃ」
「九重」
「はい!」
「シディ」
「いるぞ」
「ヨーメイ」
「ここにおります!」
全員確認。
キリトは一瞬考え──
九重を軽く持ち上げる。
「えっ……!?」
そのまま肩に乗せた。
「視界確保だ」
霧の中では視界が命だ。
少しでも高い位置を確保する。
「離れるな」
低く言う。
全員が頷いた。
キリトは霧の中へと踏み込む。
数分後。
視界は完全に白に覆われた。
音が遠い。
距離感が狂う。
その中で──
九重がぽつりと呟いた。
「……あの」
「どうした」
「お母様が居なくなられた時も……このような霧が出ておりました」
沈黙。
全員の動きが止まる。
ボティスがため息をついた。
「それは先に言うべきじゃろう……」
キリトも小さく息を吐く。
「重要な情報だな」
九重は肩を震わせた。
「す、すみません……」
シディがすぐに言う。
「今わかっただけでも十分だ」
優しい声。
九重は小さく頷いた。
その時だった。
霧の奥で──何かが動いた。
キリトの目が鋭くなる。
「……来るぞ」
全員が構える。
静寂。
そして。
ゆっくりと。
霧の向こうから、人影が浮かび上がる。
一歩。
また一歩。
確実に、こちらへ近づいてくる。
キリトは静かに呼吸を整える。
(敵か……それとも──)
九重の手が、わずかに震えているのが伝わる。
だがキリトは何も言わない。
ただ前を見据える。
人影が、徐々に輪郭を持ち始める。
そして──
キリトside out
カゲチヨside
キリトたち──いや、“おやっさんたち”と別れてから。
カゲチヨたちは西側の捜索を続けていた。
人通りの少ない通り。
古びた建物。
どこか空気が重い。
「……にしてもよ」
カゲチヨは頭をかきながら呟く。
「おやっさん、なんであんなに子供に甘いんだろうな」
その言葉に、隣を歩くヒサメがくすっと笑った。
「それ、私も思うけど」
少しだけ間を置いて──
「それがお父さんなんじゃない?」
その笑顔を見た瞬間。
カゲチヨの思考が止まる。
(……なんだ今の)
胸の奥が妙にざわつく。
慌てて視線を逸らす。
「どうしたの?」
ヒサメが首を傾げる。
「いや……その……」
言葉に詰まりながらも、口が先に動いた。
「こうやって二人で歩いてると……デートみたいだなって」
沈黙。
一瞬の間。
次の瞬間──
パシンッ!
「な、なに言ってるのよっ!!」
ヒサメの顔は真っ赤だった。
「い、今は任務中でしょ!? 変なこと言わないでよ!」
「わ、悪いって!」
カゲチヨは慌てて手を振る。
「そういう意味じゃなくてだな! 傍から見たらそう見えるかもってだけで──」
「そ、それでも変でしょ!」
言いながらも、ヒサメの声は徐々に落ち着いていく。
やがて小さく息を吐いた。
「……ごめん。叩いちゃって」
「気にすんな」
軽く笑って返す。
だが、どこかぎこちない空気が残る。
その空気を振り払うように、カゲチヨは言った。
「とりあえず連絡だな」
ヒサメも頷く。
「うん、カンナちゃんたちにも聞いてみるね」
それぞれ通信を取る。
カゲチヨはおやっさんへ。
『プルルルルッ──ガチャッ』
『どうしたカゲチヨ?』
おやっさんの声。
「ああ、おやっさん。こっちはダメだ、何も見つかってねぇ」
『そうか……こっちもだ。カンナたちにも聞いてみてくれ』
「了解。そっちも気をつけろよ」
通信を切る。
ヒサメの方も同じ結果だった。
「ダメみたい。シディたちも見つかってないって」
「……そうか」
完全に手詰まりだった。
その日は一度撤収し、拠点を移した。
そして翌日。
再び探索が始まる。
今度は二班。
カゲチヨたちは四人で西側を担当。
昨日とは違う区域へと入っていく。
「……なんか嫌な感じするな」
カゲチヨがぼそりと呟く。
ヒサメも頷いた。
「うん……なんか、空気が重い」
見えない圧のようなものが、じわじわと広がっている。
その時。
通信が鳴った。
『おやっさん?』
キリトからだった。
霧の話。
離れるなという指示。
通話を終えたカゲチヨはすぐに言う。
「ヒサ」
「ん?」
「おやっさんからだ。霧が出るらしい」
ヒサメの表情が引き締まる。
「……わかった。カンナちゃんたちにも伝える」
カンナとフィーアの元へ向かう。
「カンナちゃん、フィーアちゃん!」
「はーい!」
「どうしました?」
事情を伝えると、二人も真剣な顔になる。
そして──
来た。
白い霧が、足元から広がっていく。
「……マジかよ」
一気に濃くなる。
視界が奪われていく。
カゲチヨはすぐに叫んだ。
「ヒサ! いるか!」
「いるよ!」
「カンナちゃん!」
「ここだよぉ!」
「フィーア!」
「こちらにいます!」
全員無事。
カゲチヨは安堵の息を吐いた。
「いいか、絶対に離れるな」
全員が頷く。
四人は距離を詰める。
霧の中を進む。
視界はほぼゼロ。
音も吸われる。
異様な静けさ。
その中で。
カゲチヨは違和感を覚えた。
(……何かいる)
確実に“気配”がある。
だが見えない。
その時。
霧の奥に、影が揺れた。
「……っ!」
カゲチヨは一歩前に出る。
目を凝らす。
人影。
ゆっくりと近づいてくる。
「おいっ!!」
声を張り上げる。
「お前は誰だ! この霧、お前の仕業か!?」
影が止まる。
静寂。
そして──
「……カゲチヨか?」
聞き覚えのある声。
カゲチヨの目が見開かれる。
「……その声……」
一歩、踏み出す。
「お前……まさか……」
霧の向こうの影が、はっきりと輪郭を持ち始める。
カゲチヨside out
キリトside
霧は、確実に異質だった。
ただ視界を遮るだけのものではない。
音も、気配も、距離感すら曖昧にする。
「……厄介じゃのう」
ボティスが低く呟く。
「ただの霧じゃない。結界に近いな」
シディも周囲を警戒している。
キリトは九重を肩車したまま、ゆっくりと歩を進めていた。
「なあ、九重」
「はい」
「さっき言ってた霧……これと同じか?」
九重はしばらく考えてから、静かに答える。
「……はい。とても、似ています」
その言葉で確信に変わる。
(やっぱりか)
キリトは目を細めた。
「全員、警戒上げろ。これは当たりだ」
空気が一気に張り詰める。
その時だった。
霧の奥から──
「おいっ!!」
声が響いた。
「お前は誰だ! この霧、お前の仕業か!?」
キリトは一瞬、足を止める。
そしてすぐに口を開いた。
「……カゲチヨか?」
沈黙。
数秒の間。
やがて霧の向こうから返ってくる。
「……その声……おやっさんか?」
わずかに緊張が緩む。
キリトは小さく息を吐いた。
「無事か」
「こっちは全員いる!」
霧の中、影が近づいてくる。
やがて互いの姿がはっきりと見える距離まで来た。
再会。
だが──
キリトの目は細められていた。
「……全員、いるな」
「そっちもな」
短いやり取り。
だがどこか硬い。
カゲチヨが一歩前に出る。
「おやっさん、これどう思う?」
キリトは答えず──
カゲチヨの足元を見る。
次に影。
そして“気配”。
(……違和感)
ほんの僅か。
だが確実にある。
キリトは静かに口を開いた。
「なあ、カゲチヨ」
「ん?」
「昨日、別れる前に俺が言ったこと……覚えてるか?」
カゲチヨは即答する。
「そりゃ覚えてるに決まってるだろ」
その答えに──
ボティスの目が細くなる。
「……キリト」
小さな声。
警告だった。
キリトは続ける。
「じゃあ言ってみろ」
一拍。
霧が、わずかに揺れる。
カゲチヨは笑った。
「簡単だろ」
そして──
「“気をつけろ”って言ってたよな」
その瞬間。
キリトの目が鋭く光る。
「……違うな」
空気が凍る。
カゲチヨの笑みが、わずかに歪む。
「は?」
キリトは一歩前に出た。
「俺はそんな曖昧な言い方はしない」
低い声。
確信を持った声音。
「“離れるな”って言ったはずだ」
沈黙。
次の瞬間──
霧が、大きくうねった。
◆カゲチヨside
(……は?)
一瞬、思考が止まる。
次の瞬間。
ゾワッ、と背筋が粟立った。
「……っ!!」
後ろを振り向く。
ヒサメがいる。
カンナも、フィーアもいる。
──いるはずだった。
「……なんだよ、これ」
違和感。
いや、ズレ。
さっきまで“普通にいた”はずの三人。
なのに今は──
妙に静かすぎる。
「ヒサ……?」
呼びかける。
返事がない。
ゆっくりと振り返るヒサメ。
その顔は──
笑っていた。
「ねえ、カゲチヨ」
いつもの声。
なのに、何かが違う。
「どうして疑うの?」
ゾクリとした。
本能が叫ぶ。
──違う。
カゲチヨは一歩下がる。
「……お前、誰だ」
その瞬間。
“ヒサメだったもの”の顔が崩れた。
ぐにゃりと歪む。
霧と同じように。
カンナも、フィーアも。
形を保てなくなっていく。
「……っ、幻覚かよ!!」
叫ぶ。
同時に地面を蹴る。
距離を取る。
だが遅い。
霧が一気に濃くなる。
視界が完全に潰れる。
(クソッ……!)
その時。
遠くから声が届いた。
「カゲチヨ!!」
おやっさんの声。
はっきりと。
迷いなく。
「そっちにいるのは偽物だ!!」
その一言で、全てが繋がる。
(やっぱりか……!)
カゲチヨは歯を食いしばる。
「上等だよ……!」
拳を握る。
視界ゼロ。
敵は不明。
だが──
恐怖はない。
「本物、ぶっ倒してやる」
霧の中。
戦いが、始まる。
キリトside out