ジェニュエン・ヒロイン   作:赫牛

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微睡みから醒めて/君と星を見て

 幼い頃から、同じ夢を見る。

 真っ暗な闇の中に俺はいて、誰かが囁く。

 お前の役目を果たせ。

 俺の役目、それは何だ?

 その問いに応える様に、世界が赤く照らされる。一本の角を冠した、深紅の鎧が俺の前に立ちはだかる。

 これが、俺の役目?

 そこで夢は、いつも終わる。

 

 

 

 

 

 その夢の続きを、見させられている様な気がした。

 星に照らされた彼女の存在は余りにも現実離れしていて、彼女の口から俺の名前が出た事が、いやそれ以前に彼女が俺を見ている事が信じられなかった。

 

「どうかされましたか、藍?」

 

 しかしこれは現実で、俺は塾の帰りに偶々この人に出会った。ただそれだけの事だ。

 それだけなのに何故、こうも落ち着かない?

 

「いや、別に……その、ライナ、さんは星を見にここへ?」

「ライナで良いですよ」

 

 くすりと笑う彼女は、また遠い夜空を見上げる。優しく吹く風に、彼女の白いワンピースが揺れる。

 

「星を見に……とは少し違いますが、折角なら見たかったと言うのも事実です」

「じゃあ、何を?」

「ただ外に出たかった、と言うだけです」

 

 一時の気分、と言う様にも解釈できるだろう。しかしその言葉に籠った熱に、どうもそう言う事ではないだろうと思わせられた。まるで囚われの姫だとでも言う様な口ぶりだ。

 

「でもこんな時間に一人でいるのは危険だ。すぐ帰った方が良い」

「一人ではありませんよ」

「え?でも……」

「今ここには、貴方がいるでしょう?」

 

 俺がここにいて、彼女の傍にいるのが当然であるかの様な台詞だ。そんな訳がないのに。だが何故だろうか、それが当然であると感じ始めている自分がいる。それがライナの言葉によるものなのか、それとも俺自身の勝手な思い込みなのかは分からない。

 

「いや、俺は……」

 

 言い淀んだ俺に、手が伸ばされる。

 

「どうぞ、一緒に星を見てくれませんか?」

 

 改めての誘い。差し出された手は遠く、断るのは簡単に思えた。

 しかし、そうしようとは思わなかった。ジャングルジムを登り、ライナの手を取った。ライナの隣に座って、空を見上げる。

 今日の空には何故か、街のものとは思えない程に星々が輝いていた。

 

「あの星達には名前があると聞いたのですが、藍は知っていますか?」

「そりゃあ勿論、授業で習ったし」

「そうなのですね!ではあそこの星、あれは何と言うんですか?」

「あれは……フォーマルハウトだ。みなみのうお座の一等星で、この時期の南の空に一つだけ強く光る……」

「まあ、詳しいのですね……フォーマルハウト、不思議な響き……」

 

 噛みしめる様に呟いたライナは、暫く青く輝く一等星をじっと見つめていた。その光を目に焼き付ける様に、じっと。

 やがて満足したのか、また俺の方を向いた。

 

「みなみのうお座と言う事は、あれも星座の一部なのですよね?」

「まあ、そうなるが」

「そうですか……あの星も、誰かと繋がっているのですね」

「……そうだな」

 

 ライナの言葉の真意を汲み取る事ができたかは分からない。けれどライナはそれで満足した様で、どこか寂し気に目を細めた。

 

「ありがとうございます、藍。それが知れただけでも、ここに来て良かったと、そう思います」

「ライナ……?」

「そしてもう、時間のようですね」

 

 すくっと立ち上がったライナの目に映る星が、その輝きを失っていく。さっきまでが嘘みたいな暗闇が街を覆った。

 

「何だ……?」

「お別れですね、藍」

 

 そんな事を言う彼女は最初と同じ優しい笑みを浮かべていた。

 

「もうここにはいない方が良いでしょう。ここであった事は忘れて、貴方の日常に戻ってくださいな」

「何を言って——」

 

 問いただそうとした時、ぞくりと全身の毛が逆立つ。獣の唸り声の様なものが幾つも聞こえ、俺達の周囲の闇が一層に濃くなる。

 そしてばしゃりと飛沫を上げ、闇の中から異形の腕が伸ばされる。それも一つではなく、あちらこちらから。地面を掴んだ腕はそれを支点として上体を持ち上げる。赤く光る単眼を持つ顔が、翼を持つ胴体が、鋭い爪を持つ腕と脚が、闇の中から這い出てきた。

 その悪魔の様な得体の知れないものに、俺達は取り囲まれていた。

 

「これは、一体……?」

「逃げてください、藍。大丈夫、何もしなければ貴方に害は及びません」

「逃げるって、君はどうするんだ!?」

 

 悪夢の様な状況の中、ライナは変わらず笑みを浮かべる。しかしそれは、どこか寂しく、何かを悟った様な表情だった。

 

「私は大丈夫です。ただ運命を受け入れる、それだけですから」

「なっ……」

 

 受け入れる。逃げるつもりは無いという事か。しかしそれが意味するのは。

 駄目だ、そんな事。

 

「逃げるぞ!」

「え……でも私は——」

「良いから!一緒に来るんだ!」

 

 戸惑うライナの手を無理矢理掴んで跳ぶ。

 

「きゃっ……!」

 

 着地し、小さく悲鳴を上げながら落ちるライナを受け止める。支えて立たせて、それから手を引いて走り出す。

 

「あの!私は……」

「うだうだ言っている場合か!」

 

 振り返ると悪魔達が列を成して追いかけてくるのが見えた。こみ上がってくる恐怖を押し殺して、只管に足を動かす。

 

 

 

 どれだけ走ったかは分からない。後ろを走るライナの荒い息が聞こえ始め、引っ張る手が重くなる。

 

「藍……私もう……」

 

 その言葉と共にライナは立ち止まってしまった。

 

「大丈夫か!?」

「もう良いです、藍。私は気にせず置いていってください」

 

 うずくまり肩で息をするライナに、もう立ち上がる意思は無い様に見えた。

 

「何を言ってるんだ、置いていける訳——」

「これが私の運命ですから、貴方まで巻き込む必要はありません!」

 

 毅然とした態度でライナは言い放つ。

 その言い草に、怒りが沸き上がる。

 

「馬鹿を言うな!もう巻き込んでいるだろ!」

「っ……ですが今ならまだ——」

「一緒に星を見ると言ったのは君だろう!?一人じゃないと言ったのは君だろう!?なのに何で今更、関係無いみたいな顔をするんだ!」

 

 身勝手な言葉に、態度に、思わず怒りをぶつけてしまう。俺はこの人の言葉と笑顔にどうしようもなく惹きつけられたのに、それをなかった事にしろと言う傲慢に、心の底から怒りがこみ上げてくる。

 だから、どうあったって彼女に危害は加えさせない。

 

「立てるか?絶対に逃げるぞ」

「でも……」

「君は俺が守る。だから、君も生きたいと言ってくれ……!」

 

 俺の言葉に、ライナの瞳が揺れる。彼女の口が、何かを紡ごうとする。

 しかし、奴らはそれを許さなかった。低い唸り声が、もう間近に迫って来ていた。

 

「くそっ!」

 

 最前列にいる一体に向かって走り拳を繰り出す。胴に当たったそれは、しかし全く効いている様子は無かった。それを認めた瞬間悪魔の腕に弾き飛ばされる。

 

「ぐっ……」

「藍!」

 

 腕の一振りを受けただけで全身に痛みが走るが、それでもライナを庇う様に手を広げ、悪魔の軍勢を睨みつける。しかしそれ以上、俺には何もできない。今の俺には、ライナを守る力は無い。じりじりと迫る悪魔に対して、俺は無力だ。

 

 

 

 

 

 何故俺には何もないんだ。

 こう言う時に都合の良い奇跡が起きたりしたって良いだろう?そう思ってもそんな気配は全く無くて、俺は女の子一人も守れずに死ぬのかもしれない。

 

 嫌だ。

 こんな所で終われない。終わりたくない。

 だって、俺はまだ。

 自分の役目だって、分かっていないんだから——。

 

 

 

 

 

 俺の想いが神に届いたのかは知らない。

 ただそう叫んだ時、それは俺の前に降りてきた。

 

 

 

 

 

 漆黒の闇を切り裂く様に、一筋の光が俺の目の前に降り注ぐ。それは悪魔達を押しのけ、不気味に静まった街を照らす。

 光の中に、赤く光る宝石が見える。宙に浮かんだひし形のそれは吸い寄せられる様に俺の元に来て、違和感も無く俺の腰に沈んでいった。

 途端に熱くなる体。全身を何かが駆け巡り、光が俺を包んだ。

 

 

 

 

 

 藍の体を黒い皮膚が覆う。発せられる赤い光はそのまま深紅に染まった鎧を形作り、藍の体に纏われる。腰には赤い宝石が光り、背中の鎧を突き破って現れたのは、空を裂く鳥の様な翼。

 そして一本の角を冠する仮面の瞳が、緑の光を湛えた。

 

 

 

 

 

 眩い光が周囲を赤く染める中、自分の腕を見る。赤い鎧を纏ったそれを見て気付く。これは、あの夢で見たものと同じだと。

 

「これが、俺の役目……?」

 

 いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 守るんだ。この力で、ライナを。

 

 

 

 

 

 跳びかかる悪魔を、藍は蹴りで薙ぎ払う。それだけで悪魔は黒い闇を撒き散らしながら塵の様に崩れていく。翼のはためきで悪魔を怯ませた藍は、疾駆し悪魔達の間に入るとその拳と蹴りで悪魔を霧散させていく。

 次々と蹂躙される悪魔達。しかしその中には、懲りずに隙を見てライナに迫ろうとするものがいた。

 

「ちぃっ!」

 

 それに気付いた藍は左肩に手を伸ばし、そこから白く輝く刃を引き抜く。腕を引き絞り、そして放つ。回転し飛翔する刃はライナに手を伸ばさんとしていた悪魔達の首を断ち、消滅させていく。戻ってきた刃を受け止めた藍は、すかさずそれで迫る悪魔を切り裂く。

 嵐の様な乱舞の後、無数にも思えた悪魔達は遂に一体を残して塵となって消えた。残った悪魔は他のものよりも一回り大きく、手に持つ剣は闇を纏う。

 あいつを倒せば終わる。そう直感した藍は翼を広げ、地面すれすれに滑空して悪魔に肉薄し刃を叩きつける。悪魔はそれを剣で受け止め、数瞬刃と剣がせめぎ合う。反発し離れた刃達を、両者は再び振るって切り結ぶ。火花が散り、軋む音が木霊する。

 拮抗はすぐに崩れる。悪魔の剣が、藍の刃を弾き飛ばす。藍の手から離れ宙を舞う刃に、悪魔の不気味な笑みが映る。

 勝ちを確信した悪魔は、深紅の敵に向かって上段から剣を振り下ろす。

 しかし。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 藍が身体を捻り右脚を蹴り上げる。脚先には光が集まり、それは刃となって悪魔の胴を切り裂いた。予想外の攻撃に怯む悪魔。そして。

 

「たあっ!」

 

 藍は蹴り上げた脚を引き戻し、それを真っ直ぐに、悪魔の胴に撃つ。衝撃で吹き飛ばされた悪魔は、そのまま光を溢れさせ空中で爆発した。

 

 

 

 

 

 終わった。

 そう思うと同時に力が抜け、膝から崩れ落ちる。鎧が輝いて光に分解され、露わになった肌に冷たい空気が纏わりついた。

 息が荒い。心臓が痛い。しかしそれよりも、戸惑いが体を支配する。

 あれが俺の役目、なのか?

 だとしたら、俺は一体……。

 

「藍!」

 

 俺を呼ぶ声がしたのと同時に背後から抱き着かれる。体を起こしても、ライナは抱き着いたままだった。

 

「ライナ……俺は……」

「私が間違っていました、藍」

「え……?」

 

 手を取ってライナに向き直ると、彼女は光を湛えた目で俺を見つめた。

 

「やはり貴方が、私の運命だったのですね……」

「俺が……君の、運命……?」

 

 俺の胸に顔を埋めた彼女の言葉の意味を、今の俺は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 深く沈んでいた心が目を覚ます。視界の端から差す白い光に、少し目が眩む。

 

「う……」

 

 何か柔らかいものの上に寝転がっている。声は上手く出ない。しかしその音に気付いたのか、誰かがこっちに近づいてくるのが分かった。

 

「美琴さん?目が覚めましたか?」

「……来那?」

 

 僕が名前を呼ぶと、白いワンピースを着た来那の顔が光を取り戻す。

 

「おはようございます、美琴さん」

 

 そして柔らかな笑みを浮かべて、僕の名前を呼んだ。

 

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