ジェニュエン・ヒロイン   作:赫牛

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/貴方に誓って

 玄関には父親の靴は無かった。まだ帰ってきていない事に安堵し、ライナを招き入れる。

 リビングに入り、照明を点ける。

 

「まあ、これが藍のお家なのですね」

「別に変わったものも置いてないけどな、普通だよ」

「そうなのですか?……黒い物が多いですね」

「無難だからな」

「いえ、素敵です」

 

 ユニークさの欠片も無い部屋だけど、こうもストレートに褒められると少しくすぐったい。

 咳払いして気を取り直そうとした時、俺の腹が鳴った。

 

「あ……」

「お腹が空いていますの?」

「いや、別に、大丈夫だよ……」

 

 狼狽える俺を見て、ライナはくすりと笑った。

 

「私は気にせずに何か食べてくださいな。今日も頑張ったのでしょう?」

「……良いのか?」

「ええ、勿論」

「分かった、済まない」

 

 実の所、戦った事もあってかなり空腹だった。言葉に甘えて夕飯の用意をする事にした。と言っても、作り置きしてある物を幾つか温めるだけだが。

 

 温まった物を食卓に並べていると、ライナの視線に気付く。何も言わないが、料理を見ているのは明らかだった。

 

「……食べるか?」

「え?あ、いえ!私は……」

「食べたいって顔してたぞ」

「それはその……もし藍が作った物なら食べてみたいなと思っただけで」

「俺のなら?一応そうではあるが……」

「そ、そうなのですか?」

 

 むむむと唇を尖らせるライナ。それを見て、並んだ皿をライナの方に差し出す。

 

「どれが良い?」

「え、でも……」

「良いから。遠慮するな」

 

 少し逡巡したライナは躊躇いがちにオムレツを指差す。

 

「でしたら、こちらを……」

「それな……ほら、どうぞ」

 

 フォークを渡す。席に着いたライナはオムレツまでフォークを伸ばし、手前で一瞬止まって、しかしオムレツに刺して口に運ぶ。咀嚼したかと思うと、手で口を押えた。

 

「美味しいです……」

「そうか、それは……良かった」

「あの……もう一つだけ良いですか?」

「良いよ、好きなだけ食べて良い。ほら、オムレツだけじゃなくても」

 

 ライナの感動する様子が可笑しくて、ついもっと食べて欲しくなって他の皿も差し出す。ライナは目を輝かせて一つおかずを食べては目を見張り、頬を緩ませている。いつの間にかおかずはかなり減っていて、俺も慌ててフォークを手に取る。

 

「美味いか?」

「はい!……あっ、すみません。美味しくてつい……」

「良いんだよ。一人だとなかなか減らないからな」

 

 自然と笑みが零れる。思えば、食事中に笑うのは結構久しぶりな気がする。

 暖かなひと時は、ゆっくりと流れていく。

 

 

 

 

 

 俺達がごちそうさまを言って箸を置いた頃には、皿に盛られた料理達は綺麗になくなっていた。皿をシンクに片付け、また席に座って一息つく。

 

「とても美味しかったです、藍」

「気に入ってもらえたなら良かった」

「良ければまた……と、そうではなくですね」

 

 緩んだ空気に喝を入れる様にライナは咳払いをする。

 

「今日ここに来たのは、貴方に説明をしようと思ったからです」

「説明……俺が君の運命、と言う事のか?」

「ええ、貴方には必要でしょうから」

 

 居住まいを正したライナの瞳が俺を射る。それにあてられてこちらも背筋が伸びる。

 そしてライナは語り出す。

 

「私の家系は、代々悪魔につけ狙われているのです。昨日私達を襲ったのはその手先でしょう。悪魔はその時代の最新の子孫である者を攫い、その命を奪う事を欲しているのです」

「……にわかには信じ難いな」

「仕方無いと思います。貴方には無縁のはずでしたから。しかし、ある意味では貴方は最初から無関係ではなかったのです」

「最初から……?どう言う意味だ?」

 

 それが運命と言う言葉に繋がるのだろう。しかしその運命とは一体?

 

「私達が悪魔に命を狙われる一方で、それを防ぐ『騎士』もまた、それぞれの時代に現れる様になりました。彼らは私達の近くに現れ、来るべき時まで悪魔と戦う……その様に、天によって生まれた時から運命づけられていると聞きました」

「それが、俺だと?」

「そうです……明日葉藍、貴方は私を守護する運命にある騎士に選ばれたのです」

 

 突拍子も無い話だ。しかしそれを語るライナは大真面目で、俺も彼女が嘘を言っている様には見えない。何より、信じられない様な出来事は既に昨日から始まっているのだ。これで信じない方が嘘だろう。

 

「運命づけられているが故に、貴方は私の危機を感知する事ができます。その逆も、貴方が戦っているのを、私は感じ取る事ができます。だから今日、私はここに来る事ができました」

「運命、か……」

「勿論それに抗う事もできます。貴方にはその権利があります。ですが……」

 

 そこでライナは言葉に詰まった。

 

「どうした?」

「いえ、ただ私は、なんと酷い事を言うのだろうと……」

「……言ってみてくれ」

「……はい」

 

 すうと深呼吸したライナが言葉を紡ぐ。

 

「明日葉藍、貴方には私の騎士として戦っていただきたい。それが私の願いです」

 

 それだけ言うとライナは泣きそうな顔になって俯いてしまった。

 

 

 

 運命に抗わず、従って戦う。

 確かにそれは残酷な事なのかもしれない。

 しかし戦うのは、ライナを守るため。

 そのために戦うのなら、俺は。

 

 

 

 俯くライナの髪を撫でる。大丈夫だと伝わる様に、優しく。驚いて顔を上げたライナの目には涙が溜まっていた。

 

「分かった。でも俺は君が望むから戦うんじゃない」

「え……?」

「俺は君を守りたい。だから戦う、君の騎士として」

 

 ライナの頬を伝う涙は透き通っていて。

 彼女を守るためならどんな過酷な運命でも構わないと、そう思えてしまった。

 ライナが抱き着いてくるのを受け止めて、俺も彼女を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 どれ程そうしていただろうか。

 不意に玄関の開く音がする。そして廊下を歩く音。

 俺達が固まっていると、リビングのドアが開かれる。

 

「ああ藍、まだ起きていた……のか」

 

 俺の父親、明日葉(りく)は俺とライナを見て言葉を詰まらせ、何とも言えない顔になったかと思うと逆再生とも思える動きでドアを閉める。

 

「え、ちょっと、父さん?」

 

 廊下に出ると父さんは玄関で靴を履きなおしている所だった。

 

「父さん何してるんだ?今帰ってきたばっかりだろ?」

「いやなに、俺がいると邪魔だろう?」

「邪魔って何の?」

「そりゃお前、折角彼女を家に連れ込んだのに俺がいたら気まずいだろう?俺も気まずい。だからお邪魔虫はいなくなろうと思ってさ」

「彼女……彼女!?いやいや違う、ライナはそう言うのじゃなくて——」

「はぁ、ついにお前もそう言う事をする様になったか……今まで女っ気が全く無かったから心配してたんだぞ」

「人の話聞けよ!違うって言ってるだろ!」

 

 くだらない言い合いをしていると、いつの間にかライナが俺の後ろに来ていた。

 

「藍、こちらの方は?」

「え、あ、その……」

「初めまして。(わたくし)、藍の父親の明日葉陸と言います。息子がお世話になっている様で……」

「まあ、お父様だったのですね。初めまして、ライナと申します。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に……藍」

「なに?」

「しっかりした人だな。絶対手放すんじゃないぞ」

「だからそう言うのじゃない!」

 

 言うだけ言って満足したのか、父さんは俺の話を聞かずにではと玄関を開けて出ていってしまった。

 疲れがどっと押し寄せて、大きなため息が出る。

 

「大丈夫ですか、藍?」

「いやちょっと、疲れただけだ」

「そうですか……帰るので付いて来て欲しかったのですが……」

「いやそれは、送っていくよ」

 

 俺がそう言うと、ライナはいやと首を振る。

 

「疲れているのに悪いです……なので今日はこちらに泊る事にします」

「……は?」

「私はなるべく貴方と一緒にいる方が良いので。と言う訳で藍のお部屋に案内していただけませんか?」

「……それは何故?」

「そこで一緒に寝るからです」

「寝れるかぁ!」

 

 この(ひと)の騎士であると言う運命は、想像以上に過酷なのかもしれない。

 

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