ジェニュエン・ヒロイン   作:赫牛

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僕の気持ちは/

 朝日が昇った。その光が窓から差し込んで、そして僕は目を覚ます。

 いつも通りの自分の部屋。

 横に来那はいない。思わずため息が出る。

 当たり前の事なのに、凄く寂しく感じてしまう。

 

 僕は何を考えているんだろう。

 出会って間もない人と、一度一緒に夜を過ごしただけ。それなのにその人がいないだけで、元の空虚な日々に戻ってしまったかの様に思えてしまう。

 だけど来那の存在は僕にとってそれだけ大きいものだ。彼女と一緒にいる時は世界と繋がっている様な、一人じゃないと思える様な、そして彼女と心で繋がっている感覚がする。僕はそれがたまらなく嬉しくて、だからもっと彼女と一緒にいたいと思うんだけど、そう上手くはいかないのがこの世界だって言うのも知ってるから。

 だからすんなりと諦めて、ここに戻ってきた。

 でもたった一日会っていないだけで、こんなにも心が沈んでしまうなんて。

 

 

 

 

 

「どうしたのーそんな顔して」

「んー?」

 

 朝食を食べているとお母さんがいきなり尋ねてくる。

 

「なんか、心ここにあらずって感じ」

「別に普通じゃない?」

「いーや、違うわね……」

 

 弁当を作る手が止まり、こちらをじっと見ている。やがて何かに納得したかの様に深く頷いた。

 

「な、何?」

「恋ね」

「こい?」

「好きな人出来たんでしょう?」

「え、え?」

 

 藪から棒にどうしたんだ一体。

 

「だって美琴、私の事考えてる時の父さんと同じ顔してるわよ」

「何それ……」

 

 だから恋だ、と言うのは少し強引な論法ではないだろうか。まあこの人の謎理論は今に始まった事ではないから考えても仕方無い。勘だと言われるよりは根拠が一応あるからまだ納得はできる。

 しかし、恋、か。

 来那といる時に感じたものは確かに甘酸っぱい何かではあったのだけれど、それが恋だと自信を持って言えるかと言えばそうではない。誰かに恋愛感情を持つと言う自覚が無いままこの歳を迎えてしまったので確かめようが無い。

 だけど今まで感じた事の無いものだったのであれば、それは即ち恋に当てはめられると言えるのではないだろうか。

 

「あ、赤くなってるー」

「うるさいなぁ」

 

 

 

 

 

 教室に入ると皆が僕を見た。普段ならすぐに視線は逸れるのだけれど、今日はそうではなかった。僕を見ながら何やらひそひそと、内緒話でもしている様な感じだ。

 

「僕、何かしたっけ?」

「さあ?」

 

 隣の席の藍に聞いてみるも生返事しか帰って来ない。

 

「絶対なんかあるじゃん、ねえー」

「ああもう知らないよ。俺はまた誰か振ったのかと思ったんだが?」

「振ってない!誰にも告白されてないよ!」

「お前の事だ。無意識にって事もあるかもしれない」

 

 無意識にって、人の事を何だと思ってるんだ。

 流石に抗議しようとした時、クラスメイトの男子が遠慮がちに近づいてきた。

 

「な、なあ周防」

「なに?」

「お前昨日、フジ女の子と一緒に登校してたってほんと?」

 

 フジ女。浮島(ふじま)女学園の略で、来那が通っている学校の事だ。

 確かに昨日は来那の家から出発して、途中まで一緒に登校してきた。その噂が一日して広まったのか。

 

「そうだけど……」

 

 僕が肯定した途端、しんとしていた教室が一気に騒めいた。

 

「おいまじかよ……お前やばいな」

「は?何が?」

「だってあのフジ女だぞ!?高嶺の花だぞ!?それと付き合ってるとか意味分かんねえだろ……」

「いやいや付き合ってないって!一緒に登校しただけ!」

「付き合ってなくてそれの方が意味分かんないだろ!」

 

 まるで犯罪でもしたかの様な言われようだ。ただ一緒に登校しただけなのに。

 いや、これはあれだ。シットとセンボウってやつなのかも。

 

「兎に角、君らが思ってる様な事は無いから!大丈夫だよ、ね!?」

 

 クラスメイト達はまだ半信半疑と言う感じではあった。しかしタイミング良くチャイムが鳴った事で、渋々ながらも諦めて引き下がってくれた。

 先生が入ってきてホームルームが始まり、僕は一息つく。

 

「俺になんだかんだと言っておいて、自分もやる事やってるじゃないか」

 

 藍がにやにやしながら小言をぶつけてきた。

 

「だからそう言うのじゃないって……」

「ふーん」

「何その反応」

「別に?」

 

 昨日追及した仕返しのつもりなのだろうか。こういう時の藍はちょっとめんどくさいけど、大抵は向こうに大義名分があるので何も言い返せない。

 

 

 

 

 

「で、お前、本当に好きな奴が出来たのか?」

 

 昼食の時間。普段そんな事を言わない藍がいきなり屋上で食べようと言い出したので、何かと思って付いていったらそんな事を言われた。

 フェンスにもたれる様にして座り、少し考える。

 

「好きって……分かんないよ、そんなの」

「お前の場合、誤魔化してるとかじゃなくて本気で分かってなさそうなのが厄介だよな」

 

 隣に座った藍は苦笑して、自分の弁当を開けた。

 あれ?

 

「藍」

「ん?」

「いつもより弁当のおかず少ないね」

 

 いつも色とりどりのおかずが並んでいる藍の弁当箱に、今日は玉子焼きと野菜炒めしかなかった。

 

「あ、これは……昨日食べ過ぎたんだ」

「食べ過ぎた?藍が?」

 

 藍は普段から小食で、暴飲暴食もする様な性格ではない。だけども作り置きしているものを弁当に詰めているらしいから、その作り置きがなくなったのも本当なのだろう。そして藍は計画性のあるやつだから、弁当に入れる用のおかずが突然なくなるなんて事も無いはず。

 それはつまり……。

 

「お、俺だって偶にはそう言う時もある。良いだろ別に」

「でも……」

「そうじゃなくて!今はおかずじゃなくてお前の話だ!ここ最近何か出会いとか無かったのか?」

 

 藍が大声を出したせいで、まとまりかけていた思考が散ってしまった。また集めるのは難しそうだから、仕方なく僕の話の方へ考えをシフトさせる。

 

「出会いは……あるにはあるけど……」

「じゃあ絶対それだ。クラスメイトなんて眼中に無いみたいな顔してたんだから絶対それだ」

「どう言う顔なのさそれ」

 

 藍から僕は一体どう言う風に見えているのだろうか。

 

「それで、どう言う出会いなんだ?」

「それは……ええと、公園に行ったらその子が歌を歌ってて、一緒に夕日を見てそれから……」

 

 それから、悪魔に襲われて、僕は戦った。

 そう。余りにも鮮烈な出会い。僕の中に来那の存在は、強く刻み込まれた。

 

「公園で、歌を……?」

 

 顔を上げると、藍は眉をひそめて考え込む様な顔をしていた。

 

「藍?」

「あ……いや、なんでもない。そうか、歌か。それは印象に残るな」

「う、うん」

 

 強引に話を戻された気がする。なんだろう、今の話に何か引っかかる事があったのだろうか。

 

「それで、その子に惚れたと」

「惚れたのかな……」

「違うのか?」

「分からない。ただ、この子の事を守りたいって、守るのが僕のやるべき事だって思ったんだ」

 

 果たしてそれを好きと言うのか、恋と言うのかは僕には分からない。ただ夢に従っているだけかもしれない。

 

「その子の事、守りたいのか」

「うん、初めて、心の底からそうしたいって思った」

 

 これも本心だ。心の底から、僕は来那を守りたい。

 ぽん、と肩に手が置かれた。

 

「だったら、その気持ちを大事にしろよ」

「……そうだね」

 

 その気持ち、僕がやりたいと思った事を、大事にする。

 来那を守る事を、僕にとって大事なものにする。そうすれば、僕が来那をどう思っているのか分かるのかもしれない。

 

「やっぱ好きなんだろ」

「……どうだろうね」

 

 今は分からなくても、いつかは必ず。

 

 

 

 

 

「それじゃまた明日ね来那!」

「ええ、また明日」

 

 一緒に下校していた友達と別れ、倉田来那は一人、道を歩く。不思議と人気(ひとけ)は少なく、それも相まって来那はつきまとう恐れを拭えないでいた。

 先程から誰か、見知らぬ男が一人自分の後をつけてきていた。ちらりと振り向いた時に見えた男の目は虚ろで、言い得ぬ恐怖を感じた来那の足は次第に速くなっていく。それに合わせて男の足も速くなっていく。

 幾度目かの角を曲がった時、後ろから聞こえていた足音が突然しなくなった。ようやく諦めてくれた。そう思って顔を上げた来那の前に、虚ろな目の男が立っていた。

 小さく悲鳴を上げ、後退る来那。

 

「だ、誰なんですか!?」

 

 僅かに湧いた勇気と怒りを使って誰何する来那。尋ねられた男は、しかし表情を変えずに口を開く。

 

「お前を、いただきにきた」

「え……?」

「お前は、贄だ」

 

 そう言った男の体から力が抜け、地面に倒れ込む。その影が伸びていくのと同時に、夕焼けがが突然闇に染まった。

 そして影の中からそれが現れる。蛇の様な鱗を持ち、鋭い牙を持った悪魔。そしてそれが黒い剣を引き抜き、来那に迫る。

 来那の悲鳴が、闇の中に響いた。

 

 

 

 

 

「来那!?」

 

 一人下校していた途中、来那の声を聞いた気がした。同時に胸の中にせり上がってきた焦燥感が伝えている、来那が危ない。

 何故か分かる来那の位置は、ここからだと少し遠い。走って行っては間に合わない。

 

「くっ……!」

 

 近くの路地裏に入り、誰もいない事を確認して鞄を捨て、そして強く力を望んだ。すると腰に青い宝石が現れ、体が白い光に包まれる。鎧が装着され、全身に力が漲る。

 完全に変わったのと同時に翼を広げ、空高く飛びたつ。心が示す方に一直線に、全力で向かう。

 

 やがて闇に覆われた街の中に、来那の姿を見つける。彼女は今まさに、悪魔に斬りつけられようとしていた。

 

「来那ーっ!」

 

 

 

 

 

 悪魔が振り下ろした剣は、来那に届く前に降り注いだ白い流星によって阻まれた。美琴の持つ白い剣が悪魔の黒い剣と拮抗し、そして弾く。後退った蛇の悪魔はちっと舌打ちをした。

 

「騎士が来たか」

「騎士……?」

 

 美琴が言葉の意味を考える間も無く悪魔が美琴に斬りかかる。美琴はそれを剣で受け止め、来那から遠ざけるように押し込む。

 鍔迫り合う中、突如悪魔の首が伸び、美琴の首に牙を突き立てようとする。咄嗟に頭を傾けて躱した美琴だったが、悪魔は連続して噛みつこうとし、その間にも鍔迫り合いは続く。悪魔に攻め立てられ、徐々に余裕が無くなっていく美琴。そしてその隙を悪魔は突く。

 悪魔が剣を引き、美琴が体勢を崩した瞬間、悪魔が美琴の身体に巻き付いた。そのまま力を込め、美琴を締め上げる。

 

「ぐ、うう……」

 

 呻きを上げる美琴に、蛇の悪魔は鋭い牙の生えた口を開けて笑う。そしてそのまま、美琴の首に牙を突き立てようと迫った——。

 

 

 

 

 

 このままじゃ負ける。

 駄目だ、そんな事は。

 僕は来那を守る、それが僕にとって大事な事だから。

 だから。

 負けてたまるか——。

 

 

 

 

 

 美琴の左手に光が集まり、それは白い銃を形作る。美琴はそれを悪魔に押し当て、引き金を引く。零距離で発射された光の弾が悪魔を撃ち、怯んだ隙に美琴は拘束から逃れる。

 怒る様に唸り、剣を振り上げて迫る悪魔に対し、美琴は更に光を集めて両肩と腰に砲身を生成する。そしてその全てから光の奔流を撃ち出し、悪魔の四肢を焼く。

 悪魔が倒れ込んだのを見て、美琴は銃を捨てて走り、剣に力を注ぎこむ。そして悪魔が立ち上がった瞬間、剣を振るい悪魔の首を斬り落とした。

 頭部を失った悪魔の身体は力無く倒れ、直後爆発し跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 大きく息を吐き、緊張が解けると鎧は光へ還っていく。

 

「美琴!」

 

 振り向くと、泣きそうな顔の来那が勢い良く胸に飛び込んできた。

 

「美琴、私、私……」

 

 上手く言葉が紡げない来那の髪に、そっと手を置く。

 

「帰ろう、来那」

「はい……!」

 

 肩を抱きよせると、来那の鼓動を感じた。

 このぬくもりを、守れてよかった。これが僕のやるべき事なのなら、それ程嬉しい事は無い。

 だからこれからも、来那は僕の手で守るんだ。

 闇が晴れた後の夕焼けは、初めて会った時と同じくらい赤くて眩しかった。

 

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