ジェニュエン・ヒロイン   作:赫牛

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君と共に/お前と共に

 僕が最後に悪魔と戦ってから、今日で丸一週間。

 あれから悪魔達が動いた様な気配も無く、あの夜は何もなかったみたいな顔をして過ぎ去っていこうととしている。

 でもそうはいかないんだろう。いつかまた、あの闇がやってくる。

 蛇の様な悪魔。あいつは僕の事を騎士と言った。僕に宿った力の事を知っているようだった。初めて戦った時の事を知っていて皮肉の意味で来那のナイトと言った可能性ももちろんあるけど、そうではなく何かの意味があるような気がしてならない。僕は自分の役割を悟っただけで、この力の事は何も知らない。力が欲しいと言う僕の想いに偶々応えてくれたと言う、ただの都合の良い話なだけだ。

 僕は来那を守れれば良い。確かにそうだけど、力の事とか、そもそも悪魔達そのものとか、謎は多い。

 

「何考え込んでるんだ?」

「え?ああ、なんでもないよ」

 

 僕の応えに藍は怪訝な顔をして、でもそれ以上言及する事は無かった。何も言わず、遠くの席に目を遣っている。先週から休んでいる生徒の席だった。

 

「芽衣ちゃん、まだ元気にならないのかなぁ」

「ずっと休んでるよねー」

 

 周りから女子達が噂する声が聞こえる。この前僕達に絡んできた日を最後に、高橋芽衣と言う生徒は登校してきていない。どこかに入院しているとも言われているが、真偽は定かではない。

 

「藍、何か知ってるの?」

「え……何がだ?」

「高橋さん、ずっと見てるから」

「え……あ、いや、何も知らないぞ」

 

 何だろう、妙に慌てた様な気がする。いかにも何か知ってますって感じ。

 

「ふーん」

「な、なんだよ。何も知らないって」

「そう、まあ良いけど」

 

 こう言う時の藍は問い詰めても何も言わないからこれ以上は何も言わない。

 そう言えば、と思う。関係があるとは思えないが、あの悪魔達は他の人に害を及ぼしたり目撃されていないのだろうか。

 現時点ではそれっぽいニュースは報じられていなかったし、噂も無かった。誰にも見られていないのか、または……見た人は全員言えない状況になったのか。真偽は定かではないけど、これだけ何も無いと逆に恐ろしく感じてくる。見られないと言うのは騒ぎにならないって事だし、来那に何かあった時に頼れるのが自分の感覚だけと言うのは凄く不安だ。

 兎にも角にも分からないことだらけだ。果たして僕は、僕一人の力で来那を守れるのだろうか。

 

 

 

 

 

『公園に行ったらその子が歌を歌ってて、一緒に夕日を見て——』

 

 一週間前、美琴はこう言っていた。それがずっと引っ掛かっている。

 公園で歌う女の子と出会って、一緒に空を見る。俺がライナと出会ったシチュエーションと丸きり同じだ。一致し過ぎていてどうも偶然ではない気がしてならない。

 

「今日どこか寄るか?」

「あれ、塾じゃないんだ?」

「まあな」

 

 だから塾に連絡を入れて休ませてもらい、美琴と一緒に下校して詳しく聞き出す事にした。

 美琴がライナとどう言う関係なのか、騎士として知っておく必要がある……気がする。故に、今日は必ず聞き出してみせる。

 

 

 

 

 

 と、意気込んだは良いものの、どう切り出せば良いか分からず、当たり障りの無い話をしている内に目的の本屋まで来てしまった。当然美琴の興味は会話から本に移るので、自然と会話も減る。

 敏い美琴の事だ、唐突に公園での事を聞くと俺が何か知っている事に勘づくはず。そうなって聞き出そうとされると面倒だ。万が一に騎士関連の事を知られて興味を持たれるとまずい。こいつを巻き込みたくはない。

 いや、もう気付いているのか?朝俺に何か聞きたそうだったのはその事だったのか?

 分からない。だからこそ、慎重に動かないといけない。

 だからと言って、一体どう切り出せば良いものか……。

 等と考えながら美琴について行った先は……。

 

「ここ、漫画コーナーじゃないか?」

「え、そうだけど?」

 

 色とりどりの漫画が所せましと並べられたエリアだった。

 

「お前、仮にも受験生だろ?参考書とか……」

「あー、まあ、そう言うの良いかなって……」

「ほんと、お前は天才だよ」

 

 美琴の頭なら参考書は必要無いのだろう。そう言うのを使わずに自分なりの勉強で満点を取るのがこいつなのを忘れていた。

 全くこいつは、きっと俺が思っているよりも頭が良いんだろう。きっと俺の迷いにも、気付いている。

 思わず、ため息が出る。

 

「どうしたの?」

「いや、お前は賢いよ」

「まあね」

「……なんで何も聞かないんだ?」

「何を?」

「聞きたい事がある、って顔してたぞ」

 

 一瞬きょとんとした美琴は、可笑しそうに笑って頭を掻く。

 

「いや、お前なら聞かなくてもいつか分かるのか」

「そんな事無いよ。人の心まで分かったら、もっとつまんなさそうな顔してるんじゃないかな」

「じゃあ何で聞かないんだ?」

「藍は言わないって顔してたから……それに」

 

 言葉を区切り俺を見る美琴の目は、初めて会った時と同じで、俺の目ではない何かを見ている様な気がした。

 

「心の中が分からなくても、僕達は友達でしょ?」

 

 美琴は人の目の奥を見ない。人の心を覗こうとしない。線を引いて、人に近づかない。

 そんなやつが、友達だと言ってくれている。

 それに対して俺は、あまりにも不誠実じゃないか?俺を信じている友達の事を信じれないと言うのは。

 

 きっと話しても大丈夫だ。

 俺も、そう信じる。

 

「美琴、お前……」

 

 ライナと言う女の子を知っているか?

 その言葉は、闇に飲まれて美琴には届かなかった。

 

 

 

 

 

 照明が明滅し光が消える。賑やかだった店内から人の気配は完全に消え去り、静かな闇が俺を包んだ。

 

「これは……」

「美琴?」

 

 否、俺だけではなかった。美琴も俺と同様、闇の中に取り残されている。

 ずしん、と揺れる。

 何か重いものがゆっくりと歩いてくる、そんな音だ。音と振動は少しずつ、俺達の後ろから近づいてくる。冷や汗が垂れるのを感じながら、そちらに振り返る。振動が本棚を揺らして、内に収まった本はゆらゆらと安定しない。

 そして一つ、ぱんと音を立てて落ちる。

 瞬間、その本が収まっていた本棚が轟音と共に粉々に砕け散って本が散乱する。本棚を破壊した黒い巨大な拳が隣の本棚を押しのけ、その姿を露わにした悪魔が咆哮する。黒い体毛に覆われた筋骨隆々の類人猿と、乾いた皮膚を持ち痩せ細った悪魔とのアンバランスなパッチワーク。

 悪魔に対抗する力は勿論ある。しかし今は俺一人ではなく、ここだと美琴を戦いに巻き込んでしまう。

 故に。

 

「逃げるぞ、美琴!」

「う、うん!」

 

 今は背を向けて逃げるしかない。どこか開けた所を目指して走るしかない。

 出口を目指して走る俺達を破砕音と地響きが追いかけてくる。本棚の間を抜ける俺達に対して悪魔は全て壊しながら一直線に向かって来る。追いつかれそうになる度に方向転換し、間一髪で拳を躱す。

 何度か繰り返し、ようやく出口が見える。ちらりと後ろを見ると悪魔とはまだ距離があった。このまま早く外に出て、変身を……。

 

「藍、前っ!」

 

 美琴の言葉に反応して前を向いた瞬間、何かが降ってきて咄嗟に腕で防御する。三つの鋭いそれは制服とシャツを容易く引き裂いて肌に線を描く。焼ける様な熱さが肌に滲むのを感じる。

 降ってきたものの正体は悪魔だった。面長で鳥の様な毛の生えたトカゲ……いや、どちらかと言えば恐竜の様な特徴を持つ悪魔が、その爪で俺を引き裂こうとしたのだ。美琴の声が無ければもっと致命的な傷になっていたかもしれない。

 いやそれよりも、だ。

 本棚で挟まれた狭い通路、その前後に別の悪魔が立ちはだかる。完全に追い詰められた。おまけに右腕に怪我だ。戦う時に影響が出るかは分からないが、血が滴るのを感じて少し焦る。

 どうする?どうやって切り抜ける?

 汗が頬を伝い、乱れた思考が迷子になる。にやりと笑う悪魔達が迫ってくる——。

 

 

 

 だが、そうなる前に美琴が一歩前に進む。

 

「美琴?」

「藍、下がってて」

 

 そう言う美琴の目は真っ直ぐに悪魔を見据えており、その腰に青い宝石が出現した。その輝きは俺のものと同じ。

 

「まさか……!」

 

 美琴の体を白い光が包み込み、一際眩く光ると同時にそれは白い鎧に変わって美琴に纏われる。純白の騎士の背に青い天使の翼が生え、大きな赤い眼が命を宿した様に光る。

 一瞬の内に、美琴は騎士に変わっていた。

 まさか、お前も騎士だったのか。

 

「走るよ、藍!」

 

 思考がまとまって驚きに変わった瞬間には、美琴は悪魔目掛けて走り出していた。

 

 

 

 

 

 まずは不利な状況を打開する、そのためにも一旦外へ出ないと。

 そう思って藍を襲った悪魔に向かって走り、身体を掴んでそのまま押し込む。反応しない自動ドアを突き破って外に出て、その勢いのまま掴んでいた恐竜の様な見た目の悪魔を蹴り飛ばす。

 後ろを見ると言った通りに藍も外に出ていて、同様にゴリラの様な悪魔もそれを追いかけてきていた。それが藍に向かって拳を振り上げる。翼をはためかせて跳躍して間に入り、悪魔のパンチを受け止める。

 

「うっ……!」

「美琴!」

 

 重い。このまま受け止め続ければ地面に沈んでしまいそうな圧力だ。それに負けない様に翼に力を込める。

 しかしそう簡単にはいかない。後ろで甲高い鳴き声がして、振り向いた瞬間には恐竜の悪魔が跳びかかって来ていた。ゴリラの悪魔の拳を逸らして飛び退き、更に迫る恐竜の悪魔の爪を剣を抜いて受け止める。力を込めて弾き、藍を庇う様にして立つ。

 

「今の内に逃げて、藍!」

「いや……俺も戦う」

 

 藍が一歩踏み出し、その腰に赤い宝石が現れる。それに驚いている内に藍の体を赤い光が覆い、瞬時に同じく赤い鎧を纏った姿に変わった。そして敵を見据える緑の瞳が鋭く光る。

 

「藍……?」

 

 藍も僕と同じ様な姿……悪魔の言う『騎士』になった。

 

 

 

 

 

「美琴、お前も騎士だったんだな」

「騎士……藍は何か知ってるの?」

 

 美琴の返しに一瞬困惑する藍。だが疑問を感じたのも束の間、悪魔達の唸る声で二人とも前を向く。

 

「今はこいつらを倒すのが先だ!」

「分かった!」

 

 両肩の鎧から刃を引き抜き駆ける藍と、それに追随する美琴。街を不気味に覆う闇の中、二人の騎士と二体の悪魔が交錯する。

 恐竜の悪魔の素早い連撃を、二振りの刃で捌く藍。爪と刃がせり合う瞬間瞬間に火花が散り、演舞の様に斬り結ぶ。傍から見れば美しくすらあるそれは、常に相手の命を奪わんとする死の舞踏。

 ゴリラの悪魔が振り下ろす拳を躱し、隙を突いて胴体を斬りつける美琴。しかし傷が浅いのかそれとも耐えているのか、構わずに拳を振り回し続ける悪魔の攻撃を美琴は間一髪で避け続ける。一瞬の油断が、勝負を分かつ。

 

 痺れを切らしたのか、ゴリラの悪魔が咆哮し地面を殴る。その振動が大地を揺らし、美琴が体勢を崩す。そしてそれを好機と見た悪魔が全力の一撃を放つ——。

 

「美琴!」

 

 それを見た藍が咄嗟に右腕に持つ刃を投擲する。回転しながら飛翔するそれは悪魔の眼を切り裂き、大きく怯ませる。

 

「藍!」

「ああ!」

 

 美琴が藍に呼び掛け、応えた藍が恐竜の悪魔を斬りつけて吹き飛ばし、その隙にゴリラの悪魔に狙いを定める。二人の騎士はそれぞれ持つ剣と刃に光を集め、痛みでのたうち回る悪魔へと駆ける。そして再び悪魔が立ち上がった瞬間、その胸を白と赤の光が貫いた。交差する剣と刃を引き抜き二人の騎士がその場を離れるのと同時に、ゴリラの悪魔の内側から光が溢れ爆発する。

 

 

 

 不利を悟った恐竜の悪魔は、二人の騎士に背を向けて逃走を始める。その姿が蠢き、脚が大きく発達し前傾姿勢になると、さながら恐竜の様に疾駆する。それに気付いた美琴と藍は翼を広げ、悪魔を追いかける。

 

 悪魔は二人の予想以上に俊敏で、騎士の翼でも見失わない様に追いかけ続けるのがやっとだった。逃走劇の果て、悪魔が逃げ込んだのは……。

 

「不味いな……」

「ここからじゃ見えない……」

 

 山の麓、鬱蒼とした木々の中だった。上空から悪魔を追うには余りにも視認性が悪い。

 翼を畳み、地面に降り立つ二人の騎士。

 

「どうする?走っても追いつけるかな?」

「いや無理だろう。しかしここで逃がせば……」

 

 後でライナを狙うかもしれない。最悪の可能性を藍はぐっと飲み込んだ。しかし追いかけようにも、彼らの翼は山に入るには大きすぎる。

 どうすると、迷う二人の騎士の翼が突然輝く。それらは鎧から独りでに分離し、それぞれに両翼を合わせて地面すれすれに浮かぶ。その合わさった間から、二つの車輪が出現する。二対の翼は、それぞれ青と赤のバイクに姿を変えた。

 二人は驚きながらも顔を見合わせ、頷き合う。それぞれ自分のバイクに跨り、スロットルを回して走らせる。

 

 

 

 

 

 山に逃げ込んだ悪魔は自分を追ってきていた気配が随分と離れた事を感知しほくそ笑む。狙い通りに騎士を出し抜いてやったと歓喜した彼は、その気配が再び近づいてきているのを感じて困惑する。上かと思い空を見上げるもこちらからは何も見えず、そうしている内に森に似つかわしくない音が聞こえてきて振り返る。

 そして悪魔が捉えたのは、バイクに跨った二人の騎士が、悪路を物ともせずに自分に向かってくる光景だった。

 

 二人の姿を認め、再び走り出した悪魔に追いつくよう、スロットルを再び回し速度を上げる藍。右半身の鎧に力を集めるイメージをし、その通りに鎧が赤く光り輝く。そして悪魔と横並びになった瞬間、ハンドルを切ってバイクごと悪魔にタックルする。

 不意の攻撃を回避できずよろめいた悪魔は、体勢を立て直そうとした所を光の弾に襲われる。美琴が持つ白い銃が光弾を放ち、的確に悪魔を撃ち抜いていく。

 転倒した悪魔は全身から煙を上げ、立ち上がるのもやっとの様だった。それを見た美琴と藍はバイクを停止させる。

 

「行くよ、藍!」

「ああ!」

 

 バイクから降りた二人は頷き合い、跳躍する。突き出した美琴の右脚に白い光が、藍の左脚に赤い光が集まる。光の槍となった二人は雄叫びを上げ、悪魔の胸を同時に撃つ。

 吹き飛ばされた悪魔が大木に激突し、衝撃で木が半ばから折れる。他の木々をなぎ倒しながら崩れるそれを背に立ち上がった悪魔が悶え、崩れると同時に爆発する。

 炎に照らされて佇む二人の騎士は、晴れていく闇の中でも一際輝いていた。

 

 

 

 

 

「そうか、お前もライナの騎士だったのか」

 

 悪魔を倒した帰り道、暫く続いた静寂を藍の言葉が打ち破った。

 

「お前もって……藍も来那と知り合いなの?と言うか、騎士って何?」

 

 僕がそう聞くと、藍は眉を潜ませる。

 

「ライナから何も聞いてないのか?俺達はあいつを守る騎士だって」

「いや、何も……」

「そうか……まあ明日ゆっくり話そう。今日はもう疲れた」

 

 そう言って前を進む藍の背中が、どこか遠く感じた。

 藍はこの力について知っているみたいだ。それは来那から聞いた事で、でも僕はそれについて知らない。何も聞いていない。

 じゃあ来那と藍は、どう言う関係なんだ?

 何故だか胸の奥が、ずきりと痛んだ気がした。

 

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