ジェニュエン・ヒロイン   作:赫牛

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どうして君は/だから俺は

 空を塗りつぶす闇の中、光を纏う剣戟が乱れ咲く。

 白い剣が迫りくる悪魔を切り裂き、光の銃弾が友を襲う悪魔を撃ち抜く。悪魔が消滅した向こうから赤い光を纏った刃が飛翔してきて、僕の背後に跳びかかってきていた悪魔を貫く。

 

「藍!」

「ああ!」

 

 呼吸を合わせ、剣と刃に光を集める。そしてそれを振るい、光の斬撃を群れる悪魔へと飛ばす。白と赤の二つの斬撃に巻き込まれ、残っていた悪魔は全て消滅する。

 戦いが終わると同時に闇が晴れ元の夕焼けに戻り、僕達も鎧を光に還す。ため息をつくとほぼ同時に、目の前に拳が差し出される。

 

「ナイスだった」

「藍こそ、ナイス」

 

 拳を突き合わせ、そして何も無かった様に帰り道を歩き出す。

 

 

 

 

 

 初めて藍と一緒に戦った日から二週間が経過していた。

 あの日からと言うもの、ほぼ毎日悪魔の襲撃に遭っている。それを時には一人で、時には藍と協力して撃退しているのだ。結果論で言えば一人でもなんとかなった時の方が多いのだがそれでも用心するに越した事は無いと、藍は最近は塾に行かず一緒に下校するようにしている。俺達が悪魔に倒されてしまうと来那が危ない、と言う藍の言葉には同意できるし、あくまで結果論でしかなく一人でどうにもできない時もあるから、僕も一緒に帰る事には賛成だ。

 そう、来那を守る、それが僕達騎士の役目なのだから。

 本屋での襲撃の次の日、藍から騎士の役割について聞かされた。曰く、来那を守る事を運命付けられた者、らしい。来那の家系は昔から騎士が傍に現れ、悪魔から守ってきたんだとか。

 正直、期待していたよりも分かった事は少ない。この力は一体何なのかだとか、悪魔は何故来那を狙うのかだとか。ただそれよりも、僕が騎士になったのは偶然じゃなく運命なのだと分かった事が嬉しかった。来那に出会うまで見続けていたあの夢の意味が分かって、僕と来那が出会うのが運命だったと分かっただけでも聞く意味はあったと言える。

 ただやはり、藍に聞くまでそれを知らなかった事だけが気にかかる。

 何故来那は僕には話さず、藍には打ち明けたのか。僕には言わず、藍には運命だと言ったのか。

 心が繋がったと思ったあの夜は、何だったのか。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 家に帰ると、思わずため息が最初に出てしまう。

 悪魔の動向から察するにライナを直接狙うより先に騎士である俺達を排除する方針に切り替えたのだろう。連日の様に悪魔の襲撃に遭い、肉体的には兎も角精神的にはきついものがある。もし一人だったら耐えられなかったかもしれない。

 本当に、俺の他に騎士がいて、その上それが美琴で良かった。

 

 

 

 水が垂れる。

 俺の髪から垂れた、水とも汗とも判別付かないそれは浴槽に張られた湯に落ちて波紋を作る。でもそれは小さなもので、すぐに何も無かったかの様な静けさを取り戻す。

 俺の中に沸き上がる疑念も、そんな些細なものなのかもしれない。だが確かにそこにあって俺の思考に濁りを生むものだ。

 俺に聞くまで、美琴は騎士について何も知らなかった。ライナには会った事があるのに、何故何も聞かされていないのか。

 俺が思っているよりも美琴とライナの関係は浅いのか?いや、そうだとしても、会って間もない俺にもライナは騎士について教えてくれた。ならば美琴だってそうしてもらえるはずだ。

 それとも。

 

「運命……」

 

 俺が彼女の運命で、美琴はそうではない?

 騎士と言っても一人だけじゃないのは美琴で証明済みだ。何人かいてその内の一人、つまり俺だけがライナの運命と言う事なのかもしれない。それで俺を特別に扱うと言うのなら分からなくもない。

 だが俺以外の騎士と言っても美琴しか知らない。他にもいるのかもしれないが会った事は無い。本当にいるのかも分からない。

 ため息をつき、立ち上がって浴槽から出る。

 うだうだ考えても仕方ない。こう言うのは今度会った時に聞けば良いんだ。分からない事を考える時間が勿体ない。これでも受験生なんだ、時間の使い方に気を付けないと。

 そう思っても結局、一度根付いた疑念はシャワーで流されて行かなかった。

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 白い騎士が、何か言いたそうに僕を見ている。

 

「来那の事?」

 

 応えない。ただじっと僕を見つめている。

 

「僕は来那の運命じゃないの?」

 

 騎士は僕に背を向ける。闇の中に消えていくその背中が、どこか寂しいものに見えて。

 僕は言うべき言葉が、何も見つからなかった。

 

 

 

 

 

「美琴……美琴……!」

 

 揺さぶられて目を覚ます。僕を見る藍は、焦っている様な顔をしている。

 また授業中に寝てしまった。次の問題で僕が当てられるから起こしてくれたのかな?

 

「どの問題……?」

「馬鹿、違う!……ライナが襲われてるんだ……!」

「え!?」

 

 藍の言葉に驚いて、感覚を研ぎ澄ませてみる。しかしあの時と同じ焦燥感や、はっきりとした来那の位置は感じ取れない。

 

「本当に?勘違いじゃなく?」

「何言ってるんだ、どうにかして抜け出すぞ」

「周防、それに明日葉。授業中は私語しないようにー」

 

 口調は穏やかながらも先生が睨みをきかせてくる。

 相変わらず来那の気配は感じない。しかし藍の焦る様子から嘘でないのであろう事は分かる。ならば一先ずは学校から抜け出さないと。

 

「先生、明日葉君が気分が悪いみたいで、保健室に連れていっても良いですか?」

「気分が?そうなのか明日葉?」

「え、あ、はい……」

「そうか……じゃあ周防頼んだ」

「はーい」

 

 あっさりと許可を貰って、僕らは教室を出た。

 

 そして裏門から外に出て、藍が走るのに付いて行く。

 

「どれくらい遠い!?」

「そこまで遠くない!すぐに着くぞ!」

 

 どちらが言うでもなく、同時に宝石を腰に出現させていた。走りながら力に身を委ねて、輝く鎧を纏う。

 

「この先だ!」

 

 藍の言葉通り、角を曲がった所で周囲が闇に包まれる。そして途端目に入ったのは……。

 

「何だこの数……!?」

 

 道路にも空にも、建物の壁面にも、そこかしこに悪魔がうじゃうじゃと蠢く光景だった。僕達を襲ってくる時よりも圧倒的に数が多い。

 こんな数をまともに相手にしていたらきっと間に合わない。

 

「突っ切るぞ、美琴!」

「うん!」

 

 同じ思考に至った藍に同意し、共に翼を切り離してバイクに変形させる。跨ってスロットルを回し、迫る悪魔に構わずフルスピードでバイクを走らせる。

 悪魔を蹴散らしながら突き進むバイク。それでも悪魔達は怯まず、バイクを操る僕達に跳びかかってくる。光の中から剣を引き抜いてそれに応戦、切り捨てつつ、バイクに力を送って加速。青い光が悪魔を弾く向こう、飛翔する赤い刃が跳ね飛ばされた悪魔を切り裂いていくのが見える。僕と藍、青と赤の槍になって闇の中を突き進む。

 そして。

 

「見えた!」

「来那!」

 

 悪魔に埋め尽くされた黒い闇の中に、白いワンピースと桃色の髪がゆらゆらと揺れていた。彼女の進む先にも悪魔が待ち構えている。あのままでは逃げ場は無い。だが僕らならすぐに追いつける距離だ。

 ハンドルを握る手に力が入る。僕とバイクを包む光も輝きを強め、迫りくる悪魔を触れた瞬間に消滅させる。

 そして藍とほぼ同時に来那に追いついた。

 

「ライナ!」

「っ……藍!」

 

 バイクを降りた藍に来那が寄り掛かったのを見て、僕はきっと傷つくんだろうと思っていた。しかし不思議とそう言ったものは感じなかった。ただ、何か少し違和感を覚えたのだけれど、それが何かをすぐには言語化できなかった。

 

「隠れていろ、俺達で切り抜ける!」

「はい!」

 

 藍の言葉に従って物陰に隠れる来那から目が離せない。その一挙手一投足が、僕の記憶の中のそれと重なりかける。

 

「美琴!」

「あ……っ!」

 

 藍に呼びかけられて我に帰ると、目の前の悪魔が剣を振り下ろしてきていた。咄嗟に剣で受け止め、返す刃で切り伏せる。

 剣が重い。集中できていない。来那の姿が頭の中でちらついて何かを伝えようとしている。彼女を常に視界に入れようとしてしまう。何故だ?何故僕はこんなにも彼女の事が気になるんだ?

 そんな風に迷いながらも視界に入れ続けていたからか、その異変にすぐ気付く事ができた。

 

「うぅ……藍……」

 

 突然彼女が胸を押さえて苦しみだした。ふらふらと歩いて、すぐに躓いて倒れてしまう。顔色は悪く、何かに耐える様に目を瞑っている。

 そんな彼女の背後から迫る悪魔が一体。

 

「っ!」

 

 彼女と悪魔の間に瞬時に割り込み剣で薙ぐ。悪魔は闇に還るが、別の悪魔がぞろぞろとこちらに向かって来る。

 

「ライナ!」

 

 彼女の異変に気付いた藍が駆け寄ってきて彼女の肩を揺さぶる。

 

「どうしたんだ!?しっかりしろ、ライナ!」

「藍……私の家に……」

 

 苦しみながら言葉を紡ぐ彼女を見る。そしてようやく、違和感の正体に気付く。

 

 

 

 違う。

 彼女は来那じゃない。

 

 

 

 見た目は同じ。声も同じ。何もかも同じに見えるけど、しかし決定的な何かが違うと、彼女は来那ではないと言っていた。藍に向けられた気持ちヘの嫉妬心から認めようとしないだけかと思ったけど、それを抜きにしても彼女は僕の知っている来那じゃないと分かった。

 じゃあ、この子は一体誰なんだ?

 逡巡している間にも悪魔は迫ってくる。

 

「っ……たああああっ!」

 

 剣に光を集めて引き絞り、力の限りで撃つ。放たれた光の奔流は多数の悪魔を巻き込んで、闇の中に道を作る。

 

「藍、早くその子を安全な所へ!」

「美琴!?でもお前は……!」

「大丈夫。僕にここは任せて、早く!」

「っ……済まない!」

 

 彼女を抱えてバイクに跨った藍はすぐさま発進し、僕が開けた道を一直線に突き進んでいく。

 それで良い。早くこの闇から出ていくんだ。

 早く、僕の思考のノイズを消してくれ。

 彼女の存在が僕の剣を鈍らせる。彼女の正体を暴く事は今重要じゃない。今はただ剣を振るって、こいつらを倒さなければ。

 じりじりと悪魔達は間合いを詰めて来る。それらに見せつける様な大袈裟な動きで左手を右腰に持っていき、もう一振りの剣を引き抜く。怯まずに跳びかかってくる悪魔を、僕は真正面から迎え撃った。

 

 

 

 

 

 家に、と言う言葉に従って、俺はライナの家までバイクを走らせた。万が一の時のために、と事前に場所を教えられていたから迷いはしなかったが、俺に寄り掛かるライナの呼吸が苦しそうでそれに焦らされる。

 悪魔に何かされた様子も無かったのに突然苦しみだした事が不安だが、家に向かう様に指示したと言う事は解決する術があると言う事だ。そう信じて門をくぐり、扉を叩こうとする。

 

「そちらでは、ありません……あちらの離れに。鍵はかかっていません……」

「離れに?」

 

 ライナの示す方を向くと、外から見た時は気が付かなかったが庭の片隅に小さな建物があるのが見えた。ライナを抱きかかえながらそちらに行き、ドアノブを握る。ライナの言う通り鍵はかかっておらず、開けた先は簡素な家具が置かれた白い部屋だった。

 

「ベッドに……」

 

 言葉に従ってライナをベッドに寝かす。するとライナはすぐ隣に備え付けてある棚の引き出しを開け、その中にあった瓶を取り出す。中にはカプセル錠の様なものが複数入っており、ライナは震える手でそれを一つ取り出して飲み込んだ。途端、感じていた何かが和らいだのか呼吸が徐々に落ち着いたものになる。

 

「すみません、少し横になります……」

「あ、ああ……」

 

 ベッドに倒れ込み目を閉じるライナ。すぐにも眠ってしまいそうで、その前に俺は気になった事を聞こうとした。

 

「ライナ、今のは——」

「今の薬は何か、かね?」

 

 応えはライナからではなく、俺の後ろから来た。振り返ると入り口に、スーツを着た青い瞳の男が立っていた。歩み寄ってくる男に、俺は何故か言い知れぬ怖さを感じた。

 

「貴方は……?」

「倉田是空(ぜくう)。来那の父親だ」

「倉田是空、って……」

「知っているのかな、私の事を?」

 

 そこまで詳しい訳じゃない。ただこの男の顔と名前を、授業やテレビで見聞きする事があったと言うだけだ。確か肩書は科学者だったと思うが、まさかこの男がライナの父親だったとは。

 

「まあ良い。重要なのはそこじゃない……君は、この子の騎士なのだろう?」

「何故それを……」

「見れば分かる。私にだって騎士がいたからな」

 

 そうか、ライナは代々騎士が現れると言っていた。ならば事情も知っているのだろう。この人なら話しても大丈夫だ。

 

「悪魔に襲われている途中で急に苦しみだして……それで連れて帰って来たんです」

「そうか、そこで発作が起きてしまったか。タイミングが悪かったな」

「発作……?病気なんですか、ライナは?」

「ふむ……そうだとも言えるし、違うとも言える」

 

 口に手を当て考える素振りを見せた是空は、やがて決心した様に目を瞑って、開く。

 

「君も騎士なら知っておくべきだ。この子の事を」

「ライナの事を……?」

 

 そうして、是空は語り始めた。

 信じられない様な、残酷な真実を。

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

 闇が晴れる頃には、陽は既に傾き始めていた。

 藍があの子を連れて逃げた後、無数の悪魔と交戦しどうにか全て退ける事ができた。

 藍は無事に逃げ切れたのだろうか。あの子を避難させた後は流石に戻ってくるかなと、頭の片隅で勝手に期待していたのだが裏切られてしまった。それとも無事ではない?一度確認しないと。

 そう思ってスマホを取り出した時、自分のものではない恐怖が伝わってきた。

 

「来那?」

 

 この感じ、前に来那が襲われた時と同じだ。恐怖が伝わるのと同時に、僕の視界を何かが乗っ取った。これは……来那が見ているものだ。風景からして、ここからそう遠くない場所だ。それは気配でも分かる。

 そして来那を襲っているのは……。

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 絵に描いた様な夕焼けの下、倉田来那は帰り道を一人歩いていた。

 この頃はあの恐ろしい悪魔達に襲われる事も無く、今まで通り無事平穏に日々を過ごしている。しかしそれ故に、自分を守ってくれる存在である周防美琴には会えない日々が続いていた。

 別に襲われている時以外も会いに来てくれれば良いのに、と来那は思うが、しかし事あるごとに連絡先の交換を忘れた彼女らには示し合う術が無い。故に何も無いのに会うと言うのは無理な話で、それは彼女も理解している。だから次会った時、次こそは忘れないように連絡先を聞いておこうと常々思いながら、また彼と会える日を待っていた。

 そんな来那に、正面から近づく男が、一人。男の存在に気付いた来那は嫌な予感がして立ち止まる。男も立ち止まって、顔を上げる。

 来那は知らなかったが、その男は明日葉藍だった。

 

「倉田来那だな?」

 

 そう問いかける藍の目は鋭く来那を睨みつける。後退る来那に構わず、藍は言葉を続ける。

 

「一緒に来てもらうぞ」

 

 そう言うと同時に腰に宝石を出現させ、藍は赤い鎧を纏った。

 自分の知る騎士と似た姿をしたそれに、しかし来那は警戒心を抱かずにはいられなかった。全身から放たれる殺気と自分を射るその視線は尋常ではなかったからだ。悪魔と対峙した時と同じかそれ以上の恐怖が、彼女の中に沸き上がった。

 

「いやっ……!」

 

 不気味なまでに人通りのない道を来那は後退る。その分だけ赤い騎士は詰め寄る。赤い騎士が肩の武装を引き抜き、そして投擲する。飛翔するそれは的確に来那が持っていた鞄に突き刺さり、その勢いで鞄が来那の手から離れる。

 

「美琴……」

 

 尻もちをついた来那は、彼女の騎士に祈る他無かった。そうしている間にも赤い騎士は一歩また一歩と詰め寄り……空を裂く様な音を聞いて止まる。

 その瞬間、赤い騎士の前に空から降りてきた白い騎士……美琴が立ち塞がった。一瞬後ろを見て来那の無事を確認した美琴は、藍に向き直って問い掛ける。

 

「何してるんだ、藍。何で君が……君が来那を襲ってるんだ!?」

「退け、美琴。俺はそいつに用があるんだ……!」

 

 飛翔する刃をキャッチし、もう片方も引き抜いて両手で刃を構える藍。戦う意思を感じ取った美琴も、剣を引き抜いて構える。

 一触即発。しかし。

 

「藍!」

 

 それは藍の後ろから駆け寄ってきた少女によって打ち消された。

 白いワンピース、桃色の髪、青い瞳。

 それは先刻、二人によって助けられたライナだった。

 

「え……?」

「私……?」

「藍、こんな事をして欲しくて、私は貴方に打ち明けたのではありません!」

 

 驚く美琴と来那を後目に、藍に訴えかけるライナ。その姿は美琴の後ろにいる、女学校の制服を着た彼女と同じだった。

 それは間違いなく、彼女達が別の存在であると言う証明だった。

 

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