前作主人公の幽霊に憑かれました 〜前作主要キャラ達の脳を知らずに焼いてしまいます〜 作:どきどきわくわくすけ
幽霊になって初めて出会った貴族の令嬢、エマ・ホートン。
何故か彼女にしか俺の姿は見えず、俺もエマも首を傾げる。
そして彼女の置かれた状況を聞くに、今年の夏に社交界デビューすると同時に愛人のたくさんいる爺の後妻に入るよう家から命令されたそうだ。
「別に良いんです。それが貴族のお役目なら。でも、その方には跡取りとなる息子さんがすでにいらっしゃいますし………。何より市井の少女に乱暴したり、たまに奴隷を買ったりするというような噂もあって怖いんです」
そんな爺に嫁入りさせるなんてお前の両親はどういうつもりなんだと問えば、ほとんど血が繋がってないらしい。
小さい頃に実の両親を亡くし、そのまま遠縁の親戚がホートン子爵家を乗っ取ったと。
胸糞悪いその話に眉を顰める。
『魔導学院に入学すれば何とかなるのか?』
「そう、ですね………。ただでさえ少ない魔力持ちで、更に魔導学院を卒業した魔術師は箔が付きます。それこそ、貴族社会では下位貴族だとしても城で色々と融通が利くでしょう」
『なるほど』
「今のホートン子爵当主夫妻…………彼らは私が入学試験に合格できると思っていないんです。独学で色々と魔術を覚えましたが、私が使えるのは付与魔術くらいで。
付与魔術も立派な魔術なんですが、彼らにはどうも地味に見えるみたいで、そんな魔法で受かるわけないだろう、と」
そう言って苦笑するエマに心底同情する。
まあ、俺はもう死んだ身だし、何なら人生を何周もしている。
余生だと思って少しくらい彼女の力になっても良いかもしれない。
『見たところお前、火属性の魔力を持っているな?』
「? ええ、はい」
『もし良かったら簡単な火属性の攻撃魔法を教えてやろうか?これでも俺は魔導学院に通っていたんだ』
そう申し出れば、エマの顔がパッと明るくなる。
そして『シロウ・ブレイヴだ。よろしく』と言えば、何故か彼女の表情が固まった。
「シロウ・ブレイヴ………?え、まさか」
『どうした?俺のことを知っているのか?』
「い、いえ!」
こうして俺はエマと過ごすようになった。
彼女の屋敷での暮らしはあまり良いとは言えず、当主夫妻とその幼い息子はエマを遠巻きにし、離れで過ごすよう命じていた。
たまに思い出したように本邸に呼び出し、執拗に嫌味を言ってくる当主夫妻に、この生活を何年も続けてきたのかと胸が痛くなる。
しかし簡単な攻撃魔法――《
分かりやすく派手な魔法を前に色めき立ち、どこかの貴族の後妻にするよりも魔術師にさせた方が良いと考えた彼らは、エマの魔導学院への受験を認めたのだ。
それからエマは学院の入試に無事合格し、明日入寮を控える。
「───シロウさん、本当にありがとうございます。シロウさんのおかげで学院に入ることができました」
離れの一室で花がほころぶように笑い、礼を言ってくるエマ。
その頃には、彼女がもしかして『前世の妹』なんじゃないのかという疑惑が募っていった。
そんな都合の良い話があるわけないのに、どうしても前世の妹と目の前の令嬢が重なってしまう。
悩んでいる時に左の耳たぶに触れる癖や、本当につらい時は黙りこくってしまうところ。
笑う時には少しだけ肩をすくめて、誰かが傷付いていると咄嗟に身体が動いてしまうお人好しな性分。
好きな食べ物や色、花。
そして話し方や表情、仕草までも同じ。
前世の妹と同じ、焦げ茶色の瞳がきらきらと瞬く度に「もしかしてあの子なんじゃないか」と思ってしまう。
そして俺は、エマに問う。
『なあ、エマ。前世って信じるか?』
「え?」
『俺は………俺の前世の名前は 』
しかしその瞬間、俺の意識は暗転した。
次に目が覚めたのは、それから約一か月が経っていた。
◇
───邪竜の呪いが何なのか。
それを俺は、本能的に理解した。
この世で最も大切な人に真実を伝えることができない。
目を覚まし、再び霊としてこの世界に留まった俺は魔導学院へ行く。
エマはすでに入学していて。
おまけに何故か学院時代の同期だったセシルといつの間にか婚約しており、かつ婚約破棄からの決闘裁判をしようとしている。
その事実に憤慨し冗談交じりで『俺が代わりにぼこぼこにしようか?』と言ってエマの前に現れれば、彼女は初対面のような反応をした。
そうか。
邪竜の言っていた呪いとは
俺がエマに前世について話せば、ペナルティとして俺の存在は一か月間消滅し、エマの記憶からも無くなる。
俺がしてきたことは何故か都合よく補完され、
自分の口からでは、エマに真実を伝えることができないのを理解する。
まあ、もし伝えたとしても、彼女が前世の記憶を持っているとは限らないのだろう。
真実を話して一か月間消滅するよりも、このまま秘密にしてエマを見守っていた方が良い。
そもそも、エマが『前世の妹』ではない可能性だってあるのだから。
そんな風に思っていた───はずだった。
エマが、俺の妹で、前世の記憶があると気付いてしまった。
『わ、私も昔、通り魔に襲われて死んだ………じゃなくて死にかけたことがあるんです。ナイフで刺されて、すごく痛くて、でもそいつが近くにいた小さな子に襲い掛かろうとした時『助けなきゃ』って思ったんです』
『でも結局その子を助ける前に気絶しちゃって、その子がどうなったか分からないんです。
私は今でも、すごくそれを後悔していて。どうしてもっと身体が動かなかったんだろうって、ずっと思っています』
『シロウさんの大事な人は、絶対に貴方を責めません。もし私がシロウさんの大事な人だったら、絶対にそう思います』
『ええ、恨んでいません』
課外演習で肩から大量に血を流すエマの姿に、前世の妹の最期が重なってしまって。
誤魔化しながらも、吐露してしまった。
けれどそれに対して言った、身に覚えのある彼女の出来事に理解してしまう。
───もう、確定だった。
この子は、前世の妹だ。
通り魔から小学生の女の子と俺を守った、心優しいあの子だった。
兄である俺を「恨んでない」と笑顔で言い切る彼女に動揺し、胸が震える。
そして俺は妹を守れなかったをどうしても謝罪したくて、耐えきれなくて、つい口にしてしまったのだ。
───前世の話を。
再び意識は暗転し、俺の身体が消滅する。
この繰り返し。
これが邪竜の呪い。
次に目を覚ますのは、前回と同じであれば一か月後。
その間にエマは俺との記憶を無くし、また最初からやり直さなければならない。
けれど、もう良いと思った。
邪竜の呪いなんて、別に良い。
あの子を守ることができるなら、俺は前世の兄だと打ち明けなくても良い。
この呪いの、どこにペナルティが潜むか断定できない状態で試すのも必要ない。
ペナルティ期間に妹が危険な身に遭う可能性があるのなら、必要ない。
その覚悟は、できたから。
だからもう、今度こそ俺にあの時の約束を守らせてくれ。
両親の葬式の日に約束した、あの日の約束を、今度こそおにいちゃんに守らせてくれ。
───