ヤンデレ短編小説集   作:とうふの色

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廃れた病院でのお話…

じっとりとした蒸し暑い夏の夜。俺は友人の運転する車で、地元で有名な廃病院に来ていた。肝試しだ。

 

「夏といえばやっぱり肝試しだよな!!」

 

運転席で、友人がアホみたいにテンション高く叫ぶ。俺は呆れつつも、正直、心底怖かった。この廃病院は数十年前に閉鎖されて以来、叫び声が聞こえるだの、窓に人影が写っただの、とにかくヤバい噂が絶えなかったからだ。

 

「お前、本気でそんなん信じてるの?」

「…噂くらい知ってるだろ」

「あんなんガセだって!幽霊なんてこの世に存在しないし、いたとしてもどうせ他に肝試しに来てる奴だろ?理系がそんな非科学的なこと信じてちゃ駄目だぜ!」

「理系とか関係ないだろ…」

「それもそうか!まあいいや、とりあえず行こうぜ!」

 

言うが早いか、友人は俺を置いて一人でずかずかと錆びついた門の奥へ進んでいく。

「おい、待てって!」

俺は暗闇に一人取り残されるのが嫌で、慌ててその後を追った。

 

ひんやりとカビ臭い空気が漂う院内は、不気味なほど静まり返っていた。

 

「にしても、なんもねえな~。なんか面白そうなカルテとか書類があるかと思ってたけど、空っぽだな」

 

友人は心底残念そうに言う。俺からすれば好都合だった。

「もういいだろ。気味悪いし、早く帰ろうぜ」

「はあ?お前ビビってんの!?ここまで来てビビってる奴いる!?いねーよな!!」

 

友人の妙な気迫に押され、俺はぐっと言葉を飲み込み、渋々首を縦に振った。

「よっしゃ、じゃあとっとと回ろうぜ!あそことかどうよ…」

 

結局、俺たちは院内をくまなく見て回ったが、特にめぼしいものはなく、元のロビーに戻ってきた。

 

「にしても、本当に何もなかったなあ。やっぱり墓場とかにしといたほうがよかったか?」

 

友人がぼやくのを聞き流しながら、早く帰りたくて入口の方に目を向ける。その時、来た時には気づかなかった場所に、古びた扉があるのを俺は見つけた。

 

「ん…?なんだ、あの扉…」

「ん?扉?うわマジじゃん!?来たときは気づかなかったけど、こんなところに扉があんじゃん!!」

俺の声に気づいた友人が、目を輝かせる。

「きっと、この中に何かがあるに違いねえ!早く行こうぜ!!」

「おい、待て!勝手に入るなよ!」

 

俺の制止も聞かず、友人はギシギシと音を立てる扉に手をかけ、中へと入っていった。

 

中は窓一つないのか、完全な闇だった。

「うわ…暗いな。スマホのライトでも使うか」

友人がそう言ってスマホのライトをつけ、周囲を照らした瞬間だった。

「うわ!?なんだこりゃ!?」

「ひっ…!」

俺は声にならない悲鳴を上げた。

 

部屋の床や壁にはおびただしい量の黒ずんだ血痕がこびりつき、中央には禍々しい魔法陣のようなものが描かれていた。明らかに、何かの儀式が行われた跡だ。

「おい、もう無理だ、帰るぞ!ここはやばいって!」

さすがに気分が悪くなり、俺は友人に提案した。

「え!?もう帰りたいって!?おいおい、やっと盛り上がってきたところだぞ!?せめてもう少しこの部屋を探索しようぜ!」

 

俺は友人に半ば引きずられるようにして、部屋の探索を続けることになった。周囲の物は全体的に分厚い埃を被っており、この儀式が相当昔に行われたものだとわかる。

 

その時、足元でコツン、と何かを蹴る音がした。見ると、奇妙な形の石のようなものが落ちている。俺はそれを拾い上げ、想像以上に軽いことに驚いた。

「おっ!何か見つけたのか?」

友人にそれを見せると、彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「なんだ、ただの石じゃん。少し期待してたんだけどな」

 

ただの石…?いや、違う。手の中にあるそれは、石にしてはあまりにも軽く、そしてどこか有機的な、ざらりとした手触りがあった。表面には微かに赤黒い染みがこびりついている。これは、石なんかじゃない。直感的にそう感じた瞬間、持っていること自体が恐ろしくなり、俺はそっとそれを元の床へと戻した。

これ以上この部屋にいるのは危険だ。本能が警鐘を鳴らしている。俺は無言で友人の袖を強く引っ張り、出口を指差した。

 

「あ?ああ、もう帰るか。確かになんか気味悪くなってきたしな」

俺のただならぬ気配を感じ取ったのか、先程までの威勢はどこへやら、友人も素直に頷いた。俺たちは早足で血の儀式が行われた部屋を後にした。

 

ロビーに戻り、早くこの建物から出たい一心で出口へと足を向けた、その時だった。

 

ペタ…

 

静まり返った廃病院に、小さな音が響いた。

音のした方を振り返ると、薄暗い廊下の奥に、白い人影が立っているのが見えた。小柄な少女だ。薄汚れた患者服のようなものを着て、虚ろな目でこちらをじっと見ている。

 

「ひっ…!?」

 

幽霊などいないと豪語していた友人が、一番に声を上げた。その顔は恐怖に引きつっている。

少女が、ゆっくりとこちらへ一歩、足を踏み出す。

 

ペタ…

 

裸足の足が床を打つ乾いた音。それが合図だった。

「う、うわあああああああああ!!」

友人は絶叫と共に脱兎のごとく駆け出し、一人で出口の扉に殺到して外へ飛び出していった。

「おい、待て!」

俺はあまりの恐怖に足がすくんで動けない。少女は逃げた友人には目もくれず、ただ俺だけを、その空っぽの瞳で見つめながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 

来るな…!

逃げなければ。その一心で、俺は凍り付いた体を無理やり動かし、友人の後を追って外へと転がり出た。そこでは既に友人が運転席で必死にエンジンをかけており、俺が外に出たのと同時に車がけたたましい音を立てて始動した。

 

「早く乗れ!!」

 

友人の叫び声に後押しされるように、俺は助手席に飛び乗る。ドアが閉まるか閉まらないかのうちに友人はアクセルを床まで踏み込み、車が急発進した。バックミラーに、入口の前でただ佇み、こちらを見送る少女の姿が一瞬だけ映り、すぐに闇に消えた。

 

車内は重い沈黙に支配されていた。やがて見慣れた自宅の前に車が急停車する。

「……じゃあな」

震える声で友人が絞り出す。俺は何も言えず、車を降りた。友人は俺の顔を見ようともせず、すぐに車を再発進させ、夜の闇へと消えていった。

 

一人残された俺は、震える手で鍵を開け、玄関に倒れ込む。助かった、もう大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、重い体を起こしてリビングへ向かう。電気をつけ、少しでも暗闇を紛らわせようとした、その瞬間だった。

 

'カランコロン'

 

足元で何かが転がる音がした。そこには、先ほど廃病院で見つけ、置いてきたはずの“石”が転がっていた。

「なんで、これが…ここに…」

俺は気づいてしまった。この石が、誰の何だったのか。廃病院で追いかけてきた少女が、何だったのか。そして…

 

自分がこれから、どうなるかを。

 

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「ああ、目覚めたようですね」

 

落ち着いた、しかしどこか狂気をはらんだ声が、鼓膜を直接揺らす。視界は完全な闇。まぶたを開けているのか閉じているのかさえ分からない。ひんやりとした空気が肌を撫で、消毒液と、甘く腐りかけた花のような匂いが鼻をついた。

 

俺は自分が簡素なベッドに横たわっていることに気づく。起き上がろうと体に力を込めるが、まるで鉛のように重く、指一本動かせない。声を出そうとしても、喉が張り付いてひゅうひゅうと乾いた音が漏れるだけだ。

 

「…ふふっ、動こうとしては駄目ですよ」

 

頬に、氷のように冷たい手がそっと触れた。少女の手だ。その指が慈しむように俺の輪郭をなぞる。

 

「あなたはあの部屋で、私のカケラを拾ってくれた。何十年も、誰も気づいてくれなかったのに。あなただけが、私を見つけてくれたんです。だから、今度は私があなたの全部を見つけてあげる番」

 

少女はうっとりと囁く。

 

「あなたのその目は、私以外の汚いものもたくさん見てきたでしょう?あんな風にあなたを置いて逃げる薄情な友達とか。もうそんなものは見なくていいんです。これからは、私があなたの目になります。私が世界のすべてを教えてあげますから」

 

恐怖で思考が凍りつく。逃げなければ。このままでは取り込まれる。必死にもがこうとする俺の体の微かな震えを、少女は正確に感じ取ったようだ。

 

「あら、まだ怖いですか?大丈夫。すぐに慣れますよ」

 

頬を撫でていた手が、ゆっくりと俺の唇に触れる。

 

「もう二度と、誰にもあなたを渡さない。どこにも行かせたりしない。ずっと、ずーっと、ここで一緒にいましょうね。えいえんに」




これもうヤンデレじゃなくてホラーでしょ
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