居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について   作:古野ジョン

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第27話 気遣い

 最寄り駅についた後、俺たちは水族館に向かって歩き出した。今日は気持ちが良いほど空が晴れ渡っている。外を歩くのはさぞ気分が良いだろう――なんて、思っていたところだったのだが!

 

「「暑いっ!!」」

 

 今は夏真っ盛りなのである! 太陽から容赦なく降り注ぐ光が、俺の肌を焦がさんばかりに突き刺さってくる。額ににじむ汗を拭いながら、一歩一歩進んでいった。

 

「東京にいた頃は、東北の夏は涼しいものだと思っていたのだが……」

「最近は仙台も暑いんですよねえ……。すいません、駅からバスに乗ればよかったですね」

「気にしないでくれ。ただ……」

「ただ?」

「暑いな……」

「……はい」

 

 あまり弱音を吐かない夏織さんが、珍しく参った顔をしていた。失敗したなあ、タクシーでも何でも乗ればよかった。こういうところでケチるのが駄目なんだな。

 

 ここらへんは仙台港に出入りするトラックも多く行き来しているので、それらが車道を通るたびにむわっと熱気が漂ってくる。くそう、日本の物流を支えていただいていると思うと文句も言えない。

 

「ところで、水族館はどこなんだ?」

「アレです」

 

 道の先にある大きな建物を指さす。ようやく着いたか。いつまでも夏織さんに真夏のサウナを歩かせるわけにはいかないからな……。

 

***

 

「これ、夏織さんの分です」

「ありがとう」

 

 チケットカウンターで二人分の入場券を入手してから、一枚を夏織さんに渡した。建物内に入ると……涼しい。よく冷房の効いた空気に包まれ、ほっと息をつく。

 

「涼しいですね!」

「生き返ったな!」

 

 横を歩く夏織さんも一安心しているみたいだ。天井も高く、広々としたエントランス。周りには家族連れも多く、雰囲気もにぎやかだ。

 

 俺は夏織さんを引き連れ、入場口に向かった。係員の人にチケットを見せて、ゲートを通り抜ける。夏織さんも無事にゲートを通過したみたいだな。

 

「行きましょうか」

 

 夏織さんに声を掛けて、順路に従って歩き出す。そういえば、電車を降りてから手を繋いでいなかったな。

 

「夏織さん」

「そっ、それは……」

 

 あれ? さりげなく右手を差し出したつもりだったのだけど、夏織さんが逡巡している。さっきは繋いでくれたのに、どうしたのかな。

 

「どうかしました?」

「い、嫌というわけではないんだが……」

 

 頬を少し赤くする夏織さん。もしかして――人が多いから恥ずかしいのかな? この間は駅の中で恋人繋ぎしてきたのに、よく分からない人だなあ。そっと夏織さんに近づいて、こっそり理由を――

 

「こ、来ないでくれ!」

「!?」

 

 止められた!? なんで急に拒否されたの俺!? と、とにかく謝らないと!

 

「す、すいません! 何かお気に障ることが――」

「ち、違う! 違うんだ怜!」

「何が違うんですか!?」

「えっと、だから……」

 

 夏織さんは恥ずかしそうに、ワンピースの肩のあたりを掴んで鼻の近くに寄せていた。何してるんだろう――って、そうか! アホか俺は!

 

「もしかして、汗が――」

「い、言わなくていい! 皆まで言うな怜!」

 

 両手をぶんぶんと振っている夏織さん。なるほどなあ、手汗と匂いが気になっていたのか。だから手を繋がなかったし、俺に近寄ってほしくもなかったんだな。

 

 別に匂いなんか気にしないけどなあ。……って、もしかして俺が臭い? だったらまずい。今すぐ香水をバケツで浴びてこなければ!

 

「夏織さん、もしかして僕がくさ――」

「違う違う違う! そうではないんだ怜!」

「違うんですか!? だったら――」

「わ、私が臭いんだ!」

「!?」

 

 それはなんか意味が違くないか!?

 

「いや違う! 違うんだ、違うんだが気になるというか……」

 

 夏織さんはそう言いつつ、ひっそりと俺と距離を置いた。なんか複雑だけど、裏を返せば俺に嫌な思いをさせたくないってことだものな。そうやって気を遣ってくれることが――何よりも嬉しい。

 

「分かりました。夏織さん、行きましょうか」

「れ、怜?」

「エアコンの効いたところにいれば汗も引っ込むでしょうから」

「それは、そうだが……」

 

 俺は敢えて手を差し伸べず、改めて歩き出す。夏織さんが気にしているならつながない方がいい。だけど――

 

「夏織さんのお気遣い、ちゃんと受け取りましたから」

 

 そう言うと、夏織さんは何も言わずについてきた。何を思ったのかは分からないけれど、夏織さんの顔はさっきよりも赤くなっていた。

 

 俺は、それが愛おしくてたまらなかった。

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