居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について   作:古野ジョン

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第30話 不穏

 いろいろな魚を見て、二階の屋外エリアに出てきた。イルカショーなんかをやっているスタジアムがあって、その奥にはペンギンたちのいる海獣エリアがある。

 

「いやー、やっぱり外は暑いですね」

「そうだな……」

 

 相変わらずのカンカン照りで、座席でショーの開始を待つ家族連れたちも額に滲む汗を拭っていた。さっきまでエアコンの効いた部屋にいたから、余計に……って、体が冷えていたからトイレに行きたくなってきた。

 

「すいません夏織さん、お手洗いに行ってくるのでちょっと待っていてもらえますか」

「ああ、気をつけて」

 

 夏織さんに断りを入れてから、足早にトイレに向かった。

 

***

 

 幸いにして、男子トイレはあまり混んでいなかった。走り回っている男子小学生やら、家族サービスで疲れた顔のお父さんやら、いろいろな人間模様があって面白い。

 

 用を済ませて、手洗い場の蛇口に手をかざす。さすがに夏ということもあって、水がぬるい。いや、もしかして温水機能で加温されているだけなのかな。その区別がつかないくらいにはぬるい……。

 

「さて……」

 

 手洗いも済ませて、男子トイレを出ようと歩き出す。この後はどうしようかな? 残りのエリアを見て回って、ショーでも観ようかな。とりあえず夏織さんと合流して――

 

「!?」

 

 夏織さんが誰かと話してる!? 何だあいつら!? 反射的に物陰に隠れて、夏織さんの様子を窺う。

 

「……、……」

 

 遠目から見る限り、話しているのは女子二人組。ナンパではなさそうだし、夏織さんもそこまで不審がっている感じはない。知り合いか?

 

 いや……待てよ。夏織さん、大学にあまり知り合いはいないはず。っことは、もしかして「一方的な」知り合いである可能性もあるよな。そう、それって――

 

「あっ……!」

 

 そうだ、隠れファン! この間、松岡が言っていた奴! そしてこの間の昼休みに俺に話しかけてきた奴! ……なのか!?

 

「うーん……」

 

 改めて、物陰から夏織さんの様子を覗き見る。別に嫌がっている様子ではないけど、少し困惑しているみたいだな。やっぱり友人って感じではない。

 

 さて、どうしたものか。単に大学の顔見知りに話しかけられているだけなのかもしれないけど……万が一のことがある。隠れファンだった場合、俺と夏織さんが一緒にいるところを見られたら面倒なことになりそうな気がする。

 

 ……つまり、どうすればいいんだ? このまま男子トイレを出て「やあやあお待たせしました」なんて呑気に言える状況ではなくなった。となれば、使える武器は一つしかない!

 

 そっとスマホを取り出し、通話アプリを開く。そして電話帳から夏織さんの番号を探して……かける!

 

「!」

 

 次の瞬間、夏織さんが光の速さで自分のスマホを取り出した! よっしゃ、狙い通り! っていうかあんなにスマホ開くの早かったのかよ! どうりであんな早く電話に出てくれるわけだ!

 

『も、もしもし!?』

「あっ、夏織さんですか?」

 

 よかった、出てくれた! 女子二人組はやや困惑している様子。彼女たちに、夏織さんの通話相手が俺だと悟らせるわけにはいかないからな。

 

「夏織さん、落ち着いて聞いてください。今から僕の会話内容には全てイエスかノーで答えてください」

『あ、ああ』

「今お話ししている人たちは知り合いですか?」

『いや』

 

 やっぱり知り合いじゃなかったか。それにしてもイエスかノーか、じゃなくて「ああ」か「いや」になってる! けど、今はどうでもいい!

 

「見覚えはある人たちですか?」

『ああ』

「それは大学で?」

『あ、ああ』

 

 となると、隠れファンの可能性が出てきたな。とりあえず、あの二人組に気づかれないうちに男子トイレを脱出するか。

 

「夏織さん、理由は言えないんですがこのまま合流すると面倒なことになりそうなんです」

『ん? あ、ああ』

「今から場所を伝えるので、そこに来てください」

『ああ……分かった』

 

 夏織さんは少し困惑したようだが、納得してくれたようだ。これでいい、とりあえず水族館は脱出しよう。残りのエリアは……また来ればいいか!

 

 男子トイレを出て、二人組に気づかれないように出口の方へと向かう。よし、これからは筋書きのないデートだ。だったら、夏織さんに確かめることはただ一つ。

 

「申し訳ないんですが、これからは予定にない行動をとります」

『ん?』

「でも、絶対に夏織さんを楽しませるので。……僕を信じて、ついてきてくれますか?」

 

 一瞬、間があった。だけど、電話先の夏織さんは、いつもと同じ凛々しい声で――はっきりと答えてくれた。

 

『ああ!』

 

 筋書きのないデートが、始まった!

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