居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について   作:古野ジョン

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第36話 二回も同じ観覧車に乗る人たち

「あれ? お帰りなさいませー!」

「あっ、どうも……」

 

 観覧車乗り場で「おかえり」なんて言われたのは初めてだと思う。ニコニコとした係員に見守られるまま、俺と夏織さんは再びプラットホームに並んでいた。目の前にやってきたゴンドラから家族連れが降りてくる。

 

「ねーお母さん、この人たちさっきも乗ってたよお?」

「二回も同じ観覧車に乗る人なんているわけないでしょ、ほら行くよ」

 

 すいません、ここにいるんです。何故だか躍起になって観覧車に乗り込もうとしているワンピース姿の美人(19)と、それに連れられるままの大学一年生(21)が。なんだこれ。

 

「お待たせしましたー! 二名様、どうぞご乗車くださいっ!」

「怜、乗るぞ!」

 

 さっきとは逆で、今度は夏織さんが先にゴンドラに乗り込んだ。呆気に取られていると、目の前に手が差し伸べられる。

 

「ほら、乗るぞってば!」

「あ、はいっ!」

 

 手をとって、慌ててゴンドラに乗り込んだ。夏織さんは向かって右側の椅子に腰かける。じゃ、さっきと同じで向かいあって――

 

「こっち!」

「!?」

 

 何事!? なんて、気付いた時には腰を掴まれていて――夏織さんの隣に座らされていた。

 

「夏織さん!?」

「そっ、そっちに座ったら意味がないだろう!?」

 

 意味ってなに!? それを言うなら二回も同じところをグルングルンするのも大概意味不明ですけど!? バターにでもなりたいんですか!?

 

「いってらっしゃいませー!」

 

 係員の人が扉を閉めて、ゴンドラは徐々に進んでいく。俺はというと、夏織さんに半ばしがみつかれるような恰好で座っていた。

 

「えっと……」

「怜、たしかに私は何も知らない」

「は、はあ」

 

 今度は何の話だ? 夏織さんは俺の腕に顔を埋めたまま、もごもごと何かを伝えようとしている。

 

「飲み会の作法も、友人の作り方も、恋人との付き合い方も、一切知らないんだ」

「夏織さん?」

「でも……」

 

 夏織さんが顔を上げる。さっきまでの不満そうな表情は消え、むしろ……真っ赤に照れていて、こちらまでドキリとしてしまう。夏織さんは麦わら帽子をそっと手に取り、自らの口元を覆い隠して――

 

「ふ、二人きりの男女が何をするのかくらいは……」

 

 なんて、呟いたのだ。

 

 ……可愛い。恥ずかしいのだろう、夏織さんは目も合わせようとしない。わざわざ隣同士にこだわった理由はこれだったのか。

 

「「……」」

 

 二人して無言の時間が続く。夏織さんはきょろきょろと目を泳がせていて、落ち着かない様子。ゴンドラはあっという間に登っていって、そろそろ最高点に到達しそうだ。

 

 正直に言えば、夏織さんの思うようにしてあげたかった。二人きりで観覧車に乗った男女がすることなど……言われなくても分かっている。

 

 けど、同時に自らの理性がそれを阻んでいた。夏織さんは口づけなど経験したことがないだろう。恋人でもない俺と……だなんて、罪悪感のようなものを覚える。そもそも、今の夏織さんは単に舞い上がっているだけなのかもしれないし。

 

 二つしか違わないとは言っても、俺の方が年上なんだ。止めるべき場面では止めなければならないだろう。別に夏織さんのことが嫌なわけじゃない。むしろ、大切に思っているからこその気持ちだ。

 

「夏織さん」

「なんだ!?」

 

 頬に手を当てると、夏織さんが不意を突かれたように目を見開いた。観覧車は一番高いところに達していて、キスを交わすなら今がベストなんだろう。だけど――

 

「僕にとって、夏織さんは大切な人です」

「あ、ああ」

「だからこそ……今じゃない、と思います」

「……分かった」

 

 正直に気持ちを伝えたら、夏織さんは一瞬だけ寂しそうな目をした。だけど、それと同時に……ほほ笑んだような気もした。この人は何を思ったのだろう。

 

 でも、夏織さんの想いも受け取りたい。このままじゃ「三周目」を要求されるに違いないからな。だったら――

 

「夏織さんっ」

「れ、怜!?」

 

 次の瞬間、俺は夏織さんのことを抱きしめていた。柔らかな感触を覚えたあと、薄手のワンピースの生地から体温が伝わってくる。

 

「何をする!? はっ、恥ずかしいだろう!?」

「嫌だったら押しのけてください」

「……怜は意地悪だ」

 

 夏織さんは驚いていたけれど、すぐに受け入れてくれた。こちらの背中に手を回してくれて、優しく抱き返してくる。こうしてちゃんと抱きしめるのは初めてかもしれないな。

 

「あ、汗臭くないか?」

「うーん、ほんのり」

「!? は、放してくれっ!」

「冗談ですよ、大丈夫ですから」

「本当に意地悪だな、怜……」

 

 俺を抱きしめる力が一段と強くなった。たしかに俺たちは恋人じゃない。でも……不思議と、夏織さんのことは何より大切に思っている自分がいる。ああ、本当にこのまま抱きしめていた――

 

「「あっ」」

 

 ぐ~、という音が響き渡った。明らかに胃腸が食物を求めている音。この場合、どちらが発信源かを調べるのは野暮というものである。

 

「お、お腹空きましたね……」

「そうだな……」

 

 自然と体を放して、互いに照れてしまう俺たち。お腹ペコペコの男女二名を乗せ、ゴンドラは乗り場へと戻ったのだった……。

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