居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について   作:古野ジョン

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第48話 待ち望んだ再会

 目の前に現れたのは、長袖のシャツとジーンズに身を包んだ夏織さんだった。いつも通りの綺麗な黒髪が、風に揺れてたなびく。衝動的に車椅子から立ち上がりそうになったけど、ぐっと堪えた。

 

「どうしてここに……」

「タクシーで実家に帰る途中なんです。ちょっと回り道をして、松島に寄ってもらいました」

「わ、私のために?」

「はい。帰る前に、夏織さんに会いたかったんです」

 

 自分の気持ちを隠さず、正直に打ち明けた。夏織さんは呆然と立ち尽くしていたけど、しばらくしてからこちらに歩み寄ってくる。そして、車椅子の前でしゃがみこみ――俺の体を抱きしめた。

 

「会いたかった。私も怜に会いたかった……!」

 

 痛いくらいに力強く抱きしめられる。俺も優しく背中に手を回して、そっと抱き返した。ふわりと良い香りが漂い、柔らかな体温に包まれる。

 

「すいません、こんな姿で。びっくりしましたよね」

「怜は嘘つきだ。心配するなと言っておきながら……!」

 

 夏織さんの顔は見えないけれど、たぶん泣いているのだと思う。嗚咽交じりの声、肩に感じる雫。こんなに自分のことを思ってくれていたのだと、今になって初めて気が付いた。馬鹿だな、俺は。

 

「夏織さん、本当に心配をおかけしました。申し訳ありませんでした」

「れ、怜が謝らなくていい! 私の方こそ、本当に……!」

 

 しがみついてくる夏織さんの背中を、そっと撫で続けた。この人にどんなに寂しい思いをさせてしまったことか。ただただ自らの行いを悔いる。

 

「私はっ、もうっ……! もう二度と怜に会えないかと思って……!」

「夏織さん……」

「すごく悲しかった。本当に、君のことだけを思って……!」

「大丈夫です。もういなくなったりしません」

「信じるぞ、信じるからな……!」

 

 夏織さんの体温を感じる。ずっとこうしていたかったけど、タクシーも待たせているし、あまり遅くなると両親が心配してしまう。……それに、俺にはまだ伝えるべき言葉があるんだ。

 

「夏織さん、実は時間があまりなくて」

「そっ、そうだったのか!? すまない、私ときたら……」

 

 夏織さんは驚いたように手を放し、立ち上がった。目は真っ赤に腫れていて、涙の伝った跡がはっきりと頬に刻まれている。しばらく黙ったまま互いを見つめ合っていたけど……ふとした瞬間に、夏織さんの顔が真っ赤になった。

 

「ま、前もって言ってくれても良かっただろう!?」

「へっ?」

「怜と会うならもっと良い服を着てきたのに! それにっ、化粧だってちゃんと……!」

「夏織さんは何を着ても似合うから大丈夫ですよ」

「どうして怜はそんな台詞を言えるんだ!?」

「本心だからです」

「やっ、やめてくれっ……!」

 

 自分の服を見回しながら、恥ずかしそうに顔を覆う夏織さん。どんな服を着ても綺麗だと思うんだけどなあ。思ったことを言っただけなのに、随分と困らせてしまった。

 

「さっ、桜は知っていたのか!?」

「はい。白兎さんに頼んで、夏織さんをここまで連れてきてもらいました」

「恨むぞ、桜……!」

「あれ、嫌でしたか?」

「……嫌では、ない」

 

 夏織さんはぷいっとそっぽを向いてしまった。やっぱりこの人はこうでなくっちゃ。……さて、時間が限られてることだしな。でも「本題」に入る前に、もう一個お礼を言わなくちゃ。

 

「夏織さん、一昨日はありがとうございました」

「一昨日?」

「肉豆腐のことです。すごく美味しかったので、改めてお礼を言わせてください」

「あっ、ああ! こちらこそ、気に入ってもらえて……」

 

 また照れたようにして頬をかく夏織さん。そういえば、どうして俺が肉豆腐を好きだと知っていたのだろう。たまたま?

 

「夏織さん、どうして肉豆腐を作ってくれたんですか?」

「ああ、それは……は、初めて怜に会った日のことを思い出したんだ」

「えっ……」

 

 その言葉に、ドキリとしてしまう。さり気なく聞いたつもりが、まさか「本題」と関わりのあることだと思わなかった。

 

「ど、どういうことです?」

「あの日、君は肉豆腐をつまみにしていただろう? だから、その……好きなのかと思ったんだ」

「ああ……」

 

 やっぱり、夏織さんがあの夜に会っていたのは俺で間違いないんだろう。あの朝、駅の構内で話しかけられてから今まで。我ながらよく隠し通してきたものだ。でも……それももう今日で終わりだ。

 

「夏織さん」

「ん?」

「実は今日、あなたに打ち明けなければいけないことがあるんです」

「きゅっ、急になんだ!? 何の話だ!?」

「実は――」

 

 夏織さんは跳ね上がるように驚いていた。目をきょろきょろさせて、すっかり落ち着きを失ってしまっている。本当にお茶目で……可愛い人だ。ずっとこの人の隣にいられたら、どんなに良いことだろう。

 

 この間まで、あの夜のことを明かせば夏織さんに嫌われるかもしれないと思っていた。曲がったことが嫌いなこの人に、ずっと大きな嘘をつき続けたんだ。縁を切られても仕方がないと、どこか諦めていた気持ちもあったと思う。

 

 だけど松岡は「篠崎さんの気持ち、信じてあげたら?」と言っていた。もし、夏織さんが俺の不義理を受け入れてくれたなら。もし――いや、違うな。受け入れてくれたなら、なんて他力本願なことは言わない。

 

「僕には、夏織さんと初めて会った日の記憶がありません」

「……へっ?」

「今までずっと隠してきて、本当に申し訳ありませんでした」

 

 精一杯頭を下げる。夏織さん、どうか受け入れてほしい。だって――

 

 夢から覚めても、あなたが隣にいてほしいから。

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