男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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【第三章】第10話

 

 

 

 

 

 

 

 窓から太陽の光が差し込む小さな病室にて。

 阿部はベッドに横たわりながらかつての後輩、五条悟を見上げていた。五条は何かを堪えるように唇を固く結ぶも、やがて何かを覚悟したような表情を浮かべてゆっくりと口を開いた。

 

 

「……僕に内緒で傑と仲良くして、楽しかったですか?」

 

 

 五条の問いに阿部は気まずそうに目を逸らす。その顔には迷いと、ほんの少しの罪悪感が滲んでいた。

 

 

 

 脳無との交戦で大怪我を負い入院中だった阿部、しかしあろうことか見舞いに来た五条と夏油が出くわすという事態に。

 

 病室は荒れに荒れた。

 冷静さを欠いた五条は動揺のあまり夏油の胸倉を掴み、詰め寄り、何度も問い詰めた。それはさながら長い時間かけてせき止められていた水が勢いよく流れだし始めるように。

 

 阿部が止めに入ろうにも五条の耳には一切届かず兎に角混乱を極めていた。

「今までどこにいた」、「何故ここに」、「何をしていた」だの、思いつく限りの質問が夏油にぶつけられる。

 

 だが当の夏油は阿部たちとは違い、前世の記憶が存在しないが故に全く状況がわかっていないようでただただ茫然としていた。それもあって夏油は不思議そうな顔をして五条に対し「誰ですか、貴方……?」と尋ねたことでより一層場は荒れた。

 五条はその言葉の意味を上手く頭の中で処理しきれなかったようで最初は言葉を失っていたものの、次第に現状を理解していき、やがて怒りと困惑の矛先を阿部に向け始めた。

 

 しかし騒ぎに駆け付けた病院関係者たちが十人がかりで五条を取り押さえたことで事なきを得たため、運よく甚大な被害はでなかった。彼が本気で暴れれば病院どころか世界の安全すら危うい。

 だが五条の中にある靄が晴れたわけではない。

 そして冒頭の場面に戻るのだ。

 

 

「勘違いをしないでほしいです五条君。彼とは同じ大学で偶然知り合い、成り行きで仲良くしていたと言いますか……黙っていたのは悪かったと思います」

 

 

「なんで黙ってたんですか、僕だけのけ者にして」

 

 

「それは……」

 

 

 言葉を詰まらせながらも、五条が納得するような言い訳を見つけるがべく必死に頭を回転させる阿部。

 重油を含んだような空気は阿部の肺に重くのしかかっていた。

 

 

 阿部が夏油のことに関して口を閉ざしていたのにもちゃんとそれなりの理由はあった。

 五条が夏油と接触することによって夏油の記憶が蘇り、こちらの世界へ巻き込んでしまう可能性や再び呪詛師としての思想を思い出させてしまう可能性などを危惧したうえでの判断だったのだ。決して生半可な理由だったわけではない。

 

 しかし、これを正直に話したとて五条の機嫌はどうにもならないだろう、焼石に水だ。

 彼ならば「じゃあなんでアンタは傑と仲良くしてんのさ」と拗ね始めて面倒なことになるのは目に見えている。今の彼を納得させる術は無い。

 

 考えに考えた末、阿部は苦しくも「すみませんでした……」と謝罪オンリーで乗り切る選択肢を選んだ。

 だが案の定、不満げな溜息が吐かれる。

 

 

「貴方は昔からそうだ、都合が悪くなるとすぐ謝る。それで乗り切れるとでも思います?」

 

 

 反論一つできず、五条から顔を逸らす。

 下手に言い訳をしても事態は悪化していくだけで逆効果だ。どんな事情があったとしても潔く己の非を認める他ない。

 

 

「今回の件に関しては反省しています。

 これで許されるとは思っていませんが、罰なら何でも受けます。だからどうか――」

 

 

 すると五条がダンと勢いよく壁を殴りつけた。損傷は見受けられないことからある程度の理性を保って手加減はしたのだろうが、阿部を委縮させるには十分だった。

 ビリビリとした空気が肌にまで伝わってくる。息すらもまともに吸えない。

 

 

 

「……言ったな?」

 

 

 

 ドスの効いた声で確認する五条。

 阿部は一人覚悟を決め、次に五条から発せられる言葉を待った。

 

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