男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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第11話

 

 

 

 

 

 

 阿部は酷く後悔していた。

 何故自分はあの場にてあんな馬鹿みたいなことを口走ってしまったのだろうか、と。

 自分は知っていたはずだ、五条悟という男がどんなイカレた男であるかということを。そして神をも呆れさせる程の図々しさを持つ男であるということを……。

 

 

「今日から一週間、外部講師として近接格闘術を教えてくれる阿部先生だ。くれぐれも迷惑はかけないように」

 

 

「よろしくお願いします、阿部先生!」

 

 

 ――退院早々どうしてこんなことに……!

 

 

 そんな阿部の心からの叫びも空しく、八百万百は阿部の手を取り「ご指導ご鞭撻を!」と握手を交じわせた。それに追い打ちをかけるが如く相澤は「よろしく頼みますね」と肩をポンと叩いた。

 

 

 訳あって五条の機嫌を損ねさせてしまった阿部。

 そのためどうにかして許してもらおうと苦し紛れにこちらから妥協案を提案したのだが、この時点で阿部はまんまと五条にはめられていた。

 

 冷たく鋭い目を向け続けていた五条だったが、阿部のその言葉を聞いた途端態度は一気に豹変し、「じゃあ償ってもらいましょうかね、僕が弄ばれた分!」と素晴らしく綺麗な笑みを浮かべたのだ。

 呆気にとられる阿部を他所に、五条は上機嫌に「言質はちゃーんと取ったし、何してもらおっかなー」と病室を出て行ったのだった。

 そして翌日彼から言い渡された処分は、雄英高校での一週間の外部講師。死にたくなった。

 

 しかも阿部がこれから教える生徒というのが雄英高校ヒーロー科一年の推薦入学者ときた。まだ一年生とはいえ名門高校から推薦を受ける程の才能を持つ大事な大事なヒーローの卵……そんな人材を己ごときが手掛けていいものかと阿部は心の内で悶えていた。

 

 しかし今更後戻りはできない、現に目の前の八百万百はキラキラとした憧れと尊敬の眼差しを阿部に向けている。今はその純粋な輝きが何よりも心に刺さる。簡単に無下にはできない。

 

 

「……よろしく、お願いします…………」

 

 

 阿部は遠い目をしながらなんとか挨拶を絞り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー科一年、八百万百。

 個性は創造、構造を理解した生物以外の物であればどんなものでも再現可能な個性。レパートリーは数知れず、ガトリング銃やダイヤモンド、更には核爆弾にと何でもござれ。使い方次第では良くも悪くも国を動かせる紛れもない強個性、構築術式の完全なる上位互換と言える。

 呪術師として見るのであれば一級相当の実力だ。

 

 しかし雄英体育祭ではうまく個性を発揮しきれなかったようで思うような結果が残せていなかった。

 それを見かねた五条の機転により、阿部が八百万の外部講師にあてられたのであった。

 

 

 本来プロヒーロでもない五条が雄英高校に務められる資格はそもそもないのだが、そのオールマイトにも匹敵しうる人間離れした強さから特例で雄英高校初の一般枠での就任を実現させた。そんな彼の発言力もあって外部講師のお許しがでたのである。

 

 五条悟はこの世界でも五条悟をしているようだ。前世にて現代最強と謡われた肩書も名ばかりではない。

 

 そしてそんな彼の目を引かせた八百万もまた逸材だ。

 五条を取り巻く環境はどうなっているのやら、イカレた連中を引き寄せる体質でも持っているのかと疑いたくなるほどだ。

 

 

「まさかあの五条先生からの推薦で外部講師に選ばれるだなんて驚きですわ……」

 

 

「いや……君程じゃないですよ俺なんて」

 

 

 阿部はそう自分を卑下しながら小さく溜息を吐いた。

 彼女たちと己を比べてしまえばちっぽけなものだ。戦う術を教えるどころか教えられる立場にあるのではと時折考えてしまう。

 

 

「……俺が君に教えるのはナイフ術です、とは言っても飛び道具の創造が可能な君にとっては至極いらない力かもしれませんが知っておいて損は無いはずです…………はい」

 

 

 自信無さげにナイフを握り、もう一本のナイフを八百万に渡す。そして「今後はソレを使って訓練を行っていきます」と告げた。

 しかし八百万は「これでは誤って当ててしまった場合、怪我をしてしまいます」と尖った刃先を見つめた。

 すると阿部は首を横に振る。

 

 

「これでいいんです、俺が教えるのは誰かを護るための力じゃない」

 

 

 阿部の目が濁る。

 空一面に広がる曇天のように暗く、灰色に濁った目に八百万は息を飲んだ。持っているナイフの重みが増した気がした。

 

 

 

 阿部はヒーローじゃない。

 全盛期は人々のためと身を粉にして呪霊を祓い続けてきたが、時が経つに連れ気付き始めた。自分が誰かを護るために戦っていたのではなく、目の前の敵を葬りさるためだけに戦っていたことに。

 

 呪術師が相手にするのは必ずしも呪霊だけとは限らない。呪詛師、つまりは人間を手にかけることだってある。

 初めは躊躇いがあったとて、次第に嫌でも慣れてくるものなのだ。何の躊躇もなく、蚊を殺すように命を奪い続けることが身体に馴染んでくるのだ。

 護るために殺すのではない、仕事のために殺すようになった。機械的に、受動的に。その度に自分の心が何か別のものへと変化していく気さえした。

 

 

「……外部講師として一週間働くにあたり、あちら側に一つだけ条件を出しました。

 受講生は一人だけにしてほしい、というものです」

 

 

 何故だかわかりますか、とでも言わんばかりの目を向ければ、八百万は何かを悟ったようにゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「そもそもこんな力、学生に教えるべきじゃないんですよ。ましてやヒーローに……。

 君は本当に運が悪い、覚悟をしておいた方がいい」

 

 

 今後、命という名の呪いが彼女の身体を縛り付けることになるだろう。目の前のヴィランどころか、世界そのものがガラリと変わって映るようになるはずだ。かつての阿部がそうであったように、心を闇に蝕まれていくはずだ。ヒーロー活動にも悪い影響が出てくるかもしれない。少なくとも、今まで通りには武器を握れなくなるだろう。

 阿部が教えようとしているものは、そういうものだ。

 

 だから八百万自身のためにもこの講習は辞退してほしい、そう思いながら阿部はこの世界の現実というものを再び突きつけようとした。

 しかしそれよりも先に八百万は口を開いた。

 

 

 

「――使いこなしてみせますわ」

 

 

 

 八百万の芯の通った声が響く。

 阿部は酷く驚いた様子で目を見開き、面食らったように固まった。

 

 

 

「阿部先生が教えてくださるものがたとえどれほど残酷で、危険なものであれ、必ずや私のものにしてみせます。

 そしてその力を、護るための力に変えてみせますわ!」

 

 

 

 力強い宣言、その目には熱い闘志が燃えている。

 強くなりたい、ヒーローになりたい、その一心からなる底知れぬ力が彼女を突き動かしていた。

 穢れをものともしないその勢いが阿部には眩しく見えた。

 

 

 

 

 

「……少し、ヒーローというものをみくびっていたのかもしれない…………」

 

 

 感心のあまり、思わずそんな声を漏らした。そしてしばらく黙り込んだ後、力なく笑った。

 ああ、自分は馬鹿だった、俺は彼女を甘く見すぎていた、と。

 

 彼女はヒーローになるために雄英に入学し、ここまでやってきた。困難も、挫折も、何度も経験したはずだ。しかし今も尚、懸命に夢を追い続けている。それが何よりの証明だ。

 

 甘い覚悟で雄英の名を背負い、ヒーローを目指しているわけではない。彼女は周囲の穢れに目を奪われることなく常にその先の未来を見つめ続けていたんだ。だからどんな山も越えることができてきた。

 自分とは違う、確固たる強さを持った子なんだ。

 この子ならきっと、力と血に飲まれることなくヒーローとして名を上げることができる。

 彼女は宣言通りにこの力を自らの力として、しっかりと受け継いでくれるだろう。そう確信した。

 

 

 ――紡がれていく。

 

 どんなに禍々しく血に汚れていたとしても、それは次世代の未来ある子供たちの手によって、形を変えて紡がれていく。

 それがどういった結果に結びつくかだなんて知らない。けれども彼女なら、彼女であれば、阿部の代わりに成し遂げられる。

 前世とは違う、今世にはヒーローがいる。彼女のような立派で、強かで、輝かしいヒーローたちがいるのだ。

 心配はいらない。

 

 

 

 

「――わかりました、教えましょう」口角を上げ、目を細める。さっきとは打って変わり優しく、温かな目だ。「これで気兼ねなく教鞭をとることができます」

 

 

 阿部はナイフを構え、光を刃で反射させた。

 

 

 

「さあ、己の力を信じ、全力を惜しむことなく持てる力の全てを振り絞り、ソレを振るいなさい。

 俺はいつでも準備はできている!」

 

 

 

 八百万は慣れない手つきでナイフを構える。そして「よろしくお願いします!」と一歩を踏み出した。

 こうして阿部による近接格闘術の講習がスタートしたのだった。

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