男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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第15話

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い空、蝉の声、穏やかな潮風。

 

 そんな夏と出くわした時、どうにも物足りない気分になる。でもどれだけ考えてもその原因はわからない。心にできた空洞が埋まることはない。違和感だけが残り続けるばかり。

 何故だかそれが切なくて、寂しくて、懐かしくて、悲しくて、自然と涙が出てくる。理由も分からぬおかしな涙が頬を伝い、砂浜に落ちていくのだ。気持ちが悪い。

 

 

 ――まあ大丈夫でしょ、俺たち最強だし。

 

 

 聞いたことのある声、誰の言葉だったか。

 ずっと隣にいてくれていた気がする。一緒に夏を歩いた気がする。忘れたままじゃいけない気がする。そんな声。

 

 

 ――コイツら、殺すか? 今の俺なら多分、何も感じない。

 

 

 これも知っている。その言葉に対して自分がどう返したのかもなんとなく覚えている。

 

 私はそう、否定したんだ。

 冷静に、ハッキリと。正論を並べてソレを制止した。

 でもその時から壊れたんだっけか。自分の中の何かが狂い、壊れ始めたんだ。始まりはあの時からだ。

 

 

 

 ――君は――だから最強なのか? 最強だから――なのか?

 

 

 

 これは……ああ、そうだ。これは私が言った言葉だ。

 ……誰に、対して…………?

 

 

 絶え間なく脳内に響き続ける波の音が思考を邪魔する。サイダーから発せられる炭酸の音が背中を引っ張ってくる。熱い砂浜が足を掴む。

 でも抗った。抗わなければいけないと思った。

 

 私は、誰に対して、それを言った? どういった場面で? どういった経緯で? 君は一体誰なんだ?

 思い出せない、思い出せない、思い出せない……!

 

 

 

 

 

 ――傑ぅ、桃鉄99年付き合えよ。

 

 

 

 

 

 ………………は。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 ビクン、と夏油の身体が跳ね、その瞳が勢いよく開かれた。

 動揺のあまりかしばらくの間激しい呼吸を繰り返し、グシャグシャと髪をかき乱す。

 しかし青冷めていた顔はみるみるうちに色味を取り戻し、幾分か顔色はマシになった。

 

 

 阿部は瞬き一つせずその様子を見つめ、真人は「どうなるかな」と興味深そうに観察していた。

 そんな二人からの注目を受けながら、夏油はポツリと呟く。

 

 

 

「――思い出すきっかけが桃鉄って……はあ」

 

 

 

 その発言が何よりの揺るぎがたい決定打。阿部の脳内で成功の二文字が浮かぶ。

 

 

 しかし、そこからの夜蛾もどきたちの動きは速かった。

 夜蛾もどきの「荼毘」という一声に反応したツギハギ男こと荼毘は、真人たちと阿部を隔てる青い炎の壁を作り出した。

 

 突然のことで反応に遅れるも、すぐさま阿部は炎の先にいるであろう真人たちのもとへ向かおうとする。だがそれを阻むように荼毘と大量の呪骸が阿部の前に立ちはだかる。

 

 

 一方の真人は主の命令に従い夏油の護りに回る。

 脳無は不気味な目玉をギョロリと動かし、ターゲットに焦点を合わせる。そしてここでも夜蛾もどきにより作りだされた呪骸たち。

 

 

 

 こういった事態も覚悟はしていた阿部であるが、こちら側の戦況があまりにも不利すぎる。しかも脳無を真人たちの方にあてられたというのが痛い。

 

 相手の中で唯一呪力を持っていないであろう非術師の荼毘には、呪霊である真人に相手をさせ有利に事を進めようと当初は考えていたのだが、まさかこうも都合悪く分断されてしまうとは想定外である。

 更にこの荼毘なる男、炎を操る中距離タイプと見た。近接戦闘を得意とする阿部にとって荼毘のような中距離攻撃特化型の相手は相性が悪すぎる。

 

 阿部は忌々し気に夜蛾もどきを睨むが、当の本人は「人質の解放後、攻撃しないとは言っていない」と舌を出しながら屁理屈をこねる。その捻くれた計画性が阿部の中の苛立ちを促進させた。

 

 

「……まったく、これだから呪詛師ってやつは…………」

 

 

 溜息を吐きながらナイフを握りしめ、荼毘と視線を交じ合わせる。

 荼毘は「いいねぇ、その目」と舌なめずり。

 銀の刃は月明りを反射し、キラリと光った。

 

 

 

「非術師とて、俺は容赦しない」

 

 

 

 

 この戦場で一際異彩を放つその静寂且つ冷徹な阿部の狂気を前に、荼毘はケラケラ笑って「面白い……!」と両手を炎で包み込む。紅潮した頬は感情の昂ぶりを嫌程強調していた。

 

 

「夜蛾のおっさん、コイツはもう殺しても構わないんだな?」

 

 

「かまわない。夏油傑の記憶が戻った今、彼はもう用無しだ」

 

 

 そう言って夜蛾もどきは「後は頼んだよ」とヒラリと手を振り、炎の先へと姿を消した。

 こうして残された阿部と荼毘、そして数十体余りの呪骸たち。阿部はチラリと周囲を囲むそれらを一瞥した。

 

 

「……まずは君たちだ」

 

 

 直後、阿部はポケットに手を突っ込み、そこから取り出した黒い物体を呪骸たち目掛けてばらまく。それと同時にあちこちで激しい音と共に眩い光が闇夜を照らし、爆発を引き起こした。巻き込まれた呪骸たちの身体の部位が黒い煙の下で無残に散らばっている。

 

 

「ほう、手榴弾か。よく手に入ったな」

 

 

「優秀な教え子が用意してくれただけです。俺の無茶な要望に応えてくれた彼女には感謝しかない」

 

 

 阿部とて、この場に来るにあたり何も対策してこなかったわけではない。

 万が一強敵との対峙が余儀なくされた場合のことを考えて事前に武器を集め、しっかりと戦いに備えていたのだ。

 

 八百万の協力により得た手榴弾は十数個、まさか呪骸相手に使うことになるとは思ってもみなかったが、されども効果は抜群だ。

 

 手榴弾自体に呪力はこもっていないためこれで核を破壊することは不可能である。しかし核を宿す肉体が再起不能なレベルで損傷すればいちいち核を壊さずとも呪骸たちを無力化することが可能だ。

 短時間でより多くの敵を蹴散らすことができるという点に関して、これほど優れた武器はないだろう。

 

 そのついでに荼毘にもダメージが与えられていれば――と、一時は期待した阿部であるが、流石にそうも上手くはいかないようだ。

 

 

「……なるほど、個性で爆発を相殺したか」

 

 

「この程度で俺がどうにかなるとでも思ったか? 甘いんだよ」

 

 

 荼毘の人差し指が阿部に向く。そして青い炎が小さな球状に圧縮され、弾丸の如き勢いでそのまま真っ直ぐ放たれた。

 間一髪で避けたものの攻撃が止まることはなく、絶え間ない炎の弾丸が阿部を襲い始めた。

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