阿部と荼毘の激しい戦闘が繰り広げられる中、真人と夏油による脳無との戦いも苛烈を極めていた。
無為転変により記憶を取り戻した夏油であるが、余裕があるのだか無いのだか、戦闘中ずっと文句を垂れ流しながら脳無の攻撃をさばいていた。
「ああもう……! 記憶が戻って早々何だコイツ、呪霊じゃないみたいだけど……くそっ、手強い。
せめて呪力と術式があれば……!」
本人はこう言っているものの、純粋な肉体のパワーとスピードのみで脳無と渡り合う時点で十分の強さである。しかし、やはり呪力が無いと落ち着かないのか本調子ではないようだ。
その一方、真人も己の変幻自在の身体を駆使して脳無への攻撃を繰り返していた。しかしいかんせん夏油との連携がとれていないようだ。
無理もない、前世と違い呪力を持たぬ夏油に呪霊である真人の姿は見えない。声すら届かないとなるとやりづらいことこの上ないだろう。
「邪魔なんだよ夏油! さっさと安全なところに逃げるなり隠れるなりしろよな!!
コイツは俺の獲物だってのに……!」
こちらも夏油同様に文句を垂れ流しながら脳無をいなす。
その最中、呪骸たちが夏油と真人に襲い掛かるがそれもなんなく受け流し、息切れ一つ見せずに敵を圧倒し続ける特級コンビ。
前世にて数多くの呪術師から恐れられてきた二人だが、今世での二人の相性は最悪らしい。
そんな彼らを楽しそうに遠くから眺める夜蛾もどき。
呪力も天与呪縛も無い状態であるというのに前世とほとんど変わらぬ戦闘スキルを維持する夏油に、夜蛾もどきは密かに心の内で感心していたのだ。
「……良いねぇ、益々欲しくなったよ」
含みのある笑みを浮かべ、ポツリと意味ありげな言葉を零す。
僅かに目を細め、「もうそろそろかな」とだけ呟いた後、夜蛾もどきは夏油たちの方へと足を向けた。
そしてスウッと息を吸い込んだ。
「傑! 縛りを解くんだ!!」
夏油の動きがぴたりと止まる。
「先生……!?」
驚くべき人物の登場に夏油は思わず脳無そっちのけでかつての担任、夜蛾正道に意識をとられる。
そのせいで危うく脳無の拳が当たりかけるものの、なんとか真人が身体を張って防いだことで事なきを得た。しかしそんなことには目もくれず、夏油は「そうか、この呪骸たちは先生が……」と冷静に状況を分析していた。
そして今更ながらに思い出した、そういえば自分を攫ったのはこの男だったなということを。
大学からの帰り道に突然後ろから襲われ、気が付いたら見知らぬバーの中。カウンター席には優雅に酒を嗜む夜蛾の姿。
ということはこの化け物も先生が――
と、ここまで思考が追いついたと同時に夏油は眉間にしわを寄せながら、不適に笑う夜蛾を睨んだ。
「どういうつもりですか」
「細かいことはいいだろう、それよりもそろそろ縛りを解かないとまずいんじゃないか?」
「縛り……?」
わけがわからないとでも言わんばかりに顔を歪める。
すぐに聞き返そうとしたが、タイミング悪く真人の護りを力技で破った脳無が奇声を発しながら夏油に手伸ばす。
ギリギリのところで避ける夏油だが、脳無の容赦ない攻撃は目にもとまらぬスピードで繰り出され続ける。
先程までの力押しばかりのやたらめったらな攻撃とは一転し、スピードもキレも格段と上がった。心なしか夏油たちの動きも読み始めているように思える。
どうやらこの脳無、二人の行動パターンを分析し、学習しているようだった。それを証拠に真人のフェイント攻撃も次第に通用しなくなってきた。
たとえフィジカルに優れる夏油であれ、今世の呪力無しの平和ボケした身体では避けるので手一杯だ。夜蛾の目的を考える暇すら作れない。
そんな彼に夜蛾は「呪力を戻す方法ならある」と口角を上げる。
夏油たちを追い詰めたいのだか、助けたいのだかわからないが、とりあえず夏油は夜蛾の言葉に耳を傾けることにした。
「この世界には個性というまか不思議な力で溢れている。
だが個性と呪力の併用は不可能とされている。何故だかわかるか?」
木にもたれかかりながらのんびりとした口調でそう訊ねてくる夜蛾であるが、夏油は脳無の相手で返事をする余裕さえ無い。
しかしなんとかヤケで「知らないよそんなの!」と叫べば、夜蛾はクツクツと笑った。
「縛りが働いているんだ。かつて呪力が扱えない代わりに高い身体能力を得た少女のように、身体の自由を奪われる代わりに広大な術式範囲と呪力出力を得た少年のように。
そしてそれは個性にも同じことが言える」
なんとなく夜蛾の言いたいことが読めてきた真人は「なるほどね」とポツリと呟く。
そう、ここで夏油の記憶を思い出させた理由に繋がってくるのだ。
「呪力を扱えない代わりに個性を、あるいは個性を扱えない代わりに呪力を。君の場合は前者だ。
つまり、君にはまだ呪力を取り戻せるチャンスがある」
縛りを外すために何よりも必要となってくるのが呪力への理解だ。
呪術師としての記憶を失った夏油に「縛りを外せ」と言ったところで、本人は縛りどころか呪力さえわかっていないのだからどうしようもない。
故に夜蛾は夏油を攫い人質とすることで阿部と真人を呼び出し、夏油への無為転変の使用を強制させたのだ。
前世の記憶を戻させた理由はわかった。
しかし、夜蛾はその先に何を望むのか。呪力を戻させ、何を企んでいるのか。謎が判明する度にまた新たな疑問が浮かんでくる。
だが今の夏油には夜蛾の目的など至極どうでもよかった。細かいことは目の前の脳無をどうにかした後からだ。
そのためにも必然的に、今よりも大きな力が必要となってくる。もう流れはできている。
呪力さえあれば、形勢逆転できる。
「……いいよ、やってやるよ」
夏油は一旦脳無と距離を取り、己の胸を強く抑えた。
そして結んだ糸を解くイメージを浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。