男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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第17話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――夏油サイドで起死回生の台風が動き始める一方、阿部と荼毘の戦いにある変化が表れ始めた。

 

 

 

 荼毘は舌打ちを一つし、ナイフを構えて虎視眈々と己の首を狙う阿部を見据える。その目はまるで捕食者、獲物を狙う鷹の目である。気弱で暗そうなイメージとは打って変わり、死線を幾度となく乗り越えてきた強者の覇気がヒシヒシと伝わってくる。

 

 拳も振るえなさそうなひ弱な印象を与える細身体系だが、そんなものはハリボテだとでも言わんばかりのスピードと瞬発力、そして死をも顧みない大胆且つ繊細な攻撃。

 エンデヴァーをもしのぐ高火力の炎を操る荼毘であるが、そのアドバンテージを持ったうえでも阿部を仕留めきることができない。それどころか個性無しのハンデなどものともしないといった勢いで攻めてくる。

 

 

 身が焼かれていこうが知ったことかと荼毘の間合いに入り、ナイフを振るい続ける阿部。それに対応するべく荼毘は炎で距離をとろうとするが、阿部は平然とした様子で己の手ごと炎にナイフを突っ込み、ギリギリまで攻撃を繰り返す。

 大気が熱され呼吸がしづらくなろうとも限界まで荼毘との距離を取ろうとはしなかった。

 

 

 何がなんとしてでも中距離戦闘には持ち込ませない、近距離戦闘のフィールドを保つんだという阿部の意地が、炎による痛みと苦しみを上回っていたのだ。

 

 更に阿部は戦いの最中、炎の熱さをも凌駕するかのごとき氷のように冷たい表情でポツリと呟く。

 

 

 

「君、長期戦は苦手なんですね」

 

 

 

 火傷まみれの人差し指は、荼毘の僅かに剥がれかけた皮膚に向く。

 

 

 荼毘は顔には出さずとも、心の内で酷く動揺していた。

 弱点が見破られたことに対してでは決してない。あの激しい戦いの中、そんな荼毘の些細な変化に気付くことができるその洞察力に動揺していたのだ。

 

 熱さに耐え、攻撃に神経を尖らせながらも相手の状態を観察し、そこから弱点を分析して導き出せるその異常なまでに磨かれた冷静さは、阿部の平凡な経歴からは考えられない戦いへの経験値を感じざるを得ない。

 武道を習っているわけでもヒーローを目指しているわけでもない無個性の男が持っていい力ではなかった。

 脳無を倒したという実力も伊達ではない。

 

 しかし。

 

 

「……そういうお前こそ、どうなんだよ」

 

 

 荼毘の目は、惨たらしく焼けただれた阿部の腕を映していた。

 

 

 阿部は涼しい顔で「俺のことはどうでもいい」と再び戦闘態勢に入る。

 ナイフを握れているのも奇跡と言えるレベルの酷い火傷、常人ならば地面でのたうち回る程の激痛のはずだ。どうでもいいで済ませられるような怪我ではない。

 

 だが阿部は自分のことなど二の次で、目の前の命を刈り取ることに集中している。

 限界を感じさせぬ底力は荼毘を確実に圧倒していた。まともな痛覚も感性も、とっくの昔にイカレている。

 

 

 ジャリ、と地面と靴を擦らせながら前のめりになる。

 阿部が燃えつくされるのが先か、荼毘が心臓を貫かれるのが先か。現時点ではどちらが勝つか負けるかなど検討もつかない。

 実力と実力がぶつかり合い、火花を散らす二人の戦いはジリ貧戦になるものかと思われた。

 

 

 だがその戦いは思わぬ形で流れを変えることとなる。

 

 

 

「……っ!? なんだあの呪力……!」

 

 

 

 突如として発生した出自不明の呪力の気配に、阿部は思わず動きを止めた。

 発生源は炎の壁の先。

 誰のものかと思考を巡らせるが、夜蛾もどきのものでも、真人のものでもない。かといって廃校舎に蔓延っていた呪霊と考えるにはあまりに強力すぎる

 

 嫌な予感が背中を伝うが、あちらの様子を見に行くなんてことを荼毘が許してくれるはずもない。

 どうにかして隙を作り出さねばと、ポケットの中を漁る。

 八百万から貰った武器に、何か一つでもこの状況を打開できるものがあるかもしれない。そういった期待を胸に汗を拭う。

 

 

 

 ――――ふと何かを思い出したように「あ」と声を漏らし、目を大きくさせる。

 

 それを境に、阿部の目は次第に細くなり、ポケットを漁る手を止める。

 そしてゆっくりと息を吸い、小さな声で呟いた。

 

 

「――汚い手だとはわかっています」

 

 

「何の話だ」

 

 

 

「しかし君に構っている暇もないんだ、許してくださいね!」

 

 

 

 そう叫んだ直後、ポケットから取り出した煙幕を破裂させ、場を白一色で包み込む。

 荼毘は煙に飲まれながらも「そう簡単に逃げられるとでもーー」と青い炎を散らせるが、それと同時に激痛が駆け巡る。

 個性を酷使しすぎた故の反動が今、タイミング悪く痛みとして襲い掛かってきていたのだ。

 これ以上何もするなと身体が警鐘を鳴らす。荼毘の身体は既に限界間際だった。

 

 消えていく背中に手を伸ばすも煙でかき消される。

 荼毘は悔し気に顔を歪ませ、拳を握りしめた。

 

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