――今後の方針については長く慎重な議論の末、なんとかある程度固めることができた。
話し合いもひと段落済んだということで、今日はここまでにしようかという解散ムードが漂い始めている。
真人は「家帰ったらオセロしよーよ」と阿部の肩に腕を回してダル絡みし、五条は「じゃあ僕は近くの駄菓子屋買収して理想郷作ってくるよ」とよっこいせとソファから立ち上がる。アダルトキッズたちに挟まれる阿部は力なく苦笑い。
しかし、そんな彼らに「あのさ、そろそろ誰か私のこと指摘してくれてもいいんじゃないかな」とおずおずと声を上げる男が一人。
阿部はあからさまに「あ、忘れてた」とでも言わんばかりの顔をし、真人は「そういやいたんだっけ」と純粋な顔で失礼な発言をかます。
今の今まで誰からもすっかり忘れ去られていた夏油は傷心しきった様子で「阿部さんまで酷い……」と膝に顔を埋めて年甲斐もなく落ち込み始める。五条は「気にすんなよ傑ぅ、ほら元気出せって」と背中をさすっている。どの面下げて言っているのだろうと阿部は心の底から思った。
「…………今更指摘もおかしいかもしれませんが一応聞きますね。
五条君、貴方は何をやってるんですか?」
「何って、見ての通り捕まえてるだけですよ。僕から逃げないように」
絶句すると共に聞かなきゃよかった、と後悔した。
そして阿部は瞬時に真人の腕を掴んで「飛び火が散らないうちに帰りましょう、真人君」と薄情にも部屋から逃げ出そうとする。だがそんな彼の背中を「見捨てないでください阿部さん!」という可愛い後輩の声が引き留める。
罪悪感がこれでもかと刺激され、グッと立ち止まる。
しばらくの激しい葛藤の後、阿部はとうとう勇気を振り絞って「あの……五条君」と後ろを振り返った。
「……夏油君の拘束を解いてみるっていうのは――」
「解くわけないじゃないっすか、そんなことしたらまーた呪詛師に堕ちちゃいますよコイツ」
「ねー、傑」と悪魔のような笑みで縄を引っ張る五条。予想通り、阿部の言葉を聞く気はさらさらないようだ。
夏油自身も抵抗したいのだろうが、前世のこともあって無暗矢鱈に反発するのには引け目を感じているようでされるがまま。悪循環にも程がある。
「い、いつまでも前世を引きずるのはやめましょうよ。彼は今世で新しい人生を歩んでいる真っ最中で…………」
「どうせ前世の二の舞になるだけですよ」
「あのねぇ……」
あまりの過保護具合に呆れかえる三人。真人に至っては「そくばくってやつ? キツー」と結構ガチめに顔を歪めている。いつもならその失言を叱責するなり何なりしているところだろうが、今回ばかりは阿部も真人の言葉に酷く同意だった。否定する気力もない。色んな意味でキツい。親友というより保護者の方が近いようにも見える。
しかし五条は不思議そうな顔をして「何がおかしいんですか?」と首を傾げている。冗談で言っているのならまだしも、これを素で言ってしまっているのだから頭が痛い。
前世での裏切り、死、偽物。これらが五条の正常な思考回路を妨げ、ある種のトラウマとしてこのような最悪の形で作用してしまっているのだ。
長年せき止められていた親友に対する想いが膨れに膨れ上がり、爆発した結果がこれ。恐ろしいことこの上ない。
五条から発せられるもう離さない、逃がさない、死なせない、そんな確固たる意志。正直、これ以上この二人に関わりたくないのが阿部の本音である。真人の教育にもよろしくない。
だがここで後輩を見捨てては先輩の名が泣く。なんとしてでもあのホワイトおなもみを夏油から引きはがさなければならない。それが先輩として……いや、阿部としての使命であった。
覚悟を決め、勢いよく息を吸い込んだ。
「夏油君はしばらく俺が預かります……! なのでこれを機に五条君は夏油君離れしてください!!」
「は……?」
五条の目の色が変わる。いや、正確には目隠しのせいで瞳は見えないのだが、見えずともしっかり伝わってくる。そのギンギンに開かれた青い瞳が己に向いているのだということは目を瞑っていてでもわかる。
しかし折れるわけにはいかない。今こそ先輩としての威厳を見せつけ、かつての尊厳を取り戻す時なのだ!
阿部は心の中で自分を鼓舞し、「異論は認めませんよ!」と震える声で言い切った。夏油は涙目になって感動している。
話し合いはまだまだ続きそうだ。