男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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第23話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この子が例の阿部君かい?」

 

 

 世界最高峰のヒーロー育成機関、雄英高校にて校長を務める天才白ネズミ、根津は紅茶を一口飲みながら巨大スクリーンに映し出されるヒーロー仮免試験の動画を眺める。その隣ではウィングヒーロー、ホークスの姿。彼は少しだけ嬉しそうにしながら根津の問いに「はい、そうです」と自慢げに応える。

 

 

 

 

 

 近々、雄英高校ヒーロー科では個性強化訓練を元にした林間合宿が予定されている。

 しかし最近世間を騒がせているヴィラン連合なる組織のこともあり、生徒の安全を踏まえて林間合宿には難色を示す者が多く、反対派の教師も多数。

 現役プロヒーローたちが机を囲む厳かな空気の中行われた議論の末、やむを得ず林間合宿は中止になろうという案に傾き始めていた頃。

 

 ある一人の男がノンビリと間延びした口調で言ってのけた。

 

 

 ――若人から青春を取り上げるなんて許されないんだよ。

 

 

 反対派からの視線など気にも留めず、男はフラリと立ち上がったかと思うと、コンパスのように長い脚で根津の前まで移動。そして「護衛として適任の人なら一人いますよ、それなりに強くていつも暇してる知り合い」と提案を持ちかけた。

 

 そして紹介されたのが、現在スクリーンに映っている阿部という男なのだが――

 

 

「動きに何一つ迷いがない……状況に応じた冷静な思考力と判断力も申し分なし。

 まるで歴戦のプロヒーローでも見ているかのようだよ。一般人とは到底思えない実力だね!」

 

 

「本人曰く、独学だと……」

 

 

「独学か……いやはや、とんでもない子が紛れていたものだよ」

 

 

 思わず感嘆の声をもらす根津。

 スクリーンに流されるその疾走感と迫力溢れるバトルシーンはまさに映画。他の追随を許さぬ台風のごとき勢いでヴィランを蹴散らしていく。

 

 前世、呪術師を生業として生きてきた阿部は言ってしまえばその道のプロ。彼は他の受験者たちと違って幾度となく命の危機に直面してきたが故に、試験会場内にて一番と言っていい程戦場というものを熟知していた。

 長いブランクをおいてしても隠しきれない高い経験値は今世でも衰えることはなく、たった一つのナイフだけで道を切り開いていく。

 

 これといった派手な個性も見せず、ただただ黙々とヴィランを退けていく姿はヒーローにしてはエンターテイメント性が足りないようにも見えるが、その実力は誰の目から見ても確かなものだった。

 

 

 

「彼のこの飛びぬけた身体能力にも呪力というものが関わっているのかい?」

 

 

「はい、筋力増強系の個性と類似したものだということは本人から教わりましたが……それを差し引いても彼の近接格闘術には目を見張るものがあります」

 

 

「そうだね、あのプロヒーロー顔負けの力は能力だけで成り立っているわけではないということはよくわかるよ。その根本には太く、大きな基礎がある。とても興味深い」

 

 

 動画を一時停止し、阿部の顔をズームアップする。

 その顔からは「合格したい」という強い意思は全く伝わってこない。無心に言われた通りのことをこなしているような、操り人形を彷彿とさせる男だ。

 とてもじゃないがヒーローには向いていない。だがそれとは裏腹に高い実力があるのも事実。

 

 

「……まさか阿部さんがヒーロー仮免試験をトップで合格するとはねぇ…………」

 

 

 目立った個性もなく、身体能力の底上げと近接格闘術のみでトップの成績で合格。

 実歴も無い、ヒーローを目指していた形跡も無い。そんなただの一般人として生きてきた彼がこのような偉業を成し遂げることは異例の事態であった。まさにヒーロー界のイレギュラー的存在。

 

 

「五条君が薦めてくれただけある、護衛だけとは言わず正社員として雇用させてもらいたいぐらいなのさ!」

 

 

「そうでしょう! 阿部さんは本当にすごい人でしてね――」

 

 

 ホークスは意気揚々と阿部の魅力について語り出すが、すぐさま我に返って「すみませんつい……」と口を抑えた。根津は微笑ましそうに「仲が良いんだね」とニッコリ優しい笑みを浮かべる。

 

 

 

 そう、この物語の始まりは阿部とホークスの出会いから始まった。

 あの日ホークスが呪いを、阿部を信じなければ、きっと彼はナイフすら握っていなかった。ずっと心も閉ざしたまま、暗いトンネルを永遠と歩き続けていたことだろう。

 

 現在は公安の呪霊対策課の一人として活動している彼であるが、ホークスとの交流は未だに続いている。

 当初はホークスの声が嫌いな後輩の声に似ていたという理不尽な理由で苦手意識を抱いていたものの、歳の近さ、特殊な状況下での出会い、協力関係、そんなものも相まって今ではすっかり仲良しに。

 

 年齢的にはホークスが年上なのであるが、阿部の包容力や圧倒的年上力といった前世の名残もあってか、まるで兄ができたかのような錯覚に陥りホークスも阿部を強く慕っている。友達をこえて最早兄弟である。

 

 

「君から見て、阿部君はどんな人なのか教えてもらってもいいかい?」

 

 

 根津の問いに、ホークスは嬉しそうに「はい、勿論です」と目を爛々とさせる。

 阿部の話をする時のホークスは、いつもとは打って変わってどこか幼げがあった。

 

 

「――初めて会った時は、暗くて、冷たくて、ずっと何かに対して怯えているような印象でした。

 けれども彼と関わっていく度に、それはガラリと変わった」

 

 

 あの長い前髪から覗く獣のような鋭い瞳、度々垣間見えるドロリとした闘志、味方をも慄かせる殺意。

 ただ者ではない。

 確証があるわけではないが、直感的に目を離したらダメだと思った。たとえるならば水をかけた機械人形を相手にしているのと似ている。勝手に一人で壊れるが先か、誰かを巻き込んで暴走し始めるが先か。

 どちらにせよ阿部という男はホークスにとっての警戒すべき監視対象であった。

 

 

 ……だったのだが。

 

 

「…………あの人は、不思議な人です。顔色一つ変えずに凶器を振り回すくせして、変に温かいんですから。

 良い人すぎて参っちゃいますよ」

 

 

 

 イカレているくせに常識的で、穏やかで、優しくて。

 公安の人間として社会の闇と向き合い続けているホークスにとって、その裏表のない人柄の良さは宝石そのもの。

 一切の穢れを許さず、美しく、魅力的で、心を奪われる。彼と関わる度に張りつめていた糸がゆっくりと施されていき、妙な安心感が心にしみ込んでいった

 

 唯一仕事云々関係無しに自分を見てくれる、寄り添ってくれる、自分が欲しい言葉をかけてくれる。

 温かい。

 

 要は、彼の隣は居心地が良いのだ。どんなアロマよりも己を安らがせる、隣にいるだけで幸福感に満たされる。

 

 

 ――あの優しい瞳に、ずっと包まれていたい。

 

 

 煢然として生きる日々の中、ホークスはいつしか無意識のうちにそう願うようになっていた。

 彼を求めるようになっていた。

 

 

「また時間ができたら、一緒にご飯でも食べに行きたいものです」

 

 

 

 阿部は根っからの善人である。

 今世では少々やさぐれてしまってはいたものの、その奥底にある輝きは本物だ。誰に対しても平等に愛を分け与える聖母のような男だ。

 しかしその悪意一つ無い優しさが時に驚異的な人たらしを発揮し、本人も意図せぬ依存を発生させていた。

 

 どうやら今世でも、哀れな一羽の赤鳥が犠牲になったようだ。

 

 

 




ー人物紹介ー



【阿部】
天性の人たらし。前世から後輩によく好かれる。


【真人】
ヒーロー仮免試験の映像には映ってないけどちゃんと活躍してる。ホントに頑張ったんだからね!


【五条悟】
親友に対して激重感情を抱く。もう離れないで、怖いから。
※断じてBLではない。これは依存である。

因みにこの男も過去にヒーロー仮免試験を受けているが、色々と規格外過ぎて試験として成り立たず、他の受験者のことも考慮して五条のみ特別受験となった。



【夏油傑】
完全なる被害者。縄跳びがトラウマになる。もう可哀想しか言えない。


【ホークス】
阿部を兄として見ている他、少し依存している節がある。まんまと心を掴まれた。
※断じてBLではない。もう一度言おう、断じてBLではない。


【根津】
詮索はしないのさ!

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