男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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第3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほへー、呪いねぇ」

 

 

 そんな気の抜けた声に阿部は「……軽い」と納得がいかないように文句を呟く。

 

 バイト先に突如として現れたホークスからの事情聴取(仮)を受け、呪い云々の話を打ち明けていた深夜一時。夜空には雰囲気に見合わない綺麗な満月が浮かんでいる。

 

 

「……どうせ信じてないんでしょう、その反応からだと。

 まあ、そりゃそうでしょうね」

 

 

 どんなに不可思議な現象であれ「個性を使った犯罪」という言葉で全員が納得するこの世界で、呪いの存在に気付くまでに至る人間は何人いることだろうか。

 

 それが起因してか、呪いへの理解も前世とは比べ物にならない程遥かに劣っている。

 結界が施されている形跡も何も無い、呪霊への耐性が何一つ成っていない。

 五条悟の存在が確認されていない今、呪霊やら呪詛師やらが徒党を組んで国家転覆を狙おうものなら一瞬にしてこの国は終わりを迎えることだろう。

 

 

「……さっさと警察を呼ぶなりなんなりすればいいじゃないですか、貴方は俺の言葉を信じていない」

 

 

「誰もそこまで言ってないでしょ? ネガティブ思考止めま――」

 

 

「俺に嘘は通用しません、ダラダラ引きずるのはもうやめてください」

 

 

 ホークスの言葉を遮り、ピシャリと言ってのけた。

 沈黙が生まれる。

 何か言いたげな表情を浮かべるホークスを、阿部は正面から見据えていた。失望の混ざった、淀んだ目で。

 

 ホークスがゆっくりと口を開く。

 何を話すのだろう、弁明だろうか、開き直りだろうか、と一人心の中で嘲笑う。

 

 

 

「――だったら、貴方が信じさせてくださいよ」

 

 

 

 ――は?

 

 

 突拍子も無いその言葉に、意味がわからないと言わんばかりの顔をする。すぐさま文句を口にしようとするも、鋭い瞳を向け黙殺するホークス。その表情は先ほどのおちゃらけた感じとは打って変わり、真剣そのものだった。

 

 

「協力してください、事件解決のために。そして、俺が呪いという存在を信じるために」

 

 

「……何を言っているんですか、異常者の戯言として一蹴すれば済む話でしょう」

 

 

「あれ、逃げるんですか?」ホークスはニマリと笑って目を細める。「それだったらナイフの件、チクッちゃいましょうかねぇ」

 

 

 阿部は顔を顰める。

 ホークスを睨みつけるも、彼はどこ吹く風といった調子で「さあ、どうします」と選択を迫ってくる。

 

 どうやらホークスという人間は阿部が思っていた以上に姑息な人間のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に言っておきますけど、俺は貴方と仲良くするつもりは一切ないです。

 貴方のこと、嫌いなんで」

 

 

「何故です?」

 

 

「俺が嫌いだった人間と声が似ている」

 

 

 ホークスはケタケタ笑いながら「理不尽」と一言。阿部はホークスに買ってもらったフラペチーノを不満げな顔で飲んでいた。

 

 深夜のコンビニから時と場は変わり、お昼の公園。

 子供たちのはしゃぎ声と、大人たちの微笑ましいと言わんばかりの笑顔で包まれた温かな空間を、男二人はベンチからのんびり眺めていた。

 

 しかし、場の空気にそぐわぬ会話がそこでは行われていた。

 

 

「……ついさっき、見せてもらった件の死体ですけど」

 

 

「ええ」

 

 

「確かに呪いが関係してます、死体には全て犯人の呪力がベッタリ残っていた」胸糞悪い、と言わんばかりの舌打ちを一つする。「多分、俺が見た呪霊の仕業でほぼ間違いないでしょう」

 

 

 成り行きでホークスと共に変死事件の犯人捜しに協力する羽目になった阿部。その過程で被害者の死体を見せてもらった。

 

 ――それはもう酷い死に方だった。

 顔が真っ二つに割れている者もいれば、身体がありえぬ方向に曲がっている者もいて、人間としての原型をとどめていなかった。遺族が見たら発狂ものだろう。

 

 当時その惨たらしい死体を見た時、阿部は心の底から怒りが湧いた。

 罪無き人々にこんな仕打ち……呪霊とはつくづく非道で残酷なものだ、と。

 

 しかし、それと同時に疑問もわいた。

 事件とはほとんど関係の無い、ふとした小さな疑問だ。

 

 

「それにしても貴方は何者なんですか、ホークスさん。

 検死中の死体を一般人に見せるなんて権限、ただのヒーローにあるとは思えませんけどね」

 

 

 するとホークスは「俺に協力的な知り合いがいたってだけですよ」と答えるも、阿部は怪訝そうな表情でホークスを見つめていた。

 

 

 

 

「それよりも!」

 

 

 スクッと立ち上がり、話を無理やり変えるホークス。

 益々怪しく思ったが、それ以上詮索したとて得られるものは何も無いだろうと阿部は開きかけていた口を閉じた。いちいちつっこんでいても話は進まない。

 

 

「ざんえ……? っていうのは、ここで止まっているんですよね」

 

 

「……ええ、そうです。辿った限りここで途切れています」

 

 

 残穢。

 術式使用時に残る呪力の跡。

 

 二人が考え無しに、こんな重苦しい話をする場として公園を選んだわけではない。

 変死事件が起きた現場に残っていた残穢を辿ってみた結果、何故だか此処に辿り着いたのである。

 しかしそこには呪霊がいるわけでも変死体があるわけでもなく、ただただ平和な光景が広がっているだけ。

 

 

「あのレベルの呪霊であれば残穢を消すぐらい容易いことでしょうに、色々とおかしいんですよね」

 

 

 最初は誘いこまれたのかもしれないと警戒したが、どれだけ待っても一向にあのツギハギ呪霊は現れず、時間だけが過ぎていく。かれこれ三十分は待った。

 違和感を覚えながらも、時間をこれ以上無駄にするのも惜しいので場所を移動しようと阿部はベンチから腰を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――刹那、阿部の身体に悪感が走った。

 

 おぞましい気配がすぐ近くから感じられる。

 阿部には覚えがあった、そのおどろおどろしい気配に。

 

 慌てて辺りを見渡すも、それに該当するものは見当たらない。

 そんな阿部の様子をホークスは不自然に思い「どうしました?」と訊ねるが、それに応える程の余裕は残っていなかった。

 

 いる、どこかにいる、確実にいる。

 あの呪霊が、いる。

 

 

 その時、公園内にて悲鳴が上がる。

 急いで目をやれば、小人のような生物が子供を襲っているではないか。

 ホークスはすぐさま羽を飛ばして小人の動きを抑制するも、その他にも似たような生物が現れ始めて場は瞬く間にパニック状態へと陥った。

 

 

 阿部は咄嗟にリュックを降ろしてチャックを開ける。そして中にあったナイフを――

 しかし、持ち手部分に触れたと同時にピタリと動きが止まる。

 

 

 ――助けられないくせに?

 

 

 ドクン、と心臓の音が大きく鳴り、呼吸が速くなっていく。

 ダラダラと汗を流しながら身体を小刻みに震わせる。動揺のあまり焦点が定まらない。

 

 阿部はヘタリとその場に座り込み、ホークスにより鎮静化されていく場を茫然と眺めていることしかできなかった。

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