男は善意で火災報知器を押した   作:がしやま

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第9話

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある病室にて。

 白いベッドの上でスヤスヤ気持ちよさそうに寝息を立てている青年、阿部を見やりながらイレイザーヘッドこと相澤消太は「一つ聞きたいことがある」と隣に立っていたホークスに訊ねた。

 

 

「コイツには守護霊か何かでも憑いてんのか?」

 

 

 相澤の人差し指が阿部の間抜けな寝面を指す。ホークスはいつものニコニコフェイスを張り付けながら「なんのことですかね」と首を傾げてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 突如として現れた脳無に立ち向かい、僅か三回の攻撃で脳無の無力化に成功した阿部。しかし、我が身を顧みない無茶を繰り返したことにより身体が限界を迎え、現在は医療機関で治療を受けた後に病院のベッドで寝かされている。

 

 当時脳無との戦いで阿部のサポートに回っていた相澤。

 しかしあの日の戦いを振り返るにあたり、相澤はある違和感を覚えていた。いや、違和感というよりも殆ど確信に近いのかもしれない。

 相澤はなんとなくだが気付いていた。

 

 

 阿部のサポートに立ち回っていた、姿が見えない何者かの存在に。

 

 

 ソイツは確かにそこにいた。

 相澤と共に脳無の動きを抑制し、脳無の攻撃から阿部を護ろうと動いていたアンノウン。

 個性とは何か違う、そんな存在があそこにはあった。

 阿部、相澤、脳無、そして見えざるナニカ――

 

 

 「何か知っていることは無いか?」と再びホークスに訊ねてみれば、彼は汗を滲ませながら「仕事で疲れてらっしゃるのでは? そういえば俺九州からお土産持ってきたんでよければどうぞ」と不自然に話題を変えようと試み始めるので益々疑念が強まる。

 相澤は訝し気な表情で「ほう……」と目を細めた。

 

 

「……そういやお前、コイツと本当に仲が良いんだな。怪我したって聞いて九州からすっ飛んで来たんだろ?

 仕事も忙しいだろうに、わざわざコイツだけのために」

 

 

「はいそうですよ! 俺たちすっごい仲良しなんです!!」

 

 

「そりゃあ良いことだな」

 

 

 勘の鋭い相澤に、ホークスは苦笑いしながらただひたすらに時が過ぎるのを待った。

 

 

 頑張れホークス! イレイザーヘッドの圧力に負けるな!! これに耐えたら静岡の焼き鳥を堪能するんだ!

 苦労人ホークスは心の中で自分自身を鼓舞し続け、地獄のような相澤との時間を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 ――悲しいから魂が揺れるのか、魂が揺れるから悲しいのか。

 

 

 ある映画に感動した時、ふと気になって興味本位で真人に訊ねてみた。

 答えは後者、真人曰く人間に心は存在しないらしい。感情というものは魂の気まぐれな揺らめきから起こるものだという。

 

 なるほど、と思った。けれどもあまり納得はしたくなかった。

 その答えが寂しいと思ったからなのか、虚しいと思ったからなのか、それともその全てか。

 

 あの日、真人の言葉を聞いた自分がなんと言ったのか、なんと返したのか。

 否定したのは覚えている、どういった風に否定したのかは覚えていない。そこだけ濃い霧がかかっていてどうにも思い出せない。

 そして何故、自分は今こんなことを考えてしまっているのかもわからなかった。

 

 何もわからず、思い出せない。

 不思議な時間がただただ過ぎていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、おはよう。目覚めはどうだい?」

 

 

「……可もなく不可もなく」

 

 

「あはは、君らしい答えだね」

 

 

 目が覚めてすぐ、饅頭を食べている真人の姿が目に入ってきた。

 阿部はゆっくりと上半身を起こし、落ち着いて記憶を整理する。

 

 休日に夏油と遊びの約束をして、その先で呪骸型脳無に襲われ、そして真人や相澤と――

 

 

 

「…………俺って、勝ったんですよね?」

 

 

「うん、あばら骨三本と右手と左足骨折したりとかしてるけど、勝ったよ」

 

 

「うわ……」

 

 

 転生してから一番の大怪我に阿部は「やってしまった」と言わんばかりの表情を浮かべた。真人が「俺が魂弄って治してあげようか?」と顔を覗き込んでくるも、それは丁寧に断らせていただく。

 公安では無為転変は機密事項として取り扱われており、人体に対する術式の使用に関しては上層部からの許可が必要だ。

 縛りを結んでいるため悪事は働けないものの、前科がある分、上も慎重になっているのだ。真人が起こした一件であちら側の呪術師に対する信用はまだまだ底辺に近い。その辺りは徹底されている。

 

 

「貴方がもっと行動を慎んでくれていたら、こんな面倒な許可制になることなんてなかったんですけどね」

 

 

「俺が行動を慎まなかったおかげで出会えたんだし、結果オーライでしょ。

 それよりもホークスが置いてった饅頭いる? あと相澤が持ってきたフルーツ」

 

 

 「どっちも美味しいよ」と口元に食べかすを付けながら笑う真人。

 悪意無くして人の見舞い品を食べる真人に、阿部は溜息を吐く他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは~! お見舞いに来ましたよう」

 

 

 阿部はげんなりとした表情を浮かべ、「五条君……」とあからさまに嫌そうな空気を出しながら再び溜息を吐いた。

 包帯まみれの阿部を見た五条は、病室であるにも関わらず「ボロボロじゃないっすか!」とゲラゲラ大笑い。しかし律儀にもお高い見舞い品を持ってきているので何も言えなくなる。

 ストレスだけが溜まっていく中、阿部はなんとか頭を切り替えた。

 

 

「お見舞いに来てくれたところ悪いんですけど、少し真面目なお話があります」

 

 

「なんですか、便秘?」

 

 

「……真面目な話って言いましたよね」

 

 

 いつの時代でも五条悟は五条悟なのだなと阿部は一人呆れた。

 しかしいちいち五条のおふざけにかまっていてはキリがない。経験則として、ここは綺麗に流して話を戻すのがベスト。

 

 

「五条君、貴方に頼みたいことがあります」

 

 

「なんです?」

 

 

「今世においての夜蛾正道を調べてほしいんです」

 

 

 すると予想通り「なんで学長のこと調べなきゃなんないの? ダル」と面倒くさそうに顔を顰める五条。

 それに対して阿部は少し迷いを見せながらも、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「夜蛾君が、ヴィラン側についている可能性がある」

 

 

 

 

 

 ――途端、空気が一変した。

 

 さっきまで興味なさげに窓の外を眺めていた五条であったが、阿部の言葉で表情が抜け落ちる。

 いつも何を考えているかわからない掴めない男だが、今ならわかる。

 五条は、酷く動揺していた。

 

 

 阿部の術式は魂に対する直接的な攻撃が可能だ。よって硬度関係無しに肉体にダメージを負わせることができる。

 しかし、今回の脳無には魂が存在しなかった。魂の代わりに確認できたのは三つの核。

 夜蛾が作り上げた完全自立型人工呪骸と同じ造りである。

 

 

「この考えが間違っていたとしても、あちら側のバックに呪術師がいることは確定です。

 今後面倒なことになってくるかもしれませんね」

 

 

「……そう。

 でもあの堅物学長がヴィランに加担とか、考えられないんですけど」

 

 

「同感です。ですがアレを造れる呪術師なんて――」

 

 

 しかし、最後まで言い終わるよりも先に、「阿部先輩!」という声と共に病室の扉がガラリと開いた。

 その声に阿部は身体を硬直させる。

 おそるおそる五条を見やれば、案の定、五条は「は……?」と困惑している様子。

 言い逃れは不可能だと悟った阿部は、静かに目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぐ……る?」

 

 

 

 




ー人物紹介ー






【阿部】
真人の我儘で料理が上手くなってきている今日この頃。年下属性の押しに弱い。でも五条は嫌い。
なお、夏油の幸せを考えて五条には夏油のことを話していない。後々責められる。


【真人】
我儘っ子。
今回の脳無との闘いで「ホント面白いな~この人間」ってなって益々阿部に興味を持つようになる。
五条と仲良し。


【五条悟】
前世、散々悪さしてきた特級呪霊を阿部が手懐けててちょっと笑った。
でもこの後、かつての親友と再会して「……は?」ってなる。波乱の予感。


【夏油傑】
阿部の後輩。阿部のことを前世も今世もかなり慕っている。
前世の記憶はない。


【相澤消太】
勘が鋭く、ちょっと呪いの存在に気付きかけてる。
なんか隠してんなコイツら……。


【ホークス】
阿部が大怪我したって聞いて九州からすっ飛んできたプロヒーロー。
相澤と地獄の時間を過ごすこととなる。


《補足》
この世界では「個性が使えない代わりに呪いが扱える」という縛りが働いている。そのため阿部や五条に個性は無い。
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