『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

106 / 417
今回は少しシリアス。


その4

 

 

「フー……ちゃん?」

 

「リン………ネ」

 

お昼過ぎの時間。人気もなく、賄いの料理も食べ終わり、夕方頃にやってくるお客への準備を進めていた時、一人の少女が喫茶シラカワの戸を叩いた。

 

慣れてきた調子で接客しようとするフーカ、しかし訪れた少女の姿を目にした瞬間、その表情は時が止まった様に固まる。

 

嫌でも思い浮かぶのは二年前のあの日、変わってしまった幼馴染みを問い詰めようとして返り討ちにあった日、自分の全てが打ち砕かれた。守りたかった人、守りたかったモノ、その全てが取り零れ、消えてしまった。

 

今、目の前にいる嘗ての親友は、そんな現実を拳という形で叩き付けてきた。悔しさと惨めさ、己の力の無さを嫌と言うほど痛感させられた。

 

その彼女が今目の前にいる。鼓動が早くなり、視界が狭まってくる。もう味わいたくなかった想いと感情が、フーカの内側から溢れてくる。

 

「フーカちゃーん?」

 

そんな時だ。後ろから声投げ掛ける店長の一言にフーカは我に返った。そうだ。昔は因縁があったけれど今の自分は喫茶シラカワの従業員、店長のご好意で働かせて貰っている以上、個人的な感傷は今は控えるべきだ。

 

「……申し訳ありませんでした。お客様、お好きなお席へお掛け下さい」

 

フーカは必死に平静を装いつつ、マニュアル通りに対応した。しかしリンネと呼ばれる少女の方は依然として無反応、もしかして、自分がこの格好をしている事に面喰らっているのだろうか。だとしたら色々複雑な気分である。

 

振り返って少女の方へ様子を伺うと、リンネはその瞳を大きく見開かせ、驚愕に打ち震えていて、まるで信じられないモノを見るかの様だ。

 

「うそ、どうしてここに………」

 

リンネの視線の先にいるのはフーカの後ろ、店長であるシュウジだった。何故店長を見て驚愕しているのかフーカは疑問に思うが、当のシュウジ本人も何故リンネに凝視されているのか判らず、不思議に首を傾げていた。

 

沈黙する空気、すると漸く我に返ったリンネは一度咳払いをして、空いているカウンターの席へと座る。その頬は少し赤かった。

 

メニュー表を手にするリンネ、その表情は無表情でありながら何処か強張り、見るものを威嚇するトゲの様で、昔の彼女を知るフーカとしてはそんな顔を見て寧ろ痛ましくさえ見えた。

 

「えっと、ご注文は何にします?」

 

「…………その前に、一つ聞いても良いですか? 昔、ここにロイ=ベルリネッタがよく来ていたと言うのは本当ですか」

 

「ロイ? あぁ、あのお爺さんね。うん、来ていたよ。店が出来たばかりの頃は短い間だったけどよく贔屓にしていてくれたっけ。お嬢さん、あのお爺さんの知り合いかい?」

 

「はい。ロイ=ベルリネッタは私の祖父です」

 

「マジで? じゃあ君がベルリネッタさんのお孫さんかぁ、いやー成る程、あの爺さんが自慢する訳だよ。まさかこんな可愛い娘だったとは」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「あぁ、店に来ては毎回君の話を聞かせてもらっていたよ。自慢の孫だって」

 

「そうですか……お爺ちゃんが」

 

思わぬ話題に花を咲かせる二人、フーカは話の中身を理解できていないが、どうやらリンネが里親に引き取られた後は幸せの日々を過ごせていたらしい。祖父の話を聞いて久し振りに頬笑むリンネを見て、フーカは何となくそう思った。

 

しかしそんなリンネの表情も直ぐに元の仏頂面に戻り、鋭い視線でシュウジを射抜く。中学生とは思えぬ覇気を纏い、急に様子の変わった少女にシュウジもまた訝しむ。

 

「───DSAA、U25世界王者。シュウジ=シラカワ」

 

「!?」

 

「嘗て、次元世界最強と言われた無敗のチャンピオン。生ける伝説とまで呼ばれた貴方が、まさか喫茶店を営んでいるとは思いませんでした」

 

突然リンネの口から出てくる突拍子の無い単語、無敗? チャンピオン? 一体何を言っている? 混乱するフーカだが、しかし当の本人であるシュウジは顔色一つ変えずに、静かにリンネを見据えている。

 

「え? 俺ってそんなに有名なの?」

 

「少なくとも、この街にいる格闘技をしている人で、貴方を知らない者はいません」

 

「マジでか。いやー、まさかそんなに有名になっちゃうとは、どうしようフーカちゃん。俺テレビに出ちゃうかもー」

 

「え、えぇ………」

 

この男、目の前の少女に持ち上げられて一丁前に照れていやがる。年甲斐なく照れ臭そうに笑うシュウジを見て、フーカはなんとも言えない脱力感に襲われる。というか、普通に認めているし。

 

そう言えば、シュウジという名前もDSAA関連で聞いたことがある。初めて彼と話をして感じた違和感が漸く紐解けた事に、フーカは納得した。

 

「そんな貴方にお願いがあります」

 

「ん? なんだい?」

 

「もう一度チャンピオンになって下さい。DSAAに復帰してチャンピオンになって、そして───私と戦って下さい」

 

「なっ!?」

 

「ごめん無理」

 

「なぁっ!?」

 

突拍子の無い願いを口にするリンネもそうだが、そんな彼女の願いを即答で切り捨てるこの男も相当である。もしかしたら自分の新しい雇い主は色んな意味でヤバいのでは? この店に雇われて数日経過しているが、フーカは依然としてシュウジという男に慣れていなかった。

 

「………すみません、今のは流石に突拍子が無さすぎました。忘れてください」

 

「あ、そう? 分かった」

 

そう言って黙り込むリンネ、己の感情のまま、思わず出てしまった言葉に彼女自身戸惑っていた。目の前にいる格闘技界の頂点に君臨していた男、この男に挑戦すれば、それだけで自分の悲願が叶えられる気がした。

 

本音を言えば何としてでも戦いたい。U15でもU19でもなく、次元世界最強と謳われた目の前の男性と挑発してでも戦い、自分の強さを証明したい。

 

そうすればきっと誰も自分をバカに出来なくなる。見下されることもなくなり、理不尽に抗うことが出来るようになる。

 

けれど、リンネはそんな事は口に出来なかった。大好きだった祖父の事を少なからず知っていて、その祖父が自分の事を自慢と言ってくれていた。その事を教えてくれた人を相手に、今はこれ以上強く言えない。

 

ただ祖父が通っていた喫茶店があると知って興味本意で訪ねただけなのに、衝撃的な出会いにリンネは少し混乱していた。

 

「しかしこんな可愛い子が格闘技かぁ、リンネちゃんもやってるんだ?」

 

「は、はい。年齢階級はU15でランキングは一位です」

 

「そりゃあ凄い。一位の人ってチャンピオンに一番に挑戦できる権利を持ってる人だよね? その若さで大したもんだよー」

 

自分の店を贔屓にしていたお爺さん。他界し、今はもう会うことは叶わないが、その孫娘である少女が今日来店してくれた。この巡り合わせに感謝したシュウジ、フーカの出したお冷やを片手に暫く談笑していると、時計を見たリンネは席を立ち、出入口へと足を進める。

 

「あの、今日は突然来てしまってその……ごめんなさい。お爺ちゃんの話が聞けて嬉しかったです」

 

「それはいいけど、もう行くの? 結局何も出してあげられなかったけど」

 

「いいえ、これから私もジムでトレーニングがあるので………それに、まるで冷やかしに来てしまったようで───」

 

そう言ってリンネの視線がフーカに向けられる。冷たい目だ。自分の知る嘗ての幼馴染みとはまるで違うその目に、フーカは言いし難い怒りを覚えた。

 

「それではシュウジさん、私はこれで……近い内にまたお願いしに来ます」

 

「あ、それよりもちょっと待って……」

 

「え?」

 

「これ、賄いの余り物で悪いんだけど、良ければ持っていってくれない?」

 

扉を開きかけて、しかしいつの間にか間合いを詰めてきたシュウジにリンネは呆けてしまう。気を反らしていたつもりも油断していたつもりもなかった。なのに、自分とは距離の開いていた相手に何の違和感もなく潜り込まれてしまった。余りにも自然に、剰りにも無意識に。

 

嘗ての次元最強、その実力の一端に触れた気がしたリンネは渡されたバケットを言われるがままに手にして店を後にする。外には既に家の者が車で迎えに来ており、リンネは戸惑いつつも車に乗り家へ帰っていった。

 

そんなリンネを見送りつつシュウジは思う。色々危なっかしい娘だと、ベルリネッタの翁とは大分掛け離れているリンネの人物像にシュウジは少し心配になった。

 

見ればフーカの方も気落ちしている。この二人はやはり過去に何か合ったのだろう。会話の流れ的に二人一緒の時は敢えて指摘しなかったが、リンネが去っていった事で漸く話が聞けるようになり、シュウジは自分のしている事が余計なお世話だと思いつつも、フーカに訊ねた。

 

そしてその後、店を客を捌き終え、夕飯を食べ終えた二人は二階のリビングで話し合う。

 

「変わってしまった幼馴染み……か」

 

「すみません。こんな事、シュウジさんに話しても迷惑なだけなのに……」

 

「迷惑なものか、嫌がる君を強引に聞き出したのは俺の方だよ。君が気にする必要はない、そんな事よりも問題なのは君の方だ。今のリンネちゃんは俺から見ても少し危ない節がある。そんな彼女をどうにか出来るのは多分君だけだ」

 

「それは………その」

 

「確かにこの件は俺には何の関係もない。店に益があるわけでも無いし、フーカちゃんもそれは過去の事だと切り捨てる事ができる。けれど、もし君が今のリンネちゃんを変えてやりたいと願うのなら、俺も君に協力しよう」

 

「ど、どうしてシュウジさんは、そんなにも私達の事を気遣ってくれるんですか?」

 

フーカの疑問は当然だった。確かにフーカとリンネの間には浅からぬ因縁があり、その痼は今も根強く残っている。しかしそれはシュウジにとって知らなくても良いこと、どれだけ算段を立てても彼の得になるような話は微塵もない。なのにどうしてそこまで自分達を気遣ってくれるのか、フーカはそれが分からなかった。

 

───確かに、シュウジにはフーカに加担する理由も義務もない。それだけの間柄であるわけでもない。しかし思い出してしまった。嘗て自分にも仲違いをしたまま死に別れてしまった親友がいた事を。

 

幾年の月日が流れようとあの時の事は忘れもしないし、今でも思う。もしあの時、自分の拳がトレーズに届いていたのなら。

 

もしあの時、トレーズの真意に気付けていたなら、今頃はもっと違った未来が待っていたのかもしれない。

 

目の前のフーカにはそんな思いはさせたくない。せめてなにか切っ掛けだけでも作ってやりたい。シュウジの二人に対する思い入れは、既にそんな余計なお節介をするまで深くなっていた。

 

「フーカちゃん、君の疑問は尤もだ。けれど今はその事に答えられない事を許して欲しい。今俺が聞きたいのは、君がどうしたいかだ」

 

しかし、それを口にすることは出来ない。もしその事を口にすれば、フーカは同情されたと思い、気持ちを閉ざしてしまうかもしれない。

 

けれどフーカは元々勘が鋭く、人の機微に敏い娘、シュウジが何かを隠しているのかはその言葉だけで充分理解できた。

 

それを敢えて口にしない辺り、フーカもまた気配りが上手だった。分かりましたと言うフーカに、気を使わせたなとシュウジは苦笑う。

 

「………シュウジさん、ワシは、リンネを止めたい。涙で腐った目をしたアイツを、どうにかして戻してやりたいんじゃ。お願いします。ワシを、ワシをどうか強くしてください」

 

「その言葉が聞きたかった」

 

フーカの心からの叫びにシュウジは即答で返す。この日、首都クラナガンの隅で小さな師弟コンビが誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────数日後、首都クラナガンはナカジマジム。

 

近年開業したばかりの格闘技ジム。新設したばかりでありながら多数のランキングホルダーを抱えた有望ジム。

 

フィットネスクラブとしても運営されており、若者からお年寄りまで幅広い年齢層が利用しているジムに一組の男女が入ってくる。見慣れない顔だ。………いや、男性の方は何処かで見たことがある気がする。バイトリーダーのユミナ=アンクレイヴは自動ドアを潜り、目の前に立つ男性に言葉を失う。

 

「すみません、こちらのジムの入会手続きをしたいんですが……」

 

「ふ、ふぇぇぇっ!?」

 

格闘技界最強だった男の突然の来訪に、ユミナはパニックに陥った。

 

 

 




ボッチ「先ずは体力を付けるところから始めようか」
フーカ「ランニングですね!」
ボッチ「うんにゃ、取り敢えずアレを割ってみようか」
フーカ「……え? アレって……海しかないんですが」
ボッチ「うん、先ずは海を100mくらい割ってみようか」
フーカ「ど、どうやって?」
ボッチ「拳圧で」
ふーか「」
ボッチ「大丈夫、魔法も使えば余裕だから」


見たいな特訓が合ったとか無かったとか。

それでは次回もまた見てボッチノシ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。