別名ラスボス戦。
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開発の途中、ある者の介入により暴走する事になった福音は搭乗者を己の内に封じ込め、研究所を飛び出し、空へと飛翔した。
福音は戸惑った。何故自分がここにいるのか、何故自分が外へ飛び出しているのか。生まれて間もなく、碌に考えることも出来ない幼き福音、混乱する思考、混濁化する自我。混沌の渦に思考が晒されながらも、それでも彼女はたった一つの答えを見出していた。
それは、傷ついた母を守る為に恐怖と戦いながら立ち上がる子供と同じものだった。無くしてはならないと、本能のまま動く福音は近付いてくる二機のISと戦い、これに勝利した。
危なかった。自分よりも速く、自分よりも力のある白と紅の攻撃は途轍もなく鋭く、重かった。後少し連携による甘さとこの戦いに対する迷いがなければ、自分はもっと苦戦を強いられていただろう。
だが、それでも負ける訳にはいかないと、福音は自らの力をフルに使い、隙を突いて白と紅の閃光を打ち払った。
ここで終わる訳にはいかない。この二人は危険だと、そう判断した福音は追撃を開始する。自らの内に封じた相棒を守る為にはこの二人……特に白いのは今後の自分の大きな妨げとなる。
故に、福音に迷いはなかった。己に課した命題を果たす為、命の限りを尽くして飛ぶ。……それが、予め定められた“シナリオ”だとも知らずに……。
本来なら、二人は福音により撃墜され、白のパイロットは意識不明の重傷者になる筈だった。
しかし───。
『─────っ!!?』
この瞬間、彼の者の思惑は崩される事になる。
目の前に突如として現れた黒い穴。空間に開かれた黒い穴はまるで奈落を思わせるほどに暗く、見ている者を吸い寄せているようだった。
そして次の瞬間、黒い空間から出てきたのは……巨大な“手”だった。余りにも異質、余りにもこの世界の
そして福音は十分な距離を取ってから後ろに振り返るが、そこには既に何もなく、青空と雲が広がっているだけだった。
だが、自分に攻撃を仕掛けてきた白と紅姿が見えない。故に、福音は今の現象を見間違いなどと片付けなかった。穏やかな風と時間が流れる中、福音は黒い空間が現れた箇所の一点を見つめ……そして。
『────っ!!』
来た! 福音が身構えると同時に前方の空間は歪み、空気が消し飛び、穏やかだった風の流れが一変する。
黒い穴。世界に穿たれた様に広がったその穴は世界を浸食しようと徐々に広がり、絵の具を重ね塗りする様に世界を塗りつぶしていく。
黒の奥から這い出るのは───巨人。見上げる程に巨大な蒼き魔神が、福音の前に現れた。同時に黒い穴は波を引くように消えていき、巨人がその姿を完全に表す時と同時に穴は完全に閉ざされていく。
────理解不能。暴走した思考の中で、途切れていく自我の中で、福音は目の前の存在が全く理解できず、同時に……途方もなく畏れを抱いた。
機械であり、兵器であり、軍用として開発された自分が畏れを抱くのはおかしな話だと思われるが、それでも、そう思わずにはいられないのだ。
目の前の魔神が恐ろしい。理解出来ないという存在はそれだけで畏怖の対象になるというが、目の前のソレはそんな生易しいモノではなかった。
……震える。自身の中に埋め込まれたコアがアレは相対するものではないと囁いている。事実、福音もそれだけは十分理解できた。目の前の存在は自分達の枠とは完全に別な所にあるのだと。
しかし、それでも福音は引かなかった。相棒を守る為、自分の全てを使い切ると誓ったのだ。例え相手が人智を越えた魔神であろうと例外ではない。
そう、相手がどんな存在だろうと、最早福音には関係ないのだ。邪魔する者は全て排除する。己の心を壊し、自我も失いつつある今、福音に残された存在意義はそれだけなのだから……。
福音が……空を駆ける。流星となって魔神を突き破ろうとする彼女に────。
『……グラビトロンカノン、発射』
次の瞬間、福音は一切の抵抗も出来ず、強制的に全ての機能を停止するのだった。
あぁ、自分の命はここで尽きるのか。消え行く自我の中で……。
『安心しなさい。アナタの翼は折れてませんよ。いつかまた羽ばたけるよう、今はゆっくりと休みなさい』
そう、自分を安心させる……優しい声が聞こえた気がした。
◇
「モニターの復旧はまだか!!」
「ダメです! 衛星からの映像出力が完全に途絶えてしまった様です。映像復旧できません!」
旅館の内部にある宴会室に設置された対福音の特設作戦室に織斑千冬の怒号が響き渡る。表情や声には焦りや迷いといった感情はない。必死に己の内に押し隠し、他の教員達に悟られないようにしているのだ。
指揮官としてこの場に立っている以上余計な感情は見せられない。旅館の従業員と生徒達は自室で待機してもらい、福音撃破の為に千冬は最善の選択を選んだつもりが……ここへきて、予想外の事態が次々と起こってしまった。
福音の撃破に選ばれた箒と一夏が現地に向かって二時間、作戦開始一時間は通信が出来ていたのだが、その一時間が経過した時、突然通信機能が遮断され、二人からの連絡が途絶えてしまったのだ。此方からの通信は一切受け付けず、向こうからの連絡も全く届かない状態。
それが一時間も続けば誰だって焦りが募ってくる。唯一連絡が出来る包囲網を敷いているISを装備した教職員と連携して捜索を進めようとしているが、依然として有益な情報は掴めていない。
一体あそこで何が起きているのか、ERRORと表示されるモニターを睨みつけて数分……。
「織斑先生、少し宜しいですか?」
「誰だ?」
「白河です。外の警備を担当していた先生が一夏君と箒ちゃ……篠ノ之さん、並びに福音の搭乗者らしき人物を発見したと仰っていたのでその報告に来ました」
「っ、なんだと!?」
襖越しから聞かされる新たな情報、それが進出した二人の事だと知ると、千冬の表情が驚愕に染まった。
その後、一夏と箒、そして福音の搭乗者であるナターシャ三名が旅館の近くにある浜辺で保護された。発見当時は酷い怪我だった一夏は幸い命に別状はなく、翌日の朝には目を覚まし、体調も快復へと進んでいった。
暴走したISに振り回されたナターシャも意識を回復し、自分の専用機が無事だと知ると心底安心し、気が抜けた様に溜息を吐いていた。念の為に銀の福音のコアを篠ノ之束に調べさせた所によると、どうやら外部から手が加わったらしく、コアネットワークにアクセスされた形跡があるという。
それの所為かどうかは定かではないが、コレにより福音は安定した様子を保っており、この状態を維持できれば再び稼働させる事が出来るだろうという。
ただ、その際に篠ノ之束は憎悪に近い怒りを露わにしていたが……それは今は関係のない事なので割愛させていただく。
そして最後、最後まで意識があったとされる篠ノ之箒に当時何が起きたのか聞いた所、巨大な“手”が現れたのだという。
一夏が怪我をしてしまい、酷く気落ちしていた事から教師達の大半はストレスによる幻覚を見たのだと結論付けていたが、織斑千冬だけはそれは違うと断じていた。
一夏と箒との連絡が途絶えた一時間、その間彼等の所に確実に何かがいたのだ。衛星をハッキングし、教員達の駆るISのハイパーセンサーから逃れる程の力を持ったナニカが。
唯一の手掛かりとされるのは箒の語る巨大な手。その存在に危惧しながら、千冬は今回の報告書をまとめるのだった。
◇
Σ月Z日
いやー、一時はどうなる事かと思ったけど、一夏君や箒ちゃんもなんとか無事だったし、福音とナターシャちゃんも何事もなく祖国に帰れた事だし、自分的には満足の行く結果だったと思う。
久し振りにグランゾンを動かしたけど問題なく扱えたし、加減の難しいグラビトロンカノンも福音の機能を強制停止させる程度に留める事が出来た。
その後はグランゾンを通して福音のISコアにアクセスしてコアネットワークにアクセスし、暴走の原因となった悪性プログラムも消滅できたし、福音のストレス傷害も取り除く事が出来た。
いやー、ISって凄いよな。操縦者の適正に合わせて独自に進化したりするんだもの。しかも戦闘によってストレスを感じたりそれが成長とする糧となったりするんだから、ある種の生命と分類してもいいのかもしれない。篠ノ之博士は本当にトンでもないモノを生み出したのだなっとコアネットワークに接続して改めて実感させられた。
ただ、今回の福音の感じたストレスは成長の阻害にしかならないので綺麗に除去、暴走している間のデータ、記憶と言い換えればいいのかな? それがなくなり、福音自身の問題は今回の暴走の一件は悪い夢を見ていたというだけで片が付くだろう。
それに、アメリカやイスラエルも無事である福音を見ればそう簡単には解体したり初期化したりするなどの強行手段は取らない筈。ナターシャさんも福音には思い入れが強いみたいだし、きっと悪いようにはしないだろう。
重傷だった一夏君も回収した時には傷の治癒が始まっていた事が何気に大きな衝撃だった。調べてみた所、どうやら白式のコアは他のコアと比べて少しばかり特殊なようで、そのコアには搭乗者の生体修復装置なるものが備わっているのだ。
自分のグランゾンにも似たような機能が搭載されているが、白式のは少し毛色が違うらしく、こればっかりは詳しく調べてみないと何とも言えない。
その後は一夏君に一応の手当を施し、気を失っている三人をつれて旅館付近の浜辺に連れて行き、外の警備をしている先生が見つけやすい位置に横に寝かせるだけ。
その後は隙を見て衛星に掛けたハッキングを解いたりなんだりして過ごしていたのだけれど……流石に今回は気が付く人が多いだろうなぁ。自分がハッキングしたのはあくまで衛星からの望遠映像の遮断だけだし、包囲網を敷いていた教職員のISはきっとハイパーセンサーでグランゾンの姿を捉えている事だろう。
まぁ、だからどうしたという話なのだが、取り敢えず今回の事は自分も頭の隅に置いておこうと思う。
一夏君も回復し、臨海学校も無事再開された。落ち込んでいた箒ちゃんも一夏君から誕生日プレゼントを貰った事で少し立ち直った事だし、今後は自分も見かけたらフォローしていこうと思う。
色々あった臨海学校だが、無事に終了。めでたしめでたし……と、言いたい所だが、最後の最後で嫌な人に会った。
帰りの支度、最後に忘れ物がないか旅館を見回っていた所……再び、例の不審者な女性と遭遇したのだ。
今度はこうはいかないとか、次は覚悟しろとか言ってきたけど、当然心当たりの無い自分には分かる筈もなく、なのに目の前の女性は更に挑発してきた。
急いでいた所に不審者と遭遇したものだから思わず自分もムキになってしまった。幾ら不審者とはいえ直接手を出してきた訳でもないので少しばかり悪いことをしてしまったと思う。
ただ、これに懲りたら少しは反省して欲しいと思うのも、また事実な訳なので……。
取り敢えず、明日からまた用務員としての仕事が始まるので今日はこれで終わりにしようと思う。
次回、主人公の一日。
某記者を目指すあの人が主人公の一日を密着調査!
無論無許可です。
次回もまた見てボッチ!