シュウジのサプライズのお陰か、それとも再びやる気を取り戻したのか、一度は格闘技を辞めるつもりでいたリンネだったが、フーカとの練習試合の申し込みを受け入れた。
今はまだ本当の意味で吹っ切れてはいないだろうが、少なくとも切っ掛けは掴めた。後はフーカに託すのみだとシュウジは自分の役目を終えた事に満足した。
今のリンネに想いと言葉を届かせるにはシュウジでも難しいだろう。仮に言い聞かせてもそれは一時の処置でしかないし、何よりそれではリンネとジル、二人の為にはならない。
今のリンネを本当の意味で救えるのはフーカしかいない。そしてリンネを通して自分の過ちに気付くのはジル本人しかいない。きっと今回の試合は二人にとっての転換期になるだろう。
不安と期待、それ以上の試合への高揚感が漂うなか。
「いやー、まさか二日で試合会場が整うとか、ホテル・アルピーノって凄い所だなぁ」
シュウジは目の前に広がる大自然を前に、呑気にそんな事を口にしていた。
事の発端は二日前、リンネとフーカが互いに試合をする事を決めた時、通信越しで話を聞いていたアインハルト達がじゃあ試合をする場所が必要ですねという一言から始まり、その後はトントン拍子で話は進んでいった。
流石に二日後は急過ぎるのではないかと思った。せめてウィンターカップが終わった後でも良いのではないかと思ったが、今の気の抜けたフーカでは自分の好敵手には足り得ないというアインハルトの厳しい指摘に誰も反論できず、フーカが思う存分決勝で戦える為に二日後という日程になったという。
厳しい日程ではあるが、ナカジマジムの皆がフーカのサポートに回るというから心配ないだろう。後は二つの試合に備えてフーカの調子を上げていくだけである。
「さて、皆が来るにはまだ時間がある。今の内に体を暖めておくか」
「オスッ!!」
既に荷物をホテルに預けた二人、お馴染みの山吹色の胴着を着用し、二人は日課である軽い組手を行った。
蹴り、突き、体を動かし、思うがまま打撃を繰り出すフーカ、初めて出会った時とは違う、練度が高くなってきている彼女の体捌きをシュウジは嬉しそうに見つめていた。
「うん、良いね。動きにキレが乗っている。この調子ならきっとリンネちゃんにも負けないよ」
「オス、ありがとうございます!」
フーカの鋭く重い打撃を涼しい顔で受け流すシュウジ、そんな朝日の下で体を動かす二人の下へ一人の少女が歩み寄る。
「シュウジさーん、フーカー、ナカジマ会長達が来たよー」
「お、来たか。それじゃあフーカちゃん、今日はここまで、軽く汗を拭いて準備してきなさい」
「はい!」
シュウジの指示に素直に頷いたフーカは、シュウジと報せてくれた人物に頭を下げると、予め準備して置いた手拭いを手にして流れ出る汗を拭き取っていく。
「いやー、まさか我がホテル・アルピーノに嘗ての世界王者が来てくださるとは、経営者の一人として感慨深いですなぁ~」
「いやいや、そっちこそこの短時間で良く此方の要求を呑んでくれたよ。その手際の良さ、同じ経営者として見習いたいよ」
汗を拭いて体を解すフーカを余所に話す二人、人懐っこい笑顔でそれほどでもと照れ隠しをするのはホテル・アルピーノの看板娘、ルーテシア=アルピーノ。
彼女もまたDSAAの選手であり、格闘技に幅広い知識を有するヴィヴィオ達の良き理解者、見た目の若さとは裏腹に建築業にも深い感心を示すこの歳の子には珍しいアクティブな娘だ。
「ジークリンデちゃんも久し振り、君も此方に来てたんだね」
「は、はい。私もここで練習してたりするんで、……その、お世話になっています」
木々の間から現れるジークリンデ=エレミア、気配を消していたというのにアッサリと見破られた事にジークは戸惑うが、シュウジからしてみれば隠れている内に入らない為、隠れていたジークに対して言及はしなかった。
サラリと現役チャンピオンの気配遮断を看破するシュウジ、引退しててもその底知れない強さは健在かと軽くルーテシアが戦慄していると、彼女の下に一通の通信が入る。
「うん、うん。分かった。今から行くね。シュウジさん」
「ナカジマ会長達が来たかな?」
「はい。それとリンネ達も……」
「分かった。此方も行くとしよう。フーカちゃん」
「オス!」
「行けるね?」
「────はい!」
フーカに訊ねた一言、そこから伝わるシュウジの問いの真意に自分なりに察したフーカは表情を引き締めて強く頷いた。迷いの無い目だ。そんな彼女の目を正面から見据えたシュウジはフッと小さく笑みを浮かべ……。
「よし、行くか」
「オス!」
フーカと共に皆の所へ合流するのだった。
◇
そして、場所はホテル・アルピーノが管理する修練場へと移り、廃墟となった都市を舞台にリンネとフーカは対峙している。試合開始まで後数分、合図のゴングが鳴るのを二人が静かに待つなか。
「いやぁ、悪いね俺の分まで席用意して貰っちゃって」
「そんな、賭けの対象はシュウジさんなのですから、特等席で見守るのは当然ですよ」
「いやでも、何もエレミアちゃんとヴィヴィオちゃんの間に置かなくても良いんじゃない?」
「それはほら、見栄えってのがあるじゃないですか」
「良い歳した大人が子供に挟まれる絵面とか、一体誰得なんですかねぇ」
両隣に女子、前後も女子、観客席として作られた即興の観覧席にはシュウジを除いて全員女子で埋め尽くされていた。てっきり試合の様子をホテル・アルピーノ内で生中継するのかと思っていただけに、用意された席の上でシュウジは早くも辟易としてきた。
「そんな遠慮する事はないですよ。かの伝説の世界王者の実況が聞けるというなら、寧ろ此方からお願いしたい位ですもの!シュウジさんが気になさる事ではありませんよ」
そう言うのはナカジマジムの元気印であるリオ、シュウジの辟易した表情を見て何を勘違いしたのか、彼女の言葉はシュウジへの気遣いばかりである。リオの一言に完全に同意しているのかヴィヴィオ達もウンウンと頷いている。
本心から、それも善意でそう言っているのだから今更こんな席は嫌だと言えないシュウジは大人しく用意された席で二人の様子を見守ることを決意する。
「そちらの子達は初めてだったね。俺はシュウジ=シラカワ、一応格闘技経験者だ」
「あ、初めまして、私はイクスで……」
「私はファビア」
「そしてアタシはシャンテ=アピニオン、アンタの事はシスターシャッハから聞いてるぜ。年齢通りに落ち着きを持った良い大人ってな。アタシも安心したぜ、伝説のチャンピオンていうからどんな奴かなと変に緊張しちゃったけど、話しやすそうなおっちゃんで安心したよ!」
「グフッ、お、おっちゃん………」
ニコニコと笑みを浮かべながら最後に心にグサリと来る一言を叩き付けてくるシャンテ、本人からは別段悪気があった訳ではないが、それ故に彼女の放った一つのワードはシュウジの心を深く抉った。
格闘技の現役時代すら無かった悲痛なる一撃、もし彼女と試合で戦っていたら負けていたかもしれない。そう思わせる程、彼女の一言はシュウジにとって凄まじく重かった。
しかしそこは仮にとは言え元チャンピオン。シャンテの刺のある一撃を受けながらも何とか持ち直したシュウジは改めてヴィヴィオに今回の試合のルールを訊ねた。
ルールの内容は投げと掴み技、関節技の制限なし、有効以上の投げ技はダウンと判定。端から見れば打撃も投げも使えるリンネにとって有利の内容だ。しかしそれはとことんリンネと戦り合いたいと口にしたフーカたっての希望の内容だし、シュウジもその事に関しては納得しているし口出しはしていない。
ダウン制限も試合時間も無制限、正真正銘何でもありの一騎討ち、勝敗の判定はどちらかが動けなくなるか気を失う迄である。
完全なるデスマッチ、試合じゃなくて死合かな? なんて少しばかり心配になったのはシュウジだけ、魔法という便利パワーのお陰でリンネとフーカの立つフィールドにはダメージ制限の設定が施されており、どんなに酷い倒れ方をしても後の活動に支障は出ないようにしているとの事。
シュウジ達の前に巨大モニターが幾つも開かれる。様々な角度から二人の様子を見られる様にルーテシアが配慮した遠距離通信である。
二人の準備は万端、青コーナーと赤コーナー、それぞれの陣営のセコンド達に最後の確認をすると、ファビアは二人にデバイスのセットアップを促す。
魔力の奔流に包まれ、それぞれの試合用の衣装に身を包む二人、試合開始のカウントダウンが流れ、緊張が最高潮にまで高まった瞬間───。
“カァァァンッ!”
試合開始のゴングが甲高く鳴り響いた。
瞬間、リンネが開始と同時に雪崩れ込む様に走り抜けていく。瞬く間に距離を詰められた事に驚くフーカはガードを固めるが、リンネの剛腕にガードを破られてしまう。
バランスを崩れた所へすかさずに胸元を掴んだリンネはそのまま豪快に投げ飛ばし、フーカを雑居ビルの壁に叩き付けた。
めり込む外壁、崩れ落ちる瓦礫、試合開始早々強引に試合を運ぶリンネに、観客席も青コーナーからもその光景に息を呑んだ。
瓦礫の中に埋もれるフーカ、ダウンする彼女を尻目にリンネは画面を通してシュウジを見る。“分かってますね?” そう言いたげな彼女にシュウジはフッと笑みを溢す。
瞬間、瓦礫から押し退けながら現れるフーカにリンネの目は否応なく彼女に向けられる。
『思った通りじゃ。お前、弱いのう』
どうやら映像だけでなく音声も一部繋いでいるらしい。のっけから倒されておきながら尚強がりを口にするフーカ、瓦礫から這い出て、構えると同時に駆け出し、リンネの懐へと潜り込もうとする。
させるものかと左のジャブを放つが、予めその動きを読んでいたフーカは易々とリンネの懐に入り───。
『覇王───』
「「「断空拳!!」」」
その拳をリンネの腹部へと叩き込んだ。痛烈なフーカの一撃、マトモに受けたリンネは背後にあった破棄されたコンビニへと吹き飛んでいく。まるで先程のお返しとばかりにやり返すフーカに観客席のヴィヴィオ達は盛り上がりを見せる。
『立て、リンネ』
『っ!』
『人を見下して貶める癖に、辛くなったらすぐに投げ出す。───その腐った性根、ワシがブチこわしてやる!』
最早二人を止めるものはいない。思う存分に戦える舞台にやっと立てたフーカは自身の思いをリンネにぶつけるのだった。
フーカの啖呵に益々盛り上がる一同、そんな中……。
(断空拳、最終的には愛の力で悪しき空間を断つのかな?)
一人、見当違いの感想を思うバカがいた。
Q.もしもボッチが覇王流を学んだら?
A.
ボッチ「断空弾劾拳!」ズバー
アインハルト「」
ボッチ「断空光牙拳!」ビバー
アインハルト「」
ボッチ「どうですか師匠!」
ハルにゃん「あぁうん、いいんじゃない?」
それでは次回もまた見てボッチノシ