『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回、ちょっと話がズレるかもしれません。



その21

 

「飛びましたねー」

 

「あぁ、フーカのパンチ力だな」

 

フーカとリンネ、二人の試合は開始直後から迫力のある試合運びになっていた。リンネが殴ればフーカも殴る。やられたらやり返すというシンプルで派手な試合、素人目線からでも楽しめる二人の戦いに観客席に座るハリー達も感心の声を漏らした。

 

「負けていませんね、フーカさんも」

 

「はい。フーカさん今日の為に一杯練習してましたもん!」

 

二人の試合を見届ける為に用意された観客席、そこから二人を見守る彼女達はフーカの目覚ましい成長振りに素直に喜んでいた。成長の裏で重ねていたフーカの努力、それを知っているからこそ、ヴィヴィオ達はフーカの強さを理解していた。

 

破壊力、純粋な力も互角に拮抗している様に見える二人、ここからの試合の展開にワクワクしていると、ビルの中からリンネが這い出る様に現れる。

 

『……前にも言ったでしょ、フーちゃんには何も分からない。私の事も、家族の事も、私がどんな思いでやって来たか! フーちゃんだけじゃない。他の誰にも分からない!』

 

『分からんのは、お前が伝えようとせんからじゃろ!』

 

『っ!』

 

『本音を隠して内に籠って、自分の不運を嘆いているだけで───周りが分かってくれると思うなよ!』

 

『っ!?』

 

リンネの吼えるような感情の現れ、荒ぶれる彼女の言葉にフーカもまた吼え返す。誰も分からないと口にするリンネにフーカは正論でもってこれを打ち破る。

 

『今回の事だってそうじゃ! ジムにもコーチにもあんなに期待されているお前が、たった一度負けるだけで辞めるなんぞ言い出して、なのにシュウジさんの優しさに甘えた途端にやる気を出しおって、心が弱いからそうやってふらつくんじゃろうが!』

 

フーカのその言葉はリンネの逆鱗を刺激するのに充分な威力を秘めていた。的確に、そして遠慮なく踏み込んでくるフーカにリンネは蹴りで以てこれに返す。

 

ガードの上からでも伝わってくるリンネの打撃力、脚を地面に確りと着けておきながらも尚鑪を踏むフーカ。

 

『競技も格闘技も、好きでやっていた訳じゃない! 私の勝手でしょ! 強くなれれば、強くなったって思えれば、それで良かったんだから!』

 

『お前の言うその強さとやらは、嫌な事から、忘れたい事から逃げ出す為の言い訳と違うんか!?』

 

何が分かる。誰かに虐められた訳でもない。自分の様な思いも、悔しさも味わった事もない癖に、フーカに本心を突かれたリンネの頭の中を占めるのはそんなフーカに対する苛立ちだけだった。

 

目を剥かせ、殺気を混じらせながら放たれるリンネのラッシュ、フーカのガードを強引に抉じ開けさせ、そこから魔力を込めた痛烈な一打を受けたフーカはその威力に押し負け、転がり地面に這いつくばる。

 

二人の口から吐き出される感情、そんな二人の応酬を各陣営のセコンド達も観客席に座るシュウジ達も茶化す事なく静かに見つめ続けていた。

 

『フーちゃんには関係ないでしょ! 私が何をしてようと、何を思っていようと! 大体、フーちゃんは兄弟でもないし家族でもない。孤児院で偶々一緒だけだった人に、お説教されたくない』

 

「────」

 

リンネの吐き出される言葉に反応したのは意外にもシュウジだった。兄弟でもなければ家族でもない。フーカのリンネに対する想いを知っているだけにその言葉を口にする彼女にシュウジは初めて苛立ちを覚えた。

 

『私の事を、家族だって言ってくれた人がいるの。生まれて初めて家族に逢えた。幸せだった。けれどその信頼を、愛情を、私は裏切った! 一番やっちゃいけない形で、一番酷い形で!』

 

『悪意を以て人を傷付けるやつが嫌い。人を見下す奴、貶める奴、そんな奴等にもう見下されない様に! 奪われないように、強くなるって決めたんだ!』

 

それがリンネの格闘技をやる理由、それこそがリンネが今日まで格闘技に身を置いていた理由だった。全てはあの日、悪意に負けた自分に打ち克つ為のリンネなりの精一杯の足掻きだった。

 

(でもリンネちゃん。それならば君は尚更向かい合うべきなんじゃないのかい?)

 

本当にリンネが過去を払拭したいと、過去の自分に打ち克つと言うのなら、それこそリンネは自分の感情に素直になるべきだった。養子とは言え家族と言ってくれる両親に素直に自分の気持ちを吐き出すべきだった。

 

そうすれば少なくともリンネはここまで自分を追い込む事はしなかっただろう。両親という甘えられる人がいるのだから、遠慮せずに二人の優しさを受け入れるべきだった。甘える事は悪ではない。優しさに包まれる事は悪ではない。

 

大事なのは自分は一人では無いことを正しく認識する事だった。それを変に頑なになって、拒んで捻れてしまった。それが今のリンネ=ベルリネッタの歪んだ在り方の正体だ。

 

最早言葉では今のリンネには届かない。届かせるには、振り向かせるには、今のリンネの心の壁を完膚なきまでに破壊し尽くす力が必要だ。

 

立ち上がるフーカ、多少ふらつきながらも相変わらず彼女の瞳には光が宿っている。まだまだ続けられるフーカに安堵するヴィヴィオ達だが、そこへだめ押しとばかりにリンネが飛び掛かる。

 

振り抜かれるリンネの拳は容赦なくフーカの頬を殴り飛ばす。重く、鋭く、そして痛いリンネの一撃、しかし負けてなるものかと返し刀でフーカはリンネの腹部を殴り付けた。

 

『えぁっ』

 

衝撃が体を突き抜けていく。思わぬダメージに嘔吐するリンネ、耐久力の塊である筈の彼女が悶絶するほどの一撃、その光景にヴィクターを除いたジル側のコーチ達はそんなバカなと息を呑んだ。

 

『強くなったらええじゃろ、幾らでも。格闘技も立派なスポーツじゃ、色んな人達が全力で関わって色んな形の夢を見とる。そこで強くなる事でタイトルや勝ち星を積み上げる事がお前の心の支えとなるならそれでええ』

 

『あ、あっぐ……』

 

『けれどお前は、違うじゃろうが!』

 

フーカの一撃に未だ回復しきれていないリンネ、呼吸も儘ならない彼女に今度はフーカが遠慮なしの蹴りを放つ。

 

吹き飛び、ビルの柱にぶち当たり、壁へと叩き付けられるリンネ、ガラガラと崩れる瓦礫に埋もれる彼女にフーカが静かに歩み寄る。

 

『辛い過去から逃げ出して、目先の目標にだけ縋って、心を閉ざして、自分の事も周りの事も見ようともせん。お前は、自分の周りの全てが、世界中が敵にでも見えたんか!?』

 

「よぉし良いぞフーカ! もっとやれぇ! もっと言ってやれあのアホに!」

 

フーカの凄絶な一撃と共に吐き出される言葉に観客席のハリーが焚き付ける様に叫びだす。しかし猛る彼女に反して周囲の反応は冷やかだった。

 

「……でも、アタシは何となく分かるかな。リンネの気持ち」

 

「え? シャンテさん?」

 

「アタシも孤児でさ、親がいないって理由で色々言われたよ。今は暖かい人達に囲まれて、美味しいご飯が食べられて、胸を張って幸せだって言える。けどさ、アイツは引き取られた先でもずっと悪意に晒されて来たんだろ? 確かに今のリンネは恵まれてるよ。でもさ、その裏でアイツが受けてきた虐めの事も忘れちゃいけないと思うんだ」

 

「で、でもよ……」

 

「アタシ、これでもシスターだからさ、結構皆相談しに来るんだよ。学校での虐め、家庭での不協和音、親との確執、数えただけでもきりがない。でもさ、アタシ達はそんな経験ないじゃん。なぁハリー、あんたの両親は元気かい? ミウラん所のお店は上手くいってる? ヴィクターやリオなんてひもじくて死ぬような思いなんてしたことないでしょ?」

 

嘗て、シャンテは親無しの浮浪児だった。親も知らず友もおらず、あるのは全てが敵という理不尽で不条理な環境だけだった。そんな日々の中でシャッハに出会ったのは彼女にとって転換期であり、望外の喜びでもあった。だからこそ嘗て同じ孤児だったシャンテにはリンネの拗れる事に理解してしまっていた。

 

ここにいる多くの人達は裕福な家庭に育てられ、大事に、暖かく、すくすくと成長してきた。勿論そうでない者もいるのだろう。しかし頼れる家族と友達がいる。それ自体がどれだけ恵まれている事なのか、その事を正しく理解出来ていない人間が最近多くなってきているのも、また事実である。

 

「だからさ、リンネの過去を体験した事のないアタシ達が兎や角言うのは、ちょっと違うって言うかさ……ごめん、上手く言えないや」

 

「………お、オレも何か悪ぃ、つい口が滑っちまった」

 

シャンテのその言葉に思う所があったのか、先程の荒々しいのが嘘のように鎮まって縮こまってしまうハリー、その所為かすっかり観客席の空気は重苦しくなっていた。皆が押し黙り、まるで通夜の様に静まり返る彼女達を見かねたシュウジがある話を切り出した。

 

「人は皆、平等ではない。平等こそが悪なのだ」

 

「………え?」

 

「これはとある超大国の皇帝が口にしていた言葉でね。言ってる事は中々辛辣だけど同時に真理でもあると俺は思うよ」

 

ヴィヴィオ達が呆けた様子で聞き入る中、シュウジは続ける。嘗てブリタニアという超大国で絶対の象徴として君臨していた男の話を。

 

「足の早い者、遅い者、富の有るもの、無い者、頑丈な者、病弱な者、全ての人間は皆違っている。その中で足掻きもがいた者こそ、未来を勝ち取れる。彼の言うことは強者の視点だけれど、同時に人の本質を的確に捉えていた」

 

生まれながらにハンデを背負っている者、不慮の事故で自由を失う者、嘆く者や喚く者も多いだろうが、その中では自分の不条理に抗う者も確かに存在している。かのブリタニア皇帝のあの言葉はそんな社会的弱者の人達に向けた彼なりのエールのつもりだったのかもしれない。

 

本人にそのつもりは無くとも、そう受け取る人もいるかもしれない。たった一つの出会いで人生を変える者もいれば、たった一言で絶望を希望に変える人間もまた存在する。

 

そしてリンネとフーカ、二人が今戦っているこの瞬間こそが彼女達の今後の人生を大きく左右するのだと、シュウジの言葉を通して全員が理解する。

 

コロナが祈り、リオが固唾を呑む。ヴィヴィオとミウラの額には緊張で大粒の汗が滲み出てくる。重くなった空気を少し真面目な話で紛らわそうとしていただけなのに逆効果処では無くなった彼女達にシュウジは「もしかして俺、いらんことした?」と息を呑む。

 

そんな時、二人の様子が変化する。見れば今まで殴りあっていた二人が距離を開けて睨み合っていたのだ。一体どうしたのだろうと訝しむヴィヴィオ達、すると眼の良いヴィヴィオがその異変に気付いた。

 

「あ、あれ? フーカさんの構え、なんか変わってる?」

 

今までのファイティングスタイルとは異なり、両手を上下に置いたフーカの変わった構え、彼女の見たことないその構えにヴィヴィオ達が目を丸くさせる中、シュウジはほう? と声を漏らす。

 

「天地上下の構え、この場面で出してくるか」

 

『フーちゃん、何、それ?』

 

『リンネ、お前が自分一人で戦っているつもりの中、ワシが一体何をしてきたか、その集大成を見せてやる!』

 

今までとは何かが違う。フーカの全身から滲み出る自信を不快に思いながらもリンネはフーカに向けて駆け出した。

 

 

 

 

 




リンネ「格闘技も立派なスポーツ、そこに皆が色んな想いと夢を背負って頑張ってるんだ!」

ボッチ「あ、あれ? なんか胸が痛い? 罪悪感で一杯だぞぉ?」

それでは次回もまた見てボッチノシ

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